第14話 共生
財務官僚の軽部はソワソワしていた。
エドワードから連絡が無い。
一体、何なんだ?
昨日の夜には仕事を終えて連絡が
来るはずなのに。
何かあったとしても、連絡が来るだろう。
自分からは連絡しない。
エドワードが連絡すると言ったのだから、
自分は待つしかない。
ワインを一気に飲む。
夕方から1時間しか経っていないが
ワインはもう無くなりそうだ。
「ガチャ」
何?オートロックのドアだぞ。
誰が開けた?
「はじめまして、軽部さん。
私、株式会社の藤原和也と申します。
不法侵入などで訴えないでください。
あなたの方が、よほど訴えられることを
しているのですから」
俺は、丁寧に挨拶をした。
軽部は精神エネルギーが小さすぎる。
頭は良いのだろうが。
お馬鹿な小娘4人組の方が全然大きい。
「何だ、貴様は?
何故ここに俺がいることを知っている?
まさか、エドワードが?
俺をどうしようというのだ?」
質問が多い。
面倒くさいので
「たまたま、通りかかったら軽部さんが
ここにいただけです。
お話は、うちの会社に迷惑をかけるのは
やめてほしい。
それだけをお願いに来ました。」
嘘をついてやった。
本当はエドワードの記憶から調べたのだが。
「何を言っているかわからない。」
軽部はそう言って、携帯電話で電話しようとした。
俺は、軽部に手品を見せてやることにした。
そして、軽部の携帯電話は熱くなり発火した。
「アチッ」
軽部が携帯電話を落とす。
「何か罰があたったのでは?軽部さん」
「何なんだ。いったい。何なんだ。」
軽部は思考が停止したようだ。
「えーと。黄金龍会は私一人で説得しました。
ジャックもエドワードも私が説得しました。
田中信一郎さんは、残念ながら
頭がおかしくなってしまいましたが。
まあ、すべて、私一人がやったことです。」
「本当に、本当に貴様ひとりで?」
軽部の脳裏に、田中信一郎の配下から聞いた
話がよみがえった。
たったひとりの男にやられたと。
やばい。殺される?
いや、まだ死人は出ていない。
こいつは、殺人が出来ないのであろう。
であれば、助かるかも。
軽部は淡い期待をした。しかし、
「あなたの選択肢は2つです。
死ぬか。
田中信一郎のようになるか。
どちらがよろしいですか?」
「ハッ?」
どちらもヤダ。
死にたくもないし。
廃人のようにもなりたくない。
軽部はやっと自分の立場が分かった。
「許してください。
勘弁してください。
私は命令で動いただけなのです。
そう、私はやりたくなかったのです。
無理やり。」
軽部は命乞いをする。
「うーん。では、どうしよう?
殺されたくもない
廃人にもなりたくない。
嘘をついてまで自分が助かりたい。
あなたは、どうすれば、良いのですか?」
俺は、軽部に自分で答えを考えさせる。
俺も2択のどちらもやりたくない。
軽部は、本当に精神エネルギーが小さくて
爺が少し攻撃すれば廃人になりそうなのである。
だから、俺は本人に考えさせるのだが。
「もう手出しはしません。
組織とも縁を切ります。
だから、許してください。」
軽部が折れた。
しかし、きっと、組織に助けを求めるのであろう。
だから。
「わかりました。
組織から依頼があっても断ってくださいね。
助けを求めたり、情報を流したら許しません。
その時は、わかりますよね。」
軽部は、諦めたかのように
「わかっています。」
と頷くのであった。
「爺?」
「大丈夫じゃ。
軽部の記憶は調達した。
