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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
1章 揺籃の頃
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3 灯火



 学舎は機能的だと思うこともあれば、同時に雑さを感じることもある。

 森の入り口から少し離れて柵で覆われた広場と学舎があり、反対側に庭がある。学舎から見て斜め左右、庭の両側面にそれぞれ幼児用の寮と学生用の寮がある。学舎から庭を通ってまっすぐと道が続いているが、どこに至るかは知らない。教わったことはあるが、見たことがない以上、知らないのと同じだ。

 かつては僕も幼児用の寮に住んでいた。二年前、六歳になると同時に学生用の方に移ったのだ。

 幼児の頃は男女関係なくいくつかの大部屋で暮らしていたが、学生寮からはさすがに男女が別れる。三階が女子、二階が男子だ。一階は食堂、洗い場などの共用生活空間。女子からはよく階段登るのが面倒という声が上がるが、いざ二階と交換してもいいよと言うと拒否されるのはもう伝統と言ってよいらしい。

 学生の総数は約百人。おそらく幼児たちも似たような数。

 学生寮に下は六歳から上は十歳までの子どもたちが住んでいる。

 それから教師が十五人。年齢ごとに二人ずつ、全体の補佐に四人、まとめ役が一人だ。狩人は別枠。

 人里からは離れている。ていうかこの学舎の外を知らない。物心ついた頃にはもうここにいた。

 定期的に物資を運んでくる輸送隊が訪れる以外、外との交流もほぼない。

 僕らはここで学習し、運動し、たまに森や山に連れて行かれ、狩りの仕方と険しい場の歩き方を教わる。

 一応、国のことも教わるが何せ村や町さえ見たことがないので社会の広がりを想像できない。

 さらに重要なことに、僕らはなんと親の顔さえ知らないのだ。

 ……いやあ、すげえ仕組みだな。考えるほどに。

 十歳を過ぎれば、僕らはこの学舎を出ることになる。

 その先に、何が待っているかを僕らはまだ知らない。正確に言えば、大体は働くことになると聞いている。

 どこで、何をして、それだけがわからない。




      ◇




「まったく、あなたも相当なバカね」


 ぴしゃんと背中が叩かれる。


「いたっ」

「我慢しなさい。この程度ならすぐ治ります」


 処置が終わったらしいので振り向くと、ぷりぷりと眉を吊り上がらせたサラが僕を睨んでいた。


「……ありがとう」

「もっと気持ちを込めて。途中で抜け出して川で汗を流してたら転んだなんて、先生たちにバレてたら大変だったんだから」

「いや本当に感謝しております」


 実際、サラにはとても世話になった。

 びしょ濡れの服はまぁ絞れば汗で濡れたとも言い訳がきくが、なにせ細かな切り傷があちこちにあった。泉以外にも、森を歩く最中で結構枝や岩にひっかけていたらしい。明らかに訓練ではつくことのない傷だった。

 さすがに痛いし手当はしときたいけど医務室の使用はしっかり管理されている。本来ならこの程度の怪我でどうこう言われることはないが、時間が問題だった。訓練を抜け出していたことがバレたら大目玉だ。

 バレてもかまわないと思っていたが、上手く隠せるならその方がいい。

 どうするかと悩んでいたところで、サラに傷を見咎められたということだった。


「傷は全部塞いだけど開きやすくなってるから擦らないこと。こういうちょっとした傷でも悪くしたら命取りなんだから、気をつけなさい」

「はい」


 よろしい、と肯いてサラは立ち上がった。

 僕らは寮の裏手にある倉庫横にいた。石の台座に腰を下ろしている。倉庫はそこそこ大きく、寮内からは死角になって見えない。夕方のこの時間、教師たちは大体会議しているし、僕らは夕食前の自由時間になる。談話室でくつろぐ、庭で遊ぶ、自室で休む、向かいの幼児たちの様子を見に行くなど好きに過ごしていいことになっている。

 この時間、遊び道具があるわけでもない倉庫周りが人目につかないことは考えてみれば当然だ。けれどここでの治療を提案したのはサラだった。

 優等生気質である彼女がこんな抜け道を知っていたとは。


「何よその目は」

「いや、ずいぶん手慣れてるなって。他にもこういうことしてるのかな」

「めったにあるわけないでしょう」


 と言いながら、サラは渋い顔をしていた。


「……ジードがね、この頃無茶な自主訓練してるから、たまに怪我がないか見てるの」

「ああ」


 それは確かにありえそうだった。

 実際、ジードは今も庭か広場で棒を振っているのだろう。以前は活発な連中で集まり、よく遊んでいたはずだが、最近はそうした姿を見ない。一人で訓練していることが多くなっているようだ。

