第2話 起死回生
今回から急展開です。
あれから一週間。
俺は、久しぶりに早起きをした。
昨晩アイロンをかけたスーツを着た。
やはり、ネクタイを締めると気が引き締まる。
仕事の内容だが、
希美ちゃんから事前に会社の名前と所在地を聞いていたので、
法務局に行って会社を調べておいた。
登記事項証明書というものをとれば大体会社の概要がわかるのだ。
会社の名前は、「株式会社のぞみ」。
「うん。単純な名前。たしかに登記していた。」
会社の事業内容は主に「人材派遣業」
「スパイとは書いてなかった。そりゃ無理だし。うん安心」
そうだよね。人材派遣って色々な会社の情報を扱うから
小娘からすればスパイみたいだよね。
ただ、仕事のやりがいとしては俺的に不満もあった。
求職している際に、嫌になるほど人材派遣会社の求人募集を見たが、
時給は高いのだが、派遣会社に給料の一部を取られている気がして、
社会の嫌な部分の縮図のような仕事だと知識のない俺は応募しなかったのだ。
今度は、雇われる側から雇う側の視点になるわけだが、
まあ、贅沢の言える立場ではないし、
スパイでないのだから良しとしよう。
代表取締役は
「野々村 希美」
マジで社長だよ。
しかも、希美ちゃん含めて4人の取締役までいる。
全て女性らしい名前がのっている。
しっかりした体制だし、本当に女性が多い会社かもしれない。これも安心。
そして、会社の規模である資本金は
「2000万円」
2000万円?
誰がお金を出したの?
株主は誰なの?
これは・・・・なにかやってしまったのか希美ちゃん。
事前に会社の事業内容を知ったので、人材派遣業の勉強をした。
希美ちゃんを馬鹿にしながらも、もしかして力になれるかもと、
結構必死で勉強した。
人の役に立てるかもと思うとやる気が出るから不思議である。
その勉強の中で知ったことだが、
確かに人材派遣業は資本金が2000万円ないと経営許可が降りない。
きちんと、希美ちゃん以外の人が人材派遣業の勉強をして会社を設立したのか?
しかし、2000万円もの資金は、どうやって集めたのだろうか?
まず、どう考えても希美ちゃんはありえない。
俺は、希美ちゃんが貯金のできるタイプでないと勝手に決めつけている。
希美ちゃんの親は父親が3年前に亡くなって母子家庭だし難しいだろう。
大家のおばあちゃんはピグモンだし。希美ちゃんを芸能界にいれたがっているし、
あのボロアパート担保にしても2000万円もの金額を用意しないだろう。
大体、希美ちゃんは母親やピグモン婆に頼るような子ではないのだ。
もしかして希美ちゃんのふしだらな関係の人?