しかし、デュランというものが気になるな。
エドワードの記憶も見たが大した奴そうじゃわい。」
「そうみたいだね。
まあ、俺からしたら爺には敵わないよ。」
「和也よ。そういう油断がいけないのじゃ」
「わかっている。
だから、俺も修行を続けているだろ。」
「ハハハ。そうじゃな
儂もじゃがな」
頭の中で爺と会話しながら俺は、
「軽部さん、あなたの気持ちはわかりました。
それでは、
自分で生き延びる方法を考えてください。」
俺はそう言って部屋を出た。
この軽部を守る義理など無い。
希美ちゃんのお父さんを、この軽部は、
田中信一郎と・・・・・
俺は希美ちゃんのお父さんと飲み友達だった。
いつからか忘れたが、
よく、希美ちゃんのお父さんには、
よく誘われて、お酒を御馳走になった。
希美ちゃんに彼氏が出来たら
国家権力で阻止するとか
お馬鹿なお父さんだったが
何故か気が合った。
希美ちゃんのお父さんが
「もし、
希美を嫁にするなら和也君みたいな人が良い。
諦めがつく。
いや、やっぱり嫌だ。ダメダメ。
和也君が性転換手術を受ければ
考えても良いかな?うーん。」
とか酔って言ってたけど。
希美ちゃんのお父さんと会話するのは楽しかった。
よっぽど、希美ちゃんが好きなんだなと。
何か羨ましい親子だと思った。
そして、田中信一郎と軽部。
こいつらは、それを壊したのだ。
俺は許せない。
俺の知らない奴がどうなろうと関係ない。
しかし、俺の好きな奴らに・・・・・
今は俺に力があるから思えるのかもしれない。
でも・・・・
俺は自問自答しながらホテルを後にしたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・
小娘4人組の役員どもは
今日も会議室で何やら企んでいる。
俺は、社長代理の新入社員エドワードに仕事を教えている。
しかし・・・・
腹が立つ。
イケメンはムカつくのである。
社員は皆、エドワードに見とれている。
もう、わかる。
俺が入社した時とは違う目線。
誰も色気でからかったりしない。
「エドワードさん。こちらが資料です。
わたし、T国籍のユウランです。
真面目な社員でスパイとかじゃありません。
胸はDカップより少し小さい。」
ユウランが頬を赤らめて資料を渡す。
おい、ユウラン、
お前、嘘がつけないはずだったよな。
スパイじゃない? Dカップ? Aカップだろ。
色男には嘘ついても良いのか?
ちくしょう。
俺は、ある程度、仕事の概要を教えるが、
優秀だから仕事もあっという間に覚えてしまう。
そんなエドワードは更にモテる。
俺は、エドワードを連れて外に出るのだが、
社員たちからの視線は熱い。
社員たちからエドワードを奪う俺を睨みつける。
きっと、俺のことを嫉妬心の塊のように見えただろう。
俺は、ザマーミロと心の中でつぶやき
心の中で泣いた。
俺は車を安全に運転している。
ペーパードライバーだったが随分なれた。
爺には運転させない。
人が変わってしまうから。
俺は助手席に座るエドワードに
「なあ、エドワード。俺って前世で悪いことして
お前は、良い行いをしてたのかな?
理不尽だよな、この世の中って。
絶対、平等なんて、この世にあり得ない。」
「ハハハ。和也さん。前世なんてないですよ。
平等などという言葉は、洗脳するための言葉です。
ただ、デュランは、よく前世とか話していましたけど。」
「ハハ。そうだよね。」
俺はデュランの言葉を聞いて考えた。
デュランが前世?
