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時空の剣   作者: 桑名 玄一郎
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時空の剣 タイムコントローラー 大(DAI)第9話 第10話

第9話 贋ドル札造りの職人を保護せよ! 奥飛騨釣り紀行っていうお話



「少年期」というのは、こんなものなのかな?

 この年齢の体は、使えば使うほどその筋肉、能力が発達するものらしい。

 毎日練習している「穏剣投げ」。右肩と左肩の形が違うと体型的にかっこわるいかなと思って、あえて左手で投げてみたりして、いまではある程度左でも投げられるようになってきたし、なにより左で投げることで逆の右手の肩の発達も促されているんだろうと思う。


 これまでリアルタイムでは120mが最長不倒距離だったのが140mにまでなった。左手の場合は50mから60mという情けなさだけど。


 小暮首相が手配してくれたおかげで出来上がったこの廃線地下鉄利用の地下練習場、最初はやたら無駄な長さだと思っていた。だってRCとレンガで完全に遮断した全長は直線だけで2.3km。そのころ僕がコイン投げに使うのはせいぜい200mまで。LEDの照明がやたらつけてあるので明るいけど、なにか不気味に長いスペースだと思ってた。

「もっと有効な利用法があるんじゃないのかな?」

 たとえば僕の趣味のほんものの拳銃を撃つ射撃場にするとか・・・

 

 これはすぐに実行することにした。叔父がどこからか購入して隠し持っていたモーゼル・レッド9はPAに頼んでスペシャルバージョンのものが届いた。同じく叔父所有のベレッタのほかに、僕の掌サイズにぴったりのベレッタCAL9mmバレット、ワルサーPPKなんかを横田のマイク経由で手に入れた。

 実弾は9mmパラベラム弾のみ。銃はこれを使うものだけに絞ったんだ。軍用の実弾が木箱入りで、いったい何発在庫があるのか、僕にもわからない。


 拳銃を撃ってそれぞれの銃の特徴や性能が完全に頭に入って、銃そのものも手になじんできた。分解掃除して、銃身の内側のライフル溝まで磨きあげるとその銃の練習撃ちは完了。

 組立速度のタイムトライアルもやってみた。それをやってるときに、ワルサーPPKのコイルひとつをどこかに飛ばしてなくしちゃったこともあったけど。


 そんな遊びに、僕は時間を忘れていた。地下の欠点のひとつがこれだろうな。

「お日様の顔を見ない」

 僕はいろんな改良点を工務店と小暮首相、マイクに相談して、リフォームする事にした。

 まず、ここへのアクセス。購入した雑居ビルの地下室からしか入れない。反対側の建物のシャッター横のドアから入ると、近所の人に政府管轄のビルへの不法侵入者とみなされちゃう。これじゃ、いつかは誰かに突き止められる。で、僕の会社の事務所からこの地下練習場まで、バイパストンネルを掘ってもらうことにした。これには時間がかかると思ってたんだけど、意外な話が小暮のおっちゃんの口から飛び出した。

「調べさせたら、君の事務所の180mの地点にまで伸びている廃線跡があるよ。180mなら掘るのはあっという間だな。地下トンネルって地上からだと整備が大変なんだが、すでにある地下トンネルを延ばすのは簡単なんだと。掘削機材もシールド工法の小型のものならあのシャッターをくぐれるようだし」

 ということで、この件は首相に任せることにした。


 事務所から練習場まで、その距離約8km。今度のバイパスは4km。ちょっと迂回するので合わせて12kmの距離になっちゃうけど、「通勤用の」車を何台か購入することにした。

 最終的に、ふたつの駐車場には、ジムニー、米軍のジープ、ポルシェ、フェラーリ。バイクもスーパーカブ、250cのカワサキ。17歳なのでバイクは地上の公道も走れるけど、地上はもっぱら自転車だった。


 射撃場には既存の狭軌じゃなく、広軌のレールを敷き直してもらった。大型クレーンとリフト、自動コントロールの運搬用車両。それらを居住スペース横のオペレーションブースのコントローラーで操作すれば、機材や標的の車両、戦車などを自由にどこにでも置けるようになった。


 マイクには横田基地にある故障した兵器を運んでもらってる。戦車、装甲車、胴体と主翼を別にした戦闘機、トラック、ヘリ、ミサイルの外装、通信衛星用ロケットの胴体、武器倉庫の屋根材、ありとあらゆる素材を思いつくままリストアップして発注した。


「いったい何に使うんだ?」

「米軍基地をどう破壊するか、その実験さ」

 マイクは苦笑しながら「お手柔らかに頼むよ」と、すべて注文どおり届けてくれた。

 大型の機材、材料、車両が多かったので、それぞれ1台の貨物車両で深夜地下鉄の路線を使って運び込まれ、そのまま地下練習場につながる線に乗っけた。

 これでボタン一つで好きな標的を好きな距離に置けるシステムが整ったのだ。


 これら地下練習場の改良が進む間も、僕の「穏剣投げ」の訓練、練習は続いた。だんだん軽く感じるようになってきたコインの改良も次々に発注した。

 サイズはそのまま。材質を変えた。ハイス、つまり工具鋼鋼材であるSKH56を核に、タングステン、モリブデン、鉄、ニッケルの合金を中心のオモリとする。それをコイン型に成形し、全体に厚めのチタニウムメッキ。

 届いた試作品は重さが15gと理想のものに近づいていた。


「うん、これでいいよ。また3000枚作って届けて」

「ああ、すぐ作らせる。でも作るの大変みたいだよ、ダイの注文のコイン。PAじゃ1枚90ドルくらいかかるそうだ」

「なに言ってるんだろね。アフガン戦で敵を一人殺すのにかけたアメリカの軍事費、いくらだと思ってるの? 80万ドル近いんだぜ。ここ数年はもっと高騰してるだろうな。僕ならコイン1枚で一人以上殺せるんだよ。同列に評価してもらいたいもんだね」

「もっともな話だな・・・でもこのコイン、例のダブリンでオサマたちの抹殺に使ったやつだろ? 聖三角形のマークが入ってる。証拠になるからマーク入りはあまり使わない方がいいんじゃないかって、国防総省のトップが言ってたが」

「役人って、日本でもアメリカでも同じような発想しか出来ないんだね。『こういう秘密の暗殺団を持ってるんだぞ』って、アピールすることがどういう意味を持つか、エリクソンは良くわかってるみたいだよ。『今度の大統領は陰にどんな組織を抱えてるんだろう?』って思わせるのが世界だけじゃなく、国内的にもどれだけの効果があるかってこと、しっかり計算してるんじゃないの?」

「うむ、まったく。最近のヤツはちょっとダイを利用しすぎているとは思うが・・・」

「東洋の悪魔」

「そう。あの広がり方は人為的過ぎる。もう一度注意しておくよ」


 僕はこの機会にマイクにかねてからの「疑問」をぶつけることにした。

「ねえ、マイクとエリクソンの握手って、ちょっと変わってるよね。人差し指で相手の親指を押さえたり、最後には中指と薬指の間を開いて握ったり」

「・・・いつもながら、ダイの観察力の鋭さには驚かされるな」

 このとき僕は、この何気ない質問が僕を『世界の秘密』に巻きこむ端緒になるとは思ってもいなかった。

 

 僕はマイクとエリクソンの間に流れる、ある「親密さ」に違和感を覚えていただけだ。

 米国軍人と共和党上院議員。僕のことがあるにせよ、どこかそれだけの関係ではないような気がしていたんだ。

「そう、私とエリクソンは同じ団体に属しているんだ」

「それって、オーダー・デ・モレーと関係ある?」

「え? それは・・・そうか、ダイはパリやブリュージュにいたことがあるんだったな・・・オーダー・デ・モレーというのはフランスを中心とした、いわばボーイ・スカウトのような団体の名称だよ。そしてその団体が属しているのが・・・」 

「あ! そうか。フリーメーソン!」

「ほう。よく知ってるな。ダイ、君はフリーメーソンのこと、どれくらい知っている?」

「うーんと・・・ほとんど断片的、だね」

「たとえば?」

「フリーメーソンって英語なのかな。フリーは『免除された』。メーソンは『石工』・・・まあ、『特許石工』ってことかな?」

「ふむ。それから?」

「えーっと、僕が以前から不思議に思ってたのが、アメリカの1ドル紙幣のデザインなんだ。調べてみると、あのデザインってアメリカ独立とほとんど同じくらいの年代に出来たみたいだね。イギリスから独立を勝ち取って意気軒昂な新しい国が、どうしてまったく関係のないエジプトの建造物・ピラミッドを自らの国の新しい紙幣のデザインにしたのか? これってどう考えても不自然じゃない? で、調べていったら、初代大統領ジョージ・ワシントンって、フリーメーソンだってわかったんだ」

「ふーん」

「取り巻きのブレーンにもトーマス・ジェファーソンをはじめ、フリーメーソンがたくさんいたみたいだし。だったら自分の国の紙幣にその象徴を入れても不思議じゃないなって」

「なるほどね。じゃあ、アメリカ大統領でフリーメーソンって、初代のワシントン以外にもいるの、知っているかい?」

「えーっと、確か15人いたと思ったけど・・・フランクリン・ルーズベルトの他はわすれちゃったなあ」

「それだけ知ってれば十分だよ。で、ピラミッドとフリーメーソンはどう結びつくんだい?」

「だって、ピラミッド作ったの、高度な技術力を持った石工集団、つまりフリーメーソンじゃなきゃ不自然でしょ?」

「・・・」


「それにほら、マイクの部屋に飾ってある真鍮のプレート。フィラデルフィア・ロッジって書いてあるやつ。あのプレートに描かれてるマーク。あれって、オーダー・デ・モレーの旗に描かれてるのとおんなじなんだよ。あのコンパスと直角定規の中に書いてあるひとつ眼。あの眼、1ドル紙幣のピラミッドのてっぺんの眼と同じじゃん」

「そう。あれは『全智の眼』と呼ばれるフリーメーソンの印だよ」

「そんなこんなで、フリーメーソンにはちょっと興味があったんだ」

「君が大株主になってるイングリッシュ・ペトローリアム。あの創業者一族もメーソンリーだってこと、知ってるかい?」

「あ、そうだった。思い出したよ。ソニアに聞いたことがある。ロイヤル・ダッチ・ペトローリアムもそうだってね。このふたつのシスターは仲がいいんだけど、あとのふたつとはどうもそりが合わないらしい。それ、フリーメーソンと反フリーメーソンってことらしいね」

「うん? シスターって7つじゃないのかい?」

「セブンシスターズって言ってたのは、1970年代までだよ。いまは吸収合併されて4つ。イングリッシュとロイヤル・ダッチのふたつのペトローリアム。あとのふたつがジャクソン・モバイルとシュブロン・テキサス」

 僕とマイクのフリーメーソン談義は延々と続いた。


 僕はマイクとエリクソンが変に親密なのが、ともにフリーメーソンの会員だからだと理解して、すこし納得した気分だった。

 マイクは別れ際に、僕に彼が身につけていたペンダントを渡してくれた。

 銀製で金の象嵌で模様が刻まれている。

「これ、フィラデルフィア・ロッジで手に入れたメーソンのペンダントだ。ヨーロッパに行く機会の多いダイが持ってると、役に立つことがあるだろう」

「ふーん、いいの? ありがとう。でも、僕自身が会員じゃないとまずくないの?」

「親からもらったお守りだと言えばいいよ」

「そうだよね。21歳にならないと入会資格が得られないらしいからね」

「ああ。しかし、私がメーソンリーだと知っても距離をおこうとは思わないでくれるようで、私はほっとしてるよ」

「ぼく自身が今後フリーメーソンとどうかかわるかはまだ全然わからないけど、フリーメーソンを避けてるようじゃ、とくにヨーロッパではうまく行かないって気がしてたからね」

 このときは、僕とフリーメーソンがのちのちとんでもない関係を結ぶなんて、まったく予想していなかった。

 

