景―後編―〜温もりを感じさせて〜
がらりと雰囲気が変わります。少し濃いめの描写をしています。
秋奈は大きな溜め息をついた。
「最近溜め息ばかりだな…」
手の中には、通話が切れた携帯電話。病院からだった。
大量の失血にも関わらず輸血の管が外れ、命に別状はないものの、蓮斗の退院は先延ばしになった、との事だった。
「あの……」
「あぁ、悪い。嫌な知らせが来てしまってね。問題はない」
1人の女子が、心配そうにしていた。秋奈は、何故この問題を知りもしない彼女が不安がっているのだろう、と考えたが、女子の次の言葉に、秋奈はくわえていた煙草を足元に落としてしまう。
「もしかして、蓮斗に何かあったんですか?」
「…蓮斗を知っているのか」
「はい。元クラスメイトですから。…それに」
そこで女子――景は言葉を切った。
その隙に秋奈が言葉を挟む。
「まずは転入生としての責務を果たしてからだ。いくぞ」
だが、秋奈は後になってこの事を激しく後悔した。
景は、蓮斗がいないと知るといなや、自分を蓮斗の所に連れていけと言い始めたのだった。
「この部屋だ。……全く、無茶苦茶だ」
景の果てしなく突拍子な行動に、秋奈は頭を抱えた。
「いいか?蓮斗はまだ絶対安静のレベルなんだ。だから…」
「わかってます」
秋奈の言葉を半ば無視して、景は病室のドアに手をかける。そして、静かに開けた。
「…先生。ノックぐらいしてくだ」
「蓮斗っ!」
景は、蓮斗の声が聞こえた瞬間一気にドアを開け、蓮斗に駆け寄る。そしてそのまま、
「け、景?ちょっ、待っ…あぁっ……!!」
飛び付いた。無論、蓮斗の身体には激痛が走り、耐え切れずにベッドに倒れてしまう。
結果、蓮斗は景に押し倒されたような体制に。
「無茶はするな…と言いたいが、……はぁ。私は戻るぞ」
最初から病室には入っていなかった秋奈が、ドアを閉める。足音が遠ざかっていった。
だが、蓮斗にはそんなことを気にする余裕はなかった。
激痛に耐えながら、自分の上に縋り付くようにいる人物が、何故ここにいるのか。それだけをただひたすらに考える。
景は、あの事件のもう1人の被害者。
言ってしまえば、加害者でもある。勿論、蓮斗への。
「…どうでもいいけど、そろそろ離れてくんない?景がいるとこ、傷口なんだけど」
「…………」
「…じゃあせめて他のとこにして?」
「……どこでもいい?」
「傷口以外なら」
やけに甘えるような口調に蓮斗は疑問を覚えたが、とりあえず今は痛みから開放されたい。その一心でそう答える。
傷口から景が離れると、若干ではあるが楽になる。
はぁ、と溜め息をつこうとした蓮斗だが、出来なかった。息を吸った瞬間、口が塞がれていた。
やはり目の前には景の顔。途端に、蓮斗の思考が鈍くなる。痛みさえ緩和されたように感じた。
(まずい…コイツのキスは…)
蓮斗はそう思い、首を捻って脱出を図る。が、すぐに景の手が蓮斗の顔を抑え、後ろに回された腕で固定されてしまう。
脱出不可能だった。
「んっ……むっ…」
一度離れて、また付けて。ついばむように繰り返され、そのうち貪るような深いものに変わっていく。
景の舌が、蓮斗の唇をなぞる。固く閉ざしたはずの口が、解されて、隙間を作られる。
隙間が出来てしまえば、後は進むだけ。
容赦なく蓮斗の口はこじ開けられ、景の舌が入っていく。
(やば…)
舌が絡まり、蓮斗は更に意識がぼんやりする。
「…はっ……」
2人が一度離れれば、銀の橋が2人の間に掛かり、それが切れる前に、また絡め合う。
もう、抵抗するだけの意識は、蓮斗に残っていなかった。
「キスが弱点なのは、昔から変わってないね」
「それは、お前のやり方が……。それに、付き合ってもいないのにすんなよ」
「イヤ。今日一日はずっとこうなんだから」
「…マジ勘弁」
貴方は、一人ぼっちだとダメなんだから。
人の温もりをずっと感じないでいるから、そうなるんだよ?
だから、今日は私が貴方の傍にいてあげる。
たとえイヤだって言っても離れてあげないんだから。
それが、貴方の理解者である、私の役目でもあるから。
「…それに、私だって、同じなんだから。貴方の温もり、感じさせてよ」
「…え?」
景は、怪訝そうに起き上がった蓮斗の唇に、今度は優しく自分の唇を合わせた。