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1 聖女の三日間

その日、聖女が召喚された。


ランディニウム王国。

穏やかな気候に資源、そして土地の魔力に恵まれた国。

しかし恵まれた代わりに弊害もあり、魔力の淀みにより『魔王』が発生しやすいと言う欠点があった。

魔王とは概念的な存在であり、澱んだ魔力から発生し魔物を生み出し、そして自身の領地を作成する。

近年増え続ける魔獣にその元となる魔王。

それに対抗する為に今回聖女を信仰する聖教会の上位神官が取った手段が「聖女召喚の儀」であった。

言い伝えによれば『聖女は慈愛と献身の祈りを以って魔物や魔王だけでなくその領地をも浄化し、時には聖なる使者を従えて自らが魔なる物と戦った』という。


「成功した」


召喚による光が収まり、紋章の上に座り込む女性を見て誰かが呟く。

呼び出されたのは戸塚永遠子。

特別容姿が優れている訳でもないごく普通の社会人女性である彼女には『聖女』と言うフィルターがかかっていた為、神官達にはとても神聖な者に見えていた。

神官の一人が座り込む彼女に手を差し伸べた。


「お待ちしておりました聖女様、どうかこの国をお救いください」


トワコはぼんやりとした面持ちのまま、神官の顔と差し伸べられた手を二、三度交互に見つめてその手のひらにそっと自分の手を乗せた。


さて、ここで問題が発生する。

一つ、聖女召喚の儀は本来ならば国からの許可がなくては行使してはならない魔法であり、法律で禁止されている。

つまりこれは立派な違法行為である。

元は高位神官だったある男が問題を起こしランディニウムの南部に位置する小さな街『カフライル』に左遷され、一発逆転を狙い自身の地位を取り戻すために非公式に行われたものだった。

法に触れる行いだがこれで聖女召喚が上手くいけば結果的に問題はない。

そして現に見慣れぬ格好の人間が呼び出された、つまりは成功したと言う訳だ。


召喚されたその後日、早速この世界の状況を告げ実際に召喚の間にて『聖なる使者』を呼び出させた。


「召喚と言われても具体的に何をすれば」


振り向き、そう問うたトワコに神官は満面の笑みで答えた。


「何、簡単なことです。この世界の平穏を真摯に願ってください……さすれば聖女様に魔を打ち払う強い味方が現れます」

「……はぁ」

あまり乗り気ではなさそうな彼女の背を押して魔法陣の上で祈りを捧げるように念押しすれば渋々といった風に彼女は顔の前で手を組み目を閉じる。

すると徐々に魔法陣が輝き始めた。


(あぁ、やはり……!!)


自分は間違っていなかったのだと確信し神官は口角を上げる。

それは朗らかな物ではなく、自身の欲に塗れた下卑た物だったが他の神官たちは目の前の聖女に釘付けなので気付くものは誰もいない。


(これで自身は再び以前の地位を取り戻すことができる……いや、それだけではない。この聖女を上手く使えば以前よりさらに高い地位と富・名声を手に入れることができる!)


そんな明るい未来を描いていた男の目の前で、やがて輝きが収まりソレは姿を表した。


「な、なんと……なんだこれは!!?」


純白の翼を持つそれを目にした元高位神官は思わず叫んだ。








そして聖女召喚から三日目。


「ロジオ、お前のランパー村行きをを命じる」

「はい?」


早朝、上司のに当たる上位神官に呼び出された金髪に緑色の眼をした神官の青年、ロジオは訳がわからず首を傾げた。

ランパー村といえばここから更に郊外の小さな村だ。

確かにあそこには小さな教会があった筈だが、何故自分がそこに派遣もとい左遷されることになったのかが分からない。

(今まで放置していたくせにいきなり……そして何より……)

チラリとロジオは隣に立つ見慣れない女性を見る。

黒髪黒目でどこか気怠げ、ぼんやりした女性だ。

街では見かけない雰囲気を纏っており、何故か腕にニワトリを抱いている。


「あの、すみません……こちらは?」

「聖女だ」

「せ、聖女って、まさか儀式を取り行ったのですか!?」


それにロジオは目を見開き思わず前のめりになる。

隠すことなく舌打ちをした上位神官は踏ん反り返って「あぁそうだ」と投げやりに肯定する。


「そんな……違法行為ですよ!」

「だからなんだと言うのだ」

「っ!!」


ロジオはその横暴な態度に堪らず拳を握り軋むほど奥歯を噛み締める。

元々中央で問題を起こしてこの街に左遷されてきた男だ。

普段の態度からしてとても神官とは思えない男だったがここまでとは思っていなかった。

なので言っても無駄だと分かってはいたが、それでもロジオはこの男に言わずにはいられなかった。


「プーカ上位神官……聖女召喚がどうして違法行為なのかお忘れですか。彼女は元の世界から無理矢理連れてこられました。しかも我々には元の世界に返す方法がありません、なのに貴方は」

「説教など聞きたくはない!」


上位神官は勢いよく机に手を叩きつけ椅子を倒しながら立ち上がるとロジオを指さした。


「私は上位神官だぞ!その私に向かって何だその口の聞き方は!?」


ロジオは口を閉じた。

だが怒鳴られようと怯むことなく自身を真正面から睨みつける姿に怯み、悔しそうに顔を歪ませた後机の下に置いてあった袋を二人の足元に投げる。


「口止めに金を融通してやるから出ていけ!」


そこまで吐き捨てたプーカ上位神官だったが、直ぐに何かを思い出したのか口元に手を当てニタリと笑う。


「別に中央聖教会に告げ口しても構わんがな、果たして上位神官である私とお前のような下っ端の話、どちらが信用されるかな?」

「貴方という人は!!」


何を言っても無駄だとは分かっていた。

それに悔しいがこの男の言う通り、自分とこの男では力の差は歴然。例えこんな男でも上位神官だ、国の上層部との繋がりがない訳がない。

ロジオは足元に投げられた金の入った袋に視線を落とす。

音からしてかなりの額が入っているのだろう、だが受け取る気にはならない。

尚も動こうとしないロジオに再び罵声を浴びせようとした上位神官だったが、それよりも先にニワトリを床に下ろしたトワコが動いた。

彼女は床に投げ出された袋を手に取り、それからプーカ上位神官を見つめて言った。


「勝手に異世界連れてきといて『この世界の為に祈りを』とか無理に決まってんだろお前馬鹿か?」


神官は絶句した。

「最低!酷い!」とか「私を元の世界に返して!」だとか、ここを出る前に何か一言くらい罵詈雑言を吐き捨てられる覚悟はしていたし、それを鼻で笑い飛ばす気でいたのだが、それが予想よりストレートにキツい正論だったので隣にいたロジオも僅かに口を開いたまま固まった。


「悪事の口止め料渡すとかその辺の用意周到さが逆に小物感半端ないな」


トワコはそう言って小馬鹿にするように笑った。

とても聖女とは思えない笑い方、自分たちの信仰している聖女とはかけ離れた姿に真横でそれを見ていたロジオは「あぁ聖女召喚の儀は失敗したんだな」と確信した。

そして怒りに震えるプーカ上位神官は勢いよく二人を指差し声高に叫んだ。


「貴様らはクビだ!!」


かくして異世界から呼び出された聖女は過去最短の三日でその任を解かれ、辺境の街へついでにクビになった一人の神官と共に左遷されたのだった。


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