 注文の3000枚が届くまでの間に、僕は改良前の在庫の3000枚を使い尽くすつもりで投げ込んで練習した。でも、残り300枚くらいの時点で改良コインが届いた。うん? 練習で投げたのはもう使わないのかって? いろんなものに突き刺さってるのを1枚1枚拾い集めるなんてこと、やってられないさ。デッキブラシなんかで簡単に掃き集められるのは、PAの空いた木箱に放り込んでおいて、桑名の刀鍛冶 伊勢仁にまとめて送っている。


 新しいコインは僕の手にぴったりなじんだ。一枚を100m先の戦闘機の胴に投げてみる。

「チッ!」という控えめな音を立て、コインは胴体を突き抜け、さらに数十m先まで飛んでいた。装甲車はエンジンの中に届いた。戦車は甲板を突き抜けるにはもう少し近くまでいかなければ無理そうだった。


 左手で投げて装甲車のエンジンを破壊できるようになった2カ月後、エリクソンと小暮首相からほとんど同時に連絡がきた。

「内容はマイクがじかに伝えるから、よろしく頼むよ」

 重要な会話は地下練習場の僕の部屋にある特設PCですることになっている。

 よく知られているが、日本の横田基地と米国はハワイのエドワード空軍基地を中継点として、海底に埋設された光ケーブルで直接繋がっている。

 僕は小暮首相に頼んで、地下練習場のスイートルームと横田基地を結ぶ光ケーブルを密かに開通させてあった。この回線は無線傍受もハッキングも無縁だし、なにより衛星回線のように時間差のストレスがない。


 翌日現れたマイクの話は簡潔だった。世界経済の破壊を狙っているある国の組織をつぶして欲しい、というものだ。

 犯行組織は日本の暴力団。バックに北の影がちらつく。仕事をしているのは彼らに雇われた、あるいは拉致されている印刷業者。

「日本人って本当に手先が器用なんだな。10米ドル札、20米ドル札、10ユーロ紙幣、50ユーロ紙幣、この4種類の紙幣の偽札が出回り始めている。それが専門家が見ても本物との差がほとんど分からないほど精巧にできているってことだ」

 現在世界で一番出回っている「ニセ札」は米ドル。それも50ドル、100ドルといった高額紙幣である。しかしその「本物度」はかなりレベルが低いものがほとんど。パソコンのプリンターでコピーした「Pドル」と呼ばれる最低レベルから、印刷機を使ったハイレベルなものまで、相当の開きがある。ホログラムを印刷するようになった最近のドル紙幣はほとんど再現が不可能なため、偽札作りは下火になりつつあったのだ。

 ところが、ここ半年ほどの間に、10ドル、20ドルといった低額紙幣の中から「95%本物」のニセ札が見つかり始めているという。この「超ハイレベルニセ札」はユーロ紙幣でも見つかり、ドルとユーロの総額が数百億ドルになりそうな勢いだというのである。


「それを日本人が作っているって言うの?」

「うん。まず『原盤』。これすべて手書きの原画から、たとえば6色分の製版用のフィルムを起こすんだが、この原画が、オリジナルと全く区別が付かないほど正確に描いてあるらしい。それからインク。これ、もオリジナルのインクの色どころか、それぞれの券種に応じた磁気の種類が変えてある『磁気インク』を使っている。その磁力の強度まで正確に同じものを再現しているらしい。ホログラムは作り方自体は簡単だが、それを札面からはがれることなく刷り込む技術まで持っているんだ」

「ふーん」

「というのが今度のミッションの内容だ。ダイ、受けるかい?」

「いいよ。でもそんな優秀な職人たち、もともと犯罪者じゃないんでしょ? 自ら参加してるとしても殺すことはない。捕まえておくから、アメリカに連れてって、別の仕事をあげるって約束してくれるなら受けるよ」

 こうして僕はこのミッションを受けることにした。


 第一段階は日本人技術者たちの捕獲と印刷工場の破壊。第2段階が、この世界経済の破壊者たちの抹殺。その背後にはひとつの独立国のトップがいるんだろうけど、そこには手が出せない・・・かな?

 情報を地下のスイートルームのPCで受ける。

 ニセ札作り技術者、職人たちが集められているのは、岐阜県の金山市。ずいぶん山奥を選んだもんだなあ。

 僕はどうやって近づくか考えた。地図をみる。Nagaragawa-River? ああ、長良川か。その支流がたくさん流れている。

「そうだなー。渓流釣りでもやるかな」

 

 僕は渓流釣りを調べた。雑誌のグラビア写真を見ていくと、餌釣りっていうのはおじさん臭くって好きになれなかった。だいいち餌って川虫だし、生餌を持ち運ぶのはぞっとしないもん。ちょっとスタイリッシュでかっこいいなと思ったのがフライフィッシングだった。以前ハーディー社の社長に連れられて行ったアイルランドの河で、ブラウントラウトを釣ったのを思い出した。

 専門店でウエアや用具を揃え、たくさん毛鉤(けばり)を買って、冴子に車で埼玉や山梨の管理釣り場に連れていってもらう。


 どうして冴子なのかというと、彼女、意外なことにフライフィッシングが趣味なんだ。

「へー、珍しい趣味持ってたんだね」

「ええ、もう5年くらいやってるわよ。上手なんだから。ダイちゃんがこの釣りに興味をもってくれるなんてすっごくうれしい!」

 僕に抱きつきながら冴子はそう言った。


 でも、実際やってみるとフライフィッシングって難しいんだ。ロッドとラインの扱い方を習得するのには相当時間がかかりそうだ。

「じゃ、テンカラにしなさいよ。それならもうそこまでラインに慣れているダイちゃんならさまになると思うわ」

 日本古来の毛鉤釣りであるテンカラは、確かに僕に合った。なにせ「古武術の達人」なんだもんね僕って。フライなんかよりテンカラの方がふさわしいに決まってるじゃん!


 テンカラはすぐにマスターできた。あまりにもこの釣りがおもしろいので、危うくミッションのことを忘れそうになる。

 僕は毛鉤そのものも自分で巻くようになっていた。フライ専門店には基本的にはフライ用の毛鉤は売ってるけど、テンカラに向いた毛鉤は少ないのだ。

 僕は「タイイング」といわれる毛鉤制作の道具や材料も買い揃え、暇さえあれば自宅の机や、会社の社長室のデスクの上で毛鉤を巻いていた。

 ママや姉たちは「またなんか始めたな」って顔してたけど、事務所の冴子はものすごくうれしそうに、一緒に並んで毛鉤を巻いていた。

「ダイちゃんと、こんなふつうの幸せな時間が持てるとは思ってなかったわ」


 最初は冴子を今度のミッションに参加させることは考えてなかった。

「だって危険なんだよ。連れていけるわけないじゃん」

「だめ。一緒に行く。このところずーっと一緒に釣りしてるし、タイイングもいつも一緒じゃない。私と姉と弟って格好で川に入る方が自然よ。岐阜の川って、管理釣り場とは違うのよ。いっぱい危険なところがあるから、子供一人じゃ行かせられないわよ」

「こ、子供!」

「ばかね。ダイちゃんが子供だってことじゃないわ。一般的日本人なら、17歳の男の子をひとりで岐阜の川に釣りに行かせる親なんていないってことよ。それに車は誰が運転するの? ダイちゃんがフェラーリで270km出せるってことはわかったけど、公道は走れないでしょ?」

「仕方ないなあ・・・じゃあ、今回だけだよ」


 こうして渓流釣りが趣味の「姉と弟の釣り旅行」が決まった。

 僕は秋の「シルバーウイーク」と呼ばれ始めた連休をミッションの実行の日と決めた。

 それまで何回も管理釣り場に足を運んだ。一番たくさん通ったのは山梨県都留市にある鹿留(ししどめ)。キャッチアンドリリースを繰り返して、一日に80匹くらい釣ることもあった。

 いろいろと買い揃えた釣り関係のウェアや道具類、それにテンカラ釣りそのものも、何度か釣行を重ね、ベテランぽくなってきてる。


 このミッションのために、ワンボックスカーを購入してあった。会社の駐車場に停めてあるそのハイエースは、キャンピングカー仕様に改造されたもの。車内で寝ることも想定してある。

「うれしー! カーセックスしようね!」

「ばーか!」

 はしゃぐ冴子は心底楽しそうだった。

 キャンプ用品の使い方になれるため、何度か丹沢のオートキャンプ場にも泊まる。

 テントの中で寝ていると、20代の若造3人がテントサイドにやってきて、冴子を犯そうとしたことがあった。

「おい、ねえちゃん。ずいぶん若いセックスフレンドだな。ひょっとして弟か? 近親相姦やってるのか?」

「バカが。あっち行ってろ。ケガするぜ」

 小柄な高校生男子にそう毒づかれて頭に血の上った3人の若造は、

「この小僧、捕まえとけ。見てる前で姉ちゃんをやってやる。そうだ、こいつのをくわえさせろ。チンポ立ったら、ほんとに近親相姦させて、動画をネットに流してやろうぜ」

 あーあ、僕を怒らせちゃったなあ。


 僕は2秒でこの3人を倒した。そして木の根本に縛り上げてから、冴子を車の中に引き上げさせた。彼女に僕の裏の顔を見せたくなかったからだ。

 僕は3人を引き立てて川の縁に立たせた。3人の若造はこののち生きていても社会に害を及ぼすだけだろう。

「おまえらみたいな社会の害虫は生かしておく価値はないと思うな。ここで水遊びしてな」

 隙ができたら逆襲して僕を殺してから、冴子を犯しまくろうとひそひそ話しているのを、僕はしっかり聞いていたんだ。僕は耳がいいんだよね!

「ぎゃー!」

 一人だけそう叫んで、3人は清川の支流の渓流に落ちていった。3人を後ろ手に縛ったのは新聞紙を()って長くて太い「こより」にしたものだ。必死にもがけばそのうち濡れて切れるだろう。それまで水中で息が保てばいいけどね。


 翌日のお昼、二人で入った食堂のTVでやってた地元のニュースで、大学生3人の水死体が上がったと報じていた。

 目立った外傷がなく、アルコール血中濃度が高かったことから、酔って泳ぎ、おぼれたものとみなされていた。冴子はそのニュースと夕べの3人が結びついていないようだった。


 僕がもらった情報によると、印刷所は金山市の山間部という、高山からかなり離れた、それこそキャンプ場と温泉と製材所しかないようなへんぴな地域だった。

 岐阜から国道41号線を北上していく。ナビによれば目的の印刷工場は、あるオートキャンプ場から林道に降り、車でかなりさかのぼると一本の橋にたどり着く。そこから2kmほど川沿いに進んだところにあるようだった。

「すごい山の中なのね。たくさん釣れそうだわ」

「おいおい。釣りはあくまでも偽装なんだよ。あんまり浮かれないでね」


 紙を作るにも、印刷にも水が欠かせない。印刷工場になっているのは、もともとは製材所だったらしい、渓流沿いの開けた土地。

 僕と冴子は林道を進んだ。 


「このあたりで降りよう」

 僕の指示で車を停め、ウェイダーなど、渓流釣りのスタイルに着替える。冴子の使い込んだ漆塗りのタモは、この岐阜県の職人が作ったものだという。

「これ、愛用品なの」

 冴子はにっこり笑った。


 ふたりはのんびり川に向かって林の中を下る。ここまで、誰ひとり、車一台逢っていない。

「ねえ、ここ、すごくいい川よ。ちょっと釣りしていかない?」

 冴子が言った。僕は

「マジで? いいけど、それ、目標を確認してからね」

 と、たしなめるように言い聞かせた。


 川沿いにでて、1㎞近く歩いた。ナビによればもうすぐ工場の建物が見えてくるはずだ。

 さらに進むとそれらしき2階建てのスレート拭きの屋根が見えた。

 米軍仕様のツアイスの光学&デジタル双眼鏡で観察する。

「紙を運ぶトラックがついたところらしいな。4、5人で荷卸ししてる。うん、間違いない。ふつうの印刷用紙なら、あんなに厳重に覆ってないはずだ」

 ドル紙幣の用紙は薄いグリーンだ。それに少しグレーがかった白の2種。通常のルートでは入手はおろか、まねして作るのさえ無理な特殊な紙だった。

「そういえば、岐阜は美濃和紙の生産地だね。紙を作る技術も高いんだろうな」

「ねえ、ここ危険じゃない?」

「このデジタル双眼鏡は倍率100倍だからね。まず気づかれはしないよ。それにしてもでかい工場だな」

「ナビじゃ、金山製材所ってなってるわ」

「作っているのは木材じゃなさそうだけどね」


 実際、僕が小さな町工場くらいだと想像していたのとは異なり、50台は停められる駐車場には自家用車やトラックがびっしり停まっていた。駐車場の裏手には乾燥中らしき杉と檜の丸太の山があった。

