12 別れ
「私が引き受けましょう」
メグロと名乗った男は経緯を聞くと、そう言った。
考える間もなく、結論だけを口にした男に、さしもの学長も驚いた様子だった。
「いいのですか?」
「是非もありません。一見しただけでこの少年が重度の魔力汚染に冒されていることは明白。この年齢は前例にありませんが、魔力汚染の対処であれば私の仕事でしょう」
「ありがたい。よろしく頼みます。……カイリ君、聞いていたとおりです。これからこの魔導士メグロが君の問題解決に当たります。迷惑をかけぬよう、彼の言うことを素直に聞き、しっかり着いていくように」
男に気を取られていた僕は、一瞬反応が遅れた。内容を予想していなかったのもある。
「はい?」
「彼は魔導士メグロ。周辺地域の魔力を管理する専門家です。君の問題を解くのにこれほどの人はいません。また君の元気な姿を見られることを願っていますよ」
「……」
問題丸投げしたぞこの人。
そしてその問題とは僕のことで、丸投げした先はまるで知らない人なのだった。
……声だけ、聞き覚えはあった。
「早い方がいいが……友人たちにあいさつしたいか?」
男は顔をわずかにこちらに向け、聞いてきた。学長の眉がわずかに寄るのが見える。意外とわかりやすい人だったのだと初めて知った。
特にあいさつしたい相手はいない。同室のやつらに少し申し訳ないくらいだ。
「いいえ」
「そうか。では手早く荷物をまとめて庭で待っていろ」
男は必要最低限のことだけを口にする。今はその簡潔さがありがたかった。
僕もそれに習うべきだと自然に思えたからだ。
「では、先生方。お世話になりました」
立ち上がり、深々と頭を下げる。
「ええ、お元気で」
「カイリ……」
「どんな場所であろうと学習はできます」
学長は微笑み、ボダン先生は険しい顔、デガル先生だけがいつもどおりの声を返したのだった。
箪笥を漁り荷造りする。といっても支給品のバッグに支給品の衣服を詰め込むだけ。すぐに終わる。一応、ベッドの上をさらってみるが特に何もない。ランプももらっていこうか迷ったがかさばるだけだろう。やめておく。
部屋の入口に立つ。
箪笥とベッド以外に何もなく、毎日の予定に清掃の時間が組み込まれているため、ただ汚れていないだけの部屋だ。八人も住んでいたから特別自分の部屋という感覚は薄い。
それでも、こうして離れるとなると思うものはあった。
部屋を出る。
二階の廊下を過ぎ、階段の踊り場まで着くと、意外な人に出会った。
「……そんな荷物を持って、どこへ行くの」
サラだ。怪訝な顔をしている。
「あれ、ずいぶん早食いなんだね」
短時間で気絶して目覚めて教師に囲まれて……時間間隔が曖昧になっていたが、もう外は暗い。ちょうど夕食の時間だった。
今頃みんな食堂で旺盛な食欲を満たしているはずだ。
「カイリの気配を感じたから、トイレだって出てきました」
むっつりとサラは言った。目線が僕の手のバッグに向かい、すぐ戻され、またにらんでくる。
何と言ったものか、言葉が出てこない。
そんな僕の様子にしびれを切らしたのか、サラが口を開く。
「ジードは夕食前に戻ってきた。あいつが言うには、カイリはまだ先生たちと話してるって。それは終わったの?」
「ああ、うん。話は終わった」
肯き、その間も考えていたが上手く説明することはできなかった。上手くとは、波風立てないということだ。とっくに周囲は大騒ぎしていた。
事実だけを口にした。
「学舎を出ることになった」
「……え」
「ジードとやり合ったときちょっとズルをしたんだけど、君、聞こえてた?」
魔術や魔力と言った言葉を。
ジードはもう仕方ないが、教師たちのあの様子だとまだ知らない方がいいだろう。
果たしてサラの耳には届いていなかったようで「何が?」と聞き返される。
「それならいいんだ。で、とにかくそのズルは少しね、なんというか……」
……学舎にとって都合が。
「悪いものだったらしい。だから、ちゃんと対処できるところに行かなきゃいけなくなった」
「悪いものなら、私が治せばいいでしょう」
「シズリ先生でもダメみたいなんだ。君、さすがにまだシズリ先生より腕がいいわけじゃないだろ。……ま、ズルは良くないってことだ」
「……いつ帰ってくるの?」
「さあ。わからないな」
僕があんまりいい加減な態度なので、サラは明らかに苛立っているようだった。眉間に強く力がこもった顔をしている。
だが彼女は顔を伏せて、一つ、深々とため息をついた。
顔を上げ、真剣な目で僕を見据える。
「ねえ、カイリ。あなたがあんなことしたの、もしかして私のせい?」
「いやさすがにそれは君、思い上がりってやつだよ」
サラの口元がひくっとつり上がった。
銀の髪の下、整った顔の彼女は幼いながらもすでに完成された美しさを持っている。でも、そんな子どもじみた表情を見せるとやっぱりただの女の子なんだなと思える。
僕もサラもジードも、ただの子どもだ。