「爺?」
「うむ。儂のように精神体が移り変わっていけば
あり得るだろうが・・・・
前世の記憶を継承するのが難しいじゃろう。
仮に、継承するのが出来るのであれば、
儂よりすごいことじゃが」
「そうだよな。爺は認知症だし。
仮に爺よりもすごいとしたら・・・・」
「まあ、ありえぬことではないかもじゃが」
俺と爺は頭の中で会話した。
そうだ。
爺よりすごい奴がこの世にいてもおかしくないのだ。
そう考えると。
世界を動かす組織とは・・・・・・・・・
そして、目的地に着いた。
自動車で都内から2時間ほどのところ
田舎町で過疎化が進んでいる。
昔はベットタウンで団地化も進んだが
皆、高齢化して、若い人は出て行ってしまっている。
「ここだよ。エドワード。」
「ほお。ここが、1次産業と2次産業を賄うT町ですか?」
「そう。結構苦労したんだ。
利益が出たからと言って
派遣社員の給与を上乗せしたら経営が成り立たない。
だから、
利益を派遣社員の生活向上になるために投資したんだ。
足りない部分は、社員から借金してね。」
俺は偉そうに語った。
「ふむ。おもしろいですね。和也さん。」
エドワードが興味津々になった。
「まあ、会社の借金は増えたけど資産も増えている感じ。
お金を貸してくれた社員には、3%の利息を払っている。
銀行に預けるよりは全然良いもんね。
まあ、会社が倒産したら終わりだけど。」
「まずいですね。
確かに、これをやられたら、組織は焦りますね。
銀行にお金が流れなくなるわけですから。」
エドワードは真剣な顔をして言う。
エドワードが興味を持ってくれたので
俺はこの町での苦労話を話す。
「それでね。一番苦労したのが、共生。」
「共生?」
エドワードが食いつく。
「そう。自然とうまく人間が付き合う方法。
人間なんていなけりゃ、自然界はうまくいくのだけど
いるから仕方ない。
では、どうしたら良いかってこと。」
「我々も、環境保全をテーマに
活動をしていますが。
まあ、新しい投資ですね。
いわゆる出来レースなのですが。」
「そう。この国でも「エコ」という言葉で
国も国民も皆、頑張っている。
でも、国の「エコ」は
エコロジー、環境保全
エコノミー 経済
を合わせた造語。
環境保全によって経済を動かそうとすること」
「そのとおりです。和也さん」
「でもさー。両立しないんだよね。
残念ながら。
結局、エコノミー、経済になっちゃう。」
エドワードは俺の話で考えこんでいる。
「俺はさ、この町でエコロジーをやりたかったんだ。
だって、そうだろ。
一番環境にやさしいのは生き物が動くこと。
言い方を変えれば働くこと。
いくら便利になったって、
生き物が一番エネルギー効率が良いもん。
人間なんて、60KW電球程度のエネルギーで
1日動けるんだぜ。
すごいじゃん。」
「まあ、エネルギー換算すればそうかもしれませんね」
エドワードは俺が何を言いたいのか考える。
「まあ、どんなに人類が発展したとか言ったって、
生き物を利用しない分、
エネルギー効率なんて悪くなっているよ。
便利になっても技術なんてまだまだなのさ。
人間社会は。
だったら、色々な生き物と協力し合って
生きていく方が、今は良い。
と俺は思っているんだ。」
「いや、人類は、地球自体を滅ぼすほどの技術も
生み出しました。
確かに、エネルギーばかりを使って効率は
悪いかもしれませんが。
技術の進歩はすごいものがあります」
エドワードは自分の考えを俺に伝えた。
「そうだね。でも。
それだって、大したことない。
物理原則の
E=m(質量)c(光の速度)2乗
これの、ほんの一部しか利用できていないのだから。
それを考えれば
人間一人のエネルギーは半端ではない。
エドワードだってわかるだろう。」
「そのとおりです。人間一人、
たがか60Kgのエネルギーですが
もし、全てを使えれば核爆弾の。」
「そう、
