条件〜決める方法はなに?〜
蓮斗は廊下を歩いていた。何気ない学校生活の一部分。平穏なはずの学校生活…。
「レ〜〜ン〜〜く〜〜ん」
平穏な、ハズの…。
「レ〜ン〜君っ!」
あぁ、何か聞こえる。いや、聞こえない。ああ、聞こえない。
「レン君ってば呼んでるでしょうが!」
「ぬがぁ!?」
――訂正。平穏なんか幻想だった。
蓮斗は見事なまでに飛び蹴りを食らい若干吹き飛んだ。(いや、ほんとに)
腰の辺りを抑えながら、いきなり奇襲を仕掛けてきた人間を睨みつける。
「恋、お前…」
「聞こえてるのに無視するほうが悪い」
だからって飛び蹴りはないだろうよ、と蓮斗は言おうとしたが、どうせまた
「これが返事」とか言って暴力を仕掛けてくるのでやめておいた。
「それもこれも、レン君が私と勝負してくれないからだよ」
「話が繋がってないから」
ふて腐れたように恋は呟く。ふて腐れたいのはこっちの方だ、と蓮斗は思った。
このやけに暴力的な女――恋は、あの日からずっとこんな調子だ。
事あるごとに蓮斗にくっついてまわり、口を開けば
「勝負しよう!」
どうやら、彼女は喧嘩っ早いようで、この1ヶ月半数え切れない程男子生徒に喧嘩を売っている。(その度に蓮斗が仲裁に入る)
一度痛い目に遭えば懲りるかもしれないとも思ったが、彼女自身の強さが半端じゃないのでそうはならない。
仕方がなく今の状況で落ち着いている訳だが…。
「レン君って友達いないの?」
蓮斗の後ろで、大人しくしていれば普通の女の子が口を開いた。
「なんで」
「だって誰とも話さないじゃん」
誰のせいだ、と恋の頭を小突く。すぐに反撃がくるが、予想していたので首を曲げて避ける。
「こんなやり取りしてたら誰も近寄ってこないだろうが」
あぁ、と恋は手を叩く。本当にこれだけ見ればただの女の子だ。
「私と勝負してくれたら、貴方からは離れるよ」
「その後は?」
「いままでと同じ」
「じゃ駄目だ」
既に最初の停学から合わせて6人が病院送りにされている。(こういうと凄く恐ろしいが)
平穏を好む蓮斗としてはこれ以上恋を野放しにしておけない。だからこそこの状態を維持しているのだ。少なくとも自分がいる限りは止める事が出来るから。
そこで蓮斗は思いついた。
「そこまで言うなら勝負してやろう」
「ホントに!?」
「だが、条件付きだ」
「?」
「お前が、俺以外の人に喧嘩を売らない事を約束するなら、相手してやる」
「……?」
怪訝そうな顔をする恋。
「お前が俺から離れてもむやみに喧嘩しないことを確信したら、相手してやるってことだ」
いつの間にか教室の前にたどり着いていた蓮斗は、それだけ言って教室の戸に手をかけた。だが、そこでまたもや恋の無茶苦茶ぶりが発揮された。
「うぉぅ!?なにする!」
恋は蓮斗を担ぎ込み、(つまりはお姫様抱っこ)来た道を戻り始めた。今度は何だよ、と蓮斗は呟いたが、恋はどんどん突き進む。
「…で?なんのつもりだ?」
蓮斗がいるのは、3方向を校舎に囲まれた裏庭の中の、更に奥。一昔前はリンチの定番の場所と化していた場所だ。あまりにもその行動にお似合いの場所だったので立入禁止になっているのだが…。
(今はそんなことどうでもいいか)
今までの行動パターンを考えれば、今自分が置かれている状況がそれとなくわかるもの。すぐ目の前には鋭い目付きの恋がいる。
蓮斗が黙っていると、恋の方から口を開いた。その声は、明らかに怒気が混ざっていた。「あの提案」「ん?」
出来るだけいつも通り返事をする。
「呑んであげてもいいけど…こっちにも条件がある」
……ああ、なんてわかりやすいんだろう。蓮斗には、次の言葉が容易に想像出来る。
「あなたが私よりも強くないと、その条件は意味がない!!『確認』させなさい!!」
『勝負』ではなく『確認』。屁理屈ではあるが、一応蓮斗の意思はわかっているのだろう。その証拠に、いきなり飛び掛かってくるようなことはしてこない。
蓮斗が腕を前に突き出し、手首を自分のほうに返して挑発の意を示すと、あの日のように彼女は勢いよく地面を蹴った。
「………」
「どうしたよ、黙りこんじゃって」
2人が裏庭から出てきたのは、少し空が暗くなってきた頃。会話を聞けば、勝敗は予想がつくだろうか。
「これで、俺の条件は呑んでくれるな?」
「…ズルイ」
「は?」
「ホントはそんなに強いくせに!勝てるのがわかってるから条件だしたんでしょ!」
あぁ、と蓮斗。
「けど、そっちの条件は満たしからね。しっかりと守ってもらうからな」
口元に笑みを見せながら歩く蓮斗と、蓮斗に噛み付くように食いかかりながらも、抵抗は諦めている恋。
2人の会話が、しばらく校舎に響き渡った。