 駐車場の一番事務所入り口近いところに3台の黒いベンツが停めてある。

「遠慮のない停め方だなあ」

 危険な連中も出入りしているということだろう。車の数から見れば5人から10人というところか。

 今回の目的は工場ではない。印刷機は4色機しかないはずだ。6色機となると日本にもそう何台もない。東証1部上場のトップ印刷会社しか所有できないくらいの高額な機械だ。

 そうなると、ふつうのオフセット印刷機かグラビア印刷機をうまく使っているということだろう。必要なのはハードではなく、優秀な職人技、ということだ。

 この工場の所在地と周辺状況が確認できただけでOKだった。


 問題は、その職人たちを使って偽札を作らせているのがどういう連中か、ということだった。暴力団か、マフィアか、あるいは別の組織なのか。そのあたりをCIAもJCIAも全く掴んでいない。北の関与と資金提供が確認されているが、その関係性もはっきりしていないらしい。

「ぶっつぶす前に、どういうメンバーなのかを探ってほしい。指紋とか、顔の画像かを送ってほしいんだよ」

 エリクソンはそう言ってきた。

「出来るなら、何人でもいいから生きたまま捕獲してくれるのが理想なんだがな。でも17歳の君ひとりで乗り込むことになるんだ。無理をさせるわけにはいかない」

(この狸親父め。僕には膨大な軍事費を使ってるんだから、それくらいはやってこいって言いたいんだろ?)


「うん。何とか一人だけは捕まえて、生きたまま連れてくるように努力してみるよ」

「くれぐれも無理はするなよ。君はひとりで何億ドルもの価値があるんだからな」

「そりゃ安く見られたもんだね。僕は自分じゃ、攻撃衛星数個分の価値はあると思ってるんだけどな」

「いや、申し訳ない。実際君の活躍は驚嘆すべきものだと思う。君一人いれば米軍は半分で事足りるかもしれないと思っているよ」

「でも、軍事バランスもあるし、なにより軍需産業、それに雇用対策・・・」

「ああ。そのとおり。その若さで、この世の中の仕組みをよく理解しているものだ」

「あなたたち政治家の教育の賜物だよ」

「だが、君の存在が少しずつ各国情報機関に知られ始めてきたようだ。それが今後一番問題になるかもしれない」

「スーパー・ワンマン・アーミー、あるいは『東洋の悪魔』、『東洋の魔女』」

「ああ、そういうタイトルの記事も出たことがあったな」

「その噂を撒き散らしているのが誰か、想像はつくけどね」

「えーっと。コホン!」

 今後、僕の最重要ミッションは、「僕の存在を隠すこと」になるかもしれない。


「うん。あれに間違いない。冴子、いったん戻るよ」

「はい」

 決行は明日と決めた。


 いったん車で山を下った。予約してあった温泉宿に入る。

「珍しいですね、お姉さまと弟さんのお二人連れは。でも、ほんとに美男美女のご姉弟でらっしゃる」

 部屋に案内した仲居が言った。

 いい露天風呂で、飛騨牛をメインとしたおいしい夕食が出た。

 久しぶりに冴子と二人きりの夜だった。

「うれしい!」

 冴子は僕を離さなかった。心底僕との旅行を楽しんでいるように見える。

 この「旅行」の本当の目的はよく理解していないのかもしれないが、僕のもうひとつの顔は知っているし、そのミッションの助手であるということはわかっていた。


 翌朝、露天風呂から上がって部屋に戻るとき、すれ違った女将に

「夕べはお盛んでしたわね。お客様、お若いのにすごいんですね」

 とささやかれた。仲居の誰かが僕たちの部屋の様子を伺っていたのかと思ったら、

「お隣のお部屋のお客様から、あの声がうるさくて眠れないって電話がありましたのよ」

 と付け足した。冴子は真っ赤になって下を向いたままだった。


「今日はどうされるんですか?」

 女将が僕と冴子の朝食を整えながら聞いた。

「うん、渓流釣り!」

 と、わざと子供っぽく答えのは、おそらくとなりの部屋の客だろうと思われる中年夫婦が食卓でも隣にいたからだ。

「あらあ、ご姉弟で釣りですか?」

 全く食わせものだなこの女将。

「夕べの声のカップルは、この姉弟なんですよ」

 と暗に教えているようなものだ。

 ぎょっとしたような顔で僕と冴子を見た夫婦は顔を見合わせた。


 実際には、今日はあの工場に潜入し、何人かを殺し、確保しなければならない。しかし、前回に比べても危険性はかなり低いと思っていた。だからこそ冴子を連れてきているのだし、難しい、あるいは大量殺人が想定されるミッションだったら、僕は今のような物見遊山的な行動計画は「要領書」として提出しなかっただろう。

 マイクは「新婚旅行のスケジュールみたいだな」と感想を言った。

「うん。実はそうなんだ。冴子って、僕より6歳年上だけど、妻だからね」

「オーマイガッ!」

 マイクのこの言葉の意味を探る気はなかった。とにかく成功させりゃ文句ないんでしょ?

           

「冴子は僕の能力を以前から知ってるし、今回も実際には現場には伴うわけじゃない。でも、運転手やってもらうにも、渓流釣りをするにも、彼女は欠かせないパートナーとなるはずだよ」

「わかった。しかし、戦場は見せるなよ」

                                   

 こういうやりとりがマイクとあったのだが、僕は工場には当然ながらひとりで乗り込むつもりだった。

「今日は下流から工場の近くまで行ってみるよ。だから釣り上がれる場所まで乗り付けてね」

「ええ。で、今日そのまま殴り込みに行くの?」

「殴り込み? 古風な言い方だなあ。うん、そうだね、こんなところは釣りをするのがふさわしい。さっさとミッションを終えて、あとは釣り。そうしようね」

「はい」

 おお。やっぱり緊張してるんだな。冴子の顔が青ざめているのがわかった。

                                    

 工場から2Kmくらい下流の林道の脇に車を停めた。ウエイダーを着込み、テンカラの竿とタモ網、それにリュックサック。            

 その川は、工場から離れた下流ではよくアマゴが釣れた。

「キャー! ダイちゃん、また釣れたわよ!」

 冴子は興奮していた。フライフィッシングのベテラン面をしているが、彼女はほとんど管理釣り場にしか行ったことがなかったのだ。自然の河川や湖にも釣りに行ったらしいが、何回行っても釣果ゼロ。

「自然の川で毛針で釣るのって、ものすごくむつかしいのよ」

 そういういいわけを何回か聞いた。

 それがこの岐阜の山奥、金山の川ではそこそこ釣り上げているのだ。興奮するなとはいわなかった。これから始まる「殺戮」のことを考えて緊張しまくるより遙かにいいからね。


 しかし、釣果は工場に近づくにつれて下がってきた。川に印刷の廃液が混じるのだろう。様々な薬品が混じった廃液は、相当薄めて流していても、アマゴたちを追い払っていたのだ。

「工場の川上に監視カメラがあって、下流にないのは、このせいだろうね。工場の上流は、バンバン釣れるはずだよ。廃液がないんだから。釣り人は釣れない下流はあきらめて、川上に向かうだろ。だから工場から1キロくらいは立ち入る人間を見張ってなくちゃならないから、カメラを設置してるんだ」


 昨日、僕は2台の監視カメラを見つけていた。

 僕と冴子は時折川に竿を出しながら、釣れないまま工場に近づいた。

 工場の真下に着く。カメラや直視の陰になる大きな木の下で、僕はウエイダーを脱いだ。そして戦闘服に着替える。神威と静竜を持つ。腰のベルトには100枚の穏剣が詰まっている。


「冴子、ここからさらに1キロくらいは釣り上がって行くんだ。ゆっくりでいいよ。きっとたくさん釣れるから。で、正午、12時きっかりに林道から工場の駐車場に車を回してきて。僕は一人か二人、ヤーサンを連れて出てくるから、拾って」

「はい、あなた。気をつけてね」

 さあ、戦闘開始っと!


 僕は川から林道に戻り、下流側に走った。

 工場に入る一本道に入り、そのままゲートに向かって突っ走る。監視カメラだらけの駐車場入り口を100倍速で駆け抜ける。

 おそらく、じっとモニターをみている人間がいたとしても、何かがゲートから走りこんできたのも見えていないだろう。VTRをデジタル解析すれば人が超速で駆けているとわかるだろうけど。

 工場のエントランスは閉まっている。僕はさらに進み、裏口のアルミドアの前に立った。昨日、ここから頻繁に人が出てきて、たばこを吸っているのを確認してあった。

 アルミドアの外に工事現場によく置いてある赤い四角の灰皿が2個スタンドに設置してあった。水の入ったペットボトルと、濡れた吸い殻の詰まったビニル袋が2個、近くに置いてある。

 そっとドアに耳を押し当てる。内側に人に気配はない。ドアノブを回す。動かない。僕はピッキングの道具を出す。簡単に開いた。日頃の練習の成果、なんて自慢するまでもない、ごく簡単なシリンダー錠だった。


 中に入る。いきなり男が現れた。たばこを吸いに来たのだろう。すでに口に火のついていないタバコをくわえている。

「?」という表情のまま、男は絶命した。僕が100倍速のまま手刀を男のうなじにたたき込んだのだ。頸椎は砕け散った。

 僕は神威を抜きはなった。廊下を走る。天井にやたらと設置されているカメラを叩き壊す。工場の中には入らず、2階の事務所を目指す。階段を駆け上がり始めたとき、建物全体を揺るがすような警報音が鳴り始めた。ようやく監視員が異常に気づいたのだろう。


 僕はドアを次々と開けていった。3つ目のドアを開けると、スーツ姿の男たちが拳銃や白鞘の日本刀をロッカーから取り出しているところだった。リアルタイムに戻す。

「な、なんだテメー? 子供か?」

「うん。高校3年生の暗殺者だよ」

「暗殺者あー?」

 拍子抜けしたのか、男たちは手を止めて僕の方に向き直り、顔を見合わせて笑い始めた。

「おうおう、変わった刀を持ってるじゃねえか。てめえ、それ使えるのか? そもそもそのちっこい刀、おもちゃじゃないのか?」

「どれどれ、俺が相手してやるぜ」

 白鞘の日本刀、つまりやくざさんたちのご愛用の「長ドス」を手にした長身の男が僕の前に無造作に立ちはだかった。

「あんた、その刀でどうする気? 鞘くらい抜かないと人は切れないよ」

 僕の異様な落ち着きぶりに、やっと危険なものを感じたのだろう。男は一歩下がって鞘を抜いた。

 ギラリと日本刀のすごみのある姿が現れた。立ちあがり、拳銃を手にした5人の男がおもしろそうな表情で、僕とその男を取り巻いてきた。

「さて坊主。どうする? その短いおもちゃで切りかかって・・・」

 男は最後までせりふを言えなかった。僕が50倍速に切り替え、そのまま神威で男の両手首を断ち切り、心臓に突き立てたからだ。


「ヒッ!」

 全くボキャブラリーに乏しいんだな、やくざってのは。悲鳴も何種類もない。僕は取り囲んだ5人の男たちの手首を全部切り落として回った。

 ピューピューと手首から血を吹き出し始めた男たちから距離を取って壁際に立つ。

「うわー! てててて手が・・・」

「解説してくれなくても状況はわかってるよ。もう一生両手は使えないよ。さて、聞きたいんだけど、ここのボスって誰なの?」


 転げ回る奴、呆然と自分の両手をみているやつ。その中で、ぎらぎらと僕をにらみつけてる中年男がいたので、僕はそいつの顔に神威を突きつけ、尋ねた。

「ボス? ボスがこんなへんぴな工場に来るわけねえだろうが」

 吐き捨てるように男が言った。

「そう。これから調べるの、面倒なんだよね。あんたたち、頭悪そうだから、証拠もそこら中にあるんだろうけど、僕はこれから恋人とこの川で釣りをして帰りたいんだ。あっさり教えてくれれば、殺さないけど、どうする?」