そして、精神エネルギー・・・・・・・」
俺はこれ以上の説明を辞めた。
物質社会は物理学で説明するのがわかりやすい。
法則があるのだから。
しかし、科学の根本は物理では説明できないのだ。
エネルギーや波、振動
そして、他の力で説明しなければならない。
それは、物質に固執した人間では理解できない。
「まあ、だから、このT町で実践したかったんだ。
小娘たちに任されたから。
好きなようにやらせてもらったよ。
町の人たちも協力してくれたし助かった。」
エドワードは俺に案内されて町を歩く。
ときどき、俺が町の老人たちに声を掛けられるが、
婆さんたちも、エドワードにぞっこんだ。
「和也さん。いい男連れているね。
冷たいお茶でも、うちで飲んでいきな。
スイカもあっから、食べてくれ」
照れながらエドワードを誘う婆さん。
おいおい、その年でも女なのね。
いわゆる、ナンパですよ。菊代婆さん。
俺の時は、ペットボトルのぬるいお茶だけでしたが。
俺は菊代婆さんの誘いを断り現場に向かう。
「和也さん、あれは何ですか?」
エドワードが里山の方向を指さして、俺に問う。
「あれは、切った竹を乾燥させているんだよ。
この里山は竹に浸食されてしまっていたんだ。
だから、竹を切って山に光が入るようにしたんだ。
乾燥させた竹は竈の燃料や竹細工に使っているよ。
田んぼの藁も燃料にして、炭は堆肥にしている。
里山ではタケノコもとれるし、山芋もね。」
続けて俺は、里山から田園風景に視線を変えて説明する。
「まあ、自然が一番なんだけど。
どうしても、里山や田んぼや畑など
人間が管理しなければならないところはある。
でも、それは強制ではなくて、共生。
共に生きるという意識だよね」
「なるほど。実験ですね。
あと、どのくらい、
田んぼや畑の敷地があるのですか?」
「うん。30町くらいあるかな。
無農薬で化学肥料も使っていない。
町の生ごみ集めて、もみ殻と、米ぬか、
などを混ぜて発酵させて堆肥にしているんだ。
生ごみって臭いけど、
あれって水分で腐って悪臭を放つんだよね。
水分調整すれば臭くないし
発酵させれば資源になるから。
まあ、町からはゴミが減ったって喜ばれているよ。
あとは窒素、リン、カリの比率が課題かな。」
「でもね。土の色が変わってきた。
堆肥のおかげで有機物が増えて
微生物のおかげだと思うけど。
この町では、微生物も住人で仲間なのさ。
だから、いっぱい増やして
いっぱい働いてもらう。
まあ、トンボやミミズなどの虫も増えてきたし、
生態系が回復してきたかな。」
「リスクは無いのですか?」
「リスクは微生物の世界がわからないことかな。
理想的には微生物を管理できれば
良いのだけれど。
今の技術では難しい。
というより、管理したくないかな。
一番底辺で一番働いてくれている奴らに任せて
我々はその恵みを分けてもらう。
そこは、自然に任せるのが一番だと思うんだ。」
俺はエドワードに持論を語った。
「なんとなく、和也さんの理想が見えてきました。
一番底辺の微生物に最高の環境を提供する。
そして微生物を増やし働いてもらって
生態系を改善しようと。」
さすが、エドワード、
俺の言いたいことを理解した。
デュランは和也と田園風景のあぜ道を歩きながら考える。
なぜ、和也さんは自分をここに連れてきたのか。
きっと、和也さんは、自分の考えを私に教えたかったのだ。
エドワードは勝手に思い込んでいた。
和也は、ただ単に、会社でエドワードがモテているのが
悔しかったから連れてきただけなのだが。
そして、エドワードはさらに考える。
我々は自分たちを中心にした社会のことしか
考えてこなかった。何故?
それが人類のためだと信じて。何故?
我々は色々な考えが出来たはずなのに。何故?
和也さんや希美様のような考えだって、
いや、もっと違う考えだって、
出来たはずなのに。何故?
まさか、私も?
