傷痕〜失うものはいつも大事過ぎて〜
無機質な電子音が、部屋に小さく、しかししっかりと鳴っている。
集中治療室。
蓮斗は、そこで眠り続けている。
「……すまない。もっと、早く向かっていれば……」
病院のロビーで、秋奈は歯を食いしばっていた。
「回りくどい真似などしなければよかった……。最初から、協力していれば、こんな結果には……」
その隣では、威吹が俯いたままで立ち尽くしている。
この2人、威吹と秋奈は、最初から蓮斗を助けるつもりだった。だが、秋奈は全員で向かって犠牲者が出てしまう事を恐れた。だからあのような行動に出たのだが、それはこちらがわに被害が出なかった代わりに、救うべき人物を救いきれないという結果を生み出した。
それを、秋奈本人は激しく悔いていた。
「…………」
恋は、それを見つめていた。何と声をかければいいかわからなかった。
手段が違っただけで、この2人は蓮斗を助けようとしていた。たった1人であの場所に向かってしまった自分に、どうして2人を責められよう。
「秋奈さん。先生がお呼びです」
ふいに現れた看護士が、遠くから秋奈を呼んだ。秋奈は、抱えていた頭を振り、立ち上がる。そして、カツン、カツンと音をたてて看護士の元へと歩いて行った。
廊下を曲がり、秋奈の姿が見えなくなる。そこで、威吹は顔を上げた。
「…………威吹?」
その表情が、余りにも痛々し過ぎた。思わず恋が声をかけてしまう程に。
「……ごめん、なさい」
静かなはずの病院のロビー。しかし、その声は足音に掻き消されてしまいそうな程に小さかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
威吹は、同じ言葉を何度も繰り返し発した。困惑する恋をよそに、何度も、何度も。
その内に、威吹の目から涙が零れはじめる。
「……威吹?どうしたの?」
「ごめんなさい……ごめんなさい……!」
恋の問い掛けにも、威吹は同じ言葉しか返さなかった。恋は、威吹が落ち着くまで待とう、と背中をさする。
すると、威吹は数回の嗚咽をもらすと、恋をその涙が溜まった目で見つめ、口を開いた。
「……私……南貴の居場所、最初から知ってたんだ……!」
その言葉に、恋は目を見開いた。それを見て、威吹は続ける。
「……助けようと思えば、いつでも助けられたんだよ……。けど、私、南貴に逆らえなかった……!絶対にばらすなって、話したら別れるって言われて……!」
威吹は吐き出すように話し続けた。
自分は南貴と恋愛関係にあったこと。
南貴が蓮斗に憎しみを抱いていた事を最初から知っていて、それを果たすために、南貴の言葉で蓮斗に近づいていたこと。
今回のことも、最初から全て知っていて、しかし南貴に口止めされていて話せなかったこと。
「私は……最初から…裏切り者だった……」
手で顔を覆い、身体を震わせて話す威吹。長い髪が、所在なさ気に揺れている。
恋の胸中は、複雑だった。
憎くないと言えばそれは嘘になる。
しかし、威吹を責める気にはなれない。
威吹も、ある種この事件の被害者なのだ。
この事件のもう1人の中心人物である南貴は、こことは違う病院に入院している。
蓮斗程ではないにしろ、南貴も重傷といえば重傷だ。なにしろ、目だった外傷が無いとはいえ、未だ意識が戻っていないのだから。
「……ごめんなさい……」
だから、恋は彼女を軽く抱きしめた。
同じ被害者。なら、助け合わなくてどうする、と。
「恋」
しばらくして、秋奈は2人の元へと戻ってきた。そして、恋を立ち上がらせ、言った。
「蓮斗の意識が戻ったそうだ。……会いたいか?」
答えるまでもない、と恋は走り出す。
あの事件から、既に1ヶ月。蓮斗は目覚めていなかった。
恋は何度も蓮斗を呼んだ。優しく、蓮斗の名を呼んだ。返ってくることのない返事を待ち続けて、何度も繰り返し呼び続けた。
「レン君……!」
蓮斗の病室。扉を開き、身体を起こしている彼を見て、恋は自然と涙を流していた。
「レン君……よかった、目が、覚めたんだね」
すぐに秋奈が病室に入る。恋の横に並び、蓮斗を見据えた。その目は、どこか心配を拭い切れていない。
蓮斗は、静かに視線を恋に向ける。そして、少し首を傾げて……。
「……君、誰?」
その瞬間、恋の心は砕けて散った。
更新が遅れてすいません……。
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では、また次の更新で。