 男は「ケッ!」と叫んで僕に突進してきた。僕はひょいと横に交わしながら、その男の頸を神威ではねとばした。首はそのまま部屋の隅に転がり、男の首のない身体が前のめりに倒れた。

 うめき声はあげるものの、残った男たちは声を上げなかった。

 僕が本当の暗殺者であり、自分たちの命を自由にできることを本能的に悟ったのだろう。


「さて、教えてくれた人だけ首を残してあげるけど」

 僕は胸ポケットからICレコーダーを取り出し、デスクの上に置いた。

「あんたたちの組織の上の方から名前を言って」

 男たちが一斉にしゃべり出す。組織の一部、ニセ札の運び入れ先、くらいしかこの男たちは知らなかった。きっと下っ端なんだろうな。

 ハングル系の名前がやたら出てくる。どうやら日本最大のやーさん組織と北朝鮮が絡んでいるようだ。


(これじゃ、こいつらを連れていってもあんまり収穫はなさそうだなあ)

 そう思い始めたとき、僕の視界がいきなり変わった。1000倍速の「超アイ」だった。

 銃弾がひとつながりになって僕に向かって飛んできていた。僕はそのベクトルから身をかわして床に転がった。血が身体に付くのは仕方ない。

 入り口を見ると、男が一人、自動小銃を撃っていた。弾倉がやたら長い。50発は入れられるだろう。1000倍速では銃弾の早さはせいぜい時速1kmくらいだ。つまり秒速30cmくらいのノロさだ。僕が避けられないわけがない。

 男たちの後始末をどうしようか考え始めていたところだったので、この自動小銃男を利用することにした。男の背後に周り、銃身を男たちに向けた。ブスブスと体に銃弾が食い込んでいく。非現実的な光景だった。

 みんなの頭に最低1発は被弾させて、即死状態にしてから、僕は男の延髄を刺した。

 デスクの上のICレコーダーは無事だった。

 さて、これからが面倒だ。


 工場に向かう。僕を阻止するものはひとりも出てこなかった。

「工場長はどなたでしょうか?」

 異変にはみんな気づいていたようだった。一人の男が前に出た。

「島田と申します。私たちも殺されるのでしょうか?」

 僕はにっこり笑って、

「何をおっしゃいます。あなたたちは日本の宝です。その技術、経験。僕はそのすべてが人間国宝級だと思ってます。しかし、今やっていることは犯罪そのものであることはおわかりでしょう。僕が掛け合って、皆さんを保護します。ご家族は申し訳ありませんが、神奈川県の米軍横田基地の方に引っ越していただくことになるでしょう。お子さんのいる方は説得してください。インターナショナルスクールに転校していただきます。そのあとは・・・おそらくアメリカ本国。ニュージャージー州あたりに移されるかと」

 僕はアメリカ陸軍の総合兵器開発センター『ピカティニー・アーセナル(Picatinny Aesenal)』を意識していた。


 神威をぶら下げ、戦闘服全身に血糊のついた僕が、少年であることは、もう彼らの意識からは取っ払われていたようだ。

 突然現れた救出者、と映っていたのだろう。

「おー!」という雄叫びが工場内に響きわたった。

 僕は携帯電話でマイクに連絡した。すぐに米軍ヘリが職人を保護しにくるだろう。製紙や印刷の機器類はあとから運び出されると思う。そんなところまで付き合うつもりはないから、僕は時間つぶしすることにした。

 冴子に電話する。

「ごめん、釣りを楽しんでるところだろうけど、もう仕事は終わっちゃったんだ。工場の駐車場まで迎えにきて」

 時刻は午前9時50分だった。リアルタイムでは20分の実働だった。


 28人いた職人たちが、その後どうなったかは知らない。

 しかし、悪い待遇にはしないことを約束したマイクが半年後にこう言った。

「ある国の通貨の混乱させるためにニセ札を作ってもらったんだが、彼らはすごいな。君が国宝級と言ってたのがよくわかったよ」

 と言ってたから、そんなに悪い境遇にはいないのだろう。


 駐車場に乗り入れてきた冴子は、僕を見つけると「怪我はないの?」とだけ聞いた。

 そして僕の血だらけの戦闘服を脱がせた。すっぱだかにし、服をビニル袋に詰め込み、後部座席にほうり投げた。

 そのまま僕の前に回り、抱きしめて言った。

「お疲れさまでした」

 その後、僕と冴子は4時間ほど釣りを楽しんだあと、宿に戻った。


 マイクには後始末を依頼した。

「何人か確保したか?」

「全員殺したよ。必要なことは聞き出したけど、ここに来るのは雑魚ばかりで、職人たちの見張り役にすぎない。だから今回はパート1だね。パート2が本当の戦争になる。明日、東京に帰るよ。ここの死体は日本の警察には渡さないで、基地内で処分するんだぜ。職人たちは家族を含め、全員基地に連れてって」


 組織は神戸に本拠地を置く、日本最大の暴力団組織だった。しかし、今回のニセ札作りはその東京支部(ジェス・エスクァイアとは別組織)と在京の北朝鮮の組織が組んでやっているということが、男たちの話とペンタゴン、CIAの調査でわかってきた。

 今回のミッションのパート2は、どうやら僕の地元、東京で実行しなくちゃならないようだった。


 帰京してから横田基地に出向こうと思ってたら、マイクの方が僕の地下練習場にひとりでやってきた。

「なんともすごい有様だね。うちが提供した車両、ぼろぼろだな。新しいのを持ってこさせるよ。また君のコイン投げを見たくなってね。今回のミッションでは1枚もコインが見つからなかったようだが、使わなかったのか?」

「ああ、その必要がなかったんだ。神威1本だけで済んじゃった」

 僕は神威を抜き、刃の汚れを調べるように見た。

「その刀、もうダイの一部のようだね」

「うん、もう手放せないね。えーっと、コイン投げだったね。そこで見てて。あ、万が一破片が飛んでくるといけないから、そこのゴーグルだけ掛けてて」

 

 僕はいきなり100倍速にした。

 ベルトのバックルのセンターボタンを押すと、横から1枚コインが頭を出す仕組みのこのベルトは優れものだった。最初のは全部で100枚はいるタイプだったけど、それではスラックスに通しにくいし、第一重くてやだ。

 1枚15g×100枚=1.5kg。ベルトとしては重すぎ。で20枚入りに改善してもらった。これが僕が最近愛用しているやつ。


 装甲車の甲板を次々と突き抜け、中に置いた土嚢に刺さって止まる。

 10枚を30秒で投げた。投げるときだけスピード・アイにするから、それくらいかかる。

「うーむ。君のストローク自体は全く見えないくらい速いんだな。あっちに行って見ていいか?」

とマイク。

「これは・・・」

 彼は声を失っていた。装甲車の甲板の厚みは鉄板30㎜あるんだけど、それを段ボールを突き抜けるようにコインは突き破り、運転席の土嚢に刺さって止まっている。土嚢の中には大量のパチンコ玉が入れてあるから、なかなかそれは突き抜けない。ポロポロとこぼれ落ちるパチンコ玉を見て、マイクは

「これが人間だったら、3、4人まとめて貫通してるんだろうな」

「まあ、そうだろうね。でも、装甲車で驚いてちゃダメだよ。つぎはあれでやって見せるからさ」


 僕はマイクを連れて、マウンド(コインを投げる場所を僕はそう呼んでいた)まで引っ張って戻った。

「さあ、行くよ」

 僕はボタン操作で正面に回してきた戦車を標的にしてまた10枚、今度は200倍速で投げた。

 戦車にはパチンコ玉の土嚢の代わりに戦車砲の薬莢に砂を積めたものが置いてある。もちろん実際の装填場所にだ。

 僕はその薬莢を狙う練習を繰り返していたのだ。

 薬莢を貫通しているコインを見たマイクはなにも言葉がなかった。


 僕は寝床にしているスイートルームにマイクを招いた。コーヒーをネルドリップでいれて出してあげる。

「いやはや、言葉にならないな。君一人で一個大隊を全滅させるのなんて簡単だろう」

 コーヒーをうまそうに飲みながら、マイクはようやく話を始めた。

「そんな大量殺人には興味ないけど、やれるだろうな。なんなら攻撃衛星を打ち落としてみようか?」

 これは僕の冗談だったけど、マイクはマジに取ったようだ。

「そんなことができるのか?」

「近くまで連れてってくれればの話だよ。そんな冗談より、今日はなにしにきたの?」

「ああ。そうだった。あのミッションのパート2のことだが・・・」

 マイクはポケットからUSBメモリを取り出し、僕に渡した。


「君が工場を機能停止にしてくれたおかげで、ニセ札の流通は止まったかと思ったが、これまでに大量に刷っていたらしい。その偽札の保管場所がどうしても掴めない。どうにかそれを探り出して破棄したいんだ。聞き出す方法はいくらでもこちらにある。だから、君にはこの件の首謀者か、かかわっている幹部の2人か3人を特定してほしい」

「ふーん。殺すのは簡単なんだけど、捕まえて来るとなると、ちょっと方法を考えなくちゃね」

「いや、誰が首謀者かを突き止めてくれればいいんだ、お得意の剣で刻んでいっても、静竜で体の端からたたきつぶしていってもいい。幹部の名前を聞き出してほしいんだよ」

「ずいぶん荒っぽいんだね今日のマイクは。わかったよ。明日にでも行ってくるよ」

「しかし、関一会は今度の工場襲撃でめちゃくちゃ警備を固めているようだぞ。簡単にはいくまい」

「またまたそうやって僕を煽るんだから。食えないおじさんだよな、まったく」

「あはは。君にかかっちゃ形無しだな私も。では、このUSBにデータが入っている。ミッションが済んだら溶かしてくれよ」

「わかってるって」

 練習場の隅に、王水の入った瓶がある。用済みのデジタル媒体はこの瓶に放り込んで溶かすことにしてるんだ。


 関一会は岡田組の東京支部系列の暴力団だ。東京中心に手広く商売をしている。

 何でもありで、一時期ロシアから若い売春婦を大量に入国させていたこともあった。

 僕に関する情報は完全に秘密にされているから、素顔をさらして行ってもいいんだけど、万が一僕が気付かない監視カメラがあって、僕の面が割れたら、家族やガールフレンドのみんなが人質に取られたり、殺されたりする危険性があった。


 マスクは戦闘服の付属品として頼んであった。防塵防菌機能は当然最高レベル。それに加えてナイフや銃弾では穴のあかないこと、火で燃えたり、溶けたりしないこと、薄くて柔らかい生地で作ること。マットの黒であること。これくらいだったかな?

