記憶〜霞がかった道を行く〜
「あ……?」
恋が出ていくその時、蓮斗は彼女に向かって手を伸ばしていた。自分でも何をしているかわからない、しかし、不安で仕方がない、といった表情で。
――行かないで。
開かれた口から、放たれた言葉。びくり、と恋は身体を震わし、立ち止まる。そして振り向いた。
「れ……れん?……。いか、ないで……」
「――〜〜〜〜!!」
恋の顔に、表情が戻った。
「蓮斗、思い出したのか?」
「……わからない。けど、あの人が、れん…っていうのは、わかって、る、いや、わかってた……?」
蓮斗は、困惑しながら、しかし恋に向かって手を伸ばし続けた。下手をすればベッドから落ちてしまいそうな程に身を乗り出して。そして、蓮斗は当たり前のようにバランスを崩して、ベッドから落ちていた。
ドサリ、と音を立ててタイルの床に突っ伏す蓮斗。立ち上がろうにも、長い間眠りに着いていた身体は、簡単には言うことを聞いてはくれない。
「レン君!!」
恋は、病室から出ようとしていた事すら忘れて蓮斗に駆け寄っていた。蓮斗の上半身を抱え上げ、心配そうな表情を向ける。
「よかった……どこも、怪我してないんだな……」
言ったのは、蓮斗。恋は不思議そうに蓮斗を見つめる。
「私は大丈夫だよ…?だって、レン君が守ってくれただもん……」
「……俺が、守った……。恋を……庇って…うぁっ!!」
突然、蓮斗が頭を抱えて苦しみ始めた。
「俺は……何を?…わからない…思い出せない…!」
「レン君、無理しないで!大丈夫、大丈夫だから…」
恋は、苦しむ蓮斗の頭を撫で、落ち着かせようとした。その時、蓮斗は一際大きな声を出して床を殴る。
「!!」
それが最後。蓮斗は、カクンと顎を上げて気を失ってしまった。
恋は、秋奈と2人で蓮斗をベッドに戻す。ほんの少しの間の出来事だというのに、蓮斗の身体は汗で濡れていた。
「やはり、すぐには思い出せないようだな。それにしても、あの苦しみよう……」
秋奈は、ナースコールを片手にぶつぶつと呟いている。
そして恋は、蓮斗をじっと見つめていた。
(あの時、一瞬だけレン君が『蓮』に見えた……。気のせい、かな)
物思いにふける暇もなく、恋達は駆け付けた看護士に病室を追い出されてしまった。