病室〜代償は余りにも大きすぎて〜
「…生きてたんだ」
「それは自分に言ってるのか?」
蓮斗の言葉に、不機嫌そうに秋奈が返す。
2人がいるのは、私立の病院の病室だ。
蓮斗の腕には、輸血パックから伸びる管が刺さっている。少しはだけた服からは、包帯が見えていた。
「全く…。少しは後先を考えろ。」
「………はぁ」
気のない返事を返す蓮斗。それを見た秋奈は、深い深い溜め息をついた。
「…恋は?」
「家に決まっているだろう。あれから3日経っているんだ」
「…そっか」
まだ意識がハッキリしていないのか、少し間を置きながら話す蓮斗。
秋奈が煙草をふかしながら黙っていると、またゆっくりと口を開いた。
「…ああしないと、止まらなかった。多分、殺してた…」
「だろうな」
秋奈は煙草をねじり消し、蓮斗の方に向き直る。そして蓮斗の胸倉を掴んで思い切り引き寄せた。
「そのかわり、彼女は大きな心の傷を負ったがな」
「…は?」
「彼女が何故ここにいないか分かるか?あれだけお前にくっついていたお前の傍に、何故今はいないと思う?」
秋奈が何を言っているのか、よく分からなかった。彼女、というのは恋であろう事は分かるが、他はさっぱり分からない。
だが、次の言葉で、蓮斗は全てを理解した。
「彼女は、お前が『怖い』そうだ。お前が『分からない』そうだ。お前の傍にいたくない、と。確かにそう言ったよ」
心臓が、跳ねた気がした。何故だろう、今まで幾度となく言われ続けてきたことなのに…。
彼女は、自分を怖がっている。
たったそれだけの事なのに、ひどく気分が悪くなる。
何故だ?と蓮斗は考えた。
だが、答えは出ない。
やがて秋奈が手を離すと、勢いよくベッドに倒れ込んだ。
「自分で自分を傷付けるのは構わないがな、他人を巻き込むような事はするな」
振り返らずに秋奈は病室を出ていった。
相当怒っているな、と蓮斗は思った。
なんせ、一回も蓮斗の事を『蓮斗』と呼ばなかった。
これはしばらく口を聞いてもらえないな、と思ったところで、病室に異常な電子音が響いた。
ベッドに倒れ込んだ影響で、輸血の管が外れたのだ。
腕から吹き出す血が布団を染める。
血圧低下を伝える音が追加され、一気に病室は賑やかになった。
「ナース…コールは?」
だんだんと意識が混濁していく中、手探りでナースコールを探す。まだ立ち上がるだけの体力が戻っていないからだ。
「まじか…」
ナースコールは、ベッドの下に落ちていた。これでは体を起こさないと手が届かない。
危険を知らせる電子音がまた追加される。血が腕を踊るように流れていく。
「厄日だ」
それだけを呟いて、蓮斗は抵抗を諦めた。
靄がかかる視界の中、怯える恋が見えた気がした。
――悪かったよ、畜生。
電子音のオーケストラの中に、バタバタと足音が混じり始める。
医者かナースが気付いてくれたのだろう。
蓮斗は、靄が視界を全て支配する前に、目を閉じることにした。