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聖女じゃないんです!

「昔々ある所に出来損ないの魔女がおりまして。魔女は薬も作れず占いも出来ず、唯一出来た事といったら人に呪いを掛ける事だけでした。とても強い呪いでして、その呪いを掛けられたら他のどんな呪いも跳ね返してしまうほどです。おまけに毒薬麻痺薬媚薬睡眠薬その他各種薬物も効かなくなり、各属性耐性が付くという厄介な代物で」


「いやそれ呪いじゃなくて祝福だよね?」


「魔女はその超強力な呪いを、よりにもよって王子様に掛けてしまったのです。王子様は呪いのせいで苦しみ、王様は怒り王妃様は悲しみ、国民は皆魔女を憎みました」


「昔話風に喋ってるけど、それ1年前の出来事だよね。他人事みたいに話してるけど、それ君の事だよね」


「ですがそこに聖女様が現れたのです。聖女様は魔女の呪いを解いて王子様を助け、魔女は自らの行いを反省して国を出ました。そして王子様と聖女様は愛し合い結婚し、幸せに暮らしました」


「うん、君が兄上を未だに恨んでるのは当然だ。あんなに世話になったのに、掌返して偽聖女だって断罪したんだもんね。でも兄上はもう死んだんだ。だから恨み言は置いといて、僕の話を聞いてくれないかな?」


「一方国を出た魔女は、なるべく人間と関わらずに隠れて暮らしておりました。それなのに王子様の弟君がやって来て、魔女の慎ましやかな生活を脅かしたのです」


「僕のことそんな風に見てたの?別に君の平穏な生活を邪魔しようって訳じゃないんだ。ただちょっと、お願いがあって」


「困った魔女は言いました。魔女のチカラを借りるなら対価を支払えと。対価が弟王子の大切な物である程、魔女の呪いの効果が高まるのだと」


「対価ならちゃんと連れて来たよ。この子、僕のお気に入りの侍女なんだ」


「対価は勝手に傷付けてはならないと、魔女は弟王子に説明します。僅かでも損なわれていると呪いが発動しないのです」


「知ってる、だから健康そのものだよ。さぁ、僕は対価を支払った。だから兄上と同じ祝福を僕に掛けてくれ」


「魔女が唯一使える呪いは、強力ですが万能ではありません。それでも──」


「それでも良いから早くしろよ!────ありがとう、君の能力は素晴らしいね!お礼に王宮でもてなしたいんだけど」


「……」


「そうか、じゃあ次の機会に。女性の独り暮らしは物騒だから、僕の護衛騎士を数人置いていくよ。また来るね、僕の愛しい聖女」


「…………………………」


「───────────」


 招かれざる客がやっと帰った。私はバタンと乱暴に玄関扉を閉めると、何重にも鍵を掛けた。王子ってのは人の迷惑顧みず、人の話も聞かない上に偉そうに指図ばかりする。二度と関わるまいと思っていたのに、まさか家にまで押しかけてくるとは。


 清めの聖水でも撒いてやれば良かった。そう思った瞬間に、凄い勢いで液体が私と玄関扉を通過していった。表でバシャリと水音がする。弟王子が置いてった騎士がびしょ濡れになったようで、驚き悪態をつく声が聞こえてきた。


「代わりに聖水撒いといたよ。着替えに行って、そのまま戻って来なきゃ良いのに」


 奥から同居人が出てきた。弟王子は私が独り暮らしだと思っていたが、この家には五人の魔女が暮らしている。ただ、私以外の魔女は玄関から出入りしないので、ご近所さんに認識されていないのだ。


「絶対戻って来るよ。あれ見張りだもん。弟王子も大軍連れて戻って来るよ」


 私は近い将来を予測して、うんざりした。今日のところは引き下がった、というより結界のせいで家の敷地にさえ入れなかったので、次回は魔導士でも連れて来るつもりなのだろう。迷惑な事この上ない。

 

