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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
1章 揺籃の頃
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4 【強化】



 学舎で行われる訓練は僕からすればいびつだ。

 夢で見た学校の授業と比べると、こちらの方が実践的と言うべきか。

 主に学習訓練と運動訓練に分かれており、基本的には広場を各世代で順番に使い、他の時間を学習に当てている。

 学習訓練は簡単な読み書き、初歩の四則演算を繰り返し、さらに専門的な分野には進まない。意外なのは読書に選ばれるものにわりと詩歌や物語が多く、それだけで僕などは結構文明的なんだなと思ったりもする。訓練ではないが、自由時間などに先生の一人が楽器を演奏してくれたりもするため、娯楽は充実している。

 他に多少は国のことも教えてくれるが、おとぎばなしくらいにふわっとしているため役に立たない。

 学習訓練における知性、感性の分野に隠されたものこそ覚えるが、偏向性を感じたことはない。

 反面、運動訓練でははっきりとした目的意識を感じる。

 当初、一昨年の内は走ったり跳んだりといった基本的な運動に、少しの筋トレと充実した柔軟体操を行っていた。そこに去年から対人訓練が追加される。受け身に始まり、棒の素振り、それから一対一での打ち合いと、明らかに戦いを意識した訓練だ。 

 無論、僕には夢の記憶がある。その中でも似たような訓練はあった。それで好成績を上げる人材が治安維持や国防の仕事につきやすい流れがあったこともわかる。そういった適性を持つものを探すためかもしれないとも思う。

 だがやはり順当に考えると、この学舎で何に力を入れられているかと言えば運動訓練だ。

 さらには狩猟はともかく農耕に関する知識をほとんど入れられていない。他の生産的職業も。

 僕らはおそらく戦うものとして集められ、育てられている。

 何と戦うかはまだわからない。

 学舎の雰囲気を見るに、それを知らされるのはそう遠くないだろう。




      ◇




「君たちも再来年には新たなスキルを授かることだろう。自由に選べるわけではないが、ここで知識を培い、優秀な肉体を築いてきた君たちならば多くのスキルに適合するはずだ。今回紹介したのは一例に過ぎない。自分が何を望み、何に秀でているかをよく考えておくように」


