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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
5章 天地の柱
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59 メグロとリュイス



 ふわふわとした柔らかな羽毛の感触が指先にある。くすぐられるような感覚を楽しんだ後、魔力を指先から送り込む。

 【紋】が起動する。

 パレットの体内を巡る魔力に、僕の魔力が加わる。本来、他者の魔力はそのままでは扱えない。自身のものに色を変えねば不純物としてあるだけだ。

 けれどパレットはまるで意に介した様子もなくどんどん僕の魔力を受け取り、循環させていく。滞りなく即座に送り込まれた僕の魔力を動かしている。そして、その魔力はまだ僕の【支配】下にもある。

 指を離す。パレットの今は薄桃色の羽毛のもと、ほのかに光る小さな紋様があった。簡略化した雲の形をしているようにも見える。

 【紋】。この一年開発を続け、半年ほど前にようやく実用段階にこぎつけ、今なお完成したわけでもない魔術だ。その効果は多岐にわたるが最も重要な点は【紋】を刻んだ他者と魔力を共有できるところだ。

 自分と一体のものという認識が生まれる。


【それじゃあ特訓だ。いけるね?】


 思念を送ると、笛のような鳴き声が上がる。それとともにかすかな承諾の意思が伝わってくる。自我は発達しているはずだが、あまり意思を交わそうとはしない。はいといいえさえ伝わればそれでいいと思っている様子だ。可愛らしい見た目に反し、結構クールな性格をしている。蜜には目がないが。


【上手く誰にも見つからなければ今日の蜜はリュイスが配合したものにしよう】


 パレットはめちゃめちゃテンション上がった様子で飛び回る。【強化】していない目にはまるで瞬間移動したかのように一瞬で位置を変える。

 僕も準備を終える。今、僕は自室の寝台の上にいる。この部屋から視認も難しいほどに薄い【霞】を広げ、館全体に行き渡らせている。気配を隠す以上の効果は与えていない。手練れのご老人方であろうと気づかれることはない……はずだ。少なくとも今まで気づかれたことはない。


【行ってらっしゃい】


 ぶん、と羽を唸らせてパレットが飛び立つ。わずかに開いた扉を抜け、廊下に出て【霞】の中を凄まじい速度で飛行する。

 その様子を、僕はまるで自分のことのように知覚していた。

 【霞】の中にいるため、そこから得られる感覚もある。しかしそれ以上にパレット自身の感覚がほとんどそのまま僕の脳内に送られてくる。

 【紋】によるものだ。僕とパレットを結びつけ、その五感も共有できる。【霞】でも地形の把握や魔力の知覚は可能としていたが、パレットの身体を通した情報を加えることでまるで自分がその場にいるかのような感覚を覚えている。

 パレットは館を飛び回る。

 【霞】の中、羽毛の色を合わせ静かに高速に移動する彼は、ご老人方であろうとも簡単には視認することはできない。たとえ目の端に捉えたとしても、敵意を感じなければ虫が飛んだものと思うだろう。

 少なくとも、これまで何度か同じ訓練をしてきたが見つかったことはない。

 ご婦人方がお茶会を開く食堂を抜け、談話室でカードゲームに熱中するご老人方それぞれの手札を確かめ、一度広場に出て相撲大会を観戦し、また館内に戻る。

 このあたりでさすがに疲れてくる。パレットはまだ行けるが、僕の脳がきつい。僕自身が目を開き続けているせいもある。【霞】の知覚に加えてパレットの五感まで共有するとなると処理もギリギリだ。目を閉じればまだ楽になるが、それでは僕の訓練にならない。自室の壁くらい流せずして、実戦でできるはずがない。

