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存在意義―後編―〜危険性〜

やっとここまでこれました

ぎり、と歯を食いしばる恋。

その言い分は、あまりにも身勝手過ぎる。

そう言おうとして秋奈に視線を向けた、その時。


運転席側の窓の外に、ひらりと白い服が舞っているのを見た。


「らしくないにも程がありますよ、先生」

「……!?栗実、いつの間に……」


栗実の背後でタクシーが走り去る。それに乗って追ってきたのだろう。


「少し、気になりまして……。それよりも、秋奈先生?私も、今の言葉には納得がいきません。なによりも、確実性がありません」

「……なにが言いたい」


いつもとは少し違う栗実の喋り方に、秋奈も冷静さを取り戻したのか深く席に腰をかける。栗実は、それを見て、1つ礼をしてから後部座席に乗った。


「そもそも、秋奈先生は勘違いをしています」

「………?勘違い、だと?」


栗実の言葉に、秋奈だけでなく恋も首をかしげた。

栗実は、機械的に続きを口にする。


「はい。蓮斗さんの裏人格…『蓮』は、何も無差別に暴力を振るう訳じゃないんです。私には、わかります」

「……どうして?」


聞いたのは、恋。静かに、しかしハッキリと言い切ったその理由を知りたかった。

それに対し栗実は、同じだから、と呟く。膝の上に乗せた手を、少し握り締めていた。


「恐らく蓮斗さん自身も、気付いてはいなかった。けど、先生から話を聞いた時から、ずっと思っていたんです。……多分、私と同じ、ただの防御反応なんだって。その矛先が、内か、外か、それだけの違いなんだろうなって」

「……………どういう、こと?」

「私は……」

「栗実の心は、ひどく脆いんだ。ほんの少しのショックで壊れてしまう、ガラスのような心。だから、そうなってしまわないように、栗実は蓮斗と同じような裏人格を持っているんだ」


栗実が口ごもると、秋奈はすかさず口を挟むように説明する。その口には、いつの間にか煙草がくわえられ、今まさに火をつけたところ。

若干呆気に取られる2人だったが、栗実はそのフォローに乗った。


「……今、先生が言った通り、私と蓮斗さんは似たような人格障害を持っています。けれど、その力の矛先が違う。私は、自分を無理矢理落ち着かせるためにその人格が出てしまう、言ってしまえば自分の中、内にその力が向いています。しかし、蓮斗さんは」

「……自分を守る為に、その力を外に向けている?」


はい、と恋に頷く栗実。


「蓮斗さんは、別に暴力が好きな訳じゃない。けれど、蓮斗さんの中の『蓮』が、本能で自分を守ろうとして暴力を振るってしまうんです。でも、それは無差別に行われる訳じゃない。あくまで、『自分に危険を及ぼす』と判断した時だけ、それに及んでしまうんです」

「……なら、『蓮』自体に危険性は無い、と?」

「はい。先程も言いましたが、蓮斗さん自体暴力を好んでいない。もし、蓮斗さんがそれを楽しんでいるように見えることがあったとしても、それは蓮斗さんが自分に嘘をついていただけ。自分は暴力を好んでいない、けれど、それとは無関係に暴力を振るってしまう時がどうしてもある。その心の中の矛盾から逃げる為に、無意識に『自分は喧嘩が好きだ。だから悩む事なんてない』という感じに思い込んでしまっていたんでしょう」

「どうしてそこまで言い切れる?……全て、お前の推測じゃないか」

「それは……」


煙を外に吐き出しながら、秋奈は無機質な声で言った。栗実は、その言葉に俯き、ぎゅっと服を握り締める。


「信じて、いるから」

「何?」


突如、横から聞こえた声に、秋奈は怪訝そうに声の主を見た。軽く、睨みつけるように。


「私、レン君を信じています。レン君は、私を守ってくれた。今まで、居場所の無かった私に、居場所を作ってくれた」


それに全く動じずに、恋は前を向いたまま言葉を紡ぐ。その声に、迷いはない。


「たとえ秋奈先生が許さなくても、私の心は変わりません。記憶が戻っても、もう戻らなかったとしても、私はレン君のそばにいる」

「……それは約束のため、か?その約束を、蓮斗はもう覚えていないじゃないか」


約束。

蓮斗と恋が関わるきっかけになった、蓮斗が恋にとりつけた、恋の居場所を作るきっかけにもなっていた、あの約束。


「いいえ、約束のためじゃ、ありません」


しかし、恋は即座にそれを否定した。

それは、蓮斗が恋をそばに置いておくための口実に過ぎなかった。しかし、いつしかそれは、恋にとっても望ましいものになっていた。

だが、それすらも恋にとっては些細なものに過ぎない。


「なら、なぜ」


恋の心にあるのは、約束などという理屈や、理性を全て取っ払って存在する、たった1つの想い。



いつから、私はこの感情を心に秘めてきただろう?


もっと普通の関係なら、素直になれていたんだろうか?


「私は……」


遅すぎたのかも知れない。この想い、本当に伝えたい人には、伝わらないかも知れない。


けれど、この気持ちに、嘘は、無い。

















「私は、レン君が好きだから」


























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