カケラ〜欠けていたモノ〜
影の中から現れた、もう1人の南貴。
彼こそが、すべての黒幕だった。
「威吹」
「………………」
「威吹!」
「あっ、え?」
状況についていけていないのか、蓮斗の呼びかけに驚く威吹。
無理もないか、と思いながらも、蓮斗は恋を壁に寄り掛からせるようにして座らせる。
「南貴も、こっちに」
「う、うん」
言われるままに、威吹は南貴を座らせる。
2人共、何があったかはともかく、かなり衰弱しているようだった。
「………………」
そんな2人を心配そうに少し見つめ、しかしすぐに立ち上がる。そして、2人をこのようにしたであろう人物を見た。
「いつからだ」
「…………?」
唐突に切り出す蓮斗に、威吹は無言ながらも疑問を覚える。
しかし問い掛けられた本人は、さらりと答える。
「南貴が宿泊研修から返ってきた時からだよ。それがどうした?」
どうしたもこうしたも、それは知っておかなければならないことだろう、と蓮斗は歯を食いしばる。
(情けない……!どうして気付けなかったんだ)
後悔の念が押し寄せるが、蓮斗はそれを無理矢理押さえ付けた。もう1つ聞かなければならないことが、ある。
「……なんの為に、こんな事を。俺への復讐云々はどうせ作り話なんだろ」
「……………ん〜……………。強いていうなら、暇だったから、かな」
全身の毛が逆立つのを蓮斗は感じた。
そんなもの、理由になっていない。
カタカタと震える腕。駆け出そうとする足を、振り上げそうになる拳を、『蓮斗』の理性が全力で抑えていた。
「…………謝れよ」
「…………?」
身体を震わせながら発した言葉は、何とも甘い、謝罪を求める言葉だった。
「謝れ!謝れよ皆に!俺はいいから、今ここにいる威吹に!南貴に!巻き込まれた恋に!謝れよ!」
驚いたのは、隣にいた威吹だった。
この事件の1番の被害者は、他でもない蓮斗のはずなのに。
その悲痛な叫びは、周りへの慈愛に満ちているように思える。
騙された威吹に。
存在、立場を奪われていた南貴に。
巻き込まれ、無駄な傷を負った恋に。
だが、その中に自分が入っていないことに、本人は気付いていないのだろう。
悲しい自己犠牲。
彼の心は、やはりどこか満たされていない。
「…………………」
南貴の姿をしている黒幕は、無表情だった。
蓮斗の叫びに何も感じていないのか、それとも聞いてすらいないのか。
それを見た蓮斗は、
「聞いてんのかよ!」
そう、叫んでいた。
それに、叫ばれた人物は頬をポリポリと掻き、
「聞いてるけど」
さらりと、答えられた方が拍子抜けしそうな調子で答えた。
なら、と蓮斗が心中の言葉をまたぶつけ始めようとする。
「聞いてるけど、何で僕が君達に謝らなきゃいけないんだ?」
叫ぶ前に、黒幕はそんな事を言っていた。
その言葉に、蓮斗は吸っていた息を止めた。
今、あいつはなんて言った。
「僕はやりたいことをやっただけだ。自分の欲求を満たしただけ。君は、寝たいから寝る、と言った人にも同じことを言うのか?」
その声は、別に馬鹿にしておちょくっている訳ではなく、ただ思った事を口にしているだけのようだった。
それは、子供のように。
「話すだけ……無駄だ、蓮斗」
「っ、南貴?」
止めていた息を再活動させ、背後からの声に答える。
そこでは南貴が、壁に寄り掛かったままではあるが、何とか立ち上がっていた。
威吹が駆け寄り、彼を支える。
「兄貴は、違うんだよ」
「…………?何がだ」
「……………」
自分の双子の兄を視界の端に捕らえ、南貴は続ける。
「…兄貴は……あれは、欠けてんだ、心の『抑制』って、やつが」
「……………」
「本能のまま動いて、そこには善も悪もない。ただ『面白いから』とか、『つまんなかったから』で行動を起こす……。あれは、善悪に無頓着な、問題児なんだよ…」
蓮斗は、南貴の言葉をじっと聞いていた。その上で、聞き返す。
「なら……どうすればいい?」
「……わかってんだろ、蓮斗。言うことを聞かない子供には、それなりの『体罰』が必要なんだから、な……」
崩れ落ちそうになり、威吹に支えられてなんとか持ちこたえる南貴。
「……ここまで来たら、引き返せないんだよ、蓮斗……」
「………………」
南貴から目を離し、改めて、黒幕に目を向ける。
善悪に差別も区別もない、無邪気な悪意が、人の形をしてそこには立っている。
――諦めろ、『蓮斗』――
そんな声が、内側から聞こえた気がした。
そのまま、蓮斗は目を閉じる。
出来れば、『蓮斗』のまま、終わらせたかった、と思いながら。
次に目を開いた時には、その目に甘さも、甘えも存在していなかった。
「こういうのは、俺の仕事だろう?……『蓮斗』……。その為に、俺は生まれたんだから……」
――無邪気な悪意には、確固たる暴力で答えよう。
――歪んだ感性には、ひしゃげた正義で答えよう。
――それが俺、『蓮』の答え方。それ以外にやり方を知らないのだから。
――さぁ、聞き分けのない子供に、体罰を与えよう。