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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
3章 邂逅の時
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31 新たなチーム



 自分自身の特異性というものをこの一年、考えていた。

 当然だ。考えないわけにはいかない。

 目を逸らしていたこともあったけれど時間がある以上、そして結局、魔力汚染という制限時間があるからにはきちんと向き合わねばいけない問題だった。

 僕には記憶がある。

 物心ついて、いつからか夢で再生されるような、ここでないどこか、今でないいつか、僕でない誰かの記憶だ。

 なぜこんなことになっているのか、いまだにわからない。

 全部僕の妄想なのではないかとも思うが、それにしてはあまりに細部が凝りすぎている。

 質感のある記憶、匂い立つような夢、引き換えるように色褪せていく現実。

 八歳までの僕は、自分自身の意識に引き裂かれてどこにも行けずに生きていた。

 あのとき、魔力を感じるまで。

 あれは何だったのだろうと今になって疑問を覚えている。

 泉から漂ってくる魔力など、ずっとあったはずだ。

 しかし僕はそれには反応することはなかったのだと思う。たまたまあの瞬間、僕の感覚の中心部に引っかかった、そういうことなのかもしれないが、わからない。

 あの瞬間までの自分に何が起きていたかなんて、本当にわからない。

 だから僕が今、この一年で考えてきたことは、もっぱら現実的なことだ。

 魔力汚染のこと。その治療法。

 僕も魔力汚染に冒されている。実感はないが、間違いないことだろう。

 僕と他の魔力汚染者……メグロの他にもこの一年で何人か似合う機会があったが、彼らとの違いが明確にある。

 魔術を積極的に使うかどうか、という点だ。

 もっと言えば、他の人間は魔導士や案内人として許可された魔術以外を考えようともしていない。

 無論、禁止されている。けれど僕らは魔力によって寿命を大きく削られた身だ。専門で研究している人間がいるとはいえ、自分でもこっそり知ろうとするものもいるのではないかと。

 メグロに聞いてみたことがある。

 なぜ魔術を使わないのか、調べようとする人間はいないのかと。

 答えは、予想とは違っていた。


『少なくとも俺は、直感で手を出していいものではない感覚がある』


 本能的に忌避感があるのだと彼は言った。


『俺以外の多くの人間も、そのような異物感を覚えていた。そうでない様子のやつもいたが、ほとんど死んだ』


 それ以上、有益な答えは得られなかった。

 けれどいくつかわかることはある。

 僕以外にも魔力に対して否定的な感覚がない人間もいた。その多くは死んだと言う。死因は何かまでは聞き出せなかった。普通に症状が悪化したのかもしれない。

 あるいは、僕のように魔力に手を出すことによって汚染の進行が早まったのかもしれない。

 わからない。

 魔力汚染者ともっとたくさん接し、彼らの方を研究すればわかるかもしれない。

 でも僕は制限時間を意識したとき、それを後回しにした。

 魔力そのものの方を調べることにした。

 すなわち、迷宮とそのボスを。

 これは単純に僕の興味関心がそちらに向いているということもある。けれどそれ以上に、汚染者をいくら調べても原因は判明するかもしれないが、その先、治療法を得ることはできないのではないか、という直感があったからだ。

