表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
3章 邂逅の時
29/132

27 ボスと迷宮



『毎月の成果が著しく低いこと。救助の世話になること。チームに死者、汚染者が出ること。この三つだ』


 館長、つまりこの迷宮攻略隊の責任者であるパルムはこう言った。

 この条件に触れたとき、僕は失敗したとみなされ、当分の間はおそらく見習いのような立場に置かれるのだろう。

 他人から見てどうかはわからないが、僕はこれを聞いたとき、非常に公正だなと思った。

 全て正しい。この条件を越えられないものが一体どうして魔力汚染の治療法など見つけることができるだろう。

 唯一、最初の「成果」の部分だけが具体的でないと言える。

 僕も聞かなかった。どこまでの成果を出せばいいのですか、なんてこと。

 推測だけどほぼ確実にパルムはこの条件を持ち出して難癖つけるつもりに違いないからだ。

 多分、ユーズのチームで新人らしい結果、あるいは新人としてはちょっと良い程度の成果を出してもきっとダメだっただろう。


『特例と認めるには弱すぎる』


 なんて、結構まっとうな評価を下されたに違いない。

 僕は特例だ。

 この身体は九歳の子どもなのだ。

 もういい加減わかってきたけれど、どうもこの国の大人のモラルは高いみたいだ。

 少なくとも就業年齢に達していない子どもを働かせるということにかなり難色を示す。

 メグロは僕に汚染者としての生き方を教える目的があった。

 ゼルマールは僕を案内人に仕立てたい意向はあったが、それもまずは見習いとして、安全に仕事を覚えさせたかったようだ。

 学舎の教師たちも、もしかしたら僕が今こんな迷宮に潜っているなどと知ったら卒倒するかもしれない。

 僕の感覚としても非常によく分かる。

 そうでないより、こうある方がよっぽど良いことだ。

 しかし、だから僕はその好意を利用する。


「一人で迷宮に潜っちゃいけないとは言われてませんし」


 罪悪感もあって、ぽつりと独り言が漏れる。

 暗い迷宮の中だ。乾いた地肌に響くことなく染み入るように消えいていく。

 【暗視】を組み込んだ【強化】のおかげもあって進行に支障はない。

 少し悩んだが、昨日の今日ではさすがにどこのチームからも誘いがかからなかったこともあり、やっぱり一人で迷宮に潜ることにした。

 おそらく一回こっきりの手段だ。

 多分、今日帰ったら大目玉を食らう。

 下手すると問答無用で案内人資格を剥奪されるかもしれない。そうさせないためにはそれなりの成果が必要だろう。

 まぁ、潜り始めて二時間程度。ここに来るまでに五つの隠し通路、二つの隠し部屋、一体未確認の攻撃手段を持つ魔物を発見したので多分大丈夫だろう。

 思った以上に【霞】が使える。

 魔力で構成されたものとはいえ直接触れられるのが大きい。

 徘徊する魔物がいない代わりに突然壁や床、天井から魔物が出現してくるこの迷宮では特に。

 東部五番迷宮で案内人が身につける基本の魔術も教わった。

 目、耳などの感覚器官に魔力をまとわせることで魔力への知覚感度を向上させるものだ。

 わりと使えると思う。東部五番迷宮でも隠し通路は結構発見されていたと聞く。

 しかしこの迷宮では下手に壁や床に触れられない。そこにこそ魔物が潜んでいるからだ。

 となると安全地帯を確保して少しずつ確実に攻略を進めるか、それともそもそも案内人を重視せず、出てくる魔物を強引に倒し続けて進む、そのどちらかとなる。

 アザノに聞いてみたところ、完全にどちらかというチームは滅多に無いが、状況やその日に応じてどちらかに偏るのがおおよそのチームの方針だと言う。

 僕が中に入ったのはすでにボスが死んだ後だったが、五番迷宮は泥や毒などの環境と徘徊する魔物によって攻略隊、侵入者の進行を遅延させる迷宮だった。