 とはいえそろそろ帰還させてもいいか、そう思ったとき【霞】に二人が引っかかった。

 メグロとリュイスだ。

 リュイスの作業部屋の前で二人が何やら向かい合っていた。

 僕はパレットにそちらへ向かうよう指示を出した。メグロに気づかれないか確かめるためだ。決して野次馬根性ではない。

 切り裂くような軌道で窓枠に止まったパレットが、その方向へ顔を向ける。作業部屋の前、扉に背中を預けるリュイスと、一歩の距離を開けて対面するメグロの姿がそこにある。


「……馬車の手配はつけた。明日の朝だ」


 そう口にするリュイスはずいぶんと疲れた様子だった。目が据わっている。普段はそこまで身なりに気を遣っていないようで、だらしなくならない範囲にきっちり収めているのだが今は大分ギリギリだった。

 こもっていた作業部屋からたった今出てきたと言わんばかりだ。


「早いな。身体は持つのか?」

「そこまで歳食っちゃいねえよ。今日一日寝れば回復する」


 僕がこの閉山舎に戻ってきてから五日ほどリュイスはずっと作業部屋で仕事を片付けていた。もちろん彼女とて輸送隊の仕事はあり、これまでも一日数時間は作業部屋にいた。けれど今回は根を詰めるとしかいえないほど昼夜問わず仕事していたようだ。毎日輸送隊の人間が訪れては作業部屋に物を運び込んだり持っていったりしていた。

 それがようやく終わったらしい。

 喜ばしいことだが、それは同時に僕が中央を訪れるときが来たということでもある。


「早けりゃ明後日の昼頃には着くだろ」

「マードウには手紙を出したがまだ返事は来ない。あるいは入れ替わりになるやもしれんな」

「まぁあたしが直接話つければいいだけだ。そのくらいの余裕はある」

「……やはり、南部の影響が輸送隊にも現れているか」

「らしいな。現地のことは知らねえが明らかに物資の消耗が激しくなっている。久しぶりに大物が現れたってのは本当みてえだ」

「常駐するランク4では倒しきれないか……そろそろ近衛が出向くかもしれんな」

「ゴタつきやがる。カイリがいる間、中央に影響がないといいが」


 ははっ、とそこでメグロが笑った。声を出して笑う姿は覚えがない。リュイスと二人だから見せる顔かもしれなかった。


「何がおかしんだよ」

「そう怒るな。お前の心配もわかるが無用だろう。近衛がいる以上、中央に恐れはない」

「そりゃそうだが……」

「だからな、心配すべきはカイリに何かが起きることではなかろうよ。カイリが何をしでかすかの方が俺にはよほど興味深い」

「ああ? ……いや、そうか。そうかもな」


 なぜかリュイスは納得した様子。なぜだ。


「あれが中央に行って何が起きるか。どうも俺は楽しみなようだ」

「お前なあ。楽しみにしている場合か」


 メグロは薄く笑ったまま黙っている。

 リュイスはため息を吐いた。


「……それなら、お前がついていけばいいじゃねえか。ここの管理なんざ知り合いの魔導士にいくらでも押し付けられんだろ」

「俺がついていっても役には立たん」

「違えよ。お前はそうしたくねえのかって聞いてんだ。楽しみにしてんなら、自分の目で見たくならねえのか」

「ならないとは言わんが……お前、あいつが頻繁に手紙を出していることを知っているか?」

「話そらすな」

「そらしたつもりはない」

「……まぁ、知ってるよ。教会のお嬢さんと、南部の攻略隊に送ってるよな。つーかあたしが輸送隊に渡してるし」


 事実だ。この一年、キリエとは頻繁に、ゼルマールとはたまに手紙を交わしている。


「中身を知ってるか」

「知らねえよ」

「本当か」

「……検閲したらどうだって声はある。あいつがあの鳥を連れてきたあたりからな」

「したのか」

「してない。……あたしは」

「輸送途中で見られている可能性はあるか」

「向こうから来てるのもな。一度だけ、封を直した気配があった」

「そうか」


 メグロは肯いた。静かな顔だった。

 リュイスはうつむき、わずかに顔を歪めていた。


「……あたしを軽蔑するか?」

「しない」

「カイリを騙した」

「騙してはいないだろう」

「教えてもよかった。手紙を見られていると」

「その程度、あいつは予想しているはずだ」


 メグロは厳然と言った。


「あれがどのような道を見出したかは知らん。だが、魔物を利用しようとしている。それは我々にとって禁忌だ。反発はあって然るべきだろう。お前にも少しはあったんじゃないか」