 禿頭痩身の教師、デガルが学習訓練の最後にそう付け加え、解散を宣言した。普段は学習内容以外に口を開くことが滅多に無いだけに注目してしまった。

 二つ上の世代がそろそろスキル選択の時期に来ているからだろう。

 学生の中で最年長の十歳の子どもたちは、毎年この時期になると奇妙に浮ついた雰囲気と、やけに張り詰めた空気を同時に漂わせる。学舎後を明確に意識する時期なのだ。

 あと半年ほどで彼らはいなくなる。その後はそれぞれの働き口に連れて行かれると聞いている。

 おそらく、その行き先もスキルである程度決まるのだ。サラや今の学生の中にも数名いるスキル持ちを見る限り、彼女らを活かせる場におきたいのは当然だろう。


「やっぱ鉄板は〈武術〉か〈怪力〉でしょ」

「私はできれば〈治癒〉が欲しいけど……」

「かなり相性良くないと適合しないって言うしな。適合者ゼロの年もあるって話」

「中央行きだけなら〈演算〉が一番確実って聞くけど、あれ相当学習訓練の結果が良くないと試させてもくれないらしいね」

「〈鋼化〉なんかはちょっと怖いよな……」


 僕と同様やはり教師の発言が珍しかったのか、運動訓練前だと言うのに希望するスキルについて語っている。

 あと二年。短くはないが、長いわけでもない。学舎の後、自分の先を考えるものが僕らの世代にも増えていた。


「カイリ、今日も頼む」


 そんな中、周囲の会話に加わることもなくジードが声をかけてきた。すっかりいつものことになっていた。

 かまわないけど、と応えてから不意に口が開いていた。


「ジードは」

「うん?」

「ジードは何のスキルが欲しい?」

「そうだなぁ。普通に〈武術〉か〈鋼化〉かな。強くなるんだったらまず必要だろ」


 返事は普通のものだった。他の子どもたちと大差ない。違いがあるとしたら、ジードはまず間違いなくどちらも手に入るだろうということだ。


「カイリはどうすんの?」

「特に希望はないよ」

「マジ? まぁまだ二年あるしな。絞る必要もねえか」


 そんなジードの様子に、近くの子どもたちがわずかに顔をしかめている。

 僕は見ないフリをして、ジードともに広場に向かうことにした。

 今日は試してみたいことがあるのだ。




 広場の中、他のみんなと同じように僕とジードも向かい合う。

 お互い棒を構えている。すでに僕が一度攻め役をこなし、全て難なくさばかれた後だ。

 少し息を入れてある。ここからジードの攻めが始まる。普段であれば三十も受ける前に棒を取り落とすか、防御が間に合わず終わってしまうところだ。

 今日の目標を決めた。

 五十は受ける。

 ジードの目がすう、と細まる。こちらの気持ちが固まったのを察したか、いつも始めるときの目つきになる。


「いくぞ」


 ゆら、と一見緩やかな速度で動き出す。

 そこから、


「右肩」


 急に速度を上げた一撃が宣言通りの場所へ放たれる。

 かぁん、と棒が鳴く。気を抜けばもう棒を落としそうな威力、目が置いていかれそうな速度だ。


「手首、膝、胴、頭、首」


 ジードは次々と棒を振るってくる。

 僕はなんとかそれをしのぐ。

 本来、受ける側はさらに弾き返すのが理想なのだが、ジード相手にそれは敵わない。

 そのため、油断すれば左右どちらにも回り込み、こちらを崩しにかかるジードを押し返せず、じりじりと後退していくことになる。

 攻撃が二十を超えた。

 いつもこのあたりで徐々に体勢を整えられなくなっていく。

 今日もすでに追いつめられていることが頭ではわかる。あと少しで取り返しがつかないほどバランスを崩し、転んでしまうだろう。

 頭ではわかっている。頭では。

 手が、身体がそれに追いつかない。

 追いつかなかった。今日までは。

 僕は腹から事前に手に宿していた『力』に意識を向け、命じる。


【強化】


 瞬間、今にも棒を落としそうなほど失われていた力が再び手に満ちる。どころか普段よりもはるかに強い感覚があり、それは間違っていない。

 がぁん、とこれまでよりも激しい音が響いた。

 目を見開いたジードと視線がかち合う。その赤毛とは対象的な青い瞳に僕が映っている。

 ジードが体勢を崩したわけではない。ただ、僕の右側面に回り込もうとしてすれ違いざまに振るってきた一撃を、僕が跳ね返しただけだ。

 それだけでジードは思惑通りに身体を運べず、僕は再びしっかりと構え直すことができた。


「へえ」


 見開かれていたジードの目が再び細くなる。口の端がわずかに吊り上がる。

 一瞬の間。

 直後、ジードは真正面から棒を叩きつけてきた。

 今度棒から上がったものは悲鳴だった。みしりと嫌な音がする。叩きつけたまま、力任せに押さえつけにくる。


「ぐ、む……」


 口から勝手にうめき声が漏れる。

 【強化】を施したのは手だけ。正確には、握力と手首だけだ。全身にかけたいところだったが、それはできなかった。

 体勢整っているところに真正面からかかる圧力だからなんとか対抗できているだけで、すぐに吹き飛ばされてもおかしくない一撃だった。


「うーん? よくわかんねえな」


 声が聞こえた瞬間、圧力が消える。

 ジードが身を引いたのだ。「まぁいいか」と彼はつぶやく。


「続き、しよう」


 そして僕が身構えてからジードの打ち込みは再開した。

 その後は真正面から叩きつけてくるようなことはなく、いつもと変わらない様子だった。

 三十九。中断前と後を合わせて、今日、僕はそれだけのジードの攻撃を受けることになった。

 目標達成とは行かなかった。




 柵に背中を預け、広場の中、まだ続く訓練の様子を見るとはなしに見ている。

 少し前まで僕の相手をしていたジードはまた一対五の集団相手だ。今日も囲まれているが、昨日と違うのはジードも攻撃を加えている点だ。

 攻守入り交じる、本格的な試合をしている。こうなると寸止めや軽く当てるのは難しく、怪我も増える。教師や治療班などは内心ハラハラしているに違いない。

 治療班といえば今日はサラもちゃんと訓練の中に混じっている。普段ももちろんやっているが、彼女はスキルもあって治療班の中でも群を抜いた腕を持っているので、実際半分近く時間を割かれてしまうことも多いのだと言う。その分成績も加味されているのだが、たまにああして訓練をしている姿を見るに、普通に身体能力も高い。ランク2は伊達ではないようだ。

