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ヒューマンドラマ掌編(五千字未満)

闘う二人の救いの手

作者: 紋 魅ル苦

一.

 秋の夜。気温はさほど寒くなかった。

 少し開けた窓から、季節相応の虫の鳴き声が聞こえてくる。

 (おさむ)は、グレーのスエットを履いて、長袖Tシャツ姿でパソコンの前に座っていた。メールを待っているのである。それは、先週受けた採用試験の結果だ。更新ボタンを押してからまだ一分しか経っていないのに、再度ボタンを押す。自身の彼女でもないのに、このじれったい気持ちはなんだろう。

 気を紛らわそうと、音楽アプリを開いて大好きな曲にカーソルを合わせる。大学時代の級友に教えてもらった曲だ。初めて聞いたときには、何とも言えない心地よさを全身で感じ、鳥肌が立ってしまうほどだった。

 再生ボタンをクリックしようとしたときに、ちょうどよく新着メールの通知が入った。

 その通知を目にしたとたん、修の手が急に震え出す。

 カタカタとぎこちない動きをするカーソルは、大好きな曲から離れて、メールアイコンの方へと向かう。


『採用試験 結果のお知らせ』


 志望動機、自己PRなど、準備にかなりの時間を費やしてきた。面接もうまくいった。大丈夫だ。このクリックでやっと苦しみから解放されるのだ。


『不採用のお知らせ……』


 パラシュートなしでスカイダイビングしているようだった。誰も救いの手を差し伸べることなく、冷たい地面に落下する。そして、衝撃を受けた俺の体は、バラバラになり、四方八方に飛び散るのだ。

 修は大きなため息をついた。また不採用か。

 マグカップをつかんで自身の口もとに持っていく。なんだかその手は震えてしまい、うまくコーヒーが飲めなかった。

 修の年齢は三十歳を過ぎていた。大学を卒業してから既に三社を経験し、目下のところ四社目を探していた。

 椅子から立ちあがると、そのままベットへと潜り込む。

 いわゆるこれが、人生が詰んだ状況なのだろう。

 殺風景な白い天井を見上げていると、無意識に右の目尻から涙がこぼれ落ちた。袖で拭うと、照明用のリモコンに手を伸ばし、部屋のスイッチを切る。目を閉じた先には、漆黒の闇が広がっていた。

 気づけば、虫の鳴き声が聞こえなくなっていた。


二.

 なんだかうるさい。

 ゆっくり目を開けると、高校時代に買った目覚まし時計に目を向けた。二十二時になろうとしている。

 机の上で、携帯のバイブレーションが鳴り響いていた。

 誰だろう……。

 修は、照明のスイッチを入れてベットから起きあがると、携帯を手に取り画面を確認した。

 中学時代からの友人である、(りょう)からの着信だった。

「亮、久しぶり!!」

 修は躊躇うことなく、その電話に出た。

「び、びっくりしたな。おい、修。そんなに俺と話したかったのか?」

「えっ? うなわけねぇだろー」

 笑ってごまかしたが、図星だった。

「あれ? 今、日本?」

 よく耳にするコンビニの入店音が聞こえたのである。

「ばれちゃった? ……まあな。しばらく実家にいるよ」

「そっか……」

 亮は高校を卒業すると同時に、料理人になるため、海外へ出ていった。

「修、別に気を遣わなくていいよ。俺、まだあきらめたわけじゃないからさ」

「……なんかごめん」

 ここで、何かいい言葉はないかと思考を巡らしたが、思いつかなかった。

「ところで修は、今、何してるの?」

 正直に、転職活動をしていることや、面接で失敗した話、現状どこも引っかからず苦しんでいる話をした。

 うんうんと聞いていた亮は、ケラケラと笑ったり、失礼なことも言ってきたが、話していて心がほっとする自分がいた。

「みんな元気にしてるのかな?」

 ふと、中学時代の同級生が気になった。

「元気にしてるよ、きっと」

 亮とは、運よく三年間同じクラスで、馬鹿なこともいっぱいしてきた。

 修が、中学時代の話を切り出したおかげで、その当時の担任の先生や面白かったことなど、急に思い出話に変わった。

「そういえば、井澗(いたに)って元気にしてるのかな?」

 井澗とは、気さくで面白く、運動万能であり、いわゆる女子からモテるイケメンだった。体育祭のメインであるクラス別対抗リレーでは、いつもアンカー。彼にバトンが渡るとき、例え最下位だったとしても、あっという間に前を走る相手を追い抜かして、先頭でゴールテープを切るのである。

 多分、各担任の先生達は、毎年のクラス分けには相当頭を悩ましていたと思う。井澗の抜群の運動神経を考慮して、クラスのバランスを考えなければならなかったからだ。

「井澗は、ボクシングやってるみたいよ」

「えっ?」

「一週間前に、こっちに帰ってきたんだけど、ばったり井澗に会ってさ。その顔が腫れてて、どうしたのって。そこで初めて知ったわけなんだ」

「そうなんだ」

 井澗の運動神経から考えると、当然何らかのスポーツをやっていると容易に想像ができた。だが、さすがにボクシングだとは思わなかった。

「ボクシング、す、すげぇな!」

「去り際に、ファイティングポーズをしながら、俺は世界一になるまであきらめないって言ってたよ!」

 亮は興奮しているようだった。

 なんとなく、二人の存在が遠くに感じられた。


三.

 亮とは、明日の昼に会う約束をして電話を切った。

 気がつけば、午前零時を回っている。

 携帯を枕もとに置くと、修は起きあがってパソコンの前に座った。 

 どうしても調べたいことがある。

 井澗のフルネームと、ボクシングという二つのキーワードで、画像を検索した。

 画面上をスクロールしていくと、赤いグローブをはめた、ファイティングポーズ姿の写真に目がいく。

 それは井澗だった。

 成人の日の後、それっきり会っておらず、もう十年以上経ったわけだが、すぐに井澗本人だとわかった。

 さらに、二枚ほど井澗の写真を見つけることができた。一枚目は、コーナーで椅子に座り、トレーナーから説明を受けている写真。

 そして、最後の写真は……。

 修はすぐに顔を背けた。それは、相手からのパンチを右頬にもらい、両目をつぶり歯を食いしばっている写真だった。

 多分、この写真が掲載されているサイトをのぞいたら、試合結果がわかると思う。

 だが、俺は見るのをやめた。


四.

 コーヒーの入ったマグカップを片手に、修は転職サイトを見つめていた。

 つい数時間前まで、奈落の底に突き落とされた気分だったが、今は違っていた。

 もちろん、また不採用という結果で終わるのではないか、受けても無駄ではないのかという不安はある。だが、あきらめずに闘う二人の姿から、自分自身も歩みを止めず、立ち向かうべきだという感情が湧いてきたのだ。

 仕事内容と勤務地、とりあえず大丈夫……。

 修は、パソコンのマウスを握ると、この企業に応募するという項目にカーソルを合わせた。

 気づけば、虫の鳴き声が聞こえていた。

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