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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
4章 不変のさだめ
51/132

48 被験者



 ●●月●●日

 北部三番侵食地にて採取された果実を被験者に与える。これは中枢個体の制御下にない、独自に侵食地にて発生したものと思われる。すぐに変化は見られない。被験者の集団ごとに量を分け、継続して与え続けるものとする。


 ●●月●●日

 果実を最も多く摂取し続けてきた集団に体調不良を訴えるものが現れる。汚染が進行したと思われる。並行して処置を行いつつ、果実の摂取も継続させる。


 ●●月●●日

 兆候が現れた被験者を隔離する。三十五番、ランク1、女性、二十三歳。異常な発熱、自傷、暴走行為、意識の混濁、記憶の喪失が見られる。特別な異常はない。処置を続ける。


 ●●月●●日

 件の被験者の症状が決定的に進行した。これ以上の観察、処置は必要ないと思われる。〈暗示〉後、元の所属に引き渡す。




 ……ごく一部の記載だ。

 似たような実験、これ以上におぞましい……たとえば、魔物の器官を一部移植するようなものもあれば、限定的に魔術を開発させる比較的穏当な実験もあった。僕の目的、魔力汚染の治療法を探す上でなら、他にもっと参考になる……なってしまう実験はたくさんあった。

 しかし、資料に目を通す限られた時間の中、僕の目を最も引いたのはこのページだ。

 他にも詳細な数値の変化や、彼女の身に起きた症状が無感情に列挙されている。

 その、一番上。

 写真かと見紛うほど精巧に描かれた人物画は、この半年というもの最もよく見た顔だった。

 フォルマ。

 彼女の実験は終了したと、三年前の日付とともに記されていた。




      ◇




 街道沿いに建てられた輸送隊の小屋で一晩過ごすことにした。

 次に向かう迷宮はメグロの住む閉山舎から離れている。長居する気はないとリュイスには言ってあるが、やはり心配そうだった。

 ゼルマールとパルムの話を聞いた今となっては、そのとき以上に長居する気がなくなっている。成果をほどほどに留めるには、短期間で去るのが一番だ。

 小屋の中、ランプの明かりが弱々しく揺らめいている。

 食事と柔軟運動を済ませ、もう後は眠るだけとなってから、その光の下にフォルマが現れた。

 それまで姿を消していた。

 僕が一人になるといつもそばに寄ってきていたというのに。

 今朝、二人と別れ、合流地を後にしてから現れた彼女に「フォルマの記録を見た」と僕は告げた。

 「そう」と彼女は応えた。いつもみたいに素っ気なく。それからふっと瞬きする間にいなくなっていた。

 今の今まで、夜になるまで彼女は現れなかった。


「よくわかりましたね」


 と、彼女が口を開いた。

 あのフォルマの口調だった。よく見ればいつものドレス姿ではない。色こそ暗く……おそらく【影】で編まれたものだが、案内人として迷宮に潜る出で立ちだ。

 初めて出会ったときの姿だった。


「名前でも書かれていました? でもあそこでは番号で管理されてましたし、あの人たちがあたしの名前覚えてるとは思えないしなー……」

「絵が描かれていました」

「絵? あたしの?」

「はい。すごく上手な絵でした。確かにあなたの顔です」

「ああ。そういえば〈写生〉とか珍しいスキル持ってる人がいましたね」


 迷宮で話していたときと違い、元気がない。ひどく疲れたような顔だ。床にうずくまり、僕の方を見ようとしない。


「すいません。知られたくないことでしたか」

「……そうですね、できれば。名前も何も載ってないだろうと思い込んでました」

「僕も、口にするべきか迷いました。何も言われていなかったので」

「ですよね」


 うん、と彼女は肯くと僕に目を向けた。


「ゼルマールさんに会ったんですよね? お元気そうでした?」

「はい。あなたの名前を聞いたら、残念そうな顔をしていました」

「あの人、胡散臭いけど結構面倒見いいんですよ。だから館長になったんでしょうけど。……じゃあ、私の末路も聞いちゃいました?」

「……はい」


 なぜ彼女のことを知っているんだ、とゼルマールに問われた。

 五番迷宮で訓練している最中に名前を聞いたことがあったので、と僕は答えた。奇妙な予感があった。

 ゼルマールは難しい顔をした後、彼女は死んだ、と答えた。


