保健室―中編―〜泣き顔のペルソナ〜
蓮斗は、ベッドに突っ伏していた。
もちろん、先程とは違う理由で、だが。
少しだけ顔を上げ、視線を走らせると、そこにいるのは蓮斗と同い年だという教育実習生の栗実。
それだけではなく、蓮斗の異質な性格までなぜか知っている。
「…えと、私、本当は教育実習生なんかじゃないんです」
「……じゃあ何?」
蓮斗は、またベッドに顔を埋める。
目の前の展開についていけていない面もあるが、秋奈が関わっている時点で何があってもおかしくない、と諦めていた。
「わかってると思いますけど…、普通はこの歳では実習生になんてなれません」
たどたどしい敬語で栗実は話していく。
「私は、秋奈さんのカウンセリングをいつでも受けれるように、ここにいるんです」
そこで、蓮斗は身を起こし、立ち上がる。例の如く栗実が反応するが、やはり気にしない。
「あ、あの…」
栗実が何かを言おうとするが、蓮斗はそれを聞かずに保健室を出ていった。
「どういうことですか」
――職員室。いつものように煙草をふかしていた秋奈に、蓮斗はそう言った。
「何がだ。主語がないんじゃ答えようがない」
特になんの反応も見せず、ただ秋奈はそう答える。それを聞いて、蓮斗は歯ぎしりをした。
「保健室の栗実…さんの事です。あの人は俺の…」
「待て」
勢いのまま話そうとする蓮斗に、秋奈が制止をかける。
「その話か…。いいだろう。場所を変えるぞ」
「いえ、今すぐ答えて下さい。じゃないと…」
「じゃないと…なんだ?私を殴って無理矢理聞き出そうとでも?」
蓮斗が拳を握る。それを見た秋奈は、別段変わった様子もなく、こう言った。
「それでもいいが…。当事者を交えた方が納得しやすいだろう。その上で、私を殴るなりすればいい。それに…」
煙草をねじけし、秋奈が立ち上がる。蓮斗よりも少し背が低い秋奈が、蓮斗の耳元で呟いた。
「私だって、人の目に会うところで辱められたくはないからな」
「なっ…」
「ふふっ。行くぞ」
さっさと職員室を出ていく秋奈の後を、若干遅れて蓮斗が追う。
秋奈相手だと、イマイチ調子が出ない蓮斗だった。
秋奈が保健室の扉を開ける。
「栗実、話が…って、やはりか」
「?どうしたんですか?」
立ち止まった秋奈を押し退け、蓮斗が保健室に入る。そこで、蓮斗は違和感を覚えた。
栗実が居ない。先程まで椅子に座っていたはずの栗実が、そこには居なかった。
「………?」
奥に進み、確かにそこには居ない事を確認する。
しかし……。
「泣き声…?」
姿は見えないが、確かに栗実の声が聞こえた。啜り泣くような声で。
「蓮斗」
秋奈に呼ばれ、蓮斗は振り返る。何故か秋奈は保健室には入ってきていなく、代わりに近くの、カーテンで仕切られたベッドを指差していた。
そこからは、確かに栗実の声が。
「栗実…さん?」
そっとカーテンをめくる。そこには、予想通り涙で顔を濡らした栗実が。
「なんで…ってわぁ」
なぜ泣いているのか聞こうとした蓮斗だったが、出来なかった。
栗実が蓮斗を見るなり飛び付き、そのまま蓮斗をベッドに押し倒したからだ。
「うぅ…っう…あぅ…」
蓮斗の胸に縋り付き、泣きじゃくる栗実。
何がなんだかわからない蓮斗は、秋奈に視線を向ける。
秋奈は半分飽きれ、半分可哀相なものを見る目で見返してくる。
そしてため息をついた。
「それが栗実の『2つ目の人格』だ。形は違えど、蓮斗と同じだよ」