真実―前編―〜暗闇、黒幕〜
「……ん…ぅ……」
朦朧とする意識。恋は身をよじり、身体を強張らせた。今目が覚めたのか、それともずっとこの状態だったのかすらわからない。後頭部の痛みは迷惑なぐらいはっきりとしているのに、意識自体は混濁している。
目を薄く開いてみる。切り口のような世界が見える筈なのに、何も見えなかった。ただ、黒が広がっている。
目が開いていないのかと思い、恋は今度こそ目を見開いた。
変わらない。
ただただ、黒が広がるばかり。
そこで恋は気付いた。
簡単なことだ。
目が開いてない訳じゃない。ただ単に、ここが何も見えない程に真っ暗なだけなのだ。
「気が付いたのか……?」
「!?」
突然の声。
恋は驚いたが、恐怖は感じなかった。なぜなら、その声は彼女にとって1番聴き慣れた、1番聴きたかった声なのだから。
「レン君!…痛っ……!」
「無理すんな。お前後ろから殴られたんだから。痛くないほうがおかしい」
「やっぱり、レン君だ……!」
そう。聞き間違えるはずもない。姿は見えずとも、恋は確信した。
すぐ近くに、蓮斗がいる。そう思うだけで恋はたまらない気持ちになった。
「……悪いな。俺、動けないから、恋の傍にいけない」
きぬ擦れの音。その後にピチャリと何かが滴る音が暗闇に落ちた。
そこで恋ははっとする。なぜ忘れていたのか。蓮斗は今、釘で手を打ち付けられているのだ。
「けど正直、暗いのは助かる。……あんまりにもカッコ悪すぎるから、な」
また、ピチャリと音がした。
蓮斗の声には、覇気さえ無いものの、手を貫通させられている痛みなど微塵も感じさせない。
「どこ……?どこに、いるの?」
痛む頭を抱え、恋は立ち上がった。1歩、踏み出して目眩が恋を襲う。
倒れる、と思ったが、トンて身体は何かにぶつかり支えられる。
「……ここに、いる」
恋の耳元で、声がした。恋は手探りで、蓮斗の顔に手を置く。さらり、と髪の感触が指の間を通り抜けた。
胸が熱くなる。すぐに、抱きしめたい衝動に駆られる。
それは蓮斗も同じだった。
懐かしくすら思える温かさ。温もりが冷え切った2人の身体を温めていく。
互いの身体は冷たい筈なのに、互いの体温は上がっていく。
胸から込み上げる、体温とは違った熱すぎるほどの衝動は、感情の楔をたやすく引き抜いていった。
「今まで、ごめん」
「…………?」
静かに、蓮斗は言った。
「俺、弱かった。どうしようもないくらい、弱かった」
まるで懺悔のように、静かに、しかし吐き出すように。
「私もだよ……。全然、強くなんてなかった……」
身を寄せる恋。
「お互い様だよ?……だから、謝らないで……。ね?」
「……うん」
蓮斗が小さく頷く。恋には見えていないが、わかっているので関係なかった。
そして、更に身を合わせようと、恋が蓮斗の背中に腕を回そうとした瞬間。
「あれ?恋ちゃん、起きちゃったんだ」
差し込む光と共に、南貴がやってきた。
「南貴……!?」
恋は身構える。それを見て、南貴は一瞬キョトンとしたが、すぐに張り付けたような笑顔になった。
「全く、しょうがないなぁ、恋ちゃんは。なんだってそんな危なっかしい男に入れ込むかな」
すたすたと、何の警戒もなく恋に近づいていく南貴。
そのまま、恋の前には立たずに。
通り過ぎて、蓮斗を思い切り殴りつけた。
「がっ……!」
ビチャビチャ、と嫌な音を立てて赤黒い液体が地面に飛び散った。
「まだくたばんなよ?今までの借り、返し終えてないんだから、さ!」
南貴は、返す腕で払うように腕を殴る。伸びきった蓮斗の腕は軋み、固定された手の平は更に歪んだ穴を広げた。
「な……!」
恋は呆気にとられて動けなかった。
この2人は、そろって行方をくらました。その先で何があったかわからないが、まさか、あの日からこのような状況が始まったというのか。
「ふふん、何がなんだかわからない、って感じでしょ。恋ちゃんは」
返り血を拭いながら、南貴は恋に振り返った。
その姿が恐ろし過ぎて、恋は無意識に後ずさる。
「んじゃヒント。そもそもなんで、蓮斗がこうなったかわかる?」
「…………?」
恋は、南貴の言葉の意味がわからなった。それがわかれば、苦労はしない。
「わからない?それじゃもう1つ。『何で今になってこうなっちゃったんだろう』ね?おかしいと思わない?もっと早くこうなってても、おかしくない。むしろ、そっちの方が自然だと俺は思うけどね」
確かに、と恋は思った。
こうなってしまう前の蓮斗は、不安定さはあまりなかった。それなりに、自分自身とうまく付き合っていたように恋は思う。
それがなぜ、今になって暴走を起こしたのか。
そこまで考えて、恋は南貴を睨みつけた。
「まさか、あんたが!!」
その反応が嬉しかったのか、南貴は笑顔を浮かべる。そして、こう言った。
「ああ。その通りさ。俺が蓮斗に暗示を掛けたんだよ」
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