分岐―後編―〜別れた2つは交わらず〜
「…………え?」
予想外の人物の登場に、恋と景はすぐには反応出来なかった。故に、秋奈の言葉も頭に入ってこない。
しかし、栗実だけは動じなかった。まるで、最初から来ることがわかっていたよう。秋奈を見る栗実の目は、控えめながらも睨みつけているように見える。
「考え直せ。恋。景」
秋奈にしては珍しく、事情も何も説明せずにいきなりそう言った。その横で、威吹はどこか辛そうに佇んでいる。決して、恋を見ようとはしない。
「秋奈さん。どうして、ですか」
栗実は立ち上がり、秋奈を確かな敵意を持って睨みつけた。そこには、弱気な栗実はいなかった。
秋奈は疲れたように息を吐き出し、頭を抑える。
「蓮斗のことは諦めろ。アイツは、もうこちら側の人間じゃない」
「……答えになってません」
「答える必要はない。たとえあったとしても、お前らには伝えられない」
「どうして!!」
感情を剥き出しにして、栗実は叫ぶように言った。
しかし、秋奈は臆さない。歩を進めて、栗実の前に立った。
「…………」
黙ったまま、秋奈は栗実を見下ろすように睨みつける。
秋奈は栗実のカウンセラーだ。どうすれば栗実を捩じ伏せられるか、嫌と言うほど熟知している。このまま睨みつづければ、それだけで栗実の心は呆気なく折れてしまうだろう。軽く頬でも叩けば駄目押しだ。
栗実もそれを知っている。しかし、同時に信じている。
秋奈はそうしない。秋奈だって、そこまではしないはずだ、と。
栗実は目を閉じ、折れそうになる心を奮い立たせて、再度秋奈と向かい合った。
その瞬間、乾いた音が部屋に響いた。
「あ…………」
ぺたん、と座り込んでしまったのは、栗実。
秋奈は、容赦なく栗実を捩じ伏せた。振り切った手が行き場を無くし宙に浮いている。
しかし、栗実は。
「……何故、ですか」
秋奈は目を見開いた。
栗実は、座り込んではいるものの、その目は光を失ってはいない。その事に、なによりも栗実自身が驚いていた。
栗実は、強くなった。
蓮斗と出会い、彼女も変わっていたのだ。
「くっ……」
予想外の出来事に、秋奈は悔しげに後ずさる。もう1度顔を叩けば、今度こそ栗実は崩れ落ちるだろう。今の栗実は辛うじて踏み止まっているに過ぎない。
「…………」
だが、秋奈は踵を返して保健室から出ようと歩き始めた。威吹が、振り上げられた秋奈の腕を止めていたのだ。
「待って……!なんで、蓮斗さんは……」
なんとか立ち上がり、栗実は秋奈の腕を掴んだ。
その時、歯ぎしりの音が聴こえた。
「蓮斗はもうこの学校の生徒ではない。何故、関わらなければならないんだ」
腕を振り、栗実を振り払った秋奈の表情。
栗実には、それがとても恐ろしいものに見えた。
「っ!?どういうこと!?」
ようやく状況を理解した恋は、回り込んで秋奈の行くてを塞ぐ。
つまりは、秋奈と威吹はいうなれば『敵』なのだ。
何故かはわからないが、この2人は蓮斗を助けないと決めているらしい。でなければ、わざわざここまで来て止めはしないだろう。
「言った筈だ。私は教えるつもりもなければ、義務もない。…………そこをどけろ。蓮斗と同じ目に遭いたいのか?」
まるで弱者を見下すような、そんな視線を向けられ、恋は思わず道を開けてしまっていた。
2人が保健室を出ようとする寸前、景が口を開いた。
「蓮斗を……退学処分にしたのは、あなただと?」
時間が、止まる。
秋奈は振り返ることはなく、その表情はわからない。
「行きましょう、秋奈先生」
「…………わかっている」
威吹の言葉で、時間が動き出す。
そして、2人は去っていった。




