29 宣告士キリエ
『〈宣告〉というスキルがある』
その日は、珍しく「実り」の仕事ではなかった。
学舎近く……僕が暮らしていたところとは別の、もう死んだ迷宮を点検する仕事だった。
もう何度か僕も経験したことがある。
点検と言っても魔力の流れを見て、この程度なら復活していないなと確認するだけのものだ。
死んだ迷宮は念入りに埋め立てられ、奥底にある源泉地にいかなる魔物も近づけないよう封印される。ほとんど土木工事のような作業が行われるのだそうだ。
とはいっても地面から微細に漏れ出る魔力や、僕が見つけたように湧き出る水とともに地表に現れる魔力はある。無視しても問題ない程度とみなされているのだが、あの泉くらいの規模になると学舎の教育に使われたりもする。
そういった点を考慮し、山全体を感じ取って問題がないか確認する。
普段なら狩人が随伴するのだが、そのときはなにか用事ができたようで、メグロが慣れているということもあり、僕らは二人で山に入った。
迷宮独特の圧力も何もなくなった山道を進み、到着した山頂からひとまず周囲を見回しているときだった。
『教会に所属しているものだけが持っているスキルだ』
『はあ、一応知っています。学舎でも少し習いました』
何を突然言い出すのだろうと思いながら、僕はとりあえず答えた。
確かに学舎にいた頃、様々なスキルを紹介する講義の中でその名を聞いたことがある。
『確か、神のお告げを聞くことができるんですよね?』
『そうらしい。彼らはどこにでもいる。軍にも、輸送隊の中にもいる。スキルに反応があるたびに主要な人間を呼び出しそれを伝える。そういう役目だ』
『へえー』
『今回狩人が同行していないのはそういうことだ。何かしらの〈宣告〉があったのだろう』
『ああ』
納得がいった。同時に疑問が湧く。
『え、神からのお告げってそんな頻繁にあるんですか?』
『そうでもない。というより、実際に神からの〈宣告〉などほとんどないらしい』
『んん?』
『〈宣告〉のレベルが高いものは、他の〈宣告〉持ちに向けて言葉を伝えることができるのだという』
『え』
『さすがに神からの〈宣告〉とはまったく別の感覚だそうだがな』
『いや、そうでなかったらヤバい話ですよそれ……』
『我々が〈契約〉を無視できる話よりマシだ』
『そういえばそうですね』
はははは、と僕は笑う。メグロは笑わない。いや一応薄く笑っているのだが笑っているようには見えない。
意外とメグロはこの手の冗談を好むようだ。軍の文化だろうか。
『しかし、話を聞くだに便利なスキルですね。使い手多いんですかね』
『いや、かなり少数だと聞く。教会の本音としては学舎にも配置したいのだろうが、人数がいないので輸送隊に混じって各地を巡っているようだ』
『ははあ。相性が重要なスキルなんですかね』
『……噂だが、実のところ〈宣告〉は習得できる類のものではないという』
『え?』
『みな、生まれつき所持していたのだと。そしてそれ以外、後天的に習得した人間はいない、と』
『……噂なんですか?』
『ああ、真偽は知らん』
メグロは素っ気なく言った。だからこそ、それ以上は探ろうとしなかったのだろうと想像できた。
僕はそのとき多分生まれて初めて、ようやくその存在を感じた。
神と呼ばれる存在を。
確かな実感はない。
ただ、僕らは育ちどころか生まれにまで手を加えられているのかもしれない、そんな小さな想像とともに。
『宣告士。教会の人間はみなその役目についている。ランクとはまた別で我々とは違う存在だ』
◇
この一年ですっかり旅の空にも慣れてしまった。
自分の足で歩くことが最も多かったが、たまに輸送隊の馬車に同乗させてもらうことあった。そういうとき大半は荷物扱いなため快適とはとても言えなかったが、あのグラグラ揺れる車内に寝転びながら流れる風景を眺めるのは、あれはあれで振り返れば味がある。
視界の中、半分が幌に覆われ、半分だけ夜空が見えている。
星々は動かずに瞬くばかりで、ただ視界の下の方、木々と遠くの山々だけが遠ざかっていく。
この輸送隊は夜の間も移動をやめない。
話を聞く限り、どうも朝方に合流地で別の馬と交代させ、そのままほとんど休まず中央に運ぶのだと言う。
迷宮のボスの死骸とはそれほどまでに重要なのか、あるいは危険性が高いのか、はたまたその両方か。
少なくとも、こんな夜中であろうとも御者や数人の護衛が起きているということは確かだ。
そして、やはりどう考えても動くのであれば日中よりも夜間、すでに深夜と言っていいこの今しかない。
今、この馬車は荷車がいくつも連結されている。
ボスの巨体を運ぶためだ。
先頭で六頭の馬が曳いている。巨体にして筋骨隆々の馬だ。僕もこの一年で輸送隊の馬を何度も見る機会に恵まれたが、その記憶を探ってもこれほど優れた体格の馬はいない。
というか、おそらくあの馬たちもスキルを持っている。〈怪力〉あたりだろう。
なんとなくわかってきたが〈怪力〉も〈気功〉の派生スキルだ。最も基本的な派生だからこそ、未熟でも扱えるよう一つのスキルとして切り離し、下位ランクに習得させているようだ。
かつて〈闘気〉は僕らには縁がないとメグロが言った。
それは汚染者である以前、ランクの問題ではなかったのか。
気になりはする。そのあたり、調べてみたい気持ちもある。
だが、今はそれ以上にやらねばならないことがある。