うん。人には知られたくない過去があるのだ。
希美ちゃんも心の闇を抱えながら生きているのかもしれない。
いや違うな。おそらく多分、キャバクラ仲間でお金を出し合ったのだろう。
人気者のキャバクラ嬢なら結構投資できるはずだ。
美人が多いと言っていたし、おそらくそうであろうと予想した。
「つまり、会社のメンバーも元キャバクラ嬢の仲間で、
人材派遣の業務も経営も多少勉強した程度の素人ばかりの会社か。
それで、社会経験豊富な俺を誘ってきたわけか。」
ふん。なるほど。謎は解けた。
俺は勝手に納得した。
さて、今日は出勤初日だ。早めに登庁するか。
昔は時間ぎりぎりで出勤していたのに、
社会人の先輩として、だらしないところは見せられない。
俺は、久しぶりに朝日を外で浴びて駅に向かって歩き出す。
うん。やっぱり朝の太陽は元気をくれる。
駅までは15分くらいかかるが、途中、
商店街の人達と挨拶をしながら歩くので結構あっというまである。
すると、馴染みの魚屋のおやじ、康夫さんが
「和也君、しばらく朝、顔見なかったけど、どうした?」
面倒くさい。
俺が失業して、朝、顔を見なくなったから、声をかけてくれたのだろうが、
「ハハ、お久しぶりです。おひゃようございます」
動揺しながら、挨拶して誤魔化した。
まあ、とにかく、良い緊張感と期待感や不安感が交りながら、
そして新しい人生の予感を感じながら駅前の交差点にはいった。
駅まであと少し。
俺の前には横断歩道を歩く進学校の小学生2人が
キャッキャと楽しそうに歩いている。
いいな、お前らは、まだ現実社会を知らなくて。
違うよな。
小学生には小学生の悩みがあるし、年相応にみんな悩みや辛さはある。
みんな弱いところを人に見せない。
幸せな人生を歩んでいるように演技する。
そして幸せそうな人をみると嫉妬したり、
自分だけが悩んでいたり不幸だなんて考える。
俺は、そんな持論を考えながら、ふと右側を見る。
トラックがこちらに向かって走ってきている。
当たり前だ。
道路なのだから良いのだ。
いや、いや、全然良くない。
交差点で止まれそうにないのだから。
運転手は前に気づいて、必死になっている感じがした。
くそっ。逃げられない。
いや俺は逃げられる。
でもはしゃいでいる小学生たちは無理だ。
どうする?なんて悩む前に、俺は走って小学生2人をまとめて、
思い切りジャンプして両手で前へ突き飛ばしていた。
子供たちはうまく結構前に飛んだ。
良かった。ケガをするかもしれないがゴメン。
死ぬよりは良いだろう?などと考え安心した。
そして、その瞬間、俺は目の前が真っ暗になった。
「死んだのか?」
おそらく、体の感覚がないし。死んだのであろう。
真っ暗な世界でも思考が出来る。
死んでもしばらくは思考が出来るのか?
そういえば、死ぬ前に、過去が走馬灯のようによみがえるらしいが、
勘弁してくれ。
まあ、ろくな人生ではなかったが、
最後の死に方が良ければ、結構、我ながら満足だ。
俺を轢いてしまったトラックの運転手も罪が軽ければ良いけど。
子供たちは怪我大丈夫かな?
希美ちゃんの言うとおり、
ドーカンとぶつかってチャンチャンになったな。ハハッ
そうだ希美ちゃん。
出勤初日で働く前に死亡なんてダメ男らしいよな。
ちょっと一緒に仕事するのを楽しみにしていたのだけど、少し残念だ。
残念なことといえば、色々あるが。
もっとやりたいことやっていれば良かった。
人と比べて嫉妬したり、失敗をいつも恐れて、
今度、生まれ変わったら、、、、、、、
「お主は死んではいないぞ」
「ハアッ?」
暗闇の中に、光る人影。神様?
「はずれ。神様ではない。さて、儂は誰でしょう?」
馬鹿にしているのか?
よく光の中を見ると、どこかのお爺さん。
そうか、お爺ちゃんが冥途から助けに来たのか?
いや、俺のお爺ちゃん、まだ生きているし。
もしかして近所のお爺ちゃん?顔が見えないな。
「降参です。わかりません。どなたですか?」
何故かくやしい気持ちがこみ上げるのだが、聞いてみた。
「儂か?儂こそが・・・・・・・・・・・・誰だろう?」
「わからんのかい」
思わず、思いっきりつっこんでしまった。
そして目が覚めた。
なんとなく体の感覚がある。
えっ本当に死んでいないのか?
あれは、夢だったのか、それとも?