 戦闘服は前の仕様のままだけど、血液を落としやすい防水スプレーを追加注文してあった。今回冴子に洗濯を頼んだけど、結構血液って落ちづらいらしい。


 赤外線暗視ゴーグル付きの防弾ヘルメット。これは自転車レースタイプ。顔の半分下は黒いマスクをつける。ゴーグルはヘルメットから下ろす。下着はウェイダータイプの上下つなぎで、温度調節が腰のバッテリーからの電気でできる。上着は防炎素材の黒いジャケット。心臓部分にだけ防弾材がしこんである。その材質は・・・聞きそびれたけど、触った感じじゃ金属系ではないようだね。


 ベルトはあのコインケース付き。スラックスはジャケットと同じ素材だけど、関節部分をストレッチにしてもらった。靴は革の編み上げブーツ。防水でつま先部分は強化プラスチック入り。素材は知らないけどクッション性の高いラバーソールみたいな歩き心地だった。ごく普通のビブラムソールの足跡が現場に残るように型取りしてあるみたい。

 手袋は薄いけど耐摩耗性、耐熱性能に優れたなんとかいう黒革風の新素材製。はめたままでスマホの操作ができる。


 オリジナルで作らせたリュックサックにはニューモーゼルと20発入り弾倉4本。小型軽量化された緩降機。これ、僕の体重プラス全装備の重量にセットされた、タバコの箱くらいの大きさなんだけど、1m1秒という降下速度を1mあたり0.4秒から1秒まで調整できる。何度も練習して、飛び降りる高さと自重の感覚が掴めてきた。ワイヤーがごく細いカーボンファイバー製なので、手袋してないと掌を切っちゃうけど、12mの高さから安全に飛び降りられる。

 あとは穏剣のカートリッジ。静竜の矢のカートリッジ。それにスマホ。これだけ入れてある。静竜本体はリュックの左サイドに付けたケースに入れる。背中側の右腰に神威を差し、黒づくめの戦闘服を着用した鏡の中の僕は、黒豹のようだった。

「かっこいい!」

 

 関一会事務所の500mくらい前で車から降ろしてもらう。 

「あなた、気をつけてね」

 心配そうに僕を見つめる冴子にキスし、

「まあ、怪我する可能性がないとはいえないけど、大丈夫だと思うよ。万が一の時は直結の発信機で、ここから1㎞の防衛省関連施設で待機してるマイクに連絡が行くようになってるんだ。冴子はいつものように事務所に出勤してて」

 なにも言わずうなづき、もう一度キスして冴子は車を出した。

(さて、殴り込み!っと)


 今は夜中の3時。街灯の少ないこのあたりは薄暗さに支配されていた。

 ヘルメットのつまみを回し、赤外線暗視画像をゴーグルに出す。こんな夜中でも歩哨のように若い男が何人かビルの周りを回っている。

(工場が襲われたことで、相当警戒してるんだな)

 僕はタイミングをはかった。警備に出ている全員がビルの正面に見えることが必須なのだ。しばらく見ていると、10分くらいで5人が何とか視野に入るタイミングだった。

「じゃあ、行くかな」


 僕は静竜を構え、吹いた。最初の男にはこめかみに当たった。声も上げずにその男は倒れた。スピード・アイは100倍。男が地面に倒れるまでに相当時間がある。僕はビルの正面の道路にいた3人を静竜で射殺した。走る。ビルの陰から顔を出す寸前の男の正面に、あっと言う間に立つ。

オー」の形にその男の唇が変わるのを見ている暇はない。僕は静竜で男の頭蓋骨を叩き潰した。脳漿が飛び散る前にその男から離れビルの前の道を走って最後の一人を追う。なにかしらの異変を感じたらしく、その男は銃を手にしていた。

 僕は迷わず穏剣を抜きだした。短いストロークで投げる。穏剣は男の右眼の真ん中を射抜いた。


 まだビルの中では外の異変に気づいていないようだ。倒れつつある男を見ながらリアルタイムに戻したとたん、男の背後のドアが開いた。いかにもというやくざ顔の男が顔を出した。

「な、なんだ?」

 その男は事態を永久に理解できなかった。僕が静竜の矢をその男の額に撃ち込んだからだ。

 リアルタイムでも2、3mの近さであれば、静竜が殺傷能力を持つまでになっていることを初めて知ったのがこのときだった。


 男の出てきたドアを開ける。誰もいない。そこから入り込む。神威を抜き放つ。監視カメラが赤いランプを灯してこちらを向いていた。僕の侵入はもう察知されたと考えるのが正しいだろう。

 50倍速。右手に神威、左手に静竜を持ち、僕は走った。情報によると、幹部連中は4階の事務所の隣の部屋で寝ているか、5階の女たちのベッドにいるはずだった。

 階段を駆けあがる。ビルの中に警報装置の発報音がゆっくり鳴り始める。低い掃除機が回るような音。

(50倍速だとこんなふうに聞こえるんだな)

 そんなことを考えながら、僕は4階の部屋のドアを開けた。いきなり銃弾が飛んできた。予想していたので、転がって入り込む。弾は僕の上を通過していく。


 部屋の中には10人ほどのヤーサンたちがいた。みんな拳銃か日本刀を構えている。まず銃からだ。銃口を僕の方に向け始めた男がいた。

(すごい反応速度だな)

 僕は少々驚きながらその男の横に回り込んだ。神威で拳銃を握った両腕を手首から断ち切った。ゆっくりと拳銃を握った手首が肘から離れていき、それを血の糸が追いかけるように噴き出してくる。

 僕はそれからは男たちの間を駆け抜け、神威で拳銃を握っている手首を落として回った。ギャーギャーと手首のなくなった手を押さえながら転がり回る男たち。

 残っているのは日本刀を持って唖然としている6人の男たちだった。

「うおー!」という雄叫びを挙げ、6人が僕に殺到してきた。50倍速で走り回り、神威をふるう僕の姿は、この男たちには現実の人間の動きだと認識できないだろう。

 短い日本刀を構えた少年(あるいは小柄な女性)が一人立っている、そんな刀など恐るにたらず。そう思ったに違いない。


 一方、僕はというと・・・今度こそ「殺人を楽しもう」という押さえがたい衝動に支配されつつあったのだ。

 切り込んでくる男たちの長ドスはまだ振り上げる途中くらいで、ノロノロと動く感じ。そんなの無視して心臓を突き刺して殺す。

つばのない柄を握っている両手の指を切り落とす。

 槍のようについてくる男の刃先を交わし、頸を刎ね飛ばす。

 上から切り込んできた刀があった。力では負けるに決まっているからそのまま横に体を移動し、日本刀を切った。スパっと刀身が断ち切れた。根元から先がなくなった刀に気づかないまま直進している男の耳をまっすぐに突き通す。ほとんど抵抗感なく神威の刃先が反対側の耳あたりから突き出た。


 あとひとり。えーっと、どこだ? 走って部屋の隅のデスクの下に隠れている男を見つけた。うしろから男の股間を切り上げた。この男は命は助かっても股間に割れ目ができるだろう。

 リアルタイムに戻す。手を切られた男たちはみんなまだ元気に転げ回っていた。その中の一人の眉間に神威を突きつけながら尋ねた。

「ボスはどいつだい?」

「ぼ、ボス? 親分なら5階の女のところだ。でも、そこに行ってもドアは開かねえぞ。中から頑丈なかんぬきが掛けてあるからな」

 僕はその場の男12人全部の後頭部に刃を刺してトドメとした。ここは確実に死ぬし、出血も少ないから、返り血の量が減らせるんだ。


 5階のそれらしきドアの前に来た。スチール製ドアには中から鋼鉄のかんぬきが駆けられているのがわかった。こんなドアに労力をかけるのは馬鹿馬鹿しい。で、部屋の壁を切った。思った通り、壁は石膏ボード、軽量鉄骨、発泡ウレタンという構造だった。三角に切って壁を蹴り飛ばす。100倍速だった。神威には紙を切るに等しい。

 中から拳銃弾が6発飛んできた。それで静かになる。

 中を見た。弾の切れた銃をまだ握り、素っ裸の男が少女3人の陰から恐怖に見開かれた眼でこちらを見ていた。男はそいつひとりだけだった。

 リアルタイムに切り替える。

「やあ、こんばんは。速く服を着ろよ。これから僕と一緒に来てもらうから」

「ううう、殺さないでくれ!」

「おとなしくついてくるなら、殺しはしないよ」

「舎弟はどうした?」

「17、8人は殺したけど、まだ他にいるの?」

「全員、おまえ一人で殺ったってのか?」

「ああ、あのままじゃ、痛くてかわいそうだったからね。みんな楽にしてあげたよ」

「・・・わかった。おとなしくついていくから、ちょっと待ってくれ」

 その中年男は醜い太鼓腹にパンツをはき、シャツやズボンを着た。

 僕は男の後ろに回り、神威を股間に差し込んだ。

「小便を僕の大切な刀に漏らしたら、このまま体を半分に切り分けてやるからね」

「ううう。わかった」

 ボスは自分の股間から生えたような刃を見ながら、なんとか答えた。


 僕は携帯電話でマイクに連絡した。

「親分だけ捕まえたよ。殺さないで捕まえておくのは疲れるから。早く来てね」

「わかった。5分で着く」

 僕は部屋の隅で震えている少女たちを見た。よく見ると毛布の中にも2人いて、合計5人だった。みんな美少女だ。さらってきたんだろうか?

「みんな大丈夫だからね。そっと外に連れ出してあげるから」

 

 10分くらい経って、ようやく米兵の一団が到着した。

「やあ、遅かったね」

 少し青ざめたマイクが言った。

「4階は血の海だな。それにしては返り血が少ない」

「新しいユニフォームを汚したくないからね。返り血が少ない殺し方を選んだんだ」

「なんとも言葉がないな」


 僕は少女たちがこの暴力団事務所との関係を疑われないように、5人を僕の事務所に運ばせるよう指示した。冴子に連絡する。

「連絡遅くなってごめんね」

「・・・あなた、ご無事ですか?」

「ああ。擦り傷ひとつないよ。で、お願いがあるんだけど」

 僕は冴子に僕の事務所ビル最上階の住居スペースのバスタブをお湯で満たすように言った。

「少女たちが監禁されてたんだ。いったんつれて帰るから、お風呂に入れてあげて。明日、といってももう朝だな。冴子、彼女たちの服を買ってきてあげてくれない? このヤクザ事務所で、彼女たちずーっと裸にされたままらしくて、着るものがなんにもないんだよ」


 男たちの死体と、唯ひとり生きているボスは米軍の車両で基地に運ばれていった。床や壁、天井の血はどうしようもないのでそのままだ。

 僕はマイクに毛布をまとった少女たち5人とともに事務所まで送ってもらった。車中でマイクがこう言った。

「あれだけ殺すのに、どれくらいかかった?」

「3分くらいかな?」

「・・・なんともはや・・・」

「これでミッションは完了、だよね?」

「ああ。完璧だ。あとはこちらでやるよ」

「日本の警察には連絡するの?」

「いや、それはしない。あのYAKUZA事務所のことは大騒ぎになるだろうが、死体がゼロじゃなんとも事件にしづらいだろうな」

 なんてことを話しているうちに、車は僕の事務所ビルに着いた。冴子がエントランスで出迎えた。

「やあ、Mrs.SAEKO。あなたはいつお会いしてもお美しいですな。ご主人をお連れしましたぞ」

「ご主人?」

「いいから、彼女たちをバスルームに連れてって」


 毛布にくるまり、震えている少女5人を冴子は事務所の中に招き入れ、エレベーターに乗せた。

「マイク、練習用の車両とかタンク、早く持ってきてね」

「ああ、今日にでも届くだろう。もう指示は出してある」

「うん。じゃあ、次のミッションが決まったら、また小暮首相の顔を立ててあげてね」

「わかった。でも、もう次のは決まってるんだ」

「なんだ、そうなの? でもしばらくはだめだよ。学校があるから。秋の文化祭の練習もあるからね」

「文化祭・・・全く今日の仕事ぶりとのギャップが激しすぎる単語だな」


 僕は少女たちのはしゃぐ声の響くバスルームに向かった。冴子がパウダールームで待っていた。

「おかえりなさいませ。さあ、服を脱いで。少し返り血が付いてますわ」

 冴子は僕を裸にした。


 冴子が見繕ってきた下着や洋服を少女たちが着たのは、3日後の朝だった。

 少女たちの心の傷はそう簡単には癒えないだろうが、彼女たちはまだ若い。

 美少女しかさらってこなかったボスは、ある意味趣味が良かった。服を着た少女たちは、少女モデルを並べたようにかわいい。


 行方不明になっていた少女5人が、1日のうちに全員自宅に戻ったことは、その日の夕方のTVのトップニュースになっていた。どこでどうしていたか、それはまだ不明ということを、都内の暴力団事務所が空になり、大量の血液が残されていたこととを結びつける放送局はなかった。少女たちがヤクザに監禁されていたと想像させる報道はしてはならないという箝口令が首相から指示されたのだ。