身体を起こす。すでに【隠身】と【消音】はかけている。あくまで体内にのみ効果を及ぼす魔術は早々に気づかれないとこの一年で実験し、わかっている。
無論、手練を相手にしたときにはその限りでないかもしれない。
だとしてもこの転がり込んできた機会を逃すわけにはいかなかった。
幌で覆われた、いくつも連結された荷車、その最後尾に僕はいる。
一つ前にはあの宣告士たちが休んでいる。僕の乗っていた荷車が完全に荷物置きだとしたら、前のものは頑丈で振動も抑えて乗客の快適さを追求し、それでいて外装にも凝った豪華な作りをしている。
そのもう一つ先から、ボスの死骸が横たえられている。
茎の途中から切断され、花弁も多くが舞い散り、種子など数える程度にしか残っていないあの花が。
馬車を伝っていくよりも、一つ飛ばして駆け乗った方がバレるリスクは低い。
そう判断したらもう動くしかない。周囲を確認する。護衛は今、前方と左右しか警戒していない。後ろは言っちゃ何だが僕だ。もう一つ前の豪華な車は中の人員でどうにかなると思われているのだろう。
そんな宙ぶらりんの立場こそがありがたい。
後方から滑り込むように地面に下り、【強化】された足で馬車と併走、一つ前を飛ばし、ボスが置かれた車に手をかけ、すぐに跳び乗る。
音は出さず、姿も確認されていないはずだ。
星々の明かりだけが照らす中、僕の行動を視認できたものは誰もいない。
だから、バレていたとしたらそれ以前、僕の行動が読まれていたより他にありえないだろう。
「こんばんは、良い夜ですわね」
その少女は薄暗がりの中、それでも美しく流れる金の髪をなびかせて立ち上がった。
車体にくくりつけられた花に手を添えながら僕に微笑みかける。
「少し、お話しましょう?」
◇
ボスを倒した直後、事態は僕の手から遠く離れたところにあった。
僕は、またも僕の意思の及ばぬところで身柄を動かされようとしていた。
『あなた方にもわたくしの望みを妨げてはならぬと〈宣告〉されているはずですが?』
『お嬢さん、あなたの立場は尊重するが、あなたの行動は所詮個人的なものだ。僕らもあなたに関知しないが、あなたも僕らを邪魔しては困る』
二人が言い争っている。
一人はランク4、超人のような戦士。クラックという名のようだ。ボスの攻撃を一人涼しい顔でしのぎきり、おそらくただ討伐するだけなら可能であったろう男。
一人は宣告士と名乗る少女。手入れの行き届いた長い黄金の髪に彼女のために仕立てられたのだろう機能性とデザインを兼ね備えた攻略隊のような装い。
クラックの方はこの東部三十番迷宮のボス討伐人員の派遣を要請してから二日と待たせず現れた人物だ。
そして、こちら側の準備が整ったと同時にボスの討伐に出向き、ほとんどたった二人で終わらせた。
損傷こそ避けられぬもののボスの形はしっかり残った状態で、だ。
少女の方はよくわからない。
僕は初めて見た。
だが、ボスを解体し、輸送しようとする人間たちの表情や対応を見る限り、そちら側の人間なのではないか。
クラックたち、戦士の二人はパルム館長の言う限り、少し管轄が違うらしい。そのあたりは後で調べよう。
少女はおそらく教会の人間だ。今、解体している人員たちの扱いから見ても、上に位置する人間であることはおおよそ間違いないだろう。
だとしても、少女はその中でも部外者に見えた。
なんというか、偉いは偉いが直接の上司ではなく、上司の娘のような、丁重に扱われているが完全に従っているわけではない。
そんな雰囲気があった。
『だとしても、これは教会の意思です。魔力汚染者の扱いもまた本来我々の管轄ですわ。あなたにそれを否定できて、クラック様?』
『……まぁ、あなたと言い争いをしても埒が明かないことはわかっている。僕は弁が立たないしね。テレサ』
『げ』
クラックは少し離れた場所で素知らぬふりをしていた女に声をかけた。
同じくランク4、男とともに二人でボスを討伐した弓持ちのテレサは嫌そうな顔でうめく。
『……何よ』
『いい案を出してくれ』
『……無茶ゆー』
テレサは少し迷った様子で、ため息をつくと、僕に近寄ってきた。
『少年』
『はい』
『君は、どうしたい?』
尋ねられる。
しかし、苦渋の顔だ。
僕は自由を与えられたようで、そうでないことが彼女のその表情からわかった。
『……その、どちらの方に行きたいか、ということになるんですよね?』
『そう。本当に申し訳ないけど、厄介なのに目をつけられたよ。クラックだけなら誤魔化せたけどね。お嬢さんは抑えられない』
『というか具体的に何するかわからないんですが』
『そうだよねー……』
彼女はまたため息をつくと、指を一本立てた。
『あたしたちについてくるって言うなら、まぁ今みたいにボスの弱点とか教えてもらったり、国境に仕掛けられた厄介な魔術を探してもらったり、まぁ色々だね。君の身の安全は保証する。強さだけならバカみたいなのが揃ってるから。うち』
『はあ』
『で、お嬢さんの方は……よくわかんないんだよね。どうしたいんですか?』
テレサは最後だけ、少女の方に声をかけた。
少女は、満面の笑みを浮かべた。
『わたくしは簡単ですわ。あなたを、案内人として誘いに来たのです』
そして、こう続けた。
『共に迷宮に潜り、そして、わたくしたちでボスを討伐いたしましょう』
爛々と、燃えるように瞳を輝かせて。
……気圧されたように、僕はいつの間にか肯いていた。




