対峙〜2人の問題児〜
今回は女同士の喧嘩です。
苦手な方はお気を付け下さい。
「……お前、本当に威吹なのか?」
「そうだって言ってるじゃん。しつこいなぁ」
蓮斗は訝しげな表情で威吹の全身を見ていく。それもそのはず。今、蓮斗の目の前にいる彼女は、蓮斗の知っている彼女とは全く違うのだ。
長い髪はしっかりまとめたくしあげられ、制服も着崩すことなくしっかりきっちり着ている。それはもう、お手本のように。
「あ、疑ってるなぁ?」
見開いた目がなかなか閉じれない蓮斗を見て、威吹はそう言ってパタパタと駆けていく。そして自分の鞄を持って蓮斗達から少し離れた所に立つと、手でちょいちょいと蓮斗を呼んだ。
「蓮斗だけだからね!」
「…わかってる」
明らかに機嫌が悪い恋を残し、蓮斗は威吹の元に行き、鞄の中を覗き込んだ。中には、丁寧に折り畳まれた特攻服が。
「…………」
「ね?これで分かったでしょ?」
今度は開いた口が塞がらない蓮斗だったが、やがて自分が馬鹿面をしている事に気づき1度、目も口も閉じる。
そして深呼吸してから、確認の為に思った事を言うことにした。
「じゃあ、やっぱりお前はあの特攻服…」わーっ!わーっ!」むぐっ!?」
言い終える前に口を塞がれる蓮斗。一体なんだ、と威吹を見れば、その表情は焦り一色。しきりに周りを見わたしている。
「セ、セーフ……。もう、蓮斗ってば…」
大きな溜息をついてから、蓮斗の口を塞いでいる手を外す威吹。
そして、何がなんだかわからない、といった感じの蓮斗を引き寄せ、耳元でこそこそと喋り始めた。
(この学校ではあんまり目立ちたくないの。一応隠してんだからね、私がレディースだってこと)
(あぁ……そういうことか)
さっきの大声はセーフなんだな、と言おうとしたが、またややこしい事になりそうなので言わないことにした蓮斗だった。
「わかったから……離れてくれない?」
「ん?なんで?」
「なんでって……」
若干顔を赤くしながら周りを気にする蓮斗。
こそこそ話、というものは必然的に互いの距離が近くなるもの。例にもれず蓮斗と威吹の距離も近かったが、そこには威吹の策略があるような気がしてならない蓮斗だった。
「顔赤くしちゃって……。この間のベッドでもそうだったけど、やっぱり『こっち』方面は弱いのかなぁ」
「誤解を招く言い方はよしてくれ!いや、だから離れろって言ってるのに何故更に抱き着いてくるんだ!?近いって………はっ!」
必死に威吹を引きはがそうとする蓮斗だが、その刹那、激しい殺気を感じ鳥肌が立つ。瞬間的にその方向を見ると、そこには……。
「れ、恋…………さん?」
そう。恋だった。
思わず蓮斗がさん付けをしてしまう程の殺気を放ちながら、じっと2人を見つめて…いや、睨みつけていた。それを見た威吹はニヤリと笑い、蓮斗の首に腕を絡める。
その瞬間、さらに殺気が大きくなるのを蓮斗は感じた。
(い、生きた心地がしない……。なんで久々に学校に来てこんな目に遭わなきゃいけないんだよ…)
頬を流れそうになる涙をぐっとこらえ、代わりに溜息をつく蓮斗。
そんな1番の被害者を他所に、女性2人は火花を散らす。
「嫉妬は醜いよぉ、恋ちゃん?」
(あぁ、お願いだからそれ以上恋を刺激しないでくれ……)
蓮斗の心の声だった。
やがて、殺気を放つだけで何もしなかった恋が1歩踏み出す。そして、俯き気味だった顔を上げた。
「……私に負けたくせに」
「!?」
その言葉に、威吹の身体がビクリと震えた。
あぁ、そういえば南貴がそんな事を言っていたな、と蓮斗は口に出さずに思う。
しかし威吹は、蓮斗を抱く腕に更に力を込め、恋を睨み返した。
「そんなの今は関係ないし。ね?蓮斗」
(なんでそこで俺に振るんだ……。恋、睨みを効かせないでくれよ。俺、なんかしたか?)