 ……理由はわかる。いよいよもって彼と僕らの違いが明らかになってきたからだ。


「ジードはランク3だから。最近誰も遊びに誘わなくなったね」

「……ずいぶんはっきり言いますね」

「事実だろ。去年まではまだそこまで離れてなかったけど」


 僕たち人間は生まれつき格付けされている。

 容姿や身分によるものじゃない。単純に肉体性能によるものだ。どのように測定しているかは知らない。そのための道具があるとは教わったが、見たことはない。多分生まれてすぐに測定されたのだろう。

 ランク1から5まで。数字が大きいほど性能の高さを示していて、出生率は少ない。

 どのくらい少ないかと言うと、ここの学生の中でランク3に当たるのはジードだけ。二十に満たないくらいにランク2がいて、あとは全部1。4や5は見たことすらない。システマチックと言うか、ゲーム的と言うか。

 ジードはランク3、サラは2。僕は1だ。

 聞くところ、現在向かいの幼児の中にはランク3はおらず、このままだとジードが学舎を去った後ゼロになるかもしれないと教師たちが心配しているのを聞いてしまったことがある。

 去年、一昨年の頃にそこまでの違いは見られなかった。

 ジードは同世代の中では小柄で、すばしっこくはあるが力が足りなかった。運動訓練でも見劣りすることは当然なかったが、図抜けているほどではなかった。

 今年になり頭角を現したと言っていい。

 動きに切れが増した。今までは羊の群れの中、足並み揃えて流していた様子だったが、今年に入り一変したのだ。ついに自身の肉体性能に目覚めたか、もしくは質の良いお手本でも見つけたか。

 理由はさておき、もうジードに敵う存在は学生の中ではいなくなった。おそらくまだ教師なら勝てるだろうが、それも時間の問題だろう。下手すると今年の内に抜いてしまうかもしれない。