 こうしてミッション#4は、僕に渓流釣りという新しい趣味を覚えさせて完了した。





第8話 おわり





第9話 エリクソンとデビッド上院議員来日。僕はグァムへ家族旅行に行くっていうお話



久しぶりにソニアからメールが入ってたので、スカイプでTV電話を掛けた。

「やあ、どうしたの? エリクソンのおっさんからの伝言?」

「やーね。いつも先回りするの、ダイの悪い癖よ」

「あ、悪い悪い。で、あの大統領候補がなんて言ってきたの?」

「それがねえ、近々ダイのところに行くから、直接依頼したい件があるって話なの」

「なにそれ? ヘンなの。ホットラインが繋がってるんだから、直接言えばいいじゃん」

「ええ。私もそう思うわ。エリクソンが行ったら、慎重にね」

 ソニアは居心地の悪そうな顔でスカイプを切った。確かに不自然だよなあ・・・


 暫甲剣を研いでいた。以前使ってからしばらくほおっておいたから、叔父に申し訳ないと思い、研ぐことにしたんだ。このところ神威ばかり使ってるからね。

(後始末の方が大変だなあ)


 僕はそれを実感していた。ニューモーゼルも結構撃ったので、分解掃除をしなくちゃなんない。

 それに戦闘服。ジャケットやカーゴパンツは燃やしたけど、ウエットスーツタイプの戦闘服にまで返り血が染み込んでいたんだ。その洗濯をするために、マイクに頼んで業務用洗濯機を地下練習場まで運んでもらった。電気店で買っても配達させられないからね、あそこには。冴子を洗濯女にはしたくないし。


 エリクソンとデビッドのふたりの共和党上院議員は、小暮首相をはじめとする日本政府要人に囲まれて忙しく東京中を飛び回っていたけど、3日目の日曜日、エリクソンは何とか時間を作ったようだ。

 大統領選も大詰めに差し掛かってきたいま、のんびり来日している暇はないのは誰の眼にも明らかだった。でも、僕がテロ集団を掃討したことで、テロの危険度はかなり軽減された。安心して日本で動ける。盟友で時期副大統領候補のデビッド上院議員は娘のリリーも、奥さんのアイリーンも連れてきていない・・・うーん? 何が狙いの訪日? まさか、僕に会うため?

 

 数か月前、デビッドの娘リリーとその母親アイリーンはデビッド抜きで来日している。そのリリーを若年性子宮頚ガンから救ってあげたことに対して、エリクソンを通じて、あるいは直電で、デビッドは何度も感謝の意を表していた。今日はデビッドはエリクソンの代わりに公式行事に参加しているので来られないらしい。


 そういうわけで、エリクソンはひとりで地下練習場にやってきた。SSを誰も連れていないのは、極秘裏に僕の地下練習場を訪問するため。でも何か魂胆があるんだろうな。

「よくお礼を言っておいてくれるよう、デビッドから頼まれているよ」

「あの子、元気?」

「リリーか? ああ、すこぶる元気だ。君に会いたがっているよ」

「そうだろうな、僕に抱かれながら涙を流していたからね」

「・・・君は本当に底が知れない少年だね。あれだけの大量のマフィアやゲリラを一人で消滅させられるかと思えば、女性の生殖器系の難病を完治させる能力も持ってるというんだからな」

「その病気治癒っていうのが、いまひとつピンとこないんだけどね・・・で、今度は何をさせたいの?」

「あ、ああ。それなんだけど・・・」

 エリクソンは誰も他に人間のいない地下のスイートルームで声を潜めた。


 とんでもない依頼だった。僕は即座に断った。

「そんなの、僕が受けるわけないじゃん!」

 エリクソンの依頼というのは、今度の大統領選の対抗馬として最有力候補のジャクソン・ブルース民主党上院議員の暗殺だった。

「いったい、なにを考えてるんだよ。僕はあんたの選挙運動員でも、専属暗殺者でもないんだぜ。自分の思いどおりに僕が動くと思ってるなら、それは大間違いだよ!」

「いや、君はそう言うとは思っていたんだ。でもね、私が大統領になるかならないかで、今後のアメリカ政府の君の扱い方が大きく変わってしまうというのも事実なんだよ」


 エリクソンは、潜伏中のオサマを僕が抹殺したことでアメリカの政界で大きく評価が上がり、共和党も民主党に迫られ始めた状況をなんとか食い止めていると言った。

「僕は別にアメリカ政府や米軍のバックアップなんて必要としてるわけじゃないのをわかってないね。面倒なミッションも頼んで来ても、意味が分かるから、意義があるからやって上げてるんだ。それ、わかってないんじゃない?」

「それは・・・分かっているつもりなんだが・・・」

「僕がめんどくさい依頼を受けて上げているのは、マイクのことが好きだからなんだよ」

「マイク・・・マイケル・イーストウッド少将・・・」

「そう。なぜかあんなに立派な経歴と人格の持ち主が、いまだに横田の司令長官でくすぶってる。大統領選に勝ったら考えてあげてよね」

「・・・そうか。いや、そう簡単ではないんだが・・・わかった。考え方を改めることにするよ」


「・・・なんてね! いまのは冗談。僕が今の仕事を受けているのは自分の能力の限界を試したいのと、自分の中の殺人衝動を満たしたいからという、そのふたつが大きいんだ。だから今度のミッションも受けて上げるよ。でも、僕がひとりでやれることは限定される。暗殺するには、お膳立てが必要だな」

「おお、やってくれるか! ありがたい。私に出来ること、いや共和党に出来ることは何でもする事を約束する」

「うん。で、期限は?」

「実行は大統領選の最終週が望ましい。ブルースのこのところの人気はすさまじい。このままだと、共和党はブルースの民主党に負ける可能性も出てきた」

「わかったよ。やったげる。でも、時期についてはちょっと考えさせて」

「?」

「もうすぐ文化祭なんだ。僕がピアノ伴奏を務める合唱や、ヴァイオリンのリサイタルがいくつもあるんだ」

「・・・」

「あはは。マジであきれたような顔しないでよ。大丈夫だよ、ちゃんと実行してあげるからさ」

「おお、ありがたい。君は共和党の救世主だよ」


 その後、エリクソンは練習場で僕の練習を見て帰った。

 暫甲剣でマネキンの後頭部から首を切り離す。返す刀で戦車の砲身を輪切りにする。

 隠剣で装甲車の甲板をぶち抜く。

 静竜の連射でファントムの機体に一列に穴が開く。

 ニューモーゼルを、マニュアルでありながらオートのスピードで撃ち、的のど真ん中を20発連続で射抜く。

 最後に100m向こうに置いた戦車から、エリクソンの下に駆けてきておしまい。20倍速でゆっくり走ったけど、1秒足らずだったから、この「徒競走」に一番驚いていたみたい。


 エリクソンは最初驚愕の声を挙げ、次第に声を失っていった。

 剥いたままの眼が固まったような顔をしていた。

 やっと話が出来るようになったのは数分後だった。


「・・・君は恐ろしい兵士だな。以前、YOKOTAで見せてもらったのは君の体術のすごさだったが・・・武器を持った君がどれほどのものか、いくつかのミッションの結果報告から想像するしかなかったんだ・・・いや、参った。マイクやペンタゴンからの報告は、あまりにも過小評価だ」

「前から気になってるんだけど、僕の実像を知ってる人間の数は増やさないでね。ミッション遂行より、自分の存在の隠匿に忙しくなるような事態は避けたいからね」

「それは心得ている。君はいまや我が国の最高水準の極秘事項だよ」

「あ、そうだ。今度のミッションを成功させて、あんたが大統領になったら、対中国政策を見直してもらうことにしよう」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。ここで簡単に了承するって事案じゃないよ、それは」

「そんなことわかってるよ。でも、今の中国に対するあんたの国の態度は弱すぎるよ。というより、日本を見捨てるつもりかって言いたいね」

「うーむ」

「いいよここで答えなくても。ブルースを暗殺しなくちゃこの話もスタートしないんだろうからね」

 エリクソンは難しい顔をしながら帰っていった。


 準備をどうしようか考えたけど、僕の武器は問題なく米軍機で運んでもらえる。弾丸ももちろんアメリカの方が楽に入手できるし、何も持たずに訪米していい。

「アメリカに行くなら、ソニアに連絡しとこっと」

 僕はソニアに電話した。自宅からだ。

 ソニアは僕の仕事について、どれくらい知っているんだろう? そういう疑問が湧いたが、聞かないことにした。ソニアが僕を裏切ることは絶対にない、それだけは確実なことだった。それだけで充分だった。


(ママや姉ちゃんたち、エルマや冴子を連れていかない理由を考え出す方が大変だ)

「なんで一人でワシントンなんかに行くのよ」

 案の定、その問いが女性軍の口から機関銃のように浴びせられることとなった。

 僕は避難するみたいに地下練習場のスイートに泊まることが多くなってしまった。エリクソンやマイクからの連絡を受けるにも、こっちのほうが安心だしね。

 僕はプランを練った。エリクソンからは情報が絶えず流されてきた。

 そして大統領選挙の2カ月前、ブルースがハワイを訪問することがわかった。

「ハワイの方がやりやすいよ。日本人の顔が不自然じゃないし、米軍キャンプに知り合いも多いし」

「いや、ハワイ訪問時期じゃちょっと早すぎるんだよ」

「それは、次席が立てられるってことだろ? あんた、サブにさえ負けるって言うの?」

「いや・・・わかった。ハワイでのブルースのスケジュールを調べて送る」

 ふつうの大統領候補はハワイ州の方まで回る余裕を持たないと言われていた。しかし、エリクソンの情報によって、ブルースがハワイを訪問する理由が明らかになった。ブルースの妻の父がグァム島の出身だったのだ。


「絶対に隠密裏にグァム島に行くはずだ。そのときの方が狙いやすいんじゃないか?」

 エリクソンは必死だった。僕はワシントンからグァム島に行き先を変更することになった。ソニアはがっかりするだろうな・・・


 グァムは小さな島だ。僕は以前家族旅行で2度ほど行ったことがある。国務大臣の息子の拉致事件でも来たなあ。ほとんどどこにも寄らずに帰国したから、数には数えたくないな、あれは。

 日本人にも人気の観光地だけど、そのグァムにも米軍キャンプがある。ヘンダーソン空軍基地だ。一部を観光客に解放しているようなオープンな基地だけど、実は極東の安全保障上、重要な位置にあり、駐留軍人の数もハワイに匹敵する。

 公表と実状があまりにも違うので驚くが、軍事関係情報なんてそんなもんだよね?