うっすらと白い天井が見えたので、次に手足の指に意識を移した。
動く。大丈夫だ。手足はついている。
もしかして、俺は気絶だけして助かって、
実は俺が飛ばしたせいで子供たちがトラックに轢かれて死んでしまったとか。
それだけは勘弁してくれ、俺ならあり得ると思った瞬間
「起きた。目を覚ましたよ。こんなに早く覚ましちゃったよ。
先生呼んできて、早く。」
焦った女性の声が、横で騒がしい。どうやら、ここは病院らしい。
「和也君。大丈夫?生きてるの?死んでるの?返事して」
死んでたら返事できません。
希美ちゃんの声だ。心配をかけたらしい。
「とりあえず、生きているみたいだな」
俺は、声を出した。それとともに、生きている実感がわいた。
「すごい。私が問いかけたら話したよ。わたしのおかげね。
先生まだこないの?」
そして希美ちゃんは廊下に走っていき何か叫んでいる。
「先生なんて誰でもいいからその辺にいる先生つかまえてきて-!」
相変わらず騒がしい。
先生は誰でも良くはないだろう。
つっこんでいるうちに頭が冴えてきた。
俺は廊下から戻った希美ちゃんに問いかけた。
「一体、俺はどうしてここにいるのだろう?」
「大変だったのよ。私、ちゃんと和也君が会社に来るか心配だったから、
あなたを朝から尾行をしていたの。
そしたら目の前で和也君が4tトラックに轢かれて、
10メートルくらい飛んで行って、
反対車線の車にも轢かれて、また、軽く飛んで、やっと着地したの」
俺を尾行していたの?そんなに信用ないのかしら。
「えっ。2回も轢かれていたの。」
「私、頭が混乱しちゃって・・・・・・・・・・・
でも誰かが救急車呼んでくれて、
わたし愛人ですと言って、あわてて付き添って病院まで来たのよ。」
愛人?もう良い。つっこみが疲れてきた。
やっぱり、死ぬかもしれない事故だったんだ。いや、普通死ぬな。
「そうだ。子供たち。俺以外は誰も轢かれなかった?」
「うん。和也君だけ。和也君の前にいた子供たちは、
和也君にどつかれて飛んだけど、
うまく足から着地して、後ろにいるトラック見て、
めちゃくちゃ、びっくりしてたけど、
何事もなかったようにキャッキャツと駅に歩いて行ったわよ。」
「そうか良かった。安心したよ。希美ちゃん、
ごめんね。出勤初日で迷惑かけて」
「いや、すごいよ。すごいけと。生きていたから良かったけど。
・・・・・・・・・・・・もう、もっと自分の命を大切にして。」
少し、涙声になっている。結構、本気で心配してくれたんだ。
目が充血している希美ちゃんがやさしい笑顔で
「和也君。仕事は心配しないでゆっくり療養してねっ。
社長権限で有休休暇を特別にあげるから。ねっ」
希美ちゃん、ありが・・・・・・・・・・鼻水垂れてるよ。
「ハハ、ありがとうございます。」
とりあえず、子供たちが無事で安心した。
後は俺の体がどうなっているかだが。
今のところ痛いところは顔と首くらいだ。
これだけの事故だ、障害が残っても仕方ない。
と思っているところに知らない美人さんに腕を組まれて先生が走ってきた。
「ハア、ハア、病院は走ってはいけません。小学生でもわかりますよ。
しかし、本当に目が覚めたようですね。
検査の結果、脳も体のどこも異常ないのに意識だけが無かったので。
いつ目覚めるか心配しました。」
えっ? どこも異常ない? 顔と首が痛いだけ?
「まあ、そこの付添人の方が、
馬乗りになって、あなたの顔に思い切りビンタして、
揺さぶっていたのはびっくりして止めましたが。それが良かったのかな?
自分の名前はわかりますか?」
顔と首の痛みの原因がわかりました。
おまわりさん、傷害事件の犯人見つけましたよ。
そして犯人は、俺から視線を外して、どこか遠くを見つめている。
いやしかし。どこも異常ない?
そんな馬鹿な。
俺ってもしかして不死身の体だったの?
