83 禁制技能
「許せないことなんか何もないよ」
と、僕は言った。
対面のサラが目を見開く。図書室の一角で、僕と彼女は机を挟み向かい合っている。
彼女から問われたことを考えるため、昨日のコハナとのやり取りを思い出してみたが、自分でもちょっと驚くほどそういう気持ちはなかった。
あるとすれば、それは断絶だ。
「大体、許せないのではって言われても何に対してさ」
「それは……ランク4のあれとか」
特に、ランク4以上の不死性についてはそうとしか言えない。
神器と呼ばれる道具、あの〈泡〉によって、死を迎えても蘇生が叶う存在。
確かにそれはもうランク3までとは別物だ。もう同じ人間と考えるのも難しい。
怒りを覚えることすらできない。
「僕が許す許さないの話じゃないよ。そのせいで全体の昇格が遅れて魔力汚染が減らないのは問題だけど、だからって蘇生を止められるわけじゃないだろ」
「そのせいで他の人が死んでしまうかもしれないのに?」
「そのせいで他の人を死なせないために。一度ランク4の戦いを見たことがあるけど、圧倒的だった。あの人たちがいなかったら数十人が全力出してギリギリだろう相手をたった二人で簡単に倒しちゃったんだ。そりゃ死んだって生き返らせるよ、その手段があるんだから」
サラは難しい顔をして、じゃあ、と口を開いた。
「魔力汚染の治療法。カイリはちょっと無理に打ち明けさせられたでしょう。あれは?」
「それこそどうでもいい、は言いすぎだけど気にしてない。コハナさんからしたら当然だよ」
どこの馬の骨ともしれない魔力汚染者の子どもが魔物を連れて魔力汚染の治療法を探している。もしかしたら手に入れたかもしれない。
客観的に見て怪しすぎる存在だ。彼女の意図がどうあれ、とりあえず調べるべきだろう。
結果として、僕は彼女の眼鏡にかなった。
今存在している魔力汚染者の延命ができる、かもしれない技術を持つものとして認めてもらえた。僕の立場から言ってもこれは成果だ。
「恨むようなことじゃない。確かに隠し事はされていたけど、コハナさんの立場を考えるとむしろ十分すぎるくらい誠実に対応してもらったと思うよ」
「……」
「納得できないって顔をしている」
「そんな顔はしていません。……カイリがいいなら私がとやかく言うことじゃないのだけど」
あからさまに不服そうな顔を見せる。
どうにも彼女の中では僕は怒っていなければおかしいらしい……もしくは、逆だろうか。
「もしかして君、コハナさんに不満があるの」
「……」
「マジか。ええ……だって君さあ、回生所に所属することになったんだろう」
「なっていません。まだ」
「それはいくらなんでも通らないのでは」
ぶっすー、と不貞腐れているサラ。
……そういえば、彼女はこんなやつだった気がする。
学舎での彼女は委員長気質で常に周囲に気を配っていた。教師に、大人によく思われたいからそうしているんだ、なんて陰口を叩くやつもいるほど公正さを自分にも他人にも求めていた。
その果てにジードの突出が周囲にもたらす影響まで心配していたのだから、今思えば過労死でもする気かと尋ねたいくらいだ。
再会してみたら以前より丸くなったというか、余裕がある印象を覚えた。大人たちの前ではあまり喋ろうとしなかったということもあって、落ち着いたのかと思っていたがまさかランク5にまで文句があるとは。
「筋金入りだ」
「……何が?」
「いや何でも。けど、その内回生所に入ることは決まっているようなもんだろ。ならコハナさんに不満があるのは良くないんじゃないか」
「別にそういうわけではありません。ただ、昨日のコハナ様の振る舞いは適切ではなかったと思っているだけです」
それを不満というのでは、と思ったがさすがに口には出さない。
「それに、仮に異なる意見を持っていたとしても、全体のことを考えればその方が健全です。みんなが同じ考えの集団は、そのときだけ良くても先がないでしょう?」
「言いたいことはわかるけどね。とりあえず今回のことは呑み込んだら? 君が言ったとおり、僕は受け入れているんだから」
「……そうします」
ふうっと彼女は息をついた。
「コハナ様から伝言があります。学院と話がついたそうです。明日、昼過ぎに学院に向かうようにとのことです」
「わかった」
「……横で話は聞いてましたけどまだちょっと信じられない気分。コハナ様を疑うつもりはないのだけど、カイリ、あなたは本当にこれが成し遂げられると思いますか?」
「さあ」
即答すると、すごい目でにらまれた。
「……いやだって、僕に言わないでくれよ」
「あなたもこれに乗ったのでしょう」
「承諾以外に手がなかった……っていうのは言い訳。でも、やっぱり僕からはなんとも言えない。僕とコハナさんじゃ目的が違っているから」
