サラリーマンの野望
ボクには二人の妻がいる。ミユキとリナ。今日は三人で食事をする予定だ。遅刻すると怒られてしまう。我が家は時間に厳しいのだ。
「あっくん、おかえりなさあい」
甘い囁きとともにボクを迎え入れるミユキは、一つ年下で昨年知り合ったばかりだ。
「あつしくん、早くご飯を食べましょうよ。わたしたちの手作りなのよ」
同い年のリナにはボクの他にも家庭がある。ボクらは複雑な家族関係を築いている。
「お仕事はどうだった?」
右手に巻きついたままミユキがボクの顔を覗きこむ。
「まあ、ぼちぼち」
嘘だ。ボクは仕事なんてこれっぽっちもしていない。どうして偽るのか、それは彼女たちがボクにそう望むからにほかならない。
「さあたくさん召し上がれ、あつしくん」
リナが差し出すキレイな皿の上に、土くれが置かれている。
「とても美味しそうだ、頂きます」
ボクはそう言ってフォークを突き刺す。ほろほろと崩れ落ちる褐色の塊を口に運ぶフリをして、ボクは背中で皿を裏返した。
「ああ、ごちそうさま。腕があがったね」
「まあ嬉しいわ。お代わりもあるの」
リナの側には似たような料理が拵えてある。ボクは矢継ぎ早に受け取り、全てをさっきみたいにこっそり捨てた。
「さあ遊びはここまで、今日こそあっくんには決めてもらわなきゃ」
ミユキはボクの腕をきつく抱いた。
「い、痛い」
ボクは顔をしかめるが、リナがすかさず左手を捕らえる。
「どっちが好きなの。わたしとミユキ」
「両方じゃあダメ?」
すると息を合わせたようにミユキとリナはそれぞれ対極にボクを引っ張る。
「いたい、痛いよ。ボクは本当はこんなことしたくない」
ボクは涙を滲ませて叫んだ。
「キスしなさい、愛している方と」
ミユキが金切り声をあげる。
「そうよ。今すぐキスして」
リナが唇を押しつけてくる。もう限界だ、とボクが思ったとき、
「きゃあ!」
何かが飛んできて、驚いたミユキとリナが尻餅をついた。間もなく小学生がやってきて、苦笑いしながらボールを持ち帰った。そこで公園にチャイムが鳴り響いた。午後五時を告げる鐘だ。
「やだ、もう帰らなきゃ。アニメが始まっちゃう」
スカートについた泥をそのままに、ミユキは立ち上がって駆けていく。
「ピアノのレッスンがあるからわたしも行くね、じゃあ」
リナも去っていき、ボクは取り残された。
愉しげにサッカーをする小学生が眩しい。
「サラリーマンじゃなくて、サッカーがしたいのに」
腫れた腕をさすりながらボクは公園をあとにした。