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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

粗末兵 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 おっと、つぶらやくん。ほっぺたにお弁当ついてるわよ。

 もーらい! ぱくっと。

 ほむほむ、今日のお弁当は酢飯なのね。昨日、家でお寿司でも握ったのかしら? 

 私も酢飯好きなんだよね〜。ネタとか何もなくても、お茶碗3杯はいけるわ。


 ――え? いくら欲しがっても、分けてやらないからな?


 べっつに〜。そんな意味でいったんじゃないですよ、へ〜んだ。万が一にも、つぶらやくんがおかしな目に遭わないように、気を遣っただけで〜す。


 ――ご飯粒くらいで、なにか大変なことが起こるのか?


 ん〜? つぶらやくんのところだと、聞いたことないの? 食べ物に関する昔話。私は小さいころから、いろいろ教えられたよ?

 じゃあ、そのうちのひとつを話そうかな。君も自分で注意できるようにね。



 手弁当という言葉がいまに伝わっているように、昔から、戦争するときの食料は自分である程度用意してくるのが、義務だったそうね。

 律令の決まりによると、干し飯6斗と塩2升を、従軍する兵士は用意しなくてはいけなかったとか。おおよそ、60日分の食料にあたるわ。

 これって、かなり重いと思わない? 

 1斗がだいたい18キロだから、6斗となれば100キロオーバー。1升がだいたい1.5キロだから、2升で3キロ。これを持ち寄るとなれば、大人二人分くらいの重荷を抱えて、戦場に赴いていることになるわ。

 実際、東北とかの遠方へ向かう軍の場合、途中で立ち寄る地域の豪族などから、物資を徴発することが認められていたとも聞くわね。


 で、私たちの地元にあった村だと、持って行った分のお米は一粒も粗末にすることなく、食べるように注意が促された。

 それがたとえ血にまみれ、ほこりをまとうことになろうとも、確実にね。

 親から子へ、継がれ続けた大切な教え。けれど長い年月の間では、それを守れないことだってあったわ。

 

 

 とある戦のおり。食事休憩を取っていた一隊が、奇襲を受けてしまったの。

 このとき、件の村の兵も混じっていたけれど、彼はあわてて干し飯たちを、笹包みごとふところへねじ込もうとして、地面へ盛大にばらまいてしまったの。

 いますぐかがんででも、口へ入れるべき。けれども地面を揺らす馬蹄の重みは、それを許してくれない。背中を向けたままでは、永遠に口を開くことさえできなくなってしまう。

 村人はそばへ転がしていた槍を取り、ほどなく乱戦へと巻き込まれていったわ。一部で崩れ、一部で押し返す微妙な戦局。どうにか囲みを破った一隊の流れに乗って、彼は戦場を脱したわ。

 

 この時点で、すでに彼は体の数カ所に、肉が裂けるほどの傷を負っている。撤退し続け、どうにか本体と合流し、手当を受ける間でも、彼は気が気じゃなかったわ。

 事情を知る者が、あきらめて荷駄隊の新しい糧食にしておけ、と忠告をしても聞かない。あのとき用意し、口にしかけたものでなければ意味がないと、彼は話してはばからなかった。

 翌朝。彼は行軍が始まる前に、大急ぎで昨日の場所へ戻り、こぼしてしまった米粒を探す。

 けれども、時間の許す限り掘り起こした地面が吐き出してくれたのは、本来の数には及ばない量だったとか。

 無数の足に踏みにじられ、粉々になってしまったか。それとも犬か何かが食べてしまったか。いずれの場合にせよ、彼はおののきを隠せなかったみたいなの。



 やがて遠征も大詰めを迎える、総攻撃の前夜。

 夜中の静けさを切り裂くような、大きい悲鳴が多くのものの耳を打った。にわかに起き出し、声のする方へ向かった兵たちは、恐ろしい光景を見たわ。

 陣幕内の兵士は、おのおのの目に手を当ててのたうち、苦しんでいた。その指のすき間から血がにじみ、流れているのを見て、敵襲かと思ったわ。

 駆け付けた面々は、それぞれの得物を手に取り、周囲を警戒するものの、傷ついた兵のひとりが叫ぶ。


「人じゃない! 米だ、米だ……」


 その声とともに、刀を抜いていた一人が「わっ」と声をあげる。

 見ると彼は、空いた手で目を押さえてふらついている。その指の先から、ふっと鼻根のあたりへ逃げるものがあったの。


 血に染まった米粒。つつっと、鼻に沿って滑り落ちてきたそれは、勢いをつけながら手近な兵の目へ飛びかかってきたの。

 反射的に、刀ではじく。カンと音を立てて足元に落ちた米粒は、切り離したトカゲのしっぽのように、小さく跳ねながらもがいている。

 反射的に刃を突き立てるも、真っ二つになった米粒は、二つともが血まみれのまま震えたかと思うと、また各々で次の相手を求めるように、飛び上がってくる始末。


「割っちゃいけません! 叩いて叩いて、伸ばしてしまうんです」


 そう声をあげながら飛び込んできたのは、あの米をこぼしてしまった彼。


 米たちは執拗に目だけを狙い続けてくる、というのが不幸中の幸い。

 兵たちは米たちを叩き落とすと、これ以上はないってくらいに、叩いて叩いて、とがった部分がないほどに平べったくしてしまったわ。更にそれを火にかけ、ぱりぱりの餅やせんべいのような姿にする。

 これは彼自身が、責任をもって平らげてしまったとか。

 

 

「戦に連れていかれる米は、自らも戦の気を帯びてしまう」


 件の村の彼が、年寄から聞いた言葉だったわ。

 だからこそ体へ取り入れ、活力としてともに戦うべきもの。それができずにこぼれ落ち、捨て置かれた米は、戦う力を持て余してしまい、ときにこうして暴れてしまう恐れがあるのだとか。


 聞いたことない? 「ご飯粒を残すと、目がつぶれる」って。

 この戦で起きた事件が、教えの由来になったんじゃないかと、私は思っているのよね。


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― 新着の感想 ―
[一言] ヒェッ……! 怖っ! 七人の神様とかは聞いたことがありますが、目がつぶれるなんていうのもあるんですね。 何とも厄介なお米ですね。ないのも困るけれど、粗末にしたくてしているわけでもないですし……
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