作戦決行日 ①
「みんな~忘れ物は無いかな~」
朝起きると、ロイは笑顔で、子供に言い聞かせる感じで話しかけてきた。
すこしイラっとしたものの、ロイの目の奥は完全に燃えているように見える。
恐らく、彼なりの緊張をほぐしたかったのかもしれない。
ただ、アザレアは完全に無視していた。おそらく集中しているのだろう。
そしてマツリは自分の運命が今日決まるからか、かなり緊張していた。
ここは僕が何か話さないと。面倒だけど。
「みんな。少し聞いてくれ」
ロイもアザレアもマツリもこっちを向いてくれた。
無視されるかと思って少し心配したけど。
「僕はみんなと出会って1週間もたってない。だから全く君たちのことは知らない!」
これは事実だし本音だ。
「そんな全く知らないみんなだけど、今日だけは同じ気持ちになってほしい」
そう、今日だけでいいから。
そして僕は息を大きく吸う。
「この町の長と大男の顔面をぶん殴るぞ!!」
気の利いた言葉は出てこなかった。
ただ、これだけはずっと思っていたから自然と出てきた。
ロイも、アザレアも、マツリも、三人とも見合わせて少し笑って声をあげた。
「「「おう!!!」」」
僕たちは準備を終えて、そのまま町に繰り出す。
そして、この町唯一の出入り口である門へと向かった。
空は快晴で雲一つない。日が当たって少し暑いぐらいだ。
僕たちは歩くと城壁が見え、出口が見えてきた。
ただ出口がある広場には剣や杖で武装した兵隊と、こん棒と弓で武装した傭兵部隊が待ち構えていた。
ざっくり兵隊も傭兵も各々五百人づつぐらいだろうか。
そして武装した兵隊の前には、かなり太っていて煌びやかな服を着ている男が、
傭兵部隊の前には、酒場であった大男のドーズが立っていた。
そして、太った男が僕たちに向かって話しかける。
「これは。ヴァル一行殿。お初にお目にかかる。私はこの町の長をしているディランと申します。で、皆様は今からどこへ?」
ディランという男は手に紙を強く握りしめている。頭の血管も浮き出ていて、怒っているようだ。
いや、ここまで思った通りだと笑えてくるが、今は我慢しないと……
横にいたロイが返事をする。
「あれぇ、ディランさん。お手紙たしなめたはずだったのですが、やっぱり読めませんでしたか。人間の言葉って難しいですよね~」
ロイが見えすぎた煽りをしている。
こういう見えすぎた煽り、ロイって本当に上手いなぁとここでも関心。
ただ、言っている意味はあまり分からない。
目の前のディランは顔を真っ赤にしてぶちぎれた。
「黙れ!!小僧!!!この手紙はなんだといっているのだ!!!!!」
くしゃくしゃにした紙をロイの方に投げる。
ロイはそれを拾い上げる。あっ、僕も気になってた。
結局、煽りの手紙はロイに任せていたから、どういう内容になったか知らないし。
「手紙の内容が理解できないようですね~。では俺が読ませていただきます」
『拝啓、この町の長殿。
指名手配されているロイと申します。ヴァル一行のバトラーを務めております。
この町での貴公の数々、とても勉強になりました。
まさか、賄賂をたんまり集めている上に、中央国家で禁止しているはずの奴隷を許可するとは思いもしませんでした』
そこで一旦ロイは読むのを止める。
あれ、普通だ。そこまで怒る所はない。
そして続けて読み始める。
『賄賂という養分を蓄えすぎて、ただの豚になってしまった貴公には、禁止という言葉の意味が理解できなかったようですね。
あまりにも町の中が見るに堪えないため、2日後にこの町から出て、中央国家に告発状を提出しようと思っています。
あきらめて捕まってください。
P.S.
あっ、豚のあなたには、この人間の書いたものは読めないですよね~。
ごめんなさい~。豚語までは勉強していないので。
では。ぶひぶひ』
最後のP.S.で僕は吹いてしまった。
確かに、煽れとは言っていたものの、ぶひぶひまでは思いつかないなぁ。
まぁ、そのおかげで出口にこいつらの配下をかなり集めることができたので、作戦通りではあるが。
よく見ると、相手側も笑い声を押し殺しているように見える。
さすがに声をあげて笑えないようだが。
手紙を読み終えたロイは表情を一つも変えず、ディランに話しかける。
「ご理解できましたでしょうか。あっ、豚の貴方には意味が理解できなかったですよね……申しわけございませんでした」
「黙れ!!!」
ディランはロイの話にかぶせるように怒鳴る。
豚だからぶひぶひと言えば面白いのだが。
すこし冷静になったディランは僕たちに話してくる。
「中央国家に告発されるのも面倒だし、あと奴隷以外の三人はここで始末することにした。ここでサヨナラだ」
一斉に兵士と傭兵が武器を構える。
ドーズも話しかけてくる。
「おい、そこの奴隷。さっさと帰ってこい!!お前はボコボコに痛めつけてやる!!」
ここまで思った通りになるとは思わなかった。
僕はアザレアの方を向く。アザレアは頷き、杖を出して詠唱を始める。
その様子を見た兵士と傭兵がこちらに走って来た。
ただ、アザレアの詠唱は素早く終わり、広場一帯が光に包まれた。
この感覚は三度目だ。
さすがにもう慣れた。