再返―中編―〜役者がそろえば元通り〜
「はい……。これで、大丈夫だと思います」
「ありがとう栗実さん。それに先生も」
保健室。
栗実に包帯を巻いてもらった蓮斗は、栗実と、そして秋奈に礼を言った。
「いい。あんな状態ではな」
去り際に喰らった南貴の蹴りは、蓮斗に脳震盪の置き土産を置いていった。
その後、秋奈に肩を借りて保健室に訪れ今に至る。
ちなみに、今現在学校にいる生徒は、蓮斗、威吹、そして景のみだ。
他の全生徒は、完全下校という名の事後処理で下校済み。
「しかし、こうも一気に事態が変わるとはな……」
それは教師としての言葉ですか?と思った蓮斗だが、口には出さない。問題の原因のひとつである人間がそんな事を聞いたところで、せいぜいイヤミになるのが関の山だ。それに、秋奈の言葉は蓮斗の考えと同じでもあった。
(記憶を奪われた奴に、記憶を取り戻させてもらうとは、ね)
「感謝なんて、しねぇけど」
「え?」
「いいや」
(やめよう。考える必要なんて、今はない)
ぶんぶん、と頭を振り、気持ちを切り替えようとする蓮斗。眉間を抑えて、頭痛が残っていないことも確認する。
「よし……行く」
「え、行くってちょっと、まさか」
蓮斗の言葉に驚いて、景は立ち上がった蓮斗の袖を思わず掴む。
そんな景を見て、蓮斗は。
「勿論、南貴のとこだけど。場所ならわかってる」
「でも、そんな……」
袖を掴んだまま口ごもる景。
引き留めたいが、そのための言葉が見つからないようだ。
そんな景に、蓮斗は景の頭に手を乗せて、その髪に手を通して、
「大丈夫」
「……!?」
そう、呟いた。
蓮斗の不意打ちに、景は思わず手を離してしまった。
ずるい、と呟く景を背に、蓮斗は歩き出す。が、
「待って」
その行く手を阻むように、威吹が前に立っていた。何だよ、と言おうとした蓮斗より先に、一歩威吹が詰め寄る。かなりの至近距離になるも、それを気にかけずに威吹は口を開いた。
「私も連れていって」
「……何で?これは、俺の問題だ。威吹は関係ない」
「南貴は」
蓮斗の声に被せるように、威吹の声は大きかった。
気圧された訳ではないが、何となく蓮斗は口を閉じる。
そのまま、少しだけ威吹は無言だった。
「……南貴は、私が止める。私が、止めてみせる」
言い切って、威吹はたくし上げていた髪を払うようにして振りほどく。腰まで届く長い髪が、自由を手にして艶めいた。
その様子を見ながら、蓮斗は少し何かを思い出すように天井を見上げていた。
「……蓮斗?」
「そういや、威吹には借りがあったな」
「え?」
「どうして俺を助けてくれたのは、知らないけどさ」
見事に助けられたからなぁ、と笑う蓮斗。
「……やるだけやってみなよ。俺には止める権利なんかない」
「……じゃあ」
「早く行こうぜ?」
蓮斗の言葉に、威吹は嬉しそうに頷く。その拍子に威吹の頭が蓮斗の顎に当たり、そこで自分が予想以上に蓮斗に近付いていたことを知った威吹は、さっと身を引いていた。
そんな威吹に苦笑する蓮斗だった。
「本当にいいんですか?」
「構わないよ。早く行かなければならないんだろう?」
早く乗れ、と秋奈は自分の車を煙草で差す。
二人は素直に従って、蓮斗は助手席に、威吹は後部座席に乗り込んだ。
そして、最後に秋奈が運転席に乗り込んだ所で、蓮斗の携帯が鳴り響いていた。
「…………」
携帯を取り出し、開く。
ディスプレイには、恋の名前が表示されていた。
ふん、と鼻で笑う蓮斗。誰からかなど、考える必要もなかった。
三回目のコールで電話に出た。ハンズフリーにするのも忘れない。
「南貴か」
『正解。早く来いよ、蓮斗。場所はわかってんだろ?』
学校の時より、幾分か落ち着いた会話。まあそれも今だけだろうと心の中で呟く秋奈だった。
「恋は?」
『心配すんな。何もしてねぇからさ。何なら代わるか?』
「あぁ」
ほらよ、と電話から小さく聴こえる南貴の声。恋の慌てた声がすぐに聴こえてきたので、投げて渡したんだろうかと考えるのは蓮斗。
そして、恐る恐るといった感じで、恋が電話に出た。
『……レン、君?』
「恋か。今から行くから待ってろな」
まるで今から待ち合わせ場所に向かうような調子で蓮斗は言った。本当にそうならどれだけいいだろうか。
『ダメ!私なら大丈夫だから!レン君はこっ』
「じゃな」
予想通りの反応をしてきたので、蓮斗は通話を強制終了させる。そして携帯を閉じて、秋奈に車の発進を勧めた。