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時空の剣   作者: 桑名 玄一郎
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時空の剣 タイムコントローラー 大(DAI)第7話 第8話


第7話  愛刀「神威」誕生!エリクソン暗殺計画阻止に大活躍! というお話




 エリクソンの再来日が決まった。副大統領に指名する予定のデビッド上院議員もいっしょに来る。


 デビッドはもうひとつの、いや本当の目的があるらしい。娘のリリーが若年性子宮頸ガンなんだそうだ。いろんな製薬会社や研究所が僕を分析して得られたデータをどこからか入手したんだろうな。でも、生殖器系の病気を治すためには、僕との交接が必要だってわかってるんだろうか? 


 エリクソンは横田基地で僕と会ってから、完全に僕のファンになったみたいで、地下練習場のスイートルームと横田基地経由で光ケーブルのホットラインを繋いだくらいだ。

 何かとTV電話をかけてくる。あるときはイングリッシュ・ペトローリアムのソニアがいっしょの画面に出たので驚いたけど、エリクソンはソニアの人脈のひとりだそうだ。

 どうも全米ライフル協会会長の席もエリクソンは狙っているらしい。あの秘密結社「フリーメーソン」も絡むのかなあ・・・


 今回の来日は、「アメリカ次期大統領有力候補」として、だった。日本政府の公式の招待であり、自由党党首として、かつ首相として、結構しぶとく生き延びている小暮が呼ぼうという提案をしたらしい。

「選挙戦で忙しいこの時期にエリクソンが来日を受ける訳がない」という意見が大勢を占める中、「私が直接話して、必ず来日を実現させてみせる!」と委員会で大見得を切ったのは、実は僕を当てにしてのことだった。


「頼むよ。君なら呼べるだろう? 私の政治生命がかかってるんだよ」

「そんなの、知ったことじゃないよ」

 とは言ったものの、小暮首相に貸しを作っておくのもいいかと思い、連絡した。

「君のお誘いなら、行かないわけにはいくまい。日程調整して明日連絡するよ」

 とあっさり決まった。


「そうか、やったな! いや、ありがとう。本当に感謝だ!」

 首相官邸の小暮の執務室はふたりで話すには広くて落ち着かないので、2階の自室で話すことが多い。この自室には古典的な「双六盤(すごろくばん)」がコーヒーテーブルの代わりにおいてある。彼のお気に入りだ。


 小暮はこのところバックギャモンに凝ってて、後援者から昔の日本の「双六」つまり中国から渡ってきたバックギャモンの原型のすごろくのアンティークを贈られていたんだけど、それを使ってバックギャモンをしているのだ。サイコロを振って進めるゲームだから、チェスなどと違って数学的頭脳に劣っていても、たまにはラッキーに勝てるから小暮には向いているんだろう。僕との勝負でも、これまでに2回だけ勝ったことがある。


 この居室を含め、官邸は隅々まで定期的に盗聴器の調査をしているというから、僕の練習場の居室もやってもらおうかと思った。でも、業者にプロ用の探査機器を分けてもらうことにした。誰にもあそこは見せられないもんね。


「で、その日程はフィックスだと考えていいんだな?」

「うん、外務省にもうすぐ連絡が入ると思うけど、その前に国会で花火を打ちあげた方が評価が上がるんじゃないの?」

「そうだな・・・明日の閣議でもう一発ぶち上げるか!」

「じゃあ、これで帰るね」

「あ、ああ。送らせるよ」

「これ、貸しだからね」

「今日も勝てなかったなあ、君はこういうゲームにも強いんだなあ」

「貸しって、バックギャモンの方じゃないよ。エリクソンの件だよ」

「おお。判ってるとも。でも、エリクソンの本当の来日目的が君に会うことだと言うことは伏せるぞ」

「あたりまえじゃん。発表されたら僕も家族もめちゃくちゃになるよ」

「そうだな、それでなくても君の存在そのものが、いまじゃ国家機密だからな」

 