俺とエドワードは町はずれの工場に向かった。
工場といっても野菜や肉の加工場なのだが
機械も使って、効率よく加工していく。
「和也さん。屋根に乗っているのは太陽光パネルですね。
やはり、温暖化対策にも興味が?」
エドワードはこの工場の動力源が太陽光エネルギーだと
瞬時に分かった。
「いや、温暖化対策はあまり興味がないんだ。
あまり俺には理解できない。
俺の理論は、地球が暖かくなるのも冷たくなるのも
太陽様のご機嫌しだいだと思っている。
温室効果ガスを気にしていたら
CO2より温室効果が高いメタンを発生させる
田んぼだって出来ないよ。
太陽光パネルにしたのは、
震災時とか、この町の役に立つかなって。
あとは、自分で太陽光をエネルギーに
もっと効率よく変換する研究がしたかったんだ。
ただ、それだけ。」
「なるほど、和也さんは、世論に流されないのですね。
因みに働く方々は高齢者が多いようですが。」
そうなのだ。農地にしろ、この工場にしろ、
働いているのは高齢者ばかりだった。
「そうだよ。この町の高齢者の方々がほとんど。
まあ、事務職や運搬職はうちの会社の社員だけど
結構、この町、うちの社員の中では人気が出てさ。
この町に移住したり、将来住みたいって社員多いんだ。」
「経営は成り立つんですか?」
「うん。利息付きの借金返して、働く人にお金払って
諸経費払ってチャラ。
希美社長たちが、儲けはいらないというから。
逆にチャラにするのが難しかったよ。」
「儲けはいらない?」
「そう、だって、家族から儲けてやろうって
ふつう思わないだろう。
まあ、中には、いるかもしれないけどね。」
エドワードは唖然とした。
本当にこの人たちは、社員を家族だと。
しかも、銀行などに頼らず
家族である社員に頼る。
まあ、こんなこと広まることは無いと思うが。
デュラン達からすれば不安にもなるだろう。
確かに何かの芽が出ているのだから。
そんなことをエドワードが考えていると
「和也さん。こっち来て、茶でも飲んでけ。」
工場の支配人である、
幸助爺さんに声をかけられる。
「お言葉に甘えて」
俺は甘えて、
事務室でお茶を御馳走になることにした。
「どうですか?調子は。」
「まあ、無駄はねえかな。
前の日に、どれだけの量を加工して仕訳すれば
良いのかわかるんじゃ。
今の時代、すごいな。」
そう、各定食屋の在庫管理から発注管理を
しながらシステムで
どれがどのくらい必要かを計算して、
毎日、加工工場と農場に指示をしているのだ。
「何か、デミグラスソースが人気凄いらしいですよ。」
俺は幸助爺たちが開発したソースを褒めた。
うちの会社の定食屋で作る弁当や定食。
ハンバーグやビーフシチューも低価格。
安い肉を大量に購入しているが、やはりそれなりだ。
少しでも、味を高めたいと
幸助爺に研究を頼んだのだが。
俺も食べたが、めちゃ旨い。
ソースでこんなに高級感が出るの?って感じ。
「いや、味を追求し始めたら終わらなくなってな
仲間たちと試行錯誤してな。
高級料理店にも食べにいったり、教わったり。
苦労したが
喜んでくれれば、嬉しいわな。ハハハ
まだまだ、探求は終わらないがな。」
そう、男は凝り始めると終わらないのだ。
この工場では、野菜や肉の加工だけでなく、
ソースや野菜スープ、みそ汁も作っている。
あと、鶏がらスープや豚骨スープ
醤油や味噌まで
全て大量生産だ。
1日3000食の需要があるのだ。
1000食は社員用で安価
2000食は社員以外で通常価格。
まあ、社員が営業をしてくれているようなものだが。
あと、加工品は多めに作って
町中で安価に流通させている。
米をT町から運んだ先の定食屋では、
大きい釜でご飯を炊いている。
これが旨い。冷めてもうまい。
俺のこだわりだが、竈で炊く。
そのだけのために定食屋には煙突がついている。
漬物や総菜、サラダは旬な野菜を使う。