「……」

「俺にはある」

「……だよな。なら、お前はどうして」

「決めただけだ。あれのやることを受け入れると」

「は……」

「あれは今、自身が決めたことを通そうとしている。その場に俺が出向いても邪魔なだけだ。なら同行するわけにはいかん」


 しばらく沈黙が下りた。

 やがてリュイスが顔を上げる。


「……あたしが同行するのはいいのか」

「自分にその資格があるか迷っているからこんな話をしたんだろう、お前は。あれとほとんど顔を合わさず仕事に逃げていたのは罪悪感からか? 普段は過剰に構うくせに一度悩むとこうなるのだから始末が悪い。昔からの悪い癖だ」

「るせえ。わかってんだよ」

「気にするなとは言わん。お前が言ったことを返すだけだ」

「ああ?」

「お前はそうしたくないのか?」

「……」


 リュイスは怒っているとも泣いているとも笑っているともつかない顔を見せた。


「るせえ」


 絞り出すように言う。


「ああ、お互いにな」


 それから二人は作業部屋を前を後にした。隠れたパレットの前を通るときは、すっかりいつもの二人の顔をしていた。

 黙る僕に、パレットから問うような思念が伝わってくる。


【うん、終わりにしよう。帰っておいで】


 パレットは即座に飛び立つ。同時に僕も館中に漂わせていた【霞】を静かに戻していく。

 その間、僕は自分の部屋で一人、何とも居心地の悪い気分を味わっていた。

 ……聞くべきではなかった。

 軽い気持ちで盗み聞きして、ひどく落ち込んでしまった。内容自体は多少思うところがあれどどうということはない。近しい人が自分に向けた、しかし自分には見せまいとしてきた感情を勝手に覗いてしまった。そのことに罪悪感があった。

 必要もなく近しい人から隠れるような真似はもうやめよう。そう決めた。パレットとの訓練内容も考えることになるが、どうせしばらくはあまり表立って動けまい。

 僕はため息を吐き、戻ってくるパレットのために蜜を取り出した。




      ◇




「気をつけろ」

「はい」


 見送りに来たメグロと挨拶を交わす。

 館の前、広場の入口にいる。街道に続く場所に、今は立派な馬車が停まっていた。豪華なのではない。馬車もそれを引く馬も大きく、頑丈に見えた。

 ご老人方も数人、見送りに来てくれている。


「スキル取れたら教えてやっからな」

「〈鋼化〉がいいぞ……〈鋼化〉がいいぞ……」

「アホ、自分の好み押し付けんな。ところでこの力強い精気がわかる?」


 口々に挨拶なのかよくわからないことを言ってくるが、その頭に順番に拳骨が落とされる。


「馬鹿どもめ」


 なおも拳を強く握りしめながらジャイロが嘆息する。その後ろでご老人方が頭を抑えてうめいている。


「ま、どのスキルに適性があるかは運もある。気負わんことだ」

「わかりました」


 肯く僕を見て、ジャイロは破顔した。


「うーし、準備できたな。そろそろ乗り込むぞ」


 御者の人と会話していたリュイスが声をかけてくる。

 そちらへ向かう。

 馬車の前で振り返り、見送りに来てくれた人たちに深々と頭を下げる。


「行ってきます」


 告げると、全員がまたそれぞれの言葉をかけてくる。

 その中で、聞き慣れたメグロの声が耳に届く。いつもの簡素な言葉だ。


「行ってこい」


 馬車に乗り込むと、すぐに動き出す。

 小窓から顔を出し、館が見えなくなるまで僕は手を振り続けた。



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