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栗実―後編―〜普通の定義〜

泣き続ける栗実を抱きしめたまま、蓮斗はベッドに倒れ込んだ。

そちらの方が楽だと思ったからである。


「うっ…あっ……。す…いま、せん…」

「いいって。治まるまでこのままでいるからさ」

「…は、い」


そう言って、蓮斗は栗実の頭を撫でた。


「あっ……」


ビクリ、と栗実が震える。そして、更に蓮斗に身体を寄せた。


「あ、悪い……嫌だった?」


蓮斗の胸に顔を埋めたまま、ふるふる、と顔を横に振る栗実。

落ち着いてきたのか、すがるような印象は薄れ、今は静かに蓮斗の腕の中にいる。


「蓮斗、さん」

「……ん?」

「……私には、わかります…。私達は、自分を抑えないと、普通に、暮らせていけない……」


とぎれとぎれに言葉を紡ぐ栗実。

それは、未だに収まり切らない嗚咽のせいか、それとも言葉を選んでいるからか。


「だから……、1人で抱え込まないで下さい……。自分を抑えて、悩み事も抱えてしまえば、私達は、壊れてしまいます……」

「…………」


返事をしない蓮斗。栗実はふと、顔を上げて蓮斗を見た。


「気付いてますか…?」

「……何に」

「泣きそうです、蓮斗さん……」

「!?」


言われて、蓮斗は自分の目に手をやる。少し触れると、たやすく涙は流れ出した。


今まで蓮斗は、必死に自分を抑えてきた。なるべく人と触れ合う事を避けてきた。そうすることで、2つめの人格が出てしまった時の被害を抑えていた。無駄に人を傷つけたくなかったから。


しかし、恋と出会い、それまで続けてきていた生活が変わりはじめた。

結果、自分はおろか、恋やクラスメイトに無駄な恐怖を植え付けてしまう事が起きてしまった。


「ずっと考えてる…。どうすれば、傷つけずに済むんだろうって……」

「……今も、ですね?」

「……ああ」

「……蓮斗さん。『普通』って、何だと思います?」


栗実の問いに、蓮斗は少し驚く。それは、蓮斗が最初に栗実に聞いたことだ。


「私も、考えたことがあるんです。兄さんに、『何で俺に出来ない事をお前は普通にこなすんだ』って言われて、あぁ、私の普通は、兄さんの普通とは違うんだ。なら、皆がわかる『共通の普通』ってなんだろう。って」

「栗実……栗実さんは、わかったのか?」


言い直した蓮斗に、栗実はクスリと笑う。


「わかりません。あるのかもしれないし、そんなものはないのかもしれない。それぐらいしか、私にはわかりませんでした」


でも、と栗実は続ける。


「蓮斗さん。多分、そんなことは考える必要はないんです。わかったところで、皆が皆その『共通の普通』を通るわけじゃない……。皆、自由なんですから…」

「でも……」

「合わせなくていいんです。でも、道から外れそうになった時、1人じゃどうしようも出来ない。そんな時、蓮斗さんはどうしますか?」

「……わからない。『普通』がわからないから、戻りようがない。俺の『普通』が、間違ってたら、それこそどうしようもないじゃないか」

「……そうですね。私も、自分1人じゃ、どうしようもないと思います……。でも」


栗実は、少しだけ蓮斗から身体を離し、蓮斗と目線を合わせる。

蓮斗は、不思議と恥ずかしくはなかった。



「私には、蓮斗さんがいます」


栗実は、顔を赤くしながら、しかしハッキリと言った。


「蓮斗さんは、私が明らかに人として間違った道……麻薬等に手を出そうとしていたら、どうしますか?」

「それは、引き戻そうとするよ。当たり前だろ。…………あっ……」


蓮斗は、栗実の言いたい事に気付いた。そして、改めて栗実を見る。


「私も、蓮斗さんが間違った道に進もうとしていたら、力の限り止めます。多分、そういうことなんです。1人なら、わからないかもしれません。でも、2人なら、3人なら。……なんとかなると思いませんか……?」

「……ははっ。そっか…。そうかもな…」

「キャ……れ、蓮斗さん?」


蓮斗は栗実を思い切り抱き寄せる。

少し離れていた身体は、今度はしっかりとくっついた。

しかし、栗実は拒まない。息を大きくはいて、身体を蓮斗に委ねた。


「すいません……。意味がわからないことを、ながながと……」


元の話し方に戻る栗実。スラスラと話していた事が嘘の様で、最後の方はごにょごにょとしか聞き取れなかった。


「カッコイイよ、栗実さん」


しっかりと栗実を抱いたまま、蓮斗は言った。

栗実は顔を真っ赤にして、それを悟られまいとまた顔を蓮斗の胸に埋める。


それは、蓮斗には好都合だった。

蓮斗も、今の自分の顔を見られたくないから、栗実を無理に抱きしめたのだから。


こんなに泣いてるとこ見られたら、栗実さんの事言えないじゃないか、と思いながら、更に強く抱きしめた。

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