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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
2章 迷宮の影
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11 魔導士メグロ



 ざく、ざく、と土を踏みしめながら道と呼べるのか疑わしい道を行く。上っていく。

 出掛けに渡された靴はすっかり汚れてしまったが、最初に思ったとおり頑丈で、すねの半ばまで覆うのもあってきっちり足を守る役目を果たしている。

 問題は僕の足裏や爪が単純に歩いた距離が長いためにじんじん痛むことだ。そんなこと同行者は問題にもしてくれまい。


「あのう、これあとどのくらい歩けば着くんですか」


 前を行く人物に声をかける。

 彼はわずかに目をよこし、短く言った。


「黙って着いてこい」

「……はい」


 僕の返答には興味を示さず、同行者は淀みない足取りで道を、ゆるく傾斜のかかった山道を進む。

 その後ろ姿を追うしかなかった。

 目線を上げるとボサボサの濃紺の髪が揺れている。背は高く、体格もいい。学舎にいる運動訓練担当の教師たちと比較しても遜色ないほど。手袋をつけた左手は空け、右手には杖を持ち、時折それで前方や左右の地面、茂みをつついては何かを確認している。大きな背嚢を背負っているためか足取りはあまり早くない。しかし重く確かな歩みには安定感があった。

 山道は薄暗く、湿っている。時刻はまだ昼にもなっていないはずだが、陽光のほとんどを枝葉の天井が吸収し、地表まで降り注ぐのはほんのわずかだ。

 ……濃いな。

 結構歩いてきた。そこそこ高く、深いところまで山に入り、ようやく気づいた。

 大気に含まれる魔力が濃くなっている。学舎と比べても、学舎近くの森と比べても。山に入った当初よりもずっとある。段々と、少しずつ変化してきたようで、今まで意識していなかった。

 そこらに漂う魔力をつかもうと意識した。瞬間、


「やめろ」


 いままさに僕が掌握しようとした魔力が、それ以上の握力でぶんどられ、捕まえることができない。

 前を行く男が僕に杖の先を向けていた。


「お前にその資格はない」

「はい」


 僕が肯くと、男はふん、と鼻を鳴らすとしかしそれ以上何を言うこともなく再び歩き出した。

 今、僕に自由はない。特に魔術に関して、制限されている。

 それでいて特に罰則がかけられているわけでもない。半端な立場だ。

 前を進む男の背を見る。

 男の名は、メグロ。

 魔導士メグロ。

 かつて僕が森の中で声だけ聞いた狩人と共にいて、初めて見た、僕以外に魔力を制御する術を持っている男だ。

 彼と出会ったのはつい二日前のことだ。




      ◇




 学長、クドー。初老の男性、いつも微笑が顔に貼り付いている。

 医療担当、シズリ。若い女性。学生が泣き喚いていようが淡々と治療する姿が印象深い。

 学習担当、デガル。禿頭痩身の男性。常に物静かで、講義中も必要最低限しか口を開かない。

 運動担当、ボダン。大柄の男性。厳格だが訓練が苦手なものにも親身に教えるため、学生人気が高い。

 その他、僕たちの世代担当でない教師たちもほとんど揃っている。

 学生の身分ではなかなかない光景だ。壮観といえた。ほぼ全員が厳しい顔をしていなければ。

 学舎の端にある会議室に僕らはいる。学生が使うことはないため、入ったのは初めてだ。

 広さは普段使用する教室と変わらない。長机が三つ、コの字の形に並べられ、その前に教師たちが座っている。

 対面する僕ともう一人、ジードの前に机はない。椅子だけ与えられ、足から頭まで彼らに丸見えだ。


「……何が起きたか、おおよそのところはわかりました」


 僕らの真ん前の席に着く学長が言った。穏やかに話すところしか聞いたことがなかったが、今は堅い声色だった。

 ジードとの決闘の後のことだ。

 二人とも揃って医務室で目覚め、待機していたシズリ先生に一通り身体の調子を聞かれ、調べられ、問題なしと判断されるや会議室に呼び出された。

 席に着くとすぐに事情を全て説明させられ、今に至る。

 決闘の理由など隠したこともあるが、そこは問題にされていまい。彼らが気にしているのは……


「ジード君、あなたは退室して結構ですが……シズリ先生、少し別室で彼を見てあげてくださいませんか。大丈夫だとは思いますが、〈気功〉は慎重に扱わねばいけない。あなたが適任です」