「あんなのはね、八つ当たりなんだ」
「……八つ当たり?」
「たまたまジードがそこにいて、どんな手を使っても大丈夫っぽかったから試しにぶつけてみただけだよ。実際あいつに全部使い尽くす羽目になった」
正真正銘、僕にはあれ以上の手はなかった。出し切った。
ジードは終始楽しんでいて、僕が次にどんな手を打つか待っている雰囲気すらあった。もし、あいつが最初から僕を全力で封じ込めることだけを考えて動いていたらあんな結果にはならなかっただろう。
思い返すとやはりあれは八つ当たりだった。ストレス解消だ。ジードはそのサンドバッグにちょうどよく、そして多分、向こうからしても僕は新しいおもちゃか何かに見えていたのではないか。
「君が気にすることじゃない」
「……それはそれで、関係ないみたいで腹立つ」
「その気持はわかる。だからゴメン。後はよろしく」
何故かその言葉はするっと出た。
「……え? どういう意味?」
「ジードのやつ、当分は大人しいと思うけどどこかで発散手段を求めてるみたいだからさ、多分、また一人で突っ走ってしまうと思う」
「……」
「あいつ、僕を相手にしてる中でよくわからない力に目覚めたみたいだけど、君、あれが何かわかるんだろ」
「……生命力ってことしかわからない。生命力を燃やして、普段以上の力を出していたんだと思う」
「うん、そんなとこか。で、これは僕の想像なんだけど、下手するとあいつそれやりすぎて事故るかもしれない」
僕が言うと、サラはすごく渋い顔をした。ありそう、と思ったらしい。やつならやる。
「先生たちも心配しているみたいだけど、あいつを完全に抑え込める人ってもしかしたらもうこの学舎にはいないのかも」
「そんな、ことは……」
「そんなことないって僕も信じたいけどね。だから、サラ、あいつを頼むよ」
「そこでどうして私になるの」
「君、〈治癒〉スキル持ちだろ。学生の中じゃ唯一同じく生命力に干渉できる。だからまあ、なんか工夫して、どうにかして」
「ええ!?」
サラが目を見張る。
丸投げなのでさもありなん。僕も先ほど学長に丸投げされたので許してほしい。投げられた問題そのものの側だけど。
「ちょ、ちょっとカイリ!?」
「大丈夫、君ならできるよ。多分。それじゃあ僕はさっさと来いって言われてるから、もう行くね」
驚く彼女の横を通り、階段を下りていく。
カイリ、と声がかかる。
「……また会おうね」
「うん。また」
僕は顔だけ振り向き、歩きながら応えた。
大げさだなあ、という思いもあった。けれど僕もサラも知っている。今まで、途中で学舎から出された学生などいなかったことを。
僕みたいなものがいたとは思わない。しかしたとえば欠損など、取り返しのつかない傷を負ったものはいた。そういった学生でさえ同年代と最後の年まで過ごしたのだ。
これは相当な特例であり、もしかしたらもう帰ることはない。そんな予感がきっと彼女にもあったのだろう。
◇
しばらくして庭に現れたメグロは僕に近づき一言「ついてこい」と言ったきり、黙々と歩き出した。
僕は慌ててその後を追った。庭を出て、道を進む。
学舎の外へ通じる道をひたすらに歩く。
教師に引率されてすらここまで来たことはない、そんな場所まで着いても、全く僕の歩幅を気にする様子もないメグロの後を追うのに精一杯で、何か感慨を覚える暇もなかった。
その日はもう遅かったが大分歩いた。どこまで行くのかとうんざりした矢先、道の脇に簡素な小屋が建てられていた。
明らかに風雨をしのげればそれで良い小屋に入ると、中はほとんど物置で、棚と木箱が並び、非常に狭い。入り口のすぐ前にはこじんまりとした、何も置かれていない二段の棚がある。
メグロはその棚の下段に、背嚢にくくりつけていた毛布を広げると、さっさとくるまり寝転んだ。
「え、これもしかしてベッドなんですか」
「……黙って寝ろ」
マジだったらしい。僕はまだしも、大人で体格のいいメグロには明らかに狭いだろうに。
そしてただの板だ。棚だと思った僕は間違っていない。
……毛布、持ってきてないんだけど。
「……木箱の中に何かしら布がある。なければ服をかぶって寝ろ」
どうするか考えていた僕に暗がりの中、まだ聞き慣れない声がかけられる。
「ありがとうございます」
一応礼を言うが、返答はない。
物置の中に積まれた木箱を空けて確かめると、それらは多くが補給物資のようで、いくらかの食料と薬、衣服、それに糸や針、布があった。
見つけた布の中でも一番厚く、大きいものを選ぶと僕はそれを抱えて寝台らしき棚の上によじのぼり、メグロを見習って寝ることにした。
今日はもう結構寝たので眠れるか一瞬心配だったが、自分で思っている以上に疲れていたようで、横になるとすぐに眠気が襲ってきた。
欲求のままに目を閉じる。
どうなるのだろう、という心配と、学舎の外を出た解放感に包まれながら僕は意識を手放した。