いや、そんなことはない。
一年前に会社でイライラして壁をなぐったら、
拳にヒビが入って、仕事も日常生活も大変だったが、
右手という相棒が損傷して色々他にもすごく大変だったのだから。
まあ、とりあえず先生が心配しているのでさっさと答えることにした。
「藤原和也です。住所は東京都・・・・生年月日は・・・・・・」
「大丈夫そうですね。まあ、奇跡とはあるのですね。
後から状況を聞いても信じがたい。
警察も業務上過失致死を前提として現場検証していたようですが。
残念な結果となりましたね。ハハハ」
笑える話なのか?と思っていると。
病院が呼んだのであろう、そこに丁度、警察がやってきた。
「藤原和也さんですか?警察ですが色々と状況を聞いてもよろしいですか?
もし、つらければ後日でも良いですが。」
警官が、物珍しい生き物を見るように俺を見て質問してきた。
「いや、大丈夫ですよ。何か打ちどころがすべて良かったのかな。
自分でも不思議で。本当に。」
色々と状況を聞かれたが覚えているところは少ない。
轢かれて飛んで、3回転半ひねりを披露したうえで、
また轢かれ飛んで2回転した後にきれいに着地して、
パタッと倒れたそうですが覚えていますかと聞いてきたが、
覚えているわけがない。アホか?
このアホ話は、希美ちゃんが目撃者として話してくれたようだった。
「最後に、トラックの運転手は脇見運転で、ブレーキが間に合わなかったみたいです。
トラックのフロント部分はめちゃくちゃ凹んでいましたが。
トラックの運転手に対して被害届は出しますか?」
「いや、別に悪意があったわけでもないでしょうから出しませんよ。
病院代や、後から後遺症など出ても保険で対応しますよ。穏便にしてあげて下さい。」
何か、轢かれた俺よりもトラックの方が被害大きいようで悪い気がしてしまった。
むしろ、俺の横で鼻をかんでいる美女を加害者として被害届を出したい。
そして、俺は心配なことを警察に聞いた。
「それで、今回の事故は新聞記者とかにリークするのですか?
それだけは、やめてもらいたいのですが。」
「大丈夫です。報道はされませんよ。結果として大した事故では無くなりましたし、
一番の目撃者である愛人の方から聞いた話を外に説明するのも難しい。」
俺は、安心した。
なんせこんなアホみたいな話をされた事故で有名人になりたくない。
それに・・・・・・・・あの夢。
警察の事情聴衆が終わると、先生が
「では、退院の手続きをして本日お帰りできますけど。
心配なら何日間か入院しますか?」
希美ちゃんは、鼻をかんだティッシュを俺に渡して、
「今日、退院します」
さきほどの、お優しい言葉はどこいった?社長。
俺の意思はスルーですか?そこはまあ良いだろう。おれは追随して、
「そうですね。他の患者さんを優先してください。今日退院しますよ。」
俺の部屋にいる患者は、皆、大変な病を抱えていそうな重病患者の部屋で、
何か元気な俺がいてはいけない場所のような気がしたのだ。
そんな雰囲気の部屋なのに
「良かった。和也君、明日から仕事できるね。
ちなみに、先生を連れてきたこの人、田中日向。電話したら来てくれたの。
しばらくは日向に仕事を教えてもらって。」
と、日向を俺の前に連れてきて明るい声で紹介する。
もう、先ほどの有給休暇の話までもなくなったのか。決断の早い社長だ。
しかし、そんなことよりも俺の妄想スイッチが入ってしまった。
日向は、栗毛色のセミロングで、
垂れ目のリスみたいに可愛い感じの美人だ。
背筋がピンと伸びていて、
紺のスーツ姿は秘書のような雰囲気を醸し出している。
年齢は希美ちゃんと同じくらいか?
