駐車場―前編―〜その強さは確かめるまでもなく〜
「さて、と。ま、ここでしばらく時間潰しててくれよ」
「…………」
南貴はバイクを止め、蓮斗を下ろす。そこは正に『いかにも』な場所だった。
「ここはな、使われなくなった地下駐車場だ。簡単に言えばたまり場だな」
「そんなの見ればわかる。俺が言いたいのはそこじゃない」
「んじゃなんだよ」
「ほんっっっとにここで待てって言ってんのか」
「ああ」
「ああ、ってお前……」
蓮斗は南貴から駐車場全体に目を移す。
そこには、そこらの高校の全校生徒と比べるべくもないほどの人間がいた。
そして、蓮斗はそのほぼ全員から注目を浴びている。
「視線が痛い……。リアルに痛い……」
「そりゃそうだ。俺とタメ口で話せる奴なんてそういないからな」
蓮斗の隣で南貴が軽く言う。腹いせに蓮斗が睨みつけると、南貴は口笛を吹いてそっぽを向いた。
「はぁ……。俺は嫌だ。こんな殺伐した雰囲気は」
「ま、そう言うなよ。なんか買ってくるからさ」
南貴がそう言った瞬間、更に視線が降り注いだ。
(多分、南貴をパシらせてるとか思ってるんだろうなぁ……ハァ)
「南貴、やっときたね〜」
「?」
しょうがないので南貴に欲しい物を伝えていた蓮斗の背後から、聞き覚えのない女の声が響いた。
静まり返っている空間とは対照的な、よく通る声。
振り返ると、そこには特攻服を着た女子。背中を通り越し、太ももの辺りまで伸びた黒髪が蓮斗の目を奪う。
女子は、蓮斗を一瞥してから南貴に近付いた。
「もう、遅すぎ」
「遅すぎって……別にまだまだ時間はあるじゃねえか」
「それでも遅いの!暇だったんだから」
「お前だけだろうが」
南貴は単車に腰掛け、女子はそんな南貴に突っ掛かりながらも楽しそうに話している。
とりあえず2人の会話が終わるまで、蓮斗は欲しい物を更に深く考える事にした。
「あ、悪い蓮斗。んで、なんだっけ」
「…………長すぎる」
南貴と女子の会話所要時間、1時間27分32秒。
余りに暇過ぎたため、蓮斗はこの会話がどれだけ続くか、なんていうくだらない事を調べてしまっていた。
「帰る」
「あー!!悪い悪いすみませんでした!だから帰んのはナシ!!」
帰ろうとする蓮斗を必死に止める南貴。
いつしか静かだった地下駐車場もザワザワし始め、殺伐とした雰囲気は薄れ始めていた。
そんな中、今なお蓮斗に痛い程の視線を送る人物が1人。
「ねぇ、南貴」
「じゃラーメンでどうだ…ん、どした」
「それ、何」
先程まで南貴と話していた女子だった。
打って変わった声色で、蓮斗を睨みつける。
だが、それで怯む蓮斗でもなく、逆に『それ』呼ばわりされてイラッとしていた。
「『それ』はないだろ、特攻服女。お前こそ誰だ」
「なっ……!南貴!?」
言い返されたのが予想外だったのか、『特攻服女』は南貴に詰め寄った。
それで南貴は心底面倒くさそうな顔をして、蓮斗を見た。
「面倒くさい事すんなよ蓮斗〜。こいつはな、ま、見たら分かるだろうけど、レディースの特攻隊長やってる奴だ。名前は威吹。あ、ちなみに恋ちゃんとも1回やり合ってるぜ。負けたらしいけど」
「負けてない!一旦引いただけだよ!」
特攻服女…もとい威吹に身体を揺さぶられながら話す南貴。どうやらもう慣れたものらしく、先程から耳元で叫ばれているのに動じていない。
「んで、威吹。コイツは蓮斗。今回の件でコイツの力がいるから連れてきた」
「……役に立つの?」
「失礼だな」
「あんたは黙ってて!」
威吹に言われ、蓮斗は素直に黙る。
こういうタイプはぶつかり合うだけ時間の無駄だ、と思ったからだ。
「こんな事言われてるけど…。どうよ、蓮斗?」
「何が」
「悔しくないのか〜?」
「残念だけど、この程度で腹立てる程子供じゃない。そいつと違ってな」
そう言いながら、蓮斗は威吹をちらりと見る。
すると予想通り、威吹は顔を赤くして蓮斗につかみ掛かった。
と、その瞬間。
「南貴さん!向こうの奴らの何人かが特攻してきました!…ぐぁっ!」
けたたましいエンジン音が鳴り響き、その内の1つがこちらに向かってくる。
「まずい、南貴!避けなきゃ!」
「ああ」
「何してんの!あんたも早くこっちに…」
威吹と南貴が2階に繋がる階段に身を隠す。バイクでの突撃を避けるためだ。
「面倒くさ…」
だが、蓮斗はそれをしなかった。既にバイクが数メートル前にまで迫ってきているにも関わらず、その顔には焦りは見えない。
「危ない!」
「待て!今出たら轢かれて終りだ!…それに、あいつなら大丈夫だよ」
飛び出そうとする威吹を南貴が止める。そうしている内に、バイクは蓮斗のすぐ側まできていた。
「あっ」
とっさに、威吹は顔を両手で覆う。直後、ゴッ、と鈍い音が響いた。
死んだ、と威吹は思った。しかし、その後にタイヤのスリップの音、そしてバイクが壁に激突する音が響く。
「ば……馬鹿な…ありえ、ねぇ…」
顔を覆う両手を外せば、階段のすぐ下に大破したバイク。そしてその横に首を抑え悶絶している男。
「え…?なにが……
「つまんねぇの……。弱すぎだ」
「!!?」
威吹は声がした方に視線を移す。そこには、ごく普通に蓮斗が立っていた。
そして、その周りには特攻してきたと思われる男が4人、腹や頭を抑え倒れている。
「やっぱり帰るかな。弱すぎてつまらん」
蓮斗がそう言うと、威吹がぺたんと膝をついた。