蓮斗はもう発言権を捨てていた。
勝手にしてくれ、のレベルである。
そして目をつぶり、今日最大の溜息をつこうとしたその時。
「!!!?」
蓮斗の顔面に軽い風がかかる。同時に強い圧迫感が襲い掛かった。
教室内がどよめく音が聞こえ、更には威吹が息を呑む音も耳に届く。
恐る恐る目を開けば、そこには靴底が。
蓮斗はすぐに理解した。それが蹴りの寸止めである事、それは自分に対してではなく、威吹に対しての威嚇であることを。
さすがにこれには驚き、蓮斗から離れる威吹だったが、それで問題が解決したわけではなかった。
「どうしたの?これぐらいで」
「……ケンカ売ってんの?あんた」
一気に場が張り詰める。これはもう止められないな、と判断した蓮斗だったが、案外2人は冷静だった。
「場所変えよう。ここじゃ迷惑だし」
「そうだね、狭いし」
その会話を聞いて、蓮斗は先程つきそこねた溜息をついた。
(この場所にもよく来るよなぁ……)
蓮斗はそんな事を考えながら周りを見渡す。
この場所『裏庭』には何度も来ているために、いい意味でも悪い意味でも感慨深くなる蓮斗だった。
しかし、ここに来るということは喧嘩が起きるということと同義のようなものなので、嬉しくはない。
その証拠に、今正に蓮斗の目の前で2人の問題児が対峙しているのだから。
「覚悟はいい?」
「そっちこそ」
2人が交わす、おそらくは最後の会話。
蓮斗は地面に落ちている少し大きめな石を拾い上げ、そして近くの岩に――投げた。
「!」
無骨な音が鳴り響くと同時、恋が突撃。あっという間に威吹の懐に入り込み、そしてそのまま腹に肘をぶつける。
「かっ……」
「まだまだ!!」
思わず腹を抱える威吹だが、それが仇となり、顔面に恋の掌底が入る。返す手で張り手のオマケつきで。
「はぁっ!」
「……っ!」
更に追撃を重ねようとするが、恋は当てる寸前で止まる。そしてそのまま後退した。
「…残念。そのまま来たら、これ食らわせてあげたのに」
威吹は、握っていた砂利を捨てて頭を振る。
たくしあげていた髪がほどけ、長い髪が自然な状態に戻る。
「相変わらず、汚い真似する」
「それが喧嘩だけど?考えが……甘いんじゃなくって!?」
「!」
走り始める威吹。恋は更に後退するが、後ろには木が。背中をぶつけてしまう。
「……っ!」
「遅いっ!!」
回り込んで避けようとした恋のスカートを思い切り殴りつける威吹。更に同じ箇所を蹴りつける。
「……?」
何故スカートなのか。恋は疑問を覚えたが、直ぐにその場から離れようとする。が、スカートが、木にくっついたように動かずに、恋はバランスを崩し前につんのめってしまう。
「スキありぃ!!」
そこに、下から跳ね上げるような威吹の蹴り。恋の腹を蹴り上げる鈍い音が小さく響く。
「っ……!なん、で?」
追撃を仕掛けようとする威吹を牽制し、痛む腹部を抱えスカートを見る。
すると、なんとスカートは数本の釘で木に縫い付けられていた。
「そんな……どうやって」
「気にしてる時間なんてあるの?」
「っ!」
すぐさま襲い掛かってくる威吹。なんとか対応する恋だが、蹴りをもらった腹部の痛みと、縫い付けられたスカートが邪魔をする。
「ほらほらほらほらぁ!!どうしたの!?これで終わっちゃうよ!!?」
「うっ……あっ…!」
着々と恋にダメージが溜まっていく。
このままじゃいけない、と恋は向かって来る拳を掴み、関節をとろうとする。
その拳は、血で染まっていた。
そこで違和感を覚える。
(私、こんなに血を出していない。じゃあ、この血は……?)
「っ!」
「あなた……まさか」
威吹は血だらけの手を抱え、それでも笑う。
「そうだよ。私がわざわざ金づちであんたのスカート留めるわけないじゃん。ただ、思いっ切り殴って蹴りつけただけ。そうすれば釘も少しは刺さるでしょう?」
なおも笑い続ける威吹。
そんな威吹に、恋は本気で怒りを覚え始めた、その時。
2人の間に、蓮斗が立ち塞がった。
蓮斗はすぐにわかった。
威吹のあの笑い顔は、ただ痛みを我慢しているだけだということに。
さすがに見ていられなくなった蓮斗は、2人の間に割って立つ。
そして一言、2人に言った。
「もうやめろよ。見てられない……」
そう言った蓮斗の表情は、悲痛だった。