 しかし今は集中しきれていない。意識を持っていかれている。見るに、ジードたちへだ。孤立したジードを気にしているのは知っていたが、あの様子は少しおかしい。

 ……昨日の話を必要以上に受け止めたのかもしれない。

 真面目な彼女のことだ。ありえるかもしれない。

 だとしても僕には関係なかった。

 今、僕にはやるべきことが山ほどあるのだ。

 柵に立て掛けた棒を手に取る。木材を削り、磨いた大量生産品だろう。けれど今まで少なくとも僕は壊したことなどないし、壊れたところも見たことがない。丈夫なもののはずだ。

 だが今、僕の手に持つ棒の表面には縦に亀裂が走っている。

 ジードの一撃によるものだ。

 みしみしと嫌な音がしたものの、まさかこんな傷がついていようとは。終わってから気づいてゾッとした。

 馬鹿力もあるだろう。だが力だけでは無理だ。

 恐るべき技の冴えだった。

 しかし僕はその技を、まぁかなり運もあったとはいえ受けることができた。目標達成できなかったとは言え普段より多く、三十回以上ジードの攻撃を受けきったのだ。

 【強化】によってだ。

 腹の底にたまった『何か』、これを仮に、便宜上、『魔力』と呼ぶことにする。

 非常に安易だが僕にとってめちゃめちゃわかりやすいのだ。わかりやすさは大事。

 昨晩、ベッドの上で光を灯すことができた。あれは熱もあったがほとんど光だけの、明かりと呼ぶに相応しいものだった。

 直前の僕の願いを受けて魔力が光ったのだと直感し、仮定した。

 それから数時間かけて検証、考察してみた。

 ひとまずであるが、魔力は僕の意思に反応する。僕の願い、想像に従って様々な現象を引き起こすことができる。そういう性質を持っていると結論づけた。

 光以外にも熱と音は容易に発生させることができたし、においも難しいができた。ただし、何らかの物質を発生させるのは難しいようで、実際にはベッドの匂いを変えたのだが。最終的には消臭した。

 その中で、自分の身体機能を強化、補佐できるのではないかと思いついた。

 やってみた。

 できた。

 色々と試行錯誤したが、最終的にはいかに上手に魔力をつかみ、自分の意思を浸透させるか、という点が大事だった。

 魔力に願いを伝えるのではなく、魔力に自分を注ぎ込む、そんな感覚だ。

 その点、自分の身体を強化するのは想像もしやすく、非常に楽だった。

 ……ただ、実際に自分の身体を動かしている以上、普段より酷使した身体がどういった反応を示すか少し不安なのだが。具体的には筋肉痛。明日が怖い。

 ともあれ、万能に近い力だ、というのが今のところの僕の所感だ。魔力すごい。

 無論、欠点もある。

 すぐに気づいたが、僕の内在魔力量である。これは泉から取り込んだ分なのだが、当たり前に魔力に何らかの働きかけをするたびに消費されていった。

 少しずつ使っていく方針で、様々な検証を行ったのだが、【強化】だけは実際に重いものを持ち上げたりと目にわかりやすい結果が必要だったため、相当に消費し、枯渇した。

 また泉に取りに行かなきゃいけないのかーとうんざりしながら寝た。

 起きたら復活していた。腹の底にまた貯まっている感覚が合ったのだ。

 ……時間が経てば回復するのか?

 これはもう何日かいろいろ試してみねばわからない。

 ただ、このおかげで僕はまた教師の目をかいくぐって森に入らずにすみ、ジードとの訓練で【強化】を試せたのだった。

 さすがに手だけでは相手にならないようだ。視力、足腰、それから心肺機能も強化すればもう少し相手になると思う。

 もっとも……僕は広場の中央を見る。

 ジードの大立ち回りを。

 五人側も無論、相手になってはいる。

 攻防だけ見れば、ジードの方が劣勢と言えるかもしれない。

 ただし、勢いで圧されている。ジードの意気は遠目でも絶えていないように見えるのに対し、五人の動きからは消極的な、嫌気がうかがえる。

 膠着している。

 ジードの方も五人を崩せず、五人の方もジードを叩き潰すことができない。

 教師が近寄っていくのが見える。終了時間も迫っているし、割って入るつもりなのだろう。

 何のつもりか、サラも寄っていく。邪険にされている。

 ジードは少し不満そうだった。五人が息も絶え絶えなのに対し、さすがに肩を上下させているものの、まだやれるという意思に満ちていた。

 教師でさえどこか近づくのをためらっている様子だ。

 ……あれに、あの小さな怪物に、僕が魔力による付け焼き刃の全身強化を施した程度で本当に敵うものか?



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