 何より、そんな方法は中央の研究者がきっとずっと先を行っている。

 ……また、自分の特異性について考える。

 僕がわりと簡単に魔力を操り、魔術を編み出せた理由は簡単だ。

 〈解析〉があったからだ。

 〈言語〉派生上位スキル。メグロが言うには、全ての汚染者がまず〈契約〉の対象外となり、一部にレベルを無視して派生上位スキルを使えるものが出てくると。

 そして、こうも言った。


『……お前以外、中央に〈解析〉を扱う汚染者が一人いる』


 ずいぶん歯切れ悪く。

 多分、その人の待遇についてメグロは思うところがある。

 使うな、というのは僕の脳への負荷も問題視していただろうが、ことによると僕は中央の研究者たちが興味を覚えてしまう条件が揃っているのかもしれない。

 いつかの友人の言葉を思い出す。

 躊躇なく力を使うには攻撃性が必要だ。

 それはつまり、言外に僕にはそれがないだろうと言っていた。

 ……その通りだ。何もかも正しい。

 僕には今、力がある。多分、大人であってもランク3くらいなら問題なく対処できるくらいの力を備え始めている。

 けれどきっと僕は上手に力を振るえない。

 だから、キリエだけじゃない。

 ランク4の戦士たちに目をつけられた段階で、また新たな制限時間が生まれたと考えたほうが良い。

 多分、いずれ僕は中央に行かざるを得なくなる。

 それはそう遠いことではないだろう。




      ◇




 東部十五番迷宮、通称『人食い地底湖』にひとまず入ってみることになった。

 キリエが迂闊に招集役の魔物に手を出し面倒なことになるなど多少の問題はありつつも、誰一人怪我を負うこと無く進むことができた。

 あらかた探索の手が入っているところまで進み、いくらか魔物とも戦闘し、この迷宮の雰囲気というか特性がつかめたところで僕は提案した。


「一旦帰りましょう」

「えっ!?」


 キリエが驚く。

 戦士ケインは無言で肯き、癒し手のイーライは「わかりました」と言い、荷物持ちのカンはむっつりと僕を無視している。まぁ全体の流れには逆らわないのでかまわない。

 問題はキリエである。

 手頃な岩陰で休憩していた僕らは、手早く撤収の準備を始める。


「えっえっ、ええっ!?」


 と、キリエがわざとらしく驚く様子に、カンはともかくケインとイーライは構おうとしない。

 二人はキリエの護衛だと言うが、彼女に全て従っているわけではないようだ。迷宮内では案内人である僕の意見を重視してくれる。

 当たり前といえば当たり前だろうが、キリエの意思そのものよりも彼女の身の安全を重視しているのだろう。


「じゃ、帰りますか」

「えええー……」


 え、としか口にしなくなったキリエに誰も声をかけず、潜り始めて初日、大体二時間くらいで僕らは帰ることにした。




 館に帰り、各自一旦別れることになった。身を清め、夕食も取り、まだ宵の口といったあたりで食堂に集まる。

 キリエはいかにも不服という表情でお茶を飲んでいる。カップはおそらく持ち込みだろう。さりげなく機能性を損なわない程度の装飾がある。僕なんか食堂備え付けの木のカップでお湯だ。

 といってもイーライだけキリエに付き合って同じカップでお茶を飲み、ケインは酒、カンは僕と一緒でお湯。

 全員、僕含めて最低限の装備以外はくつろいだ姿だ。


「明日からの攻略について話したいんですが……その前に、皆さん今日の探索についてどんなふうに思いました?」


 僕が口を開くと、まずキリエが手を上げた。


「ではキリエさんから、お願いします」

「わたくしの鮮烈な攻撃でこの迷宮の魔物たちなど一網打尽にできることが証明されましたわ!」


 不敵な笑みで高らかに彼女は言った。

 不敵な笑みというかもうそれはドヤ顔だった。自信たっぷりの様子だ。


「なるほど」


 僕は肯いておく。


「では、ケインさんは?」

「俺え? いや、特にねえよ。あんたの案内は的確だし、かなり順調に潜れてると思う。強いて言えばお嬢はもう少し下がってほしいですね」

「ぐぬ」


 キリエの笑顔が少し崩れる。


「イーライさんは何かあります?」

「私は皆さん大きな怪我もなく一日を終えられたのでホッとしてますよー。あえて言うならお嬢様の雷があらぬ方向に飛んでくのが心配ですかねー」

「ぐぬぬぬ」


 キリエの笑顔が半分崩れる。


「カンさん」

「特に言うことはない」


 荷物持ちの彼は僕と会話する気がないようだ。かぶせるようにバッサリ言われる。


「そうですか。僕からは……」


 視界の端、キリエがすがるように僕を見ている。

 いや、だからといって言うことは何も変わらないのだけど。


「今日については特にないです」

「えっ」


 キリエの顔が完全に驚愕に染まる。意外だったのか……


「船から落ちたりもしましたが、あれは僕自身の不注意もあったので。それ以外、皆さんの実力は驚くばかりです」


 それは、掛け値なしの本音だった。

 盾持ちのケインは複数のスキルを効果的、効率的に使う術をよく心得ており、豊富な戦闘経験を見せた。何より〈鋼化〉による盾の自在な変化には目を見張った。

 癒し手のイーライは、彼女自身が戦いで目立った活躍を上げることはなかったが、敵を危なげなくあしらい、ケインやキリエの邪魔にならない位置を常に意識しているようだった。