「あーあ、この家気に入ってたのに。引っ越さなきゃいけないかな」


「大丈夫、あの王子は二度と来ないわ」


 別の魔女が階段を下りてきた。先見の魔女だ。彼女が視たなら、弟王子はもうここには来ないのだろう。


「だったら引っ越さなくて済む?」


「あの王子はもう来ないけど、別の王子が来るわね」


「駄目じゃん」


 私は残念なお知らせに、がっくりと項垂れた。やっと落ち着いたところにこの仕打ち。全く、権力者と関わると碌なことがない。


 そもそもケチがつき始めたのは、ある王国の第一王子に呪いを掛けてからだった。それだって私が望んでやった事じゃない。当時、暗殺の危険に晒されていた第一王子に強制連行され王宮に監禁されて、仕方なく呪いを掛ける羽目になったのだ。

 呪いには対価が必要だと言うと、第一王子は迷わず抱えていた猫を差し出した。その場で斬り殺そうとするので慌てて止めると、驚いた顔をされた。びっくりしたのはこっちだ。

 対価を殺す必要はないと言うと、不思議そうな顔をされたっけ。あれには心底肝が冷えた。可愛がっていた猫の生命を、躊躇いなく使えるのだ。私の生命も同じくらい軽いだろうと、なるべく逆らわないように気を張った日々だった。


 それでも最初の頃は良かった。雲行きが怪しくなってきたのは、第一王子が不眠症に悩まされるようになってからだ。何しろ私の呪いのせいで、睡眠薬が効かない。眠れない第一王子は少しずつ、精神に変調をきたしていった。

 

 私の掛けた呪いは強力過ぎて、私自身でも解除出来ない。そこで連れて来られたのが聖女様だ。聖女様は第一王子の呪いを解いて、安眠をもたらした。第一王子は聖女様に感謝し、周囲も第一王子の命の恩人だと持て囃し、二人は結婚することに。それまで第一王子に囲い込まれていた私は邪魔になったらしく、王宮から放逐されたのだった。


 別に恨んでなどいない、王宮での監禁生活は窮屈だったし、第一王子には好意の欠片も抱いていなかったのだから。ただ一つ不満があるとすれば、偽聖女だと断罪された事だ。

 私は初めから魔女だって言ってるのに、いつの間にか聖女と呼ばれ、本物の聖女様が現れてからは偽聖女と呼ばれた。それだけが納得出来ない。


 まあ、第一王子は先日毒殺されたらしいから、もう文句も言えないけれど。聖女様も一緒に殺されちゃったらしいけど。犯人は第二王子──さっき家に押し掛けてきた弟王子だって、専らの噂だけど。

 王族って怖い、もう絶対に関わりたくない。


「よし、引っ越そう!」


「やっぱり引っ越しするのね。私達も?」


「悪いけど、そうして。ここに残ってたら迷惑掛けるかもしれないし」


「平気だよー。でも皆一緒が良いから、皆で引っ越そうね!」


 善は急げという事で、その日の内に全員で引っ越した。と言っても魔女の引っ越しだ、収納魔法と転移魔法を使ってもらい迅速に、お手軽に済ませた。対価として置いていかれた侍女と、第一王子が飼っていた猫も連れて行く。外で見張っている騎士達が気付く頃には、家の中はもぬけの殻だ。


 それから暫くして。第二王子が事故で死んだとの話を聞いた。なんでも乗っていた馬車が、落石にあったのだそうだ。重傷を負った第二王子には、何故か回復魔法がほとんど効かなくて、お亡くなりになったという。


 だから言ったのに。私の呪いは万能じゃない、聖属性にも耐性が付くから、回復魔法まで効果が無くなるのだ。

 それに、死因が落石による負傷というのも……。暗殺を疑ってしまうのは考え過ぎだろうか。


「ねえ、今度は第三王子が聖女を探してるんだって」


「私には関係ない」


「探してるのは護りの聖女様だって」


「私じゃない」


 私は魔女だ、聖女なんてものじゃない。なのに如何して、皆私を聖女と呼びたがるんだろうか?



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