落ち着いているせいか希美ちゃんより年上に感じる。
もしかして恋愛とかに発展したりして。
そんな妄想をスタートさせた俺は日向を見て
「はじめまして。こんな形で申し訳ありませんが藤原和也です。
宜しくお願い致します。」
日向も、軽く一礼して笑顔で自己紹介をする。
「はじめまして。田中日向です。こちらこそ宜しくお願い致します。
何か初めて会った気がしません。いつも社長がダメ男さん・・・・
いや和也さんの話をしてくれるので。」
日向の自己紹介で俺の妄想は終了した。
俺は、病院から家に帰ろうとしたが、
日向の車に乗せられて会社に連れていかれている。
普通、あんな大事故にあった社員に対して、
家まで送って「お大事に」のパターンだと思うのだが、
希美ちゃんと日向は、社員達に俺を紹介したいらしい。
希美ちゃんは病院で、明日から仕事と言っていたのに。
コロコロと変わるのだ。この社長。
「電話して、和也さんの事故のこと話したら、
みんな、あなたに会いたいって言っているのよ。
もう、すごいじゃない。会ってもいないのにアイドルなみの人気よ。」
アイドルというよりは、珍しい生き物を見たいだけではないでしょうか?
「まあ、それは良いとして、スーツがズタボロなんですが。
俺は、こんな姿で自己紹介するのですか?」
そう、肉体は大丈夫でも、衣装はボロボロ。
まるで乞食みたいになっているので、恥ずかしい。
「和也君。男は中身よ。
私は、ありのままの和也君を紹介したいのよ。」
この姿がありのまま?第一印象ってすごく重要よ。希美ちゃん知ってる?
まあ、俺のプライドなんて、
未だに旅に出て留守にしているのだから別に良いのだけど。
会社についた。
この8階建てのビルの2階にオフィスがあるらしい。
エレベータに俺と希美ちゃんと日向がのり、2階に到着。
エレベータが開くと、そこに8名程度の女性たちが待っていてくれた。
「ようこそ、株式会社のぞみへ」
練習したのか、息の合った声で合唱された。照れくさい。
こんな乞食みたいな恰好でなければ、気の利いたセリフも言えたのだが。
「ありがとうございます。藤原和也です。宜しくお願い致します。」
初めて就職した若者みたいな挨拶になってしまった。
それにしても本当に女性ばかり。
しかも、みんな奇麗。
こんなのドラマでも見たことないレベルだぞ。
しかし、ハーレム状態は良いのだが、こんな職場は結構しんどい。
男性もいると聞いていたのだが。
「希美社長、男性社員はいないのですか?」
「いるわよ。」
「へっ?どこに」
「目の前に。」
「ハヒ?もしかして」
「あっ、営業先には内緒らしいわ。」
どれが男性で、誰が女性かわからないぞ。
何かのクイズ番組か?頭が混乱していると。
「なんか、汚い仕事でもやってくれるみたい。」
「奴隷のようにこき使っても良いみたいよ。」
「鞭で叩いても平気らしいわ」
「そうそう、それが喜びらしいわよ、あの人」
など、コソコソ話が聞こえてくる。
私は、どのような仕事をさせられるのでしょうか?
「もう、忙しくて奴隷のように扱える社員が欲しいって皆言うから。
責任重大だったの。」
いつから僕は奴隷が趣味の人間になったのでしょうか?