 なんてことを気楽に話してから、公邸の庭を散歩して帰宅の車に乗った。地下練習場に直結してる例の防衛庁管轄ビルの方に行ってもらう。


 地下鉄のレールを利用して運び込まれる米軍の廃品の軍用車両や戦車は、もう何台もボロボロの鉄くずになっていた。

 車台にフォークリフトを使って乗せたり、クレーンを操作したり、そういう重機の操作方法にも慣れた。最近では、標的として運んできた兵器の操作を優先的にするようになっている。僕の射撃に付き合ってくれた軍曹が来てくれて、扱い方をひとつひとつ伝授してくれるようになってからどんな兵器も操作出来るようになったんだ。いろんなことを覚えるのが好きな僕は、あらゆる車両、建設機械、戦車なんかの操縦方法も覚えた。ミサイルの発射室のシュミレーションルーム使わせてくれたのはマイクだ。高校生で大陸間弾道弾の目標セッティングが出来るのは、世界でも僕だけだろうな。


 「穏剣」。オリジナルのコインはそう名づけている。どうも古武術やってるだけに、古めかしい名前を付けたがる傾向が僕にはあるらしい。「音もなく飛んでいく手裏剣」は「隠密剣」つまり「隠剣」、となった。「いんけん」じゃないよ。「おんけん」だ。


 僕は改良に改良を重ね、米軍の戦車まで標的にして練習を積んできた隠剣を、ライフル弾よりスピードと破壊力のある武器として使いこなせるようになっていた。

 実戦でもすでに数十人の命を奪っているこの隠剣だったが、戦闘機やヘリを落としたり、戦車をぶち抜いたことはなかった。そういうシーンがなかなか訪れないからだ。


 僕はその隠剣の練習に、3000枚入りの箱ひとつ全部を使い切った。一度投げた穏剣は回収して使うことはしない。少しずつだけど改良してもらってるし、その改良版は依頼するたびに3000枚ずつ届くんだ。どうやら、1ロットが3000枚らしい。散らばっているコインは掃除するときにかき集めて空き箱に放り込んでる。その箱もすでに2箱が満杯近い。


 そろそろ僕が自分の「武器」とすべきものの姿が見えてきていた。

 いいタイミングだった。僕はオリジナルの日本刀を依頼すべく、三重県の桑名市に向かった。


 斬甲剣(ざんこうけん)はこれまで僕のメインの武器だった。

 これまでの実戦を振り返ってみた。5倍速から100倍速のとき、つまり実戦でもっとも有効だった武器は何だろう?

 考えるまでもなく暫甲剣だ。両腕を切り落とし、頭蓋を断ち割り、椎骨と頭蓋を切断し、スチールドアを切り裂き、大砲の砲身をバウムクーヘン状に輪切りにしてきた。その切れ味は、ミッションのあとで必ず研いで手入れをしているせいもあり、刃こぼれひとつない。


 だけど、ひとつだけ欠点があった。

 すこし大きいのだ。小柄な僕でもなんとか振れる刃渡り488㎜という長さ、800gという重さであり、叔父から譲られた時には持て余し気味だったけど、筋力も増し、技術も向上した今では、扱いに困るということはなくなっている。背中に背負った(さや)に、後ろ手で「パチン!」と収められるようにもなっている。


 でも「スピード・アイ」で切り裂いていくには、一回り以上大きいのだった。叔父は脇差しとして作ったのだろう。僕も、太刀ではなく、脇差しくらいの大きさの刀が、戦闘では有効だと思う。でも、それはあくまでも「大柄な叔父の体にとって」だった。166cmの僕には、いや、「僕の太刀筋」には決定的に大きいのだ。