保存料などは一切使わない。
旬という言葉に騙されているのかもしれないが
旨い。そして、何故か飽きない。
まあ、色々やってはいるが、まだまだだ。
投資してくれた社員や、町の人と、月に一度の
定例会で毎回色々なアイディアが出てくる。
養蜂は決定している。
合鴨農法や、養鶏や養豚などのアイディアも
当然、出てくるのだが
屠殺までやるのか議論になっている。
田中信一郎や軽部のことは、自分の手を汚さず
人を殺して贅沢していたので腹が立っていたが、
自分だって、自分の手で生き物を殺したくはない。
ご都合主義だが、正直な気持ちだ。
食べ物が自分の口まで入るまでに、
色々な人が関わっている。
本当、生き物と関わっている人たちに感謝だ。
俺には、それぐらいしか出来ない。
エドワードは考えていた。
和也さんのやっている事業は、
私のポケットマネーで出来てしまうだろう。
いや、出来ないな。
すれ違う人が皆、和也さんに挨拶をしてくる。
そして、働く人が生き生きしている。
金で作ったのではない。
和也さんが一人一人と相談し、協力して作った。
そう、人の思いが作ったのだ。
ハハハ。何か暖かいな。
「和也さん。素晴らしいですね。
熱い中歩き回ったので、
久しぶりに汗をかきましたが。
何故か、気持ちが良いですよ。」
「ハハハ。
良かった。
エドワードならそう言ってくれると思ってた。」
「えっ?
私がですか?
和也さんの計画を潰そうとしていたのに。」
「だって、もう家族なんだろ。」
俺は、自分なりに爽やかな顔で答えた。
「照れくさいですね。
ありがとうございます。
しかし、今後、デュランの動きも気になりますが、
人材派遣法の改正は動いてしまっているのでは?」
「あーあ。
それ、うちのスパイ小娘たちが、エドワードの
情報を聞いて、毎日会議しているよ。
働かなくて良いのか聞いたら
会社を守る立派な仕事ですとか言い返された。
まあ、何もできないと思うけど。
万が一、改正になっても対応策は考えているし。
組織もこんなチッポケな事業なら
大して動かないと思うよ。」
俺は、自分に言い聞かせるように
エドワードに話した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
希美は、ここ1年でスパイ活動が上達していた。
屋根裏で音を立てずに歩くことはもちろんのこと、
屋根裏で、昼食だけでなく晩酌もできる。
そして、玄関のカギや金庫の鍵まで開けてしまう。
何も盗んでいないが、立派な犯罪者に育った。
まさにスパイをするために生まれた女。
日向も、実は技術を身につけていた。
特殊メイクの技術や変装マスクも幾つか作っている。
変装しているとわかっていれば、違和感で
バレてしまうかもしれないが
知らない人が見れば気づかれないほどに。
日向の几帳面な性格が出ており、
まさに、変装をするために生まれた女
倫花は、もともとの才能に磨きをかけるだけで
充分であった。
男を誑かす口頭技術、仕草、服装、匂い。
この女に狙われた男は
もしかしてと淡い期待感をもってしまう。
この女に頼まれごとをされれば、断ることが出来ない。
まさに、ハニートラップのために生まれた女
琴美は、その純粋さから警戒感をもたれない。
狙われた男は、つい何でも話してしまう。
琴美に教えてと言われれば、うっかり話してしまう。
断っても、「教えてくれないの?」と泣きそうな顔を
されてしまうと、「まいっか」と話してしまうのである。
まさに、情報収集のために生まれた女
4人は、連日、作戦会議をしていた。
法律改正を阻止すべき作戦を。
情報を収集し、
誰をターゲットに何をすれば良いのか?
作戦をまとめ、
自分たちが得た力を発揮するときが来たのだ。
しかし、その時は来ない。
何故なら
厚生労働省が法改正を断念したのだ。
和也が軽部を脅したからである。
4人の美人役員の活躍はまだ始まらない?