「それは……いえ、わかりますが後ではいけませんか。それよりも、今は」

「シズリ先生、ジード君をお願いします。どうあれ、あなたにできることは他にないでしょう」


 僕らを置いて、勝手に話が進んでいく。

 しかしシズリ先生のあんなに険しい顔は初めて見たかもしれない。昔、学生の誰だったかが大怪我し、肉から骨が突き出てたときもあんな顔はしていなかった。実際、その学生は無事に治ったのだが。

 隣でジードが少し遅れて「え」と声を上げる。こいつ絶対飽きて別のこと考えてたな。


「俺は出ていいんですか。カイリは?」

「カイリ君にはまだ話さねばならないことがありますので」

「へー、そうなんすか」


 ジードはなぜか横に座る僕をじっと見た。


「おう」

「何だよ」

「次は俺が勝つから、またやろうな」


 今言うことか? という呆れと同時に、どこまでわかってんだこいつは、と疑問を覚えた。

 ため息をつき、答える。


「二度とゴメンだ」

「何でだよ!」


 ジードは憤慨した様子を見せたが、シズリ先生にも促され会議室を後にした。

 ぱたん、と扉が閉まる。遠ざかる気配がある。

 数秒経ってから「さて」と学長が口を開いた。


「カイリ君。君のことについて話しましょう」

「はい」

「君は、その魔力についてどこまで知っていますか」

「今話した以外のことは特に」

「ではどうして魔力を扱えるのですか。話では様々な現象を起こしたというではありませんか」

「いろいろ試していたらできました。便利ですよ」

「……」


 教師たちがざわめく。学長は眉間に深いしわを浮かべている。


「魔術、と君は言いましたね。どこでその言葉を知りました」

「〈言語〉スキルが教えてくれました」

「馬鹿な」


 学長が吐き捨てる。室内の空気が張り詰める。


「ありえない。〈言語〉の中に答えがあろうが聞いたこともない単語を取り出すなど、森の中で一枚の落ち葉を探し出すようなものだ」


 なるほど、そこでも疑われているのか。

 下手に夢知識で「魔術」とそれっぽい単語を当てはめたら正解だったのが良くなかった。

 ……疑われている。警戒されている。これがなくともそうだっただろうが、心証はさらに悪くなっている。


「ならどこかで聞いたのかもしれません。先生方が口にしたのかも」

「む……」


 じろり、と学長が部屋の中を見渡す。教師たちは首を振り、顔を伏せ、目をそらす。

 一人、泰然としている男がした。


「それはありえない」


 デガル。デガル先生。

 彼はいつもの講義がそうであるように、淡々と必要なことだけを口にした。


「我々は〈言語〉スキル派生、〈契約〉により縛られている。魔について、八歳以下の学生に話すことはできない。……いや、すでに知っているものには例外となるのか? それとも」


 穴だな、と彼はつぶやいた。僕も学長も見もしない。


「ではやはり、この子は」

「我々ではありえない。ならば、子どもたちという可能性はありませんか」


 学長が僕をにらむのに、ボダン先生が口を挟んだ。


「今年、九歳になったものたちにはすでに教えているでしょう。彼らにも言い含めているはずですが〈契約〉で縛っているわけではない。噂話で聞いたかも」

「〈暗示〉はかけています。破られるはずもない」

「だが〈契約〉とは違い、〈暗示〉はあくまで本人の主観に作用する。彼の存在に気づかず口にしてしまった、と考えるとありえるでしょう」

「しかし、そもそもそんな独り言に近いものを覚えますか?」

「〈言語〉には十分なのでは。知識系の全貌把握は難しい。思いも寄らない働きをしても不思議ではない」


 ヤバそうな話がどんどん出てくる。

 タガが外れたみたいに教師たちは議論している。

 やはり、と僕は思った。やはり教師たちの中にはインテリが混じっている。専門的な学問を修めたものが。僕らのように学舎だけで培った知識だけではちょっと考えられない姿だ。

