行動開始〜コーヒーの適度な甘さ〜
翌日、2人は蓮斗が記憶を失ってから初めて一緒に登校した。いつもと同じ道なのに、ある人が隣にいるだけで様変わりする通学路。
恋はとても懐かしく感じ、蓮斗は不思議な気分でその道を歩いていく。
今日から、2人は本格的に蓮斗の記憶を取り戻す為の行動に入る。
「で、具体的にはどうするんだ?」
昼休み。
蓮斗は昼食の菓子パンを口にしながらそう聞いた。勿論、恋にだ。
「う〜ん、そうだね……」
小さな弁当箱の蓋を閉め、恋はしばらく考えるために黙り込む。そこを、1人の女子が2人の間を割るようにして歩いていった。
「あっ……」
恋が小さく声を上げる。その声に、女子は立ち止まり恋をちらりと見たかと思うと、またすぐに歩きだした。長い髪をたくし上げたその女子の背中を、恋はしばらく見つめ、そしていきなり立ち上がった。
「そうだ、そうしよう」
そう呟くやいなや、恋は蓮斗の腕を掴み立ち上がらせた。
「な、なんだよ。何か思い付いたのか?」
蓮斗はそう言いながら、菓子パンの最後の1口を口に運ぼうとした。それを、恋は。
「あむっ」
「あっ」
その菓子パンが蓮斗の口に入る寸前に、腕を引き寄せて指ごと食べた。
「昼ご飯終了〜。さっ、お茶しに行こ?」
口を指で拭いながら、恋は満足げにそう言った。そのまま教室から出ていこうとする恋に、蓮斗は。
「あぁ、恋、俺のパン返せよっ!オイ、待てって!そもそもどこに行くんだよ、ちょっと、話を聞けー!!」
「栗実さ〜ん!」
「オイ、待てよ恋ったら!」
2人は慌ただしくその場所に駆け込む。そこには、今正にコーヒーをカップに注いでいる栗実の姿があった。
「あ、恋ちゃん。蓮斗さん」
若干驚きながらも、2人に頭を下げる栗実。2人が来たのは保健室だった。
「レン君は、ここで待ってて」
「え?」
「じゃあ、栗実さん。任せました〜!」
「……?はい」
恋は蓮斗をその場に残し、また慌ただしく保健室から出ていった。そんなに急いでどこに行くのだろうか、と、恋が出ていった保健室の扉を見つめる蓮斗。
「コーヒー、飲みますか?」
「あ、ハイ」
いつまでも立っているわけにもいかず、蓮斗は勧められるがまま椅子に座り、出されたコーヒーに口をつける。
「……うまい」
そのコーヒーは、蓮斗にとって適度な甘さとなっていた。その素直な感想に、栗実は柔らかい微笑みで返す。
「あ……」
それを見た瞬間、蓮斗は強い既視感を覚えた。恋の時と同じ、知らないのに懐かしい感覚。
「俺は、あなたの事も忘れているのか……」
「…………!」
予想外の蓮斗の言葉に、栗実は思わず目を見開いた。しかしすぐに目を細め、コーヒーカップに口をつける。
その時蓮斗には、一瞬栗実の目が潤んでいるように見えた。
そこで、保健室の扉が開いた。
「…………」
「…………」
「ふぅ……疲れた」
そこにいた人数は、3人。
1人は勿論、恋。もう1人は煙草を加えたままの秋奈。そしてもう1人は、先程の女子、威吹だった。
「え……っと」
どうリアクションすればいいのかわからない蓮斗。しかしそれは向こうの2人も同じなのか、しばらく何とも言えない雰囲気が続く。
「え……と、コーヒー、いれますね?……」