いや、実はもう各々が動いていたのであった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
何故か、今日も取締役会が俺の家で開催されている。
今回は皆、着替えを持ってきている。
俺がクンクンしたのを皆知っているからだ。
俺の「プライドさん」は旅立っているが、
帰ってきても居場所はない。
「開き直り君」が居座っているからだ。
「皆さま、お食事の用意が出来ました。
本日は
ハンバーグステーキ
サラダ
ナポリタンスパゲッティー
オニオンスープ
でございます。」
「置いといて。和也クンクン」
希美ちゃんが、あっさり答えた。
もう、悔しくもなんともない。
料理人だろうが使用人だろうが下僕だろうが
なってやろうじゃねえか。
クンクンを見られた俺だ。
落ちるところまで落ちてやる。
開き直り君が、頑張っています。
4人の美人役員は考えていた。
せっかく、やる気が出たのを抑えるのは
もったいないと。
そして、
希美が溜息をつきながら発言する。
「こうなったら、仕方ないわね。
世界征服の前に
まずは、この国から征服しましょう。」
おい。ちょっと待て。
スパイでは、もはやない。
しかも、世界征服って、どうなったら
そんな話の方向性になるの?
希美ちゃん。
そんな話、誰も聞いてくれないよ。
と俺は思ったが・・・・
深く頷く3人の役員小娘ども。
だよね。この馬鹿4人組
「あのう。世界征服とか、この国を征服とか
一体、どのようなことをなさるのでしょうか?」
俺はお伺いを立てた。
「決まっているわ。
会社を日本一にまずはしてみせる。
その後に世界一よ。」
希美ちゃんにしては珍しく真面目な顔で言う。
「そうね。
会社を大きくすれば、
和也さんのチャンチャン事業を邪魔される
ことも少なくなるでしょう」
アレ?日向が意味深な言葉。
しかし、
両手を上げたので、脇の下が見えましたよ。
「和也さんが、頑張ったチャンチャン事業を
世界に広げてやるわ。」
アレアレ? 倫花も思いもよらぬ発言を。
しかし、
胸が机にのってますよ。
「そうよ。和也さんばかり危険な目には
合わせられないわ。」
アレアレアレ? 琴美が意味不明なことを。
しかし、
なんで、いちいち肩を見せてくれるの?
「琴美、それは言っちゃ駄目な約束でしょ。
本人は陰で動いているのがカッコ良いと
思っているんだから。」
アレ―ーーー? 希美ちゃん達?
3人の色気に惑わされていたが
希美ちゃんで正気に戻った。
もしかして?
「あのう、私が危険な目にとか、
どういうことですか?」
絶対、お馬鹿小娘4人組には、
俺の行動がバレていないはず。
どうせ、何かを勘違いしているのだろうと
俺は尋ねた。
「いえ。あのですね。
和也さんが、私たちを守るために
U国大使館やC国の裏組織、
田中信一郎とかいう闇の将軍や
軽部という官僚と闘ってくれたのは
知っているのです。」
と爆弾発言の日向。
「だいたい、U国大使館に助けに来たのだって
タイミングが良すぎるんですよ。」
と倫花
「私たちだって、情報収集くらいできるのですよ
和也さん。」
琴美まで。
「大体何で、
私が何でU国大使館の屋根裏に住み込んだのか
わかる?」
希美ちゃんまで。
ま、まさか。
俺がカッコつけていたことがバレていたのか。
それはそれで恥ずかしい。
一瞬、プライドさんが帰ってきた気がするが。
開き直り君が追い出した。
「何か、勘違いをしているようですね。
ハハハ。
そんなこと僕に出来るわけないでしょ」
白を切った。
「和也さんなら出来ますよ。」
「和也さんだから出来る。」
「でも、無理はしないでください。和也さん」
「そう。一人ではないんだから。和也君」
間違いなく、バレている。
俺の気持ちを察して隠していたのか?