 ここは、通路そのものに何が潜んでいるかわからない、その警戒心自体が足を止め、探索を遅れさせる原因となっている。

 僕は【霞】によって無視できているというだけだ、ある程度。

 ……やはり、限界はある。

 闇雲に歩き、隠し通路があるから入ってみる、という方針では核心に迫ることができない。

 迷っているという点で他のチームと何一つ変わらない。

 五番迷宮の奥に入ったこと思い出す。

 あの、源泉地のことを。

 残されたものは何もなかった。

 ボスの痕跡など、巨大な何かが這いずり回った跡が残っていた程度だ。

 どこまでも底知れぬ魔力溜まりの他に、あの場に何か特別なものがあるわけではなかった。

 源泉地にしたところで、僕はあれを調べることができなかったから何もわからない。

 手を触れることすら恐ろしいと思ったのはこの世に生まれ落ちて初めてだ。

 途方もなく、際限もない、理不尽。

 〈解析〉を走らせれば即座に頭が爆発しそうな予感を覚えたほどだ。

 僕ができたのは【霞】を広げることだけだった。

 広く、広く……最奥から隅々まで。その迷宮におけるあらゆるものを詳らかにしてみせようとした。

 源泉地を除けたため、そこでは〈解析〉を走らせることができた。

 メグロから止められていたが、まぁ数分だけなら問題はないはずなので……許してほしいと思います……バレなければいい……

 結論として、迷宮の始まりは源泉地だ。

 そして、迷宮の終わりもまたあの場にある……ということがわかった。

 迷宮は循環している。

 魔物が徘徊するように、魔力が巡っている。

 多くの無駄、多くの浪費がありながら、やはり迷宮は一つの目的のために作られている。

 即ち、より高次の存在に変化するため。

 源泉地から湧き出る魔力を用い、様々な物質、多くの生命を取り込みながら、あの迷宮は一つの存在をさらに強大なものとするための工場という他ない設計思想により生み出されていた。

 徘徊する魔物や毒などの罠、入り組んだ通路などはむしろその目的のためには不要どころか害悪だ。

 明確な非効率。しかし、侵入者を奥にまで踏み入れさせないためにはその浪費を許容するしかない。

 そこらへんはバランスだろう。

 完全に自分を作り変え続けるための迷宮を作れるならば一番それが良いのだろうが、ここには攻略隊という侵入者がいる。である以上、彼らの足を止め、撃退する魔物や罠がいるが、そちらに力を注いでしまうと本来の目的を果たせない。

 始まりは一体の魔物か、魔族か。つまりボスだ。

 五番迷宮においてはあの巨大なミミズがそれにあたる。

 より巨大に、より長大に、この世の何もかもを呑み込めるように、それを邪魔する奴らをこの場まで近づけさせないように……という、あのミミズの苦悩と願望が見えてくるような〈解析〉結果だった。

 生命として根底にある本質を垣間見た、そんな印象だ。

 対して、この東部三十番迷宮はどうだろう。

 何が同じで、何が違う。

 源泉地がある、ボスがいる。これは今まで攻略隊が踏み入った全ての迷宮に共通していることだと聞く。源泉地は全て同じようなものだとも。

 ならば、迷宮の違いとはやはりボスの違いに他ならない。

 足を止める。

 埒が明かないのはわかっていた。

 あの魔物、根っこに触れれば何かわかるかと思った。根っこである以上、その先がある。ならばどこかに本体があるのではと考えたが、当たり前に末端部である上に、おそらく死んだ瞬間に本体との接続が切れるようだ。

 探ってみたが、ほんの少し先の地中でぱったり切断されていた。

 生きた迷宮である以上、【霞】を広げることはできない。【隠身】の効果はそんな広範囲で維持するのは難しい上、気づかれたときが怖い。多分あちこちの壁から魔物が出てくる。

