保健室―後編―〜頬を伝うものに気付けなくて〜
「ぅぁああ…あぁ…!」
ひたすら蓮斗の胸で泣きじゃくる栗実。
流石の蓮斗もこれには頭が追いつかない。
今の状態ももちろんあるが、今まさに秋奈が言った言葉が理解出来なかった。
「理解出来ないか?」
蓮斗の心を読んだように、秋奈が言う。即座に蓮斗は首を縦に振った。
「ならばもう一度…。それが、栗実のもうひとつの人格だ。蓮斗の裏人格と同じだよ。…まぁ、かなり種類は違うが」
それを聞いて、蓮斗はもう一度自分の胸で泣きじゃくる栗実を見る。
確かに、今の栗実は普段の栗実とは明らかに違う。
悪く言えば、狂った様な泣き声。たまに発狂ともとれる叫びを蓮斗にぶつけてくる。
「だから…」
蓮斗は、なぜ栗実が秋奈のカウンセリングを受けているのか思い知らされた。
「栗実はな…ショックやダメージに弱いんだ。心のほうのな」
煙草に火を付け、秋奈が大きく息を吐く。
「喜怒哀楽のバランスが崩れているとでも言えばいいか…。栗実の心は、哀の割合が大きい。だから、打たれ弱い。一度ダメージを受ければ、心が壊れてしまう程に…な」
栗実の爪が、蓮斗の肩に食い込む。すがるように栗実は蓮斗に身体を押し付けた。
「そんな事を何度も続けている内に、栗実の中に新たな『自分』が生まれた。これ以上壊れてしまわぬように。心がダメージを負った時、感情の爆発を起こし発散させる事で。……栗実の『2つ目の人格』は、悲しい防御反応の成れの果てさ」
だから今は…。と、秋奈は呟いて後ろを向いた。
蓮斗は黙って頷いた。
蓮斗には分かる。どうかしようとしても、どうしようも出来ないことを。
自分の意思とは無関係に暴れる自分に対しての憤りを。
栗実が蓮斗の事を知っていたのも、今では責める気を無くしていた。
蓮斗だって、自分と同じような境遇の人間がいれば、その人の事を知りたいと思うだろうから。
蓮斗は栗実の頭を撫でる。
「辛い…よな」
肩に食い込む爪の痛みにも動じない。
この程度、謝罪にもならない。栗実にダメージを与えてこの状態にしてしまったのは、自分だから。
蓮斗は、そんな事を考えながら頭から顔へ、その手を移動させる。
「大丈夫だ。俺は、怒ってなんかない。だから…」
肩にある手をとり、しっかりと握る。
「もう…泣かないで」
そう言った蓮斗は、自分の頬を伝うものに気付かない。
「…泣かないで、下さい…。私も、泣き止みますから…」
「…え?」
「気付いてないんですか?ほら…」
栗実は、空いている手で蓮斗の涙を拭った。
「…戻ったのか?」
「はい。ありがとうございます」
「……落ち着いたなら、いい加減離れたらどうだ?…目の毒だ」
見ていて恥ずかしい、と言う秋奈の遠回しな言い方に、2人は、というよりも蓮斗が弾かれたように離れる。
すると、栗実が
「あっ…」と残念そうな声を出したのだが、蓮斗には聞こえていない。
それというのも……。
「どういうことかな?蓮斗」
いつの間にか、保健室に恋と景がいて…。
明らかにどす黒いオーラが2人の周りを漂っていたからで…。
「…あ…いや…」
「授業中に姿が見えないと思えば…蓮斗ぉ!?」
景に問い詰められ、自然と後ずさる蓮斗。
だが、すぐに恋が景を止めた。
「いいじゃんいいじゃん。見付かったんだからさ。さ、レン君、いこう?」
「あ、ああ」
恋に手を引かれ、立ち上がる蓮斗。
この時、蓮斗は違和感を感じる。
――なんで、こんなに悲しい顔をしているんだ?
蓮斗はそのまま手を引かれ、保健室を出た。