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魔術師カイリの星巡り  作者: 雑木
1章 揺籃の頃
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1 夢からの目覚め



 夢を見ているのだろうとぼんやり思っていた。

 毎晩眠りにつくと夢を見る。鮮やかな、目覚めても消えることのない夢を。

 ふと気づくと目覚めている。どこで途切れたかわからない。目覚めて、夢の中とまるで違う場所で変化に乏しい日々を過ごしている。

 夢の中はおかしな場所だ。目に映るもの全てが奇妙で不思議。人だけが似たようなもの。

 目覚めても忘れることはない。脳裏にくっきりと刻みつけられている。ついさっき目の当たりにした光景のように。

 こうなると寝ても覚めても夢見ているようなもの。

 夢の中ではこれは違うあれはおかしいと思いながら、目覚めた後には同じように夢と比べている。

 夢だとはわかっている。あちらが夢だとは。

 だとしても、夢の方が楽しかった。

 刺激に満ちていた。

 変わらない毎日、先の見えた自分より、よほど。

 いつしかいつでも夢を見るようになっていた。起きながら、ぼんやりと。

 他人からの声に表面上だけ答えて、あとは全部投げ捨てた。

 夢を見る。

 なんでもなく平凡だと彼が信じる夢に沈み――

 ふ、と。

 気配に気づいた。

 知らないものだった。

 夢でも現実でも覚えたことのない感覚だった。

 何かがある、そこにある、とわかって。

 僕は手を伸ばした。

 つかんだ、と思った瞬間、意識は吹っ飛んだ。




      ◇




「起きろ! 起きろバカ、起きろって」


 耳元でがなりたてる声で目が覚めた。

 直後、しびれるような痛みがこめかみにあることにも気づく。最悪の気分だった。


「……うるさい」

「おおっ、起きた、良かった。おーい! 目が覚めたぞー!」


 目を開くと、視界には青空と、それを遮るように覆いかぶさる少年の姿が映る。

 知っている。同い年の少年だ。

 火のように赤い髪を短く刈り込んでいる。大きな目と大きな口が印象的だ。支給品のシャツとズボンを誰よりも汚している。

 名前は……出てこない。何だっけ。

 同世代ではリーダー格として振る舞うガキ大将であることはわかる。


「そのまま寝てろよ、カイリ」


 名前を思い出そうとしていたら、逆に名前を呼ばれてしまった。

 そうだった。

 僕の名は、カイリ。

 今年で八つになる、ただのカイリが僕だった。


「……なんでそんな顔になるんだよ。ええ……お前本当に大丈夫? 俺そんなに強く打ったっけ?」

「バカ、あんたの馬鹿力で打たれれば誰だってそうなるでしょ、バカジード」


 横から新たな声が聞こえた。

 すぐに少年とは反対側から僕を覗き込む顔が目に入る。

 長い銀色の髪が陽の光を反射してきらきらと輝いている。きりっと上がった眉がその少女の責任感と気の強さを表しているようだ。


「さっき教師が見て大丈夫って言ってたから、落ち着くまでここで横になっててね。一応今癒しもかけとくから」

「そこまでしてやんの? 大丈夫って言ってたんだろ」

「あんたは黙ってて。私の練習にもなるからいいの」


 そして少女は僕の額に手をかざした。

 指先が触れる。


「……神よ、このものに癒しを分け与えたまえ」


 言葉に特別なものは感じなかった。棒読みの、堅い口調だった。

 だが、効果はすぐに現れる。

 視界の外、上の方からぽうっと光がかすかに差す。すぐに少女の指先から熱が伝わり、それとともに痛みが引いていく。

 〈治癒〉のスキルだ。知っている。何度も見たことがある。かけられたこともある。

 なのに、初めてみたいな気持ちだった。


「……ん。こんなもんでいいかな」


 少女が手を離した。途切れた感覚がある。熱はまだ残っているが、もう送られることはない。

 僕はこめかみを触ってみて、そこにもう痛みがほとんどないことを確認する。

 すんなりと言葉が出た。


「ありがとう」

「えっ」


 少女の目が見開かれ、まじまじとこちらを見つめてくる。


「カイリの声、初めて聞いたかも」

「ええ……」

「さすがにそこまでじゃねえだろ」


 僕と少年の反応に、少女も顔に気まずそうな笑みを浮かべる。


「うん、そうだね。思い出すまでもなくずっと聞いてました。ごめんねカイリ、どういたしまして」


 なんと言っていいものかわからず、僕はひとまず身体を起こすことにした。このままでは少年少女と空しか視界に入らない。

 気配を察して身を避ける二人の間を抜け、身体を起こす。

 視界が開いた。空と地面が見える。

 それと森、柵、建物、子どもたち、その面倒を見る大人。

 僕たちは柵で囲まれた広場にいた。すっかり地肌がむき出しの広場だ。柵のあたりには草花も見えるから、昔はここらにも生えていたのかもしれない。毎日大勢の人々が踏みならすから不毛の地面になっている。

 右手には森が、左手には建物がある。

 学舎だ。毎日子どもたちを集め、頭と身体と技術を最低限育成するところ。

 わかる。覚えている。そのくらいの認識は僕の頭にもある。


「まぁでもそうだよな。お前、いつもぼけっとしてるもん。話しかけてもなかなか応えないしさぁ。いつも寝てんじゃねえかと思ってたわ」

「バカジード」

「なんだよ。本当のことだろ」


 僕を挟んで少年少女がにらみ合う。

 特別怒っているわけでもなく、これは彼ら流のじゃれ合いだろう。しかし僕が話の種である。


「うん、ずっと寝てたのかも」

「おう?」

「今起きた。目が覚めたよ」

「んん?」


 首をかしげる二人に向かって、僕はずいぶん作らなかった顔を浮かべた。

 笑顔をだ。


「おはよう、バカジード。それから、ええと……ごめん名前忘れた」

「バカは名前じゃねえよ!」

「あたしそんなに印象ないの!?」


 二人から怒られる。

 とてもおかしくなって、僕は生まれて初めてみたいに笑った。

 青い空、太陽の下、土にまみれながらのそれはなんだかやけに気持ちよかった。



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