日常―前編―〜記憶を無くした彼〜
しばらくは静かなストーリー展開で進みます。
教室、喧騒の中、1人で机に座り黙っている人物。
しかし、それは別にその人物が望んでその状況になっている訳ではない。言ってしまえば、周りがその人物を避けているのだ。
(おかしい……)
その人物、蓮斗は心の中でそう呟いた。
蓮斗は今、南貴に刺されたショックでもう1つの人格『蓮』に関する記憶を全て失ってしまっている。結果、自分が暴力を振るっていた事実すら忘れてしまっていた。無論、そんな蓮斗は自分が避けられる理由などわからない。
声をかければその相手はビクリと異常に反応し、近寄れば一定の距離を保たれる。挙げ句の果てには目が合うだけで逃げ出される始末だ。
(…………)
蓮斗は考える。
記憶を失う前の自分は、一体何をやらかしたんだ?と。
そんなこんなで、誰とも目を合わせないように下を向いて時間が過ぎるのを待っていると、視界の端に自分に近寄ってくる誰かの足が見えた。
誰だ?と控えめながらも顔を上げる。そこには、もちろん恋がいた。
「レ〜ン君!」
「うわっ」
いきなり蓮斗の背中に乗っかった恋。危うく机に突っ伏しそうになるが、なんとかこらえる。耳元で恋の吐息が感じられ、蓮斗は気恥ずかしさを感じてしまった。
「えと……恋?」
「うん?」
恐る恐る、恋を呼ぶ。今の蓮斗は恋の事をほとんど知らない。そのせいで何だか他人行儀になりがちなのだが……。
「何?」
屈託のない笑顔で蓮斗を見返す恋。たとえ蓮斗が覚えていなくとも、恋は変わらず今まで通り接していた。
ここまで明るい人だっけ?と思いながらも、蓮斗は恋に押し潰されるように机に突っ伏した。
「な、なになに?どうしたの?」
恋は蓮斗の背中から離れ、机の前に回り込む。
蓮斗は突っ伏したまま、篭った声で言った。
「俺と話してて、いいのか?」
言って、少しの間が開いた。そして、蓮斗が後悔の念を感じる寸前。
「イテッ」
コツン、と頭を小突かれていた。反射的に顔を上げると、すぐ目の前に恋の顔がある。恥ずかしさを感じる前に恋が口を開いていた。
「当たり前でしょ?なに、そんなに1人でいたいの?それなら私はいなくなるけど」
「あ…いや……」
言葉につまりながらも、蓮斗は首を横に振った。それに恋は笑顔で返すと、前の席に座り蓮斗と向かい合う。
「でも、迷惑かかるかもしんない」
「なんでさ」
「だって」
「大丈夫」
蓮斗の言葉を遮り、恋は言い切る。その恋の姿に、蓮斗はため息をついた。
「……私も、同じだよ」
ぼそりとつぶやかれた言葉。
蓮斗は、あえて聞かなかったことにした。大事なことのような気がしたが、簡単に聞いてはいけない気がしたから。
喧騒の中に鳴り響く、チャイムの音。次は、体育だ。
「じゃあね」
「ああ」
その時、蓮斗は自然に恋に返事をしていた。
最近更新がおくれがちで申し訳ありませんです…。
決して、決してなまけているわけでは無いんです!ただ、布団のあったかそうなフォルムを見るとつい……(笑)
なるべく更新しますので、できることなら感想、評価、指摘などをくれると感謝です。
では、また次のあとがきで。