やばい。涙が出そう。
「一人ではないのだから」だって。
今まで、一人で闘ってきたから辛かった。
ゴメン。爺もいた。
恐怖に追い込まれたら可哀そうと思っていたのに
こんなにも、この小娘どもが強かっただなんて。
「和也よ。儂も泣けてきたぞ。」
爺が俺の頭の中で、号泣している。
「フフン、あたしたちも凄いことがわかったでしょ。」
ふんぞり返って偉そうな希美ちゃん。
「そうか。すごいね、本当に。
でも、本当に危険なことはしてほしくないんだよ。」
俺は正直な気持ちを伝えた。
「あのね。自分は危険を冒しても、相手にはさせたくない。
そんなの、自分は美味しいラーメンを食べても
相手には食べさせたくない。
と一緒なの。
違いますか?和也クンクン」
全く違います。
断言して言いたいけど
希美ちゃんの話はいつものようにスルーする。
「いや、でも日本一の会社にするって
難しすぎるんじゃない。
危険なことに手を出さないなら頑張ってほしいけど」
俺は、現実を小娘たちに叩きつけた。
俺の話はスルーされた。
スルー返しだ。
いつのまに、そんな技を。
「まずは、今は都内近郊で勢力を伸ばしているけど、
これからは、主要都市に支店を作っていくべきかしら?」
日向が戦略の案を話した。
「そうね。都内でモニタリングは終わった感じ。
他の主要都市では、今までよりスムーズに行けそうね。」
倫花がモニタリングとかいう言葉を使っている。驚きだ。
モニタリングを意識して事業をやっていたの?小娘達。
「あと、課題は人員よね。
ただ人を集めればよいというわけではないから、
私たちが各主要都市に支店長としていく方法もあるけど。」
琴美が課題とか言っている。
何かまともな会議になっている。
これはおかしい。
ここで、希美ちゃんが大どんでん返しな発言をするはずだ。
「慎重にやりましょう。
社員からお金を借りているのだから、
そして、喜んでくれている人もたくさんいる。
会社を絶対に潰すわけにはいかない。」
の、の、希美ちゃんがまともな発言?
まともだ。
小娘たちが成長しすぎている。
この1年で何があったんだ?
俺がチャンチャン事業で歩き回っている間に。
「ということで。和也さん、何か意見ありますか?」
日向が俺に話を振ってきた。
「琴美さんの、役員を各主要都市の支店長にするという
意見はどうですか?」
「私は嫌です。和也さん」
「私も和也さんと離れたくないです。和也さん」
「私も絶対、ここから離れたくないです。和也さん」
「私も和也クンクンがいないと無理。」
何か嬉しいけれど。
使用人の生活が終わらないのですね。
微妙な気持ちだ。
しかし、
では、どうするか?
支店を増やすことは、財務上、可能であろう。
しかし、人材は・・・・・・
「今の社員から支店長を募集しては如何でしょうか?
皆、優秀ですし。
チャンチャン事業は、俺とエドワードで展開しますし。
まあ、徐々に増やすイメージなら対応できるかと。」
俺は、とりあえずアイディアを出してみた。
「そうね。その方法が良いかも。」
「今の社員なら、任せられるわ。」
「みんな、私たちより優秀だもんね。」
「決まりね。
では、和也クンクン。
明日の午前中までに計画書をまとめて提出してください。
明日の午後に会社でまた会議をします。
ということで、和也クンクン
ワインをもう一本もってきて。」
「かしこまりました」
俺は使用人らしく答えたが。
ん?何かが引っかかる。
やっちゃった感がある。
もし、チャンチャン事業を全国展開したら?
万が一、成功しちゃったら?
組織は絶対怒るじゃん。
みんな危険になるじゃん。
俺が大変になるじゃん。
「和也よ。諦めるのじゃ。
世界を征服するのにこのくらいで悩んでどうする。」
爺が小娘達と同調してしまっている。
もう詰んだ。
そして、俺の開き直り君も
なるようになるさ。
と言ってくれるのであった。
組織のデュランは、和也たちより強いのでしょうか?
これから、わかります。