「五番迷宮の結構な奥……ボス部屋にも近い場所で亡くなっていたと聞きます。ボスが消えた後に発見されたそうです。死因は、おそらく魔力汚染の進行だろうと」

「ですか」


 彼女は笑った。

 どこか恥ずかしそうな、困ったような笑みだった。


「まあ正解半分ってところですね。実際は思いついたことを試してみたら相当無茶で、ぽっくり逝っちゃったみたいな感じで」

「思いついたこと?」

「カイリさんも見たでしょ? あの子の、【種】と呼ばれる魔力結晶を。あれ作ろうとしたんです」

「それは……本当に無茶ですね」

「でしょう?」


 僕も今は試そうとすら思わない。

 馬鹿みたいな魔力と、それを制御しきる技術、精神力……覚悟が必要だ。

 当時の彼女の実力は知らない。けれど、この国の誰にだってできるとは思えない。そんなこと、わかっていただろうけど。それでもやった。


「限界だったからですか」

「そうです。死にたくなかったからやりました。あたしは持った方だけど、それでもまだ死にたくなかった。変わりたかったけど変われなかった。だから、やりました」

「……」


 何も言うことができない。

 あの実験……資料で読んだだけでも被験者たちの苦痛は想像を絶するところがある。実験により彼女は寿命を大幅に縮められ、最後にはその決断に至った。

 何が言えるはずもない。


「こんなこと言う死んだはずのあたしが誰だか、カイリさんはわかります?」


 死人には何も言えない。


「フォルマさんが再現しているんでしょう。その思考も、身体も」


 彼女の遺体は火葬され、骨は共同墓地に埋められたと聞いた。

 だから、今目の前にいる彼女は全て、魔術によって編まれた存在に違いない。

 その身体も、その思考も、その声も。


「当たりです」


 にっ、と彼女は笑った。

 ひどいことを言っているのに、その気配に乱れはない。現れたときのように、静かなものだ。

 彼女は自身の鎖骨の下、胸元を指差した。

 その肌に、いつの間にかくすんだ石のようなものが埋まっていた。


「【種】の出来損ない、ですね。あたしの限界。記憶の大部分は込められたんですけど、精神は無理でした。あたしという自我はこの中に込められなかった」


 何でもないことのように彼女は言った。


「今のあたしは、あの子がこの出来損ないを動かすことでギリギリ受け答えができる……ように見えるだけの模造品です。人格はありません」

「……」

「しかも、放っといたらすぐに砕けるくらい弱いんですよ、これ。肉体まで再現してくれたからようやく維持できてるだけで」

「……相当な魔力がかかってますね、それ」


 途方も無い。想像できない。

 人ひとりの肉体を再現し、維持し続ける……どれほどの力、どれほどの意思があればそんなことを成し遂げられるか、僕にはまるでわからない。


「あはは」


 と、彼女が笑った。

 好みの冗談を聞いたみたいに屈託なく。


「だからカイリさんたちに負けたんですよ、あの子。こんな身体なんか作っちゃって、ほとんどすっからかんの状態で、それでも有利だったのに油断して手痛い反撃食らっちゃって」

「ああー……」


 そういうことか。

 一年前、彼女が弱体化していたからこそ勝機を見出だせたが、あれにはそんな事情があったとは。


「ま、油断したあの子が悪いんで、気にしないでください」


 ひらひらと手を振り、彼女は「うん」と一度肯いた。


「思い出して落ち込むこともあったんですけど、話したらスッキリしました。本題に入りましょう」


 強く光る、意思に満ちた瞳がそこにあった。


「カイリさん、あなたは研究資料を見て、どう思いました?」




      ◇




 学院の研究……実験は非人道的なものだった。この世で人道という概念がどの程度発達しているかはわからない。けれど少なくとも、僕が接してきた大人たちであれば絶対にしない、そう確信するほど常軌を逸していた。


「私たちが〈契約〉の範疇外だからです。それでも普通はできません。けれど実験を繰り返していく内に少しずつ思考の枷が外れ、段々と実験は過激になっていきました」


 確かにそうだった。

 最初の内は魔力の知覚範囲や、簡単な魔術の限界などを調べるもので、穏当すぎて拍子抜けしたくらいだ。

 本当にゆっくりと、徐々にタガが外れていく様子が記されていた。


「魔力が意思に反応し、物質を変化させるものだとは早い段階で気づいていたようです。実際、あたしたちのように魔術を使う人もいなくはないので、そういう人を調べればわかることだったのでしょう」