 この二人……ランク2ではあるがおそらく3に匹敵する。それどころか、場合によっては凌駕しているのではないか。単純な身体性能ではなく、垣間見えるスキルの熟練が尋常ではない。

 荷物持ちのカン、彼もちょっと信じられない。おそらく〈怪力〉に加えて身体を頑丈にする〈気功〉派生スキルでも取っているのだろうか。敵の攻撃をまったく意に介さず跳ね返していた。

 そして、何よりキリエだ。

 彼女自身の技能はそこまでではないだろう。ランクこそ上であるが、おそらくケインと比べたら未熟だ。

 しかし、その身に帯びた武器が異常だった。

 魔道具、と聞いた。

 魔物の死骸を用いて作り出した道具だという。

 自在に雷を放つ上、本体の切れ味もまた恐るべきものだ。

 特に放電能力はこの迷宮において相性が良すぎるくらいだ。


「このチームなら確かにボス部屋までたどり着いてしまえば単独攻略も叶うかもしれません」


 必要なものを必要なだけ揃えた、そういう印象がある。


「ですわよね!」


 キリエがキラキラとした目で僕に賛同する。

 ケインは苦笑し、イーライはにこやかな顔を崩さない。カンは相変わらずの仏頂面だ。

 雰囲気は悪くない。

 なので、僕は少し悪いなぁと思いながらその言葉を口にした。


「ですから、ちょっと明日から僕は一人で潜ってみます。みなさんはその間、自由にやってください」

「え」


 キリエがつぶやく。

 彼女が理解する前に、僕は早々に席を立って頭を下げた。


「ボス部屋を探るのに時間をください。なんとかやってみるので」




      ◇




 館の外に出ると、すっかりあたりは暗くなっていた。

 そこらの木に身を預け、しばらく一人で迷宮を内包する山を眺めていると、声がかかる。


「お前、いくらなんでもあれは強引じゃないか」

「そもそも無茶な話でしょう、これ」


 僕は素っ気なく答えた。

 相手はをそれ気にした様子もなく「確かにな」と肯いた。

 僕から少し離れた木の陰に、その人物は寄りかかっていた。

 ケインだ。キリエの護衛である彼がひどく無感情の、幽霊みたいな顔でそこにいた。


「それで、やれるのか」

「やりますよ。やります。上手くやれば良いんでしょう」


 僕が投げ遣りに言うと、彼は無表情のまま肯いた。


「そうだ、上手くやれ。上手に迷宮探索を進め、上手くボスまでたどり着けない程度のところで撤収しろ」

「……もう一度確認しますが、いつまで」

「残り十日だ。それさえ過ぎれば、お嬢も帰らざるを得なくなる」

「僕の身は」

「上手いこと攻略隊に残れるように手を回す。……お前さえ望むなら、中央にだって行けるが」

「いえ、それは結構です」


 そうか、とケインは肯いた。

 僕も彼に合わせて無表情で言った。


「二日、僕は一人で潜ります。キリエさんもそのくらいなら待てるでしょう。二日後の夜にどのように攻略を進めるか決めます」

「わかった」


 そう言うともう話は終わったとばかりにケインは去っていく。

 僕は引き止めることもせず、その背を見送っていた。

 ……馬車でキリエと話した後のことだ。

 僕はケインに捕まり、彼女と会話した内容を打ち明けさせられた。

 そして、ある取引を持ち出されたのだ。

 十日の間、キリエに自由に安全に迷宮探索させ、しかしけしてボスの元までたどり着かせない。

 代わりに、僕を望む場所に配属させる、というものを。

 夜空を見上げる。

 星々が瞬いている。

 しんどいなあ、と思いながらそれを口にすることはできなかった。



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