「あなたの目的?」
「魔力汚染者の延命。これさえ達成できれば極論、僕はコハナさんの目的がどうなろうと構わない」
「……なるほど。確かに、言われてみればあなたにとっては何より優先すべきことですね」
「そういう君はどうなのさ。結局僕の話ばかりで、君こそ疑問を抱いているんだろ」
「……」
「これは良いこと、必要なことだと思うって君は言ったけど、成功しなきゃただの失敗だよ。それも、肝心なところは僕らにはどうしようもできないんだ。君なんてそれこそ失敗した後の方が大変だろ」
「……かもしれません」
サラは肯いた。
さすがに神妙な顔をしている。
……また、昨日のことを思い出す。
コハナは言った。
『私は神様に現れてほしい。その手伝いをしてほしいんだよ。……あなたたちに』
彼女は僕たち三人にそれぞれ別々の役割を期待していた。
僕には魔力汚染者としての属性を。できればその治療法も。後者はおまけだ。もっと言えば、僕自身おまけに過ぎない。魔力汚染者ならいくらでも代わりがいる。
他の二人はそうはいかなかった。
サラと、ジード。二人を見出したからこそコハナはこの計画の実行に踏み切ったのだから。
◇
「ずっと疑問でした。どうして二人がここにいるんだろうと。どうして学舎を離れて中央に、もう何日も滞在している様子なんだろうと。人に聞いてもなんだか曖昧な返事しかなくて、いまいちよくわかりませんでした」
うん、とコハナは肯いた。
「私が呼んで、留めていたんだ。事情を聞かなきゃいけなかったし聞いたら聞いたでとんでもないものが出てきちゃったからね。本当に良かったよ、二人とも承諾してくれて」
ジードとサラを見る。
「ここにいた方がおもしろそうなんだよな」
と、ジードが相変わらずの調子で口にし、サラは、
「……」
難しい顔で沈黙していた。何と言うか迷っているような表情だ。
「断られてたらジードちゃんは止められなかった。でも、サラちゃんはちょっとね。少なくとも学舎を出たらうちに入れなきゃいけなくなってたんだよ」
「……コハナ様、その」
「言っといた方がいいよ、こういうことは。後でバレるよりね。それにサラちゃんは黙ってあげたいのかもしれないけど、間違いだよ。別に誰が悪いわけでもない」
「それは、そうだと思いますけど」
「どういうことですか?」
コハナとサラのやり取りに思わず口を挟んでいた。雲行きが怪しい。僕の知らないことがあるのは当然だろうが、何かが違う。
小花が僕へと目を向けた。
「サラちゃん、一年くらい前にあるスキルを覚えたんだって。知ってる? 〈吸精〉っていうんだけど」
「……それなら、見ました」
実際に食らいもした。
「学院が子どもに授けるやつじゃなくて、自力で覚えたのね。たまにあるにはあるよ。覚えてはいたんだけど条件を満たせていなくて発動しないとかね。〈鋼化〉なんかは身体がある程度成長してないとダメだし。カイリちゃんはまだちょっと早いかな」
「……」
「でも〈吸精〉はちょっと違う。〈治癒〉の派生スキルなんだ。だから〈治癒〉の練度を上げていけば覚えられる……というわけじゃないの」
「反転系と聞きましたが」
「そうそう。大抵すごく難しいんだけど、今はそれとも関係ない。もっと根本的にね、普通は覚えられないんだ。制限がかかっている。似たようなスキルだと〈契約〉とかが有名だね」
「え……」
「実はあれも〈言語〉に精通してるからって覚えられるわけじゃないんだ。もちろんそこまで練度を上げるのも難しいんだけど、許可も必要なの」
「許可って、誰にですか」
「神器だよ。〈吸精〉はね、この〈泡〉を通じて解放されるんだ」
「……」
「そういうスキルを総称して禁制技能というんだよ。制限されている理由はわかる?」
「……危険だからですか。〈吸精〉も〈契約〉も悪用しようとすればいくらでもできそうですよね」
「そう。特に人相手にね。でも使い手は必要だから、人を見て許可しているんだけど……サラちゃんは違うよね」
サラは本来まだ学舎にいるはずの、ランク2の子どもだ。
僕にだってわかる。許可が下りるどころか、存在さえ認知されていなかったはずだ。
自力で制限を突破し覚えたとでもいうのだろうか。それこそジードならありえるかもと思うが、彼女にそういう印象はなかった。彼女はただ、懸命にその場を良くしようとするだけで……
違和感があった。
昨日、〈吸精〉について僕は聞いたはずだ。
あいつは、なんと言ったのだったか。
「ジードちゃんの影響かなと思ったけど、発想自体が制限されているはずなんだよ。そういうことができるとか、試そうとさえ思わないはずで、変だなと思ったから聞いてみたんだ」
ジードの言葉が蘇る。
『お前だろ、あいつに〈治癒〉を工夫すれば俺に対抗できんじゃねえかって言ったの』
「〈治癒〉で精気に干渉しようって発想はカイリちゃんからもらったって」
禁制技能。自力で習得できないよう制限がかけられているらしい。
その一つであるという〈契約〉を過去に一度、僕は使ったことがある。
あのときは意図的に魔力汚染を進め、〈言語〉の先にある〈契約〉に触れた。そのせいか僕の中の〈契約〉はもう動かなくなってしまったのだが……まさか。
「……嘘でしょう? だって、僕は言っただけですよ」
「うん。私も驚いたよ。四十年間こういうことは一度もなかったしね。でも、あなたたちみたいな状況も今まで一度だってなかったことを考えると、ありえないとは言えないよね」
コハナははっきりと言った。
「サラちゃんはあなたの言葉をきっかけに〈吸精〉を覚えたと私は判断したよ」
呆然とする。
サラの方を見られない。何と言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、まるでわからなかった。
◇
「やっぱり、君は僕に謝らせるべきでは」
「またそういうことを言う」
渋い顔をするサラ。
「でも、そういうことだろ。君が公平性を人にも求めるならやっぱりこれは僕の失敗だよ。謝らせてくれてもいいんじゃないか」
彼女に魔力汚染は見られなかったという。これはコハナがみっちり調べたらしいからまず間違いない話だ。ひとまず安心だったが、それとこれとは話が別。僕の不用意な一言が彼女の人生を狂わせたというなら、それには何らか決着があるべきだと思ってしまう。
彼女が迷惑というのなら今回を最後に口にするつもりはないが……
「ううん……」
サラは、なんだか決まりが悪そうな顔をしていた。
数秒後、よし、と肯いて真顔を向けてくる。
「さっきも言ったでしょう? 一足飛びにここまで来れたって」
「ああ、うん」
「あれはね、そのままの意味なの。つまり、今この状況を私は望んでいるってことです」
「え」
彼女は至極真面目な顔をして言った。
「あなたが学舎を出てから、私にも目的ができました。この国で一番偉くなるっていう」
「ええ」
「そうなれば良くない規則も変えられるでしょう? 知れば知るほど納得の行かないことばかり出てくるんだから」
「……マジ?」
「マジです。カイリは思わなかった? 学舎も変だし、中央も変。みーんな変。大人の人たちも話してみればまともなのに、どうしてこんなことになってるんでしょうね」
「それは……あるよ」
当然、僕だって考えたことがある。この国は変だ。いびつと言ってもいい。どうしてこうなんだろうと考えたことは一度や二度じゃない。
でも、変えようと思ったことはなかった。
「……すごいな、君」
先ほどと同じ感想が、さっきよりも強く声に出る。
「でしょう? だから、気にすることはないの。本当に、普通だったら何年かかったかわからないんだから」
そう言って、彼女は立ち上がる。
「それよりカイリの方こそ自分のこと心配しなさいよ。明日、どう考えてもあなたの方が大変でしょ」
「ああ、うん」
「私はもう行きます。じゃ、お勉強頑張って」
すたすたと彼女は去っていく。
銀の髪が揺れる。ほとんど僕と変わらないくらいの、小さな身体が遠ざかる。
……罪悪感はもう覚えないだろう。それでも、思うことはある。
禁制技能の一つ、〈吸精〉。
サラが覚えてしまったそれがただ禁制技能だから、危険だからという理由でコハナは彼女を引き止めたわけではない。
それが条件だからだ。
あの〈泡〉に選ばれる条件。
〈吸精〉を覚えたものだけがあの神器を扱う資格を得るのだという。
彼女は若干十歳で、神器の継承候補となったのだ。
それがどれほどの意味を持つか、僕にはまだわからない。大変なことだというくらい。
もう罪悪感は覚えない。けれど、責任の一端はやはり僕にもあると覚えておくべきだろう。
◇
翌日、昼過ぎに僕は一人で学院へと向かった。
またあの狭い部屋で、同じ受付の人に声をかける。
「すいません」
「あー? あれ、君この前来た魔力汚染者じゃん。まだスキル授与できませんよ。何も連絡行ってないでしょ」
「はい。いいえ、違います」
封筒を差し出す。
回生所の、コハナにもらった紹介状だ。
「今日は別の要件です」
「んん? ええっと、なになに……は?」
封筒から書類を取り出し、目を通した彼の顔が、一瞬で硬直した。
信じがたいという目で彼がこちらを見る。
「それに書いてあるとおりです」
「いやだって、君、これは……」
「はい」
僕は肯いた。
「新スキルの申請に、来ました」