 僕は暫甲剣の製作ノートを頼りに、三重県に飛んだ。桑名市は名古屋からそう遠くはなかった。

 焼きハマグリで有名なこの桑名は、鎌倉時代以前から名刀の産地として知られている。「妖刀村正」はここで作られた。


 木曾川(きそがわ)揖斐川(いびがわ)長良川(ながらがわ)の、いわゆる木曾三川が桑名付近で合流する。それぞれの上流から運ばれてくる砂鉄は質量ともに、我が国屈指。その砂鉄をタタラ製法で玉鋼(たまはがね)にし、鍛造して作られる日本刀は、信長、秀吉、家康が手厚く保護して優秀な刀鍛冶をたくさん生んだ。

 徳川の家臣団もこの村正を愛用した。切れ味、耐久性が抜群だったのだ。まさに「戦国時代にふさわしい名刀」だった。

「徳川家に仇なす妖刀」というのは後世作られた創作だ。いくつもの歌舞伎の演目の中で『妖刀村正』として登場し、江戸時代以降、悪名の方が際立っている。実際には名古屋の「徳川美術館」に家康の愛刀として村正が一振り展示されているくらい、徳川軍団の象徴的名刀として存在していたのだ。


「伊勢朝臣村正」を代々継いできた「伊勢仁」すなわち千子仁九郎(せんごじんくろう)、その先代が暫甲剣の作り手であった。

 東京を発つ前に電話したとき、その声が意外なほど若々しく感じたのだが、伊勢仁当主、千子仁九郎はまだ36歳という若さだった。先代の仁九郎は昨年亡くなっていた。いまの仁九郎は自分の父が僕の叔父の鍋島剛に斬甲剣依頼された経緯を見聞きしており、高校生当時、叔父と剣道対決したという。

「鍋島先生がその地位を譲ったということは、君はその見かけとは全く違うということだろうな」

「そうですね。ただの17歳の少年、ではないつもりです」

「うーむ。しかし、どうしても信じられない。あの侍が君に負けるとは」

「そうですか。ではお試しになったらどうです?」

「試す?」

「ええ。僕を叩きのめすんですよ。この工房には剣道をやっていらっしゃる方が多そうじゃないですか」

「剣道か・・・よし、道場にきてくれ」


 仁九郎は工房の職人の全員を道場に集めた。その数6人。

「・・・というわけだ。皆も鍋島先生とお手合わせいただいた経験があるだろう。身震いするほど鋭い技と気合いの持ち主だったな。あの鍋島先生をこの少年が破ったそうだ。そして現在、静剛流の場主として道場を任されているという話しだ。だが、私はどうしてもそれが信じられない。そう言ったら、三島君はみんなを相手に仕合ってもいいと言った。わかるな、この意味。心してお相手しろ」

「おう!」

 6人が一斉に吠えた。刀鍛冶だけあって、全員剣道部出身だった。中には五段という猛者もいるという。


「誰が行く?」

 仁九郎が首を巡らせた。いつもの僕なら、「みんなまとめてかかってこい」的なことを言うんだけど、ここではみんなの顔を立てることにした。

 先鋒は20代くらいの若者だった。竹刀を構える姿から、剣道三段くらいだろうとみた。


「キエーッイー!」

 奇声を発してその男は、大上段から竹刀を振り下ろしてきた。面を着けていない僕の頭を直撃したら、脳挫傷ではすまないくらいの一撃だった。

 あっさり交わし、足を払った。草薙だ。若者は板の間の道場の床にたたきつけられるようにひっくり返った。

「スピード・アイ」にはしていなかった。僕だって静剛流の師範、道場主だ。これくらいの相手にはリアルタイムで十分だった。


「全員を相手にしてもいいんだけど、時間がもったいないよ。ここで一番強そうなのは・・・やっぱり仁九郎さんかあ。仁九郎さん、五段以上でしょ?」

「ふーん。さすがだな。よし、私がお相手しよう」

 仁九郎はすーっと立ったまま、構えようとしなかった。さっきの僕の動きで、僕の技量を見切ったと考えてるんだろう。僕は5倍速に切り替えた。


 いきなり仁九郎が動いた。リアルタイムのままなら、見事な突きで僕は道場の床に血を吐いて