 僕はエリクソンから送られてくる情報を詳しく分析した。

 ブルースはお忍びでハワイからグァムにやってきて、2泊するようだった。泊まるのは妻の実家があるヘンダーソン空軍基地に近いジャングルの中の民家。妻の実家だった。

(これはやっかいだなあ。小さいから守りやすいし、近づく口実が見つけられないなあ)


 僕はもっともやりたくない「ジャングル戦」を強いられることを覚悟した。だってその家に近づくには、道路の反対側の家の裏手のジャングルからしかないんだもん。

「グァムって暑いんだよね。あのスーツ、クーリングの方に重点を移して改良して」

 マイクにはいろんな注文を出していた。ヘンダーソン・キャンプの詳しい情報。ブルースの妻の父の経歴とその家の詳細。配置されるであろう米軍関係者とFBI、シークレット・サービスの人数と配置。


「これは大量殺人より大変だな」

 それが正直な感想だった。だって殺すのはただ一人。しかし、その1人を守るのは約50人。その50人をなるべく傷つけずにブルース1人だけを抹殺する。これはかなり困難なミッションになりそうだった。

 反面、大喜びしたのは、僕の家族だった。

「やったー! グァムで遊べるんだー!」

 姉たちやエルマだけでなく、ママや冴子とマダム昭子も一緒にグァムに行くことを僕が発表すると大騒ぎになった。

 姉ちゃんたちは学校に休みの届けを早々と提出するし、パスポートの申請に有楽町まで出かける。

 ママは昭子と冴子と水着や旅行用品を買いに、新宿や銀座にしょっちゅう出かけていた。完全に観光気分だ。それはしかたない。彼女たちには観光そのものなんだもんね。前回みたいに僕ひとりでグァムに渡ってもよかったけど、このさい家族孝行しとこうと思ったんだ。


 僕は横田基地のマイクの個室で神威と静竜、ニューモーゼルを渡した。

「ダイ、こんどのミッションはちょっと困難なことが多いな。17歳の君にこんなミッションを託すエリクソンの野郎は、とんでもない思い違いをしている」

「まあまあ。僕が引き受けたのは、エリクソンが大統領になって、対中国政策を見直してもらうためなんだから」

「君は小暮首相よりはるかに日本のために働いているな」

「あはは。そうだよね。そこんとこ、小暮のおっちゃんに伝えといてね」


 ANAのファーストクラスの機内はほどほどの混み具合だった。機内食は口に合わず、姉ちゃんとエルマに食べてもらった。

「ダイちゃんって、そんなにグルメだったかしら?」

 ママが不思議そうな顔をしてそう言った。

「飛行機の旅って、ちょっと苦手かも」

「やったー! ダイちゃんの苦手、初めてみーっけ!!」

 エルマが完璧な日本語でそう言った。

(ああ、この子は僕の欠点を知ることで、つながろうとしてるんだな。もっといたわってあげるべきだったな)

「エルマ、そうじゃないけどちょっと気持ち悪いんだ。トイレに連れてってくれる?」

「あら、気分悪いの? じゃあママが」

「いいんだよ。エルマのキスで治るから」

 エルマは真っ赤になった。


 機はなぜかサイパンでトランジットしたあと、グァムに向かった。

 グァム国際空港はスモールサイズだった。ヒースローとか、パリのシャルル・ド・ゴール国際空港に比べるとだけど。アイルランドのダブリン空港、ポルトガルのポルト国際空港くらいかな? 

 僕らはタクシーに分乗してタモン湾の北の端にあるウエスティン・リゾート・グァム・ホテルに向かった。このホテルにしたのは、そう、ターゲットの家に近いからだ。もちろんホテルとしての格はグァムでも指折りだった。


 女性たち6人は3つの部屋に別れた。僕はひとりスイートルームだ。文句は言わせない。

 みんな観光気分だから、すぐに連れだって町に出かける。こんな時にしか身内のためにお金を使うこともないから、僕は彼女たちの買い物を「無制限」にしてあげた。クレジットカード3枚はVISAプレミアム、プラチナMASTER、ブラックアメックスだから、金額制限はない。

 エルマは姉二人と一緒にDFSギャラリアに行くとはしゃいでいた。


「ダイちゃんはどうするの?」

 ママが聞いた。

「そうだな、射撃場を覗いてこようかな」

「そう。ひとりで大丈夫?」

「うん、慣れてるから」

 僕はカードをみんなに渡したから、現金を持った。100ドル紙幣10枚を財布に入れる。

 ホテルのコンシェルジュに紹介された射撃場に行く。


 毎度おなじみのログハウス風の建物だった。

「おや、 坊やひとりなのかい?」 

「うん。でもお金は前払いするよ」

「ああ、そうかい。でも君なら35口径くらいしか扱えないぜ」

「いや、9mmパラを撃ちたいんだ」

「おや。日本人の少年にしては銃に詳しそうだね」

「うん。いままで3万発は撃ってるから」

「3万! どこでだ?」

「日本のヨコタ基地の射撃場」

「おまえ、軍人の息子か?」

「祖父がヨコタ基地のNo.1、司令長官なんだ」

「そうか・・・じゃあ、これ使え」

 

 店主らしき髭男はS&Wのリボルバーを渡した。バレルが10㎝以上あるから、命中精度はまあまあだろうと思った。

 窓の向こうにトンネルみたいなスペースがあり、紙の人間型標的が下がっている。

 僕はゆっくりトリガーを絞った。1発目で弾道の癖がわかった。2発目からは、すべて標的の心臓マークのど真ん中に当たった。後ろで見ていた髭が驚嘆の声を上げた。

「おまえ、すごい腕だな」

「この弾、火薬量が少ないね。観光客用にごまかしてるの?」

「いや、そういう訳じゃないよ。この店に来る客のほとんどが日本人だ。彼らはダーティー・ハリーのまねをしたがって、357マグナムを撃ちたがる。正規の火薬量の弾じゃ危なすぎるんだよ。手をケガされるのは営業上まずいんでね。でも、弾の火薬量までわかるなんて、おまえ、ホントに撃ち込んでるな・・・よし、正規の弾を出すよ。何を撃ちたい?」

「クラシック・ガンは何があるの?」

「日本人はドイツの昔の銃が好きな奴が多いからな。ワルサーPPKとか、ベレッタとか、ルガーP08とか、ワルサーP38なんかを揃えてあるよ」

「マウザーは?」

「マウザーの9ミリか? そんなのを撃ちたがるヤツはいなかったけど、実は俺が大好きなんだ。ちょっと待ってろ」


 髭店主は店の奥に行き、すぐに戻ってきた。銃身が僕のより1インチ長い、すてきな銃だ。

「ワオ! これすごいね」

「わかるか? これ、オークションで1万ドルで落としたんだぜ」

「うん、いい銃だね。でもあんまり撃ってないね」

 僕は銃口を覗いてそう言った。

「ああ。実は俺、あんまり撃つのは好きじゃないんだ」

「僕が撃っていいの?」

「ああ、おまえならOKさ。どっちを使う?」


 店主は10発入り弾倉と20発入りの2つを差し出した。

「もちろんこっちだよ」

 僕は20発入り弾倉を取った。照準、照星、距離計、バレルの具合を確認してから、カートリッジに弾を込めていく。20発入り弾倉を押し込むのにはかなり力がいる。

 店主は僕の確認作業、弾込めの流れをうれしそうに見ていた。


「じゃあ、一番遠くにセットして」

「ああ。じゃあ、こっちの窓を使え」

 さっき僕が撃った反対側のレーンに連れて行かれた。ここは長距離レーンのようだ。標的が50メートル先にある。

 僕はリアルタイムで1発目を撃った。わずかに右上にそれる。で、それを計算に入れ、残り19発を2倍速で撃ち尽くした。全弾が心臓マークに集まった。

「すごい。おまえ、すごいな! こんな名手会ったことがない・・・もう商売なんていい。好きなだけ撃て」


 それから1時間、計200発を撃ち、銃の分解掃除までして、僕は店を後にした。料金を固辞した髭店主に500ドル握らせ、

「楽しかったよ。時間があったら、また来るよ」

と言い残し、僕は店を出た。


 ホテルに戻ったけど、誰も帰ってないようだった。

 おなかが空いたので、降りてプールに行き、スタンドでサンドイッチとジュースを頼んだ。

 スマホでステガノグラフィー暗号化されたメールを読んでいると、ママがものすごいエロチックな水着で現れた。 

 見ると後ろから他の女性軍全員がぞろぞろ出てきた。

「あら、こんなところにいたの? プールなのにどうしてそんなかっこうしてるのよ」

「ああ。泳ぐんじゃないからさ。おなかが空いただけだよ」

「じゃあ、ダイちゃんも水着に着替えてらっしゃい。みんなでプールで泳ぎましょ」

「いいよ僕は。ここで見てるから好きに泳いだら」

「なんだか変ね、今朝から。いいわ、好きにしなさい」


 家族っていいなあ。

女性軍のはしゃぐ姿を見ながら、僕はグァムにみんなを連れてきて良かったと思った。

 彼女たちをそのままにして、僕はスイートルームに戻った。

 テーブルとひとつのベッドの上には山のようにボックスや袋が積まれていた。マーク・ジェイコブズ、シャルル・ジュールダン、ロレックス、ベルサーチ、グッチ、ボッテガ・ベネッタ、ルイ・ヴィトン、パテック・フィリップ、シャネル、プラダ、YSL・・・僕には何を買って来たのか、まるで見当がつかなかった。

「まず、ダイちゃんに見てもらわないと」ということなのかとも思ったが、自分の部屋より遙かに広い僕のスイートルームに置いておきたかっただけだとわかった。


 僕はミッションの計画を反芻した。夕方にはまだ間のある16時ちょうどに車の迎えが来た。

 ブルース議員の1泊目だ。

 国道1号線と3号線の交わる「3A」という交差点で僕はおろされた。

「GOOD LUCK!」

 ジープの運転手が僕にそう言った。僕がこれから何をしにいこうとしているのか、A1C(Airman Fast Class:1等空軍兵?)の彼が知っているはずはなかった。


 僕は歩いてジャングルに入った。しばらくすると倉庫が建っているのを見つけた。その中に、打ち合わせどおり僕の戦闘服や武器などが隠されていた。

 冷蔵庫にハンバーガーやジュース、コーラなどの食事が用意されている。

 僕は普段はUSAのハンバーガーは高カロリー過ぎるから口にしないんだけど、おなかが空いてたので、それらに手を出した。

 電子レンジがあったのでそれで温めた。何ともうまかったのがしゃくだった。

 着替え、装備を身につけ、一休みしてから僕は倉庫を出た。

(軍事衛星が僕の軌跡を追尾してるんだろうな)

 そう思ったが、ここでそれを確かめるすべはなかった。


 国道1号線沿いにしばらく東に歩くと、道が途切れた。フェンスが道路をふさぎ、立ち入り禁止のボードがぶら下がっていた。

「ヘンダーソン空軍基地」という書き込みがある。

「この先かあ。暑いなあ」

 僕は肩のつまみを回した。一気に戦闘服の内部温度が下がる。

(あの研究所の制作技術者はたいしたもんだな)

 米軍最大の兵器研究所ピカティニー・アーセナル(Picatinny Arsenal)は実際優秀だった。僕の注文に確実に応えてくれる。それも超短期間で仕上げる。

「ダイの注文は面白いらしいよ。スタッフは手ぐすね引いて次のリクエストを待ってる」とマイクは言った。


 そんなのんびりした感慨にふけっていられるのも、少しだけだった。ヒルギのジャングルのそこここにセンサーやら監視カメラやら、探知機やらがごまんと仕掛けられている。

(いつやったんだ? ブルースが来るのが決まったの、最近だろ?)


 このセンサーなどの情報はもらっていなかった。軍の中にも民主党と共和党の確執が存在するということか?