そういうこと。
不思議だったのだ。
なぜ俺をいきなり自分の会社に必死に誘ってきたのか。
希美ちゃんが俺に気があるわけないし。
俺は仕事ができないと思われていそうなのに何故誘われたのか。
まあ良いか。
引き受けたからには一生懸命やってやる。
異世界な会社だが刺激的な毎日になりそうだ。
そして、歓迎を受けた後、
俺はさっそく、日向に仕事の概要を教わっているのだが、
香水の匂いにやられて、集中ができなかい。
しかし、まあ、人材派遣業については勉強していたし、
これまでの経験もあって、
特殊なソフトの操作などを覚えてしまえば何とかなりそうだ。
それよりも俺を驚かせたのは、
希美ちゃんの会社のくせに、
きちんと人材派遣業として活動できるようになっていた。
業務専用ソフトに、会計ソフトや労務ソフトが
各パソコンで連携されており、
セキュリティーも施され、社員が法令等も熟知している。
信じられない。
さらに驚くことに、スケジュールがいっぱいなのだ。
人材派遣業は、登録して働いてもらう社員を増やして、
働き先を紹介するのがメインの仕事だ。
登録社員の中で既に働いているのは、1000人を超えていて、
働き先も、時給単価の高い一流企業ばかり。官公庁まである。
嘘でしょ。
大手には全然かなわないが、
そんじょそこらの人材派遣会社よりもすごいじゃないか。
しかも短期間。
もしかして、希美ちゃん達は、天才軍団だったのか?
そんなことを俺が考えていると
「すごい和也さん、理解力早いですね。
私たちは1週間みっちり研修して覚えたんですよ。
ガッカリです。
手取り足取り腰をとってまで、2人きりで教えたかったのに。フフッ」
と日向が言ってくれた。
この日向も、真面目で仕事が出来そうな感じである。
そして可愛い顔つきなのに
大人のコメントがギャップあって魅力的なのである。
男が女性に対して言えばセクハラだが、
女性が男性に言うと、やる気の出る魔法の言葉になる。
勉強や経験が役立って少しうれしかった。
あれっ、でも、そういえば日向は女?男?どちらなんだ?
日向っていう男性もいるし。
希美ちゃんに誰が男性で誰が女性か聞いても
「仕事とは関係ないでしょ。これからの時代は男女平等よ。」
と偉そうに何故か説教されてしまった。
まあ確かにそうなのだが。意味が違う。
気になるものは、気になるのである・
そうして、モンモンとしながらも仕事を終えて。
希美ちゃんも同席して日向の車で送られて家に帰った。
帰り際に
「明日は、尾行できないから事故をおこさないでね。」
と希美ちゃんに言われた。
希美ちゃんに尾行されていれば事故を起こしても良いのでしょうか?
「そうだね。気を付けますよ社長」
そう言って、笑顔で答えた。
2人と別れた俺は、部屋に入ると、
疲れ切って畳の上で大の字に寝そべり、
今日の不思議な出来事を振り返ってみた。
俺は、昔から何故か自分は特別な人間なんだと思い込み、
いつかはお金持ちになってハーレムをしてなんて
夢みたいなことばかり思っていた。
しかし、残念、結局、普通の人間、
イヤ、普通以下の人間だと自分のことを最近思うようになった。
普通の定義もわかってないのに。
まあ、何も人一倍努力もしていないのだから、当たりまえなのだ。
そんな俺でも役に立てるかもと
希美ちゃんの仕事の誘いに乗ったわけだが、
その矢先、死を覚悟するほどの事故にあい、
不思議な体験をしてしまった。
いったいあの夢はなんだったんだろう。
ふざけた爺さんだったが、
今回の不思議な出来事と関係があるのだろうか?
俺は、本当に生きているのか、
不思議になり自分の手を握りしめてみる。
「間違いなく生きているよな。」
考えても仕方ない。明日も仕事だし、
早く風呂入って寝よう。そう思ったとき、
「うむ。儂ってすごいな。
どうやらすごいことになったみたいじゃの」
頭の中になんか雑音がする。
やっぱり事故で脳に異常がおきているのか?
そりゃそうだよな。あれだけの事故で何もないなんて。
「病院に行こう。希美ちゃんに早めに相談しないと。」
と考えていると
「いやいや、大丈夫じゃ。
どうやら、儂の精神体と自我がお主に完全に統合できたようなのだ。」
あの爺さんの声がはっきり聞こえた、もしかして
「ハア?夢に出てきた爺さんなのか?」
「そうじゃ。あの時は、まだ、うまくお主と一体化出来なくて、
儂も混乱していたが、もう大丈夫じゃ。」
いや、儂は良くても、俺は大丈夫ではないだろう。
おいっ一体化って。
「感謝するのだ。あの時、儂がお主の体に宿らなければ、
間違いなくお主は死んでいたのだから」
感謝はするけど、これは現実なのか?