 おそらく群を抜いて優秀な存在は中央とやらにいるのだとしても、この学舎もある程度、重要視されていると考えるべきだろう。

 本当に教育が目的なのか、それとも実験的な何かかは置いて。


「なるほど」


 と、またデガル先生がつぶやいた。教師たちの議論の隙間を断つような一言だった。

 静寂が下りる。


「発端はどうあれ、魔に侵されたものは〈契約〉の対象外となる。証明はなりました」

「……そのようですね」


 学長が深いため息をつく。

 議論に夢中になっていた教師たちは慌てて居住まいを正した。あれ素だったのか。何かを確かめるための演技だと思ってた。

 少なくとも、学長とデガル先生にはその意図があったようだ。


「カイリ君。君がまだ君であることを信じ、私は本来であれば来年にならなければ教えられないことを君に伝えましょう」

「はい」

「君は賢い。この学舎が何であるか、薄々察しているのではありませんか」

「……」

「どうです。推測でいい。教えて下さい」

「……いずれ、何かと戦わせようとしてるんじゃないか、とは思ってました」


 軍隊、兵士、という言葉は避けた。

 教えられた覚えはなく、思えば図書室にもその手の本はなかった。

 〈言語〉を持っていても、持っているからこそ言葉には気をつけねばならないのだ、とここに来てようやく悟った。


「概ね間違っておりません」


 学長は言った。僕らの心配は、あっさりと肯定された。


「この学舎の卒業後、学生たちは各地に配属されます。国境の砦、山間部、中央の衛兵隊、優秀であればさらに別の道が開かれますが、多くは武力の使用を前提とした仕事につきます。無論すぐに戦力として扱われるわけではなく、数年は見習いとして現場で仕事を教わるでしょう」

「……」

「では、我々は何と敵対しているか。君はもうそれを知ってしまいましたね」

「……魔力」

「そうです。正確には、魔族と呼ばれるものどもです」


 魔族、と学長が口にした瞬間、また部屋の空気が張り詰めた。

 敵意、憎悪、恐怖……相容れないものに対して向けられる負の感情だ。教師たち全員からそれは渦巻いていた。


「我々人間はもう遠い昔、建国記の始まりである三百年前から魔族と戦い続けています」

「魔族とはなんですか。具体的な特徴、姿形とか」

「姿は多様です。ふざけたことに我々人間と似通った形をしているものもあれば、獣の姿をしているものもある。どちらにも共通している特徴は、魔術を使用するという点です」


 衝撃は受けなかった。

 話の流れからしてそうだろうなとしか思えなかったし、魔力自体が僕にとっても異物という感覚は当初からある。

 何より〈言語〉を通して受けた印象があった。

 わかっていた。止まる気がなかっただけで。


「魔術により様々な怪しい現象を引き起こし、身体を異形に変化させ、我々人間に襲いかかる。魔族とはそうした存在なのです」

「……」

「我が国は様々な手を講じ、現在は魔族の侵入経路を限定できているため、国境の砦か、一部迷宮でもなければ魔族に対峙することはありません。しかし魔族の数は無尽蔵であり、我々は常に戦士を育成しています。その一つが、ここにあたります」


 学長はそこで一息ついた。

 目を伏せる。次に口を開くと、それは自嘲の声だった。


「生まれたばかりの子どもたちを集め、兵士に育成し、若くして戦場に出す。そうでもしなければ生き残れない。我々は厳しい戦いを続けています。カイリ君、君は森の泉で魔力を見つけたといいましたね?」

「はい」

「なぜ泉に魔族の力の源が湧き出ているか、答えは簡単です。それもやつらの侵略手段だからです。地底からゆっくりと魔力を侵食させ、我々の領域に手を伸ばしているのです。我々もあの泉を利用して九歳になる子どもたちに魔の存在を教えていますが、魔族とはそこまで規模の大きい手を打ってくる存在である、ということを忘れてはいけません」

「……」

「結論として君はその手に落ちた、魔に汚染された、ということです」


 学長は静かに宣告した。

 教師たちの誰も言葉を発しない。それだけは最初から共通認識として彼らの中にあったのだ。

 思えば、最初からそうだった。僕に向けられる目の中には疑いも恐れもあったが、敵意は見えなかった。だから意外と大丈夫かと楽観していたが、違った。

 教師たちは僕を憐れんでいた。


「僕はどうなりますか」

「手は尽くしましょう。君は好奇心で水の中に落ち、溺れてしまった。できる限りのことはしてやらねばなりません」


 難しい、と暗に言っているようだった。


「専門のものを呼びました。彼に任せます」

「専門?」


 僕が疑問の声を上げると同時、コンコン、と扉がノックされた。

 学長が声をかける。


「お入りなさい」

「失礼します」


 重い声が耳朶を打った。

 その男は大柄で、わずかに身を屈めて入ってきた。ボサボサの濃紺の髪の下、ほとんどしかめっ面のような無表情を見せる。出で立ちも奇妙で、狩人のように分厚くすねまで覆った靴と、左手にのみ革の手袋を身につけている。

 けれど僕は何よりも男が腰に刺した杖に目を奪われ、同時に耳に引っかかりを覚えていた。

 あの杖、魔力がこもってる。聞き覚えのある声だ。

 男は僕に目もくれず、学長に向かい頭を下げた。


「魔導士メグロ、参りました」



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