「資料を見る限り、ランク1が多いですよね。2が少しいるだけで」

「そうですね。ランクが低い方が拒絶反応が弱い傾向にあります。あたしはこれをずっと、変わりたいという意思が弱いからだと思っていました」

「違うんですか?」


 僕も似たことを考えていた。

 魔力を扱っても平気なのは、単にあまり求めていないからではないかと。


「肉体の問題だとあたしとあの子は結論づけました。ランク3より上の方が、あたしたちよりずっと魔力を……変化を求めていない身体なのではないかと」

「……ありえますか、そんなこと」

「資料に処置という言葉が出てきませんでしたか。あたしは向こうにいる間、よく聞きましたが」

「ありました。いまいちよくわからなかったので保留してますが」


 ……フォルマのページにもあった。

 何らかの治療か投薬だろうかと考えていた。


「あれは昇格のことを言います。正確には、昇格のための肉体への処置を少しずつ進めていました」

「……え?」

「あたしでいうなら、ランク2に至るための処置を、実験と並行して少しずつ進められていた、ということです。……カイリさんはランク1と2で具体的に何が違うかご存知ですか?」

「いえ……」

「血が違います。薄いんだそうです。全身を巡り、能力を底下げさせる血が」


 初めて聞いた。

 誰も教えてくれたことはなかった。


「学院か、各組織の上層部くらいしか知らないそうですよ。実際、ランク1と2でも性能が目に見えて違うので皆そんなものかと受け入れてしまうんでしょう」

「……」

「その血に、少しずつ何かを投与されました。後で知ったんですがランク2に上がるときは皆そうされるそうです。そしたらね、体内の魔力がものすごく暴れるんですよ。ちょっと前の比じゃないくらいつらくなるんです」

「……それが、処置?」

「ええ。体内の魔力量が増えたときはそうでもなかったのに、一気に拒絶反応が激しくなりました。落ち着いたらまた何かを投与され、また拒絶反応が起き、の繰り返しですね。これも後で知ったんですが、普通の昇格では体調悪くなることなんて無いそうです。それも、一回で終わるとか」

「本当に少しずつ……変化、させられたんですね」

「そうなりますね。結果として、あたしは途中で限界だと判断されました。残ったのは魔力をほとんど貯められない、ランク2未満の半端な肉体です。それも、寿命が迫った」

「……」

「そんな顔しないでください。別に後悔はしてないんですよ。実験も志願制でしたし、やめたければいつでも言っていいと言われていたんで」

「途中でやめようとは思わなかったんですか」

「魔力について知りたかったんです。魔力汚染についても。あたしを調べることで治療法発見に少しでも役に立つなら、と思っていました」


 彼女は静かな顔をして言った。


「でもあの子と出会って、話していく内に気づいたんです。もしかして学院の人たちは魔力汚染の原因があたしたちの身体にあるってとっくに気づいていたんじゃないかって。気づいて、その限界を探ろうとしていたんじゃないかって」

「……」

「……カイリさんはあの資料を見てどう思いました? 治療法、探していました?」

「初期は、探していたと思います」

「その後は?」

「途中から、明らかに魔力がどのようなものか、どの程度の力を持つか……どう活かすか、という視点が入るようになったと思います」


 魔道具が特にそうだ。

 途中から魔物の死骸を利用して、被験者に新しい道具、新しい術を作らせる実験が散見された。

 悪いとは言わない。

 あるいは将来的に魔力汚染を予防することに役立つ、そういうことはありえるだろう。しかし、現在苦しんでいる人間を治療する、その視点は失われたのだろうと僕は思った。


「ですよね」


 力なく彼女は笑った。

 それを見て……突然、僕は思い出していた。

 一つの感情を。

 腹立つことくらいは当然あった。

 誰かに苛立つなんていうことはもっとある。

 けれど、ここまで腹の底で煮えたぎるようなそれを覚えたのはこの世に生まれ落ちて初めてだった。

 怒りが全身に満ちていた。



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