 僕は相当に加減されたジードとの運動訓練についていけなかったが、あれは僕が特別弱いからではない。一対一だと大体みんなああなるのだ。


「最近よくジードが僕を最初に運動訓練に誘うのは、誰も相手してくれなくなったからだろ。去年までは仲良くグループでやってたのに」

「そうでしょうね。カイリは……なんだか最近変だけど頼めば断らないから」

「うん……今変って言った?」


 群を抜いて一人強くなり、けして敵わないと生まれつき決まっている相手に対し、正しく対抗心を持ち続けるのは難しかったのだろう。

 今、ジードは孤立している。でも。


「ジードなら多分平気だよ。退屈してるだろうけど、自分で課題を見つけてる。迷いが見えない」

「うん。話してみても落ち着いてるし、誰かの悪口を言ったりもしてないよ」

「仕方ないことなんだ。生まれつき決まってたことがようやく実感できて、みんな戸惑ってるんだよ、多分」

「うん」

「もしかしたらその内勝手にまた遊ぶようになるかも」

「うん」

「でもサラは納得いってないんだね」

「……うん、そう」


 どうも彼女は怒っているようだった。

 誰に対してという風でもなく、何に対してかわかっている様子もない。

 ただ怒っていて、この状況を受け入れていないのだった。


「これ言うとサラはもっと怒るかもしれないけどさ」

「怒ってません」

「あ、はい。……もっと納得できないことかもしれないけど」

「はい」

「サラはランク2で、〈治癒〉スキル持ちだから、言っちゃえばジードとは別枠で特別なんだ、僕らの中で」

「それは……わかってるつもり」

「だから気持ちがジード寄りになってるのかもしれないけど、僕はランク1だからね。正直に言うと君たちの気持ちはわからない」

「……」


 サラは黙った。

 自分の立場を盾にした発言は基本的に卑怯なので、正しくありたい人ほど反論できないものだ。


「で、ジードから離れた連中も理解できない。あいつらもランク2じゃん。一対一で勝てないなら五対一で勝てるよう連携磨くとかしろよ」

「えー……」

「勝手な思いつきだけどね」


 しかも今考えた。正直今まで考えたことさえなかった。


「まぁあいつらもバカじゃないし、よく知らないけど嫌なやつらでもない。ならそのうち思いつくかもしれない」

「言ってあげればいいじゃない」

「興味ない」

「カイリ、あなたね……」

「仕方ないだろ。僕は自分のことで手一杯なんだ」


 そう言って、僕は立ち上がった。痛みはすっかり消えていた。

 長話していたので、そろそろ夕食を告げる鐘が鳴るだろう。食堂に向かわなければ。


「それじゃ、ありがとうサラ。先に行ってるね」

「……うん。こっちこそありがとう、参考になりました」


 言外に同行したくないと告げると伝わったのか、彼女は肯き、顔を伏せて何か考え始めたようだった。

 そんなサラを背に、僕は歩き出す。

 言ったとおり、僕は自分のことで手一杯なのだ。

 今はあの泉の中、この身体に宿った『何か』のことで。




      ◇




 夕食後、就寝前の自由時間、僕は自室にいた。

 自室と言っても八人部屋だ。二段ベッドが四つあり、その手前に箪笥も四つ。四段の箪笥を二段ずつ二人で分けて使い、支給品の衣服など、私物と呼べるものはそこに保管する。

 ベッドと箪笥以外は通路と呼ぶしかない広さのため、自分の私的空間はというとかろうじてカーテンも備え付けられたベッドの上にしかない。

 とはいえ夜だ。各部屋の明かりは入り口近くに備えられ、自分のベッドまで照らすには力不足の上、就寝時間には消される。一応個人のランプもあるが、燃料は限られている。夜間勉強用という名目で支給されているため、あまりに多く要求する学生は本当に勉強しているか調べられて、たまにただの夜ふかしに使ったことがバレ、罰則を食らうものが出たりする。

 僕はまだそこまで燃料を消費していないが、できれば本を読むのに使いたいところ。

 それに、今からやろうとしていることに明かりは必要ない。

 この腹の底に宿る何かを感じ取り、その正体を探ることには。

 カーテンを閉じ、ベッドの上であぐらをかく。

 この姿勢がいいかはわからない。もしかしたら寝転んでも良いのかもしれない。ひとまずはこれでいくことにした。

 目を閉じる。

 もともと暗かったのが、さらに真っ暗になる。

 全身を意識する。

 強く意識するまでもなく、腹の底に異質なものがあることがわかる。

 ……あのとき、僕は泉の中に落ちた。

 泉は浅く、溺れる心配はなかったが背中を打ってしまい、それもあってサラのお世話になることになった。

 その際、思わずいくらか水を飲むと同時に『何か』も自身の中に入れてしまった。

 今考えると自分の身体がおかしくなることを心配した方が良いが、そのときの僕は二つの考えが支配していた。

 「身体の中に入るものなのか」という驚きと「少ない」という疑問だ。

 前者は物理的な干渉が、つまり直接手に触れることが可能なのかという考えであり、後者はむしろそれを否定するものだ。

 飲んだ水の中に含まれていた『何か』は、もっと多かったはずだ。振り返れば、僕の体内に残らず、すぐに体外に排出されたような感覚があった気がする。

 ……だとすれば、それは『何か』の性質によるものだろう。そして、僕自身にも原因があるのではないか?

 意識する。

 集中する。

 腹の底に貯まるそれに触れる、そう強く念じる。

 感覚がある。

 つかんでいる、その認識が僕の中にある。

 ゆっくりとだが動く、動かせる。腹の底でぐるぐると螺旋を描いている。

 実証だ。僕一人の確信でしかないとしても、僕の中で事実ができる。『何か』は僕の意思に反応している。そして、僕自身の意思で操作することができる。

 ……これが何に使えるかはわからないけれど。

 だからって関係ない。知らない。

 知りたいからやるのに、わからないからって躊躇してられない。

 『何か』を動かす。わかる。どこにでも持っていける。……体内にあるから今さらとは言え、心臓や頭は少し怖い。基本で行こう。

 利き手である右手に意識を集中する。

 ゆっくり集まっていく。

 やがてそれは全て右手に宿った。

 何も変わらない。右手に異常はない。『何か』が宿る以外に変わった感覚もない。

 ……こんなものだろう。時間経過で何か変化があるかもしれないが、ずっと腹の底にあって何も変化がなかったものが手に移動したからと言って何かあるとは思えない。

 それでも、すぐにわかる形で何かがあってほしかったという思いがやはり少しだけあった。

 何か、何かが。

 せめて見た目に何か変化がないものか。目を開くが真っ暗で何も見えない。

 右手を顔に近づける。わかるはずもない。

 明かりが欲しいな。

 そう思った。その瞬間のことだった。

 ぼうっ、と。

 ろうそくに灯るような明かりが目前、手のひらの中に生まれていた。


「うわっ」


 思わず声を漏らした。

 同室の誰かから「どうした」と声がかけられる。「ごめん、寝ぼけたんだ」と返し、僕は再び手を見つめた。

 明かりはあった。変わらず、手のひらに灯っていた。

 これは、つまり……

 意思に反応するというのは、こういうことも含む、のか?

 僕はにわかにドキドキしてきた胸を抑え、新たに何を探るべきかをすごい勢いで脳裏に並べ始めた。

 頭は熱く、心臓はうるさく、目は手のひらに灯る明かりだけを見つめていた。



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