まだ夢を見ているのかわからなくなってきた。
「どういうこと?爺さんが俺を助けてくれたのか?
どうやって?」
「なに、簡単なことじゃ。トラックにぶつかる瞬間、
儂の精神エネルギーでお主の体を包んで、ガードしたのよ。
飛んでる途中にクルクル回転したりして結構楽しかったわい。
ついでにお主が心配していた子供たちも・・・・・・」
いやいや・・・・・簡単ではないだろう。
回転するのも意味わからないし。
というか、本当に回転技を披露してたのか?
死ぬかもしれない事故の後に拍手喝采でも俺は浴びたのだろうか。
「大体、精神エネルギーって何だよ。
ついでに爺さんは本当に何者なんだよ。いいかげん教えてくれ。」
「精神エネルギーとは、
この世界をつくるエネルギーの根本となるもの
と考えておる。
そして、儂の正体は、儂こそが・・・・・・・・・・・
誰なんだろう?」
わからんのかい。やっぱり突っ込みを入れてしまう。
もう良い。
しかし、精神体とか自我、
そして精神エネルギーとかなんのこっちゃ。
宇宙人か何かすごいものが俺にとりついたのだろうか?
「爺さんは、地球外生命体なのか?
精神体や自我だけで色々考えたり
脳に話しかけたりできる生き物なのか?」
とりあえず、認知症の爺さんに聞いてみた。
「多分、儂はこの地で生まれた者じゃ。
そして精神体や自我だけで思考することはできないが、
脳を持つことによって思考することが可能になるのじゃ・・
と考えておる。
その証拠に、儂はお主と一体になって初めて思考することが出来て、
今、お主の脳を利用して会話や思考が出来ているのだから。」
「ふーん」
凄いな、よくわからないが俺の脳を利用して。って、
ちょっと待て。
「もしかして俺の過去とかも知ることが出来ちゃったり、
俺を支配したりできるの?」
「いや、お主の過去は恥ずかしすぎて、
途中で儂でも耐えられなくなった。
凄いことじゃぞ。自慢しても良いレベルじゃ。
そして、お主の自我に係る部分について
脳も体も儂は介入できないことはわかっているから支配は出来ぬぞ」
泣きたい。俺の過去を耐えられないとか。
「安心した。過去は見ない方が良いぞ。教えてやろう。
男は過去を振り返らないものなのだ。涙は過去に置いてくるものなのだよ。」
「そうか。儂もまだまだ、この世の知識が足らぬ。
和也よ、出来れば勉強したいのだが、良い方法はないかのう?」
和也?
俺の名前も理解済みか。
とりあえず、認知症の爺さんは、勉強がしたそうなので、
「辞書とかあれば良いのだけど、あいにく俺の部屋には無いから。・・・・
そうだ。パソコンのインターネットで検索して色々勉強してみれば」
俺は、爺さんに教えてあげたが、
爺さんも俺の脳みそを勝手に使っているなら発想できそうだけど。
「良いのか?いや、和也に迷惑がかかると思ってダメかと思ったのだが」
電気代とかを気にしているのかな。結構、律儀だな。
「大丈夫だよ。俺は勉強嫌いだけど、勝手に勉強しなよ」
「おう。和也よ。ありがとう」
「気を使うなよ、爺さんも俺なんだし、・・・・・・・・・・」
なんだか、俺の脳で会話するのって違和感がある。
色々、まだ聞きたいことがあるのだけど、
なんだか夢心地の会話で、
いつのまにか俺は疲れてしまって寝てしまった。
もしかして、起きたら夢だったなんて。
ありえるな。
これから和也の修行が始まります。