 これはまずい。とてもたどり着けそうにない。

 僕はルートを変えることにした。いったん倉庫に戻る。倉庫にはPCが置いてある。

 マイクににメールを入れた。即座に返信が来る。

 40分くらいすると、さっきの運転手がニヤニヤしながらジープを倉庫の前に停めた。

「なんだい? もうお散歩は終わりか?」

「うん。エアフォースの観光客用ゲートまで送ってって」

「YES、SUR! おまえヨコタの司令長官の身内なんだってな。ヘンダーソン基地の中で噂になってるぜ」

「なんて?」

「女の子みたいな日本人の少年と、司令長官がどんな関係なんだろうってさ」

「僕の姉がマイクの次男と結婚するのさ」

 僕はかねてから決めてあったこの嘘を伝えた。空軍1等兵はそれで納得したんだろう。それ以上突っ込んでこなかった。マイクに次男はいないんだけどね。


 ヘンダーソン空軍基地は広大だ。グァム島の3分の1の面積を閉めている米軍施設の中でも、最大の規模を誇っている。一部のエリアは観光客に開放され、サンドバギーでのジャングル巡りとか、航空機の見学ツアーが組まれていたりする。

 僕はサンドバギーの観光客の中に紛れ込んだ。


 順番が来た。

「おい坊や、ひとりで運転するの? 大丈夫か?」

 よっぽど年若く見えるんだろうな、僕って。女の子に間違われることも多いけど。

「うん。やってみるよ」

 サンドバギーは結構扱いづらい。ジャングルのぬかるんだ地面にハンドルを取られる。しかし、すぐに扱いになれた。

 ルートの途中でジャングルを抜ける。1回目は観察した。


「なんだい? 気に入ったのか?」

 僕がもう一度バギーの列に並ぶと、担当の空軍2等兵がからかうように笑いかけた。

「うん。すっごく楽しいね!」

 僕はどんな気難しい大人もつられて微笑んでしまうだろう笑みを作って答えた。

 

 ジャングルの途中に、脇道に入れるところがある。一緒にスタートしたアメリカ人のおばさんは、キャーキャーいいながら僕に置いて行かれた。彼女からの視線が届かないのを確認し、さっき見つけた脇道ルートに入った。

 進入禁止のマークの書かれたテトラポールを、その脇道の入り口の置いて、おばさんの進入を避けた。

 ようやくひとりになった。ここからブルースの家まで歩くのは結構な距離がある。そこで僕はけたたましい爆音を立てるのだけど、サンドバギーのガソリンがつきるまでジャングルの中を乗っていくことにした。

 サンドバギーって、基地の中では観光客しか乗らないから、そのエンジン音にはだれも緊張しない。いつもとは少し違う方向からそのエンジン音が聞こえてきても、気にする兵士はいないだろうと踏んだのだった。


 抜けられないヒルギの密林を迂回したりしながら、1時間以上をかけて走った。

 とうとうバギーが使えなくなった。ガソリンが切れたのだ。そこでバギーを捨てる。ハンドルやエンジンキーなどに付いている指紋を丁寧にぬぐい取る。さらにガソリンタンクの蓋を開け、マッチに火をつけて放り込む。

 気化しているガソリンに引火し、あっと言う間にバギーが燃え上がった。周りのヒルギの木に燃え移らないか心配だったが、ヒルギは水分量が多いようで、バギーの炎上はそれだけで終わった。

(ここからは歩きだな)


 僕はスマホを取り出した。GPSを出す。

 数字だけの位置表示だったけど、精度は文句なし。ブルースの妻の実家の家は2160m先にあった。

(結構稼いだな)

ここからは慎重に進む。必ずセンサーや監視カメラが待ちかまえているはずだ。

 僕はヘルメットのゴーグルを下ろし、こめかみあたりにあるスイッチを入れた。金属探知機のスイッチだ。


 目標から1㎞の地点を過ぎても、センサー、監視カメラがない。米軍基地からの進入は想定してないのかな?

 そう思い始めたとき、ゴーグルが何かの金属反応を捕らえた。

 そーっと近づく。地面から1mくらいの高さの木の幹に、迷彩に塗られた箱が縛り付けてあった。

(センサーだ)

 読み込んでいた情報の中に、米軍とCIAが使う各種センサーのカタログが入っていた。僕はその情報を思い出していた。

(P-2201タイプ、だな)


 そのタイプのセンサーは不可視レーザーを放ち、それを横切ると反応するようになっている。センサーは地上1mの高さに仕掛けられている。

 グァムのジャングルには体高1mを越える動物はいないんだ。

 でも、これは交わしやすい。レーザー光線を遮らなければいい。僕は歩伏前進してそのセンサーを避けた。

 そこからはセンサーだらけだった。時間がはたっぷりあった。僕がブルースの家に近づくのは深夜を過ぎてからだ。そのためにゴーグルの赤外線暗視レンズの性能も上げてもらってあるんだから。

 慎重に、センサーに引っかからないように進む。時折CDCカメラや、明らかに防犯カメラという外見のカメラもあった。


 ブルースの家から300mあたりで休憩できるポイントがある。米空軍のパラシュート降下訓練の時に使う実際の休憩所だ。基地からブルースの家の前を通る、舗装された道路がここに来ている。その道には、それこそゴマンと監視カメラが設置してあるだろう。

 僕は裏手にあるキッチンに入るジュラルミンドアのところに回った。ピッキングでも開けられるが、ひょっとするとドアにセンサーが新たに仕掛けられたかもしれなかったので中には入らず、ドアの近くに積んであったコンテナボックスの山の間に身を潜めた。蚊が多いので殺虫剤を撒く。


 24時を回った。僕は何度かコンテナボックスから這い出て、オシッコしにジャングルに入った以外、ずーっと身を隠していた。メールが時々届いた。マイクだった。

「まだ基地では君の存在には気づいていない。だが、用心して返信はするな」

「ターゲットは家族全員での食事を終えた」

 などと、情報を送ってくれる。

 そしてとうとうGOサインが来た。「家の明かりが消えた」というメールだ。

 僕は暗視ゴーグルをつけてみた。まるで昼間と同じだ。それに金属探知機をリンクさせる。ゆっくりと休憩所を出た。

 300mを10分かけて進んだ。センサーや監視カメラは意外に少ない。

(罠があるかも)

 そうも考えたけど、結局無事に家の裏庭にたどり着く。


 一本の木に上る。

(奥多摩以来だな、木登りなんて)

 変な感慨に浸りながら5mくらい登った。枝に腰掛けながら、ブルースの家の周囲を観察する。5人の歩将と3人のSSがいた。合計8人だ。

(計画どおりでいいかも)

 僕は午前3時に行動を起こすことにした。日の出には1時間以上あり、歩哨が疲れて鈍くなるころだ。僕は体の隠れる太い枝に移った。こっちの方が楽に座れる。うっかり寝込んでしまっても落っこちないように、ベルトからワイヤを出して木の幹に回しておく。

(もう一度落ちたら、僕の能力が消滅するかもしれない)

 それは今となっては恐怖以外のなにものでもない。

 僕の2つの超能力? は、もう僕そのものなんだから。

 

 午前3時になった。僕はバッグから人差し指くらいの太さの注射器を取り出した。

「これは強力だよ。頸動脈に1cc注入すれば12時間は眠り続ける」

 マイクはその注射器スティックが6本入ったケースを僕に手渡した。1本のシリンダーには20㏄入っている。

 その中の1本をウエストバッグに移し、木を降りた。ワイヤを回収する。


 100倍速に切り替える。一気に走り、歩哨とSS8人の頸の大動脈にスティックの先端を押しつける。針から1ccずつ睡眠剤が注入される。

 ひとりひとりが倒れるまで待ち、体を支えてゆっくりと地面に横たわらせる。それから僕は玄関のドアに取り付いた。慎重に、音を立てないように、100倍速でピッキングする。リアルタイムでは0.3秒ほどかかってドアが開いた。中にも何人もガードがいるかと思ったけど、一人もいない。

(なんか変だな)

 そう思いながら、主寝室のドアを開けようとした。鍵が掛かっている。

(用心深いのか無神経なのか、どっちかわかんない男だな、ブルースって)

 そう考えたけど、こんなドアは簡単に開けられる。神威の切っ先でラッチを押さえ、ノブを回す。あっけなく開鍵する。

 部屋に入ってベッドを見て驚いた。

 ベッドの中にいたのはブルースと娘のジュリーだったんだ。部屋の中は淫臭が満ちていた。

 僕は100倍速のままだった。10倍速にダウンする。


 毛布をはぎ取る。

 全裸のブルース、股間からザーメンをたれ流して眠り込むジュリー。

 この家のどこかに妻も義父義母もいるというのに、大胆なことだ。いや、知ってて黙っているのかな? ファーストレディーの座はそれほど魅力的なんだろうか?

 そんなことを考えながら、僕はスマホと、なぜか三脚に付けあった1眼デジカメで二人の全裸を撮影した。

 ストロボがめちゃくちゃゆっくり光るので、危うく手ぶれしそうになる。でも、拳銃を撃つときと同じ現象だから、それには即座に対応し、もう1枚を撮った。


 ブルースがモゾッと動いた。ストロボは暗い部屋の中では派手すぎる光だった。

 もう一枚、今度は二人の顔がはっきり写る角度で撮影した。

 1眼レフからSDカードを抜き取り、ウエストバッグにしまう。


 1時間後、僕はホテルのスイートルームにいた。

 PCにSDカードのデータを取り込む。

 1眼レフで撮られていたのは静止画像ではなく、動画だった。

 ジュリーが父親と交わりながら「ダディー、アイラブユー」と叫ぶ声がはっきりと捕らえられていた。


 エリクソンに電話する。

「おい、どうした? まだブルースの死は伝えられないが」

「殺す必要なんかないよ。今送ったから、見て」

「なんだと! 殺さなかったのか?」

「だから、殺す必要なんてなかったのさ。送った動画を流せば、民主党は完全な敗北だよ」


 向こうでヨタヨタPCを操作しているような動きが続く。

「・・・こ、これは? あっ!この女は・・・ブルースの娘・・・そうか、インセストか・・・わははは。こりゃいい。これであいつは一生出てこれまい。君はすごいなやっぱり」

「・・・」

「いや、ありがとう。これで選挙など必要ない。アメリカ国民は娘とやってる奴になんて1票も入れないよ」


 こうして、気の乗らなかったミッションが終了した。

 僕は家族と3日間グアムで遊んでから日本に戻った。

 僕はすぐに地下練習場に入った。

 スイートルームに着くなりマイクから電話が入った。

「何だよ。僕のどこかに発信機が付いてるの?」

「ああ。君のスマホ、それを追いかけてるのさ」

「じゃあ、すぐに叩き壊すよ」

「まあまあ。そんなことより、ニュースは見たかい?」

「ああ。グァムのホテルでも、ものすごい騒ぎだったよ」

「歴史上初めて、民主党が大統領選を降りたんだからな」

「ブルースが上院議員も辞任したのが米国民には衝撃だったみたいだね」

「いろんな憶測の嵐さ」

「マイクはあの動画、見た?」

「いいや。あんな汚らわしいものは見る気にもならない」

「なんだ、しっかり見てんじゃない。でも、愛の形は何でもあり、なんだよマイク」

「・・・ダイのモラルは私には理解不能だが・・・そんなことより、今日はお礼を一言いいたかったんだ。よく一人も殺さずにミッションを成功させてくれたね」

「うん。僕、なんの罪もないアメリカ兵を傷付けたくなかったからね。でも、エリクソンには気を付けなよ。あいつは腹黒い。いざとなったら、マイクでもばっさり切られるよ」

「ああ、わかっている。だが、彼は裏切らないよ。そういう関係なんだ。それにわたしもバカじゃない。切り札はしっかり握っているよ」

「どうせ僕とエリクソンの会話の録音だろ?」

「・・・参ったな。知ってたのか?」

「マイクのことだもん、それくらいはやってるだろうと思ってた」

「君を敵に回すのは絶対的に不利だな」

「マイクは僕を敵に回す可能性を自分の中に見てるの?」

「いや。ゼロだよ。年若い息子だと思っている」

「あはは。実は僕、今度のミッションを受けるとき・・・あー、ずるいなあ。僕がマイクを好きだから受けてるっての、聞いてるんじゃん」

「まあ、いいじゃないか。私はあの君の言葉を聞いて、涙が出た。これはウソじゃないよ」

「信じるよ。僕は身内は守るからね」

「ダイの言う身内って、抱いた女性のことじゃないのか?」

「あ、またー!」


 それで会話はおしまいだった。






第10話 おわり


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