 もっと言えば攻略隊にバレてもいけない。

 【霞】は離れた場所で、かつ【隠身】の効果があるから使っているだけで、本来魔術はご法度だ。

 魔導士として、あるいは案内人として許されたもの以外、気づかれるわけにはいかない。

 となると……


「……あー、やりたくない」


 さすがにうんざりする。

 しかし、これ以外に手が思いつかない。

 僕はため息をつくと【霞】を解除した。

 直後、天井から幾十もの魔物の根が僕に襲いかかってくる。

 【強化】はすでにかけている。

 【綿雲】で全身を包む。

 手に、足に、腰に頭に細い根が絡みつく。

 そのまま持ち上げられ、天井に貼り付けられる。

 首に回ってくるものはさすがに拒否、【魔弾】の応用、【刃】で断ち切る。

 それでも根の勢いは衰えない。僕の全身をぐるぐる巻きにして、その先端から滴る毒液を肌にこすりつけてくる。

 あっという間に僕は捕らえられた。

 はっきり言って人様には絶対に見られたくない姿である。

 毒は【雲】で除ける。一応事前に解毒手段も用意してある。

 そもそもこれは麻痺毒であり、対象を完全に捕らえるためのものだ。

 本命はこの後。

 根が、ぎゅっと締め付けてくる。

 僕の肌の下に入り込もうとしてくるが、それは許さない。接触しているだけでもできるはずだ。

 案の定、僕が硬いと見るや根はすぐに動きを止め、そのままある魔術を発動させた。

 【吸収】、と僕は名付けた。

 対象から魔力を奪い取る、恐るべき術だ。おそらく封魔の実が僕から魔力を奪い取ったのもこの類だろう。

 とはいえ欠点はある。意識を失った、あるいは弱った相手でなければ難しいとか、術者の吸収力を超えるほどに圧縮された魔力も吸えない、とかだ。

 こいつは魔力を持った相手が近くを通ると天井から襲いかかり、捕らえて麻痺毒で弱らせ、ゆっくりと魔力を吸い取りその後は放置して殺すと言う。

 案内人殺しと呼ばれる魔物だ。

 僕は今、ほとんどの魔力を【圧縮】、さらに【固定】している。

 そして残った魔力には当然【支配】をかけてある。いつもやってることだ。

 【圧縮】【固定】されている魔力を根は吸い取ることができず、【支配】下にある魔力だけを吸い取っていく。

 すると、どうなるか。

 ……ああ、なるほど。こういう構造。

 僕の脳裏にこの迷宮の、壁の中の構造が浮かび上がってくる。

 吸い取られた魔力は天井に張り巡らされた根の中を流れ、ちゃんと循環されていく。

 ここからだと僕から見たら遡るように入口近くまで行くようだ。

 そうするとそこから迷宮の奥までぐるりと巡っていくのだろうが……微妙に時間がかかりそう。

 まぁ日が暮れるまでには帰れるだろう。多分。




「おおーい、カイリーっ! 生きてるかーっ!? どっかにいないかー!」


 結構な大声で目が覚めた。ここ数日よく聞いた……ユーズのものだ。

 反響した音が根を振動させてこそばゆい。

 ふぁあああ、とあくびしたところで、気づいた。

 ……今、僕の名を呼ばなかったか?

 さあっと血の気が引く。うっそ寝過ごした!?

 慌てて根を振りほどく。抵抗があるが、かけっぱなしの【強化】による腕力ならわけはない。そのまま【刃】で根元から切り落として終わり。

 見つかってない。見つかってないよな?

 慌ててあたりを見渡すが、人の姿は見えない。

 どうやら声が届いただけらしい。最悪は脱した。

 身なりを整える。とりあえず魔物に捕まってたことだけはバレちゃいけない。

 ちょっと探索に夢中になってましたくらいの汚れ具合にして……はい、よし。

 僕は一度深呼吸してから、声がした方向へ向かって走り出した。




      ◇




「あたしは救助の世話になるなっつったよな? な? そうだよなカイリ君?」


 すっげえご機嫌顔のパルム館長に出迎えられた。

 やっば。こっわ。


「……そうですね。ははは」

「探索に夢中になってたんだと? 一人で潜って?」


 超怒ってる。


「あたしとの約束、覚えてるよなああああああ?」


 魔女みてえな声出すなあこの人。

 しかし僕から言うべきは一つしかないので、さっさと口にすることにした。


「館長」

「なんだい? なんか釈明でも?」

「ボス部屋見つけました」

「……は?」


 顔の半分だけ真顔、半分だけ魔女のようなしかめっ面のまま彼女は固まった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