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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
5章 天地の柱
76/132

66 中央




 技術力から文明の度合いを測るなんて、一介の元学生にできるはずもない。それもこの十年間に僕が見てきたものなんて所詮一部分、狭い範囲でしかない。街さえ見たことないのだから、変だなあと思っていてもまず判断できるほどの材料がない。

 でも、どこかで文明という点ではさほどでもないのではないか、と考えていた。

 前世の人々と違って、個々人の能力が高いから……高すぎるからだ。

 スキル。これが何よりも大きい。〈鋼化〉や〈治癒〉などは当然、誰もが持っている〈言語〉さえおかしい。いや、もしかしたら〈言語〉が一番おかしいのかもしれない。幼少期の内に個人個人で勝手に言語獲得を済ませ、少なくとも表面的な会話において誤解が発生し得ない。

 それはきっと、ある種の理想なのだろう。今の僕にとってはただの現実だが。

 スキル抜きにしてもこの身体の性能は僕の知る人間とは一線を画している。ランク1、最底辺であり、まだ子どもである僕でさえ魔術抜きでも強靭な肉体を持っている。多分、前世の成人男性程度の力はあるだろう。

 魔物や迷宮などの脅威はあるにせよ、この人類社会全体で見ればそんなに恐れてもいないのではないか、そういう疑惑があった。

 おそらく真実だ。

 突如として開いた迷宮と、そこから溢れ出る魔物を前にし、ログンはともかくリュイスと御者は確かに慌てていた。急いで対処しようとした。けれど、全く絶望していなかった。必ず救援が来ると知っていたからだろう。

 衛兵隊。騎馬の集団による蹂躙を僕は見た。いや、正確にはその瞬間を見ることは叶わず、痕跡を目にした。あれが全ての状況に対応できる戦力とは思わない。それでも、あんなものが常に備えており、さらに上位の戦力も存在する。

 技術の発展は問題解決の積み重ねだ。であれば、問題を見出さなければ技術は進まないのが道理だろう。

 ……だから、本当に驚いた。

 大雑把な原理は想像できる。

 馬車を運んだときと同じくマードウの〈軽功〉が大きいはずだ。

 列車を「軽く」し、上からか車内からかはわからないが、〈怪力〉あたりを利用した仕掛けで持ち上げる。

 つまりほとんどスキルに頼った、個人の力に依存した運用だろうと推測は立っている。

 だとしても違和感がある。

 ずれている。

 何かが欠けていて、何かが過剰だ。

 ……わからない。

 この国は、僕が生まれ育った社会は本当のところ、どんな形をしているのだろう。




      ◇




 がたん、ごとん、と車内は時折不規則に揺れる。

 密閉された室内ではそこまで速度を感じることはできないが、なんとなく角度はわかる。かなり急だ。斜めに、この山を地中から登っている。

 ……山の中には何度も潜っているはずなのに、妙に落ち着かない。

 別に迷宮内なら落ち着くということはないが、少なくとも気構えは決まっている。今のように、ただ運ばれるだけの空間は馴染みがない。

 車内は静かだ。

 リュイスとログンは寝ている。御者は馬の世話がしたいと二階に乗った。衛兵隊の人はよく訓練されているのだろう、身じろぎもせず待機している。

 あとどれほどで着くかはわからない。僕も寝てしまえば良いのだろうけど、気が昂ってしまっている。寝つけそうにない。

 かといってさすがに魔術の練習などするわけにもいかず、結局、現時点では答えの出せないことばかり考えていた。


【話がある】


 腰のあたりに隠れたマユズミが思念を送ってきた。


【どうしたの】

【言っておくが、俺はこの土地は選ばないからな】


 ちょっとぎくっとした。

 もちろんそんな内面が伝わるようなヘマはしない。顔にも出さず、思念も漏らさず、そう、と相槌を打った。


【考えていただろう、お前】

【そんなことはないよ。さすがに僕でもここが面倒なことくらいわかるさ】

【俺に巣を作らせればこの土地を調べられるとでも考えたか】

【その手があったか。意外と良いかもしれないね】

【白々しい。ここは乱れすぎている。俺の望む土地ではない】

【君の望みを全部叶えようとするといつまで経っても見つからない気がするんだよなあ】

【簡単だろう】

【人間が来ない場所っていうのはいいよ。でも誰も触れていない星髄がいいとか海から近くは駄目とか、この前は地上まで短い、浅いって拒んだじゃないか】

【土地に妥協はできない】

【理想高すぎじゃないかなあ】


 腰に目をやる。

 この半年、土地探しも進めていたけれどマユズミの眼鏡にかなう場所はなかった。

 意外と言うべきかこの虫の王、土地に求める条件がめちゃめちゃ多い。一つクリアしたと思ったらまた新しい条件を思いつくタイプ。わりと良さげな場所があっても欠点にばかり目が行く傾向まである。


【ていうか他はともかく誰も触れていないは無理でしょ】

【……探せばきっとある】

【いやだって良い土地なんて他の誰かがとっくに見つけて居座ってるよ。そんなの君の方がわかってるはずだろ】

【使い古しは前の癖が残っているから嫌だ】

【贅沢言える立場じゃないだろ、君も僕も】


 彼はこだわりが強すぎて決められない性格のようだった。

 魔術もそれを証明している。

 【繭】。あれは肉体を短時間で変化させることができる優れた術ではあるが、同時に、自身の理想の形を定められていない表れでもある。求める理想はあるが、現実がそれに追いついていないのだ。

 なんというか、彼にはフォルマとはまた違った意味で当初の印象を裏切られた。

 そういう性格だから【紋】を刻んだわけだけど。


【ここだったらたくさんあるから、一個くらい新しいのもありそうなものだけど】

【他の全てが無理、御免だ】


 ……どうも、僕の知識を一部閲覧させているせいか、奇妙な表現だが思念の語彙が増えている気がする。

 そのうち音声会話もできそうだな。そんなことを考えているときだった。

 が、が、が、と、車内に響く音が変わった。

 つい先程まで乗っていた馬車から伝わってきたような嫌な音ではない。規則的で精密な音だ。

 速度が落ちていく感覚がある。

 もしや、と見回していると、ちょうどリュイスが目を覚ました。


「あー……そろそろ着く感じか」


 伸びをしてからちょっと寝ぼけた目で僕を見てくる。だいぶ顔色も良くなっていた。


「やっぱりそうですか」

「ああ。もうすぐだ。準備しとけよ」




      ◇




 降りた場所は、乗り込んだときとあまり変わらない。

 人間用の出入り口前は狭く、すぐ横の階段をさっさと上れと急かされているよう。上ってみると上にも横にもだだっ広い空間があった。

 壁には等間隔に灯りが並んでおり、すぐ先に曲がり角があるのが見える。通路が開いているようだ。そちらに馬が引かれていく。


「そっちに厩舎があるんだよ。あたしらはまっすぐ行くぞ」


 ぼーっと見ているとリュイスが説明しながら早歩きで進んでいく。慌てて足を動かす。

 そこに、列車の先頭、おそらく運転席から降りてきたマードウが声をかけてくる。


「なんだいリュイス。ずいぶん急いでいる様子だが」

「急いでんだよ。もう日が暮れてるだろ。いつものところだから用件あるなら後で来い」

「了解、時間があれば訪ねるよ」

「寝てたら帰れよ。じゃあな」


 軽く手を掲げ合う。

 僕もマードウに頭を下げ、小走りでリュイスの後を追った。


「列車、おもしろかったか?」


 歩きながらリュイスが尋ねてくる。

 素直に肯いた。


「はい。得難い体験でした。あれはマードウさんが〈軽功〉で?」

「そ。昔は複数人でやってたらしいが、ランク4になったってことは、あいつ下手すると一人でやってんのかねえ」


 リュイスが首を傾げる。


「らしいよ」


 と、口を挟んでくる男がいた。


「彼は〈軽功〉一つで衛兵隊の副長に上り詰めた男だもの。この列車を一人で運べるやつは今現在他にいない。少なくともランク4以下にはね」


 5にはいるかもしれないが、とその男、ログンは言った。

 そういえばこの人もいた。列車内ではずっと寝ていたので存在を忘れていた。

 急に会話に割り込んできた男をリュイスは訝しげに睨んでいる。


「軍時代も名を聞くことはあったけど、その頃は他の噂を聞くことの方が多かったんだよね」

「あん?」

「〈鋼化〉と〈硬功〉で有名な……確か、そうだ。メグロと、ネイ」

「おい」


 リュイスが遮る。ドスの利いた声だ。


「何が言いたいんだ、あんた」

「あれ、気に障ったか。ごめん。いや、何が悪いかはわかっていないけど謝る。ただ、マードウは稀有な人材だと言いたかっただけなんだよ」

「……そうかよ」


 言い訳するログンに、リュイスは胡乱な目を向けた。


「これはどうも、本当に悪かったみたいだね。俺は先に行くとしよう。それじゃ二人とも、また会おう」


 そしてログンはさらに歩調を速めてあっという間に去ってしまった。

 残されたのは、微妙に不機嫌な顔のリュイスと僕だ。

 はあーっ、とリュイスが深々と息を吐いた。


「悪い。態度が悪かったな、あたし」

「いえ、大丈夫です」


 僕は首を振る。

 どうして機嫌を悪くしたか気にはなったが、メグロの名が出たために嫌な想像ができてしまう。

 話さないなら、聞くべきではない。

 リュイスは困ったような顔を見せたが、すぐににやっと笑った。


「ここ抜ければ中央だ。楽しみだろ?」

「ええ」


 肯いた。

 楽しみ、というと語弊がある気もするが、確かに高揚感があった。

 長い通路も、もうすぐで終わる。

 すでに夜空が見えている。きれいな星空だ。

 もうちょっとで出るというのに、空しか見えないということは、高い建物は無いということだろうか。

 だとすると平屋文化か、それとも山を利用している形だろうか。

 考えながら歩く。

 歩を進める。

 やがて、通路の端に出た。

 外だ。


「どうだ、カイリ」


 リュイスが言う。

 僕は答えられない。

 正しく、その光景に目を奪われていた。

 外は暗い。

 もう夜になっている。

 星は輝くが、それだけでは全体を照らせない。

 でも、はっきりと見通せた。

 その都市のあちこちに光が灯されていたからだ。

 小さい、と一瞬、思ってしまった。

 すぐにそれは遠いだけだと気づく。

 遠近感が狂っていた。適応して、ゆっくりと見渡せば、その正体がわかる。

 カルデラだ。

 巨大な山が山頂から綺麗な釜の形にくり抜かれた地形がそこにあった。

 釜の底にその都市は広がっている。

 中心に一際大きな円柱状の建物があり、まずそこから四方に向けて大きな道が敷かれ、十字に都市を区切っている。

 さらに層を重ねるようにして中心から一定の範囲で波紋のように円形の道が刻まれており、それによって大まかに区画が決まっているようだ。

 中心に近いほど建物は高い傾向にあり、外に向かうほど小さな、中には民家や集合住宅らしきものが見える。

 もう夜だが、まだ人通りは絶えていないのがわかる。等間隔で街灯が設置されているためだろう。繁華街らしきものさえ目に入ってくる。

 僕らがいる場所は、十字に走った道の一つ、その終端だ。

 長い階段が目の前にあり、その下に広場がある。そこには車が止まっていた。乗合のものだろうか。都市にもいくつか道の中心を走っているのが見える。ただし、馬が引いているようには見えない。

 ……あれもきっと〈気功〉系の何かのスキルを用いて動かしているのだろう。

 どれほど希少なものか、あるいは一般的なものかはわからない。

 けれど間違いなく、高度な文明社会がそこには広がっていた。


「これが中央だよ」


 リュイスの言葉を遠く聞きながら、僕はただ呆然とその都市を眺めていた。




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[一言] 更新再開ありがとうございます。好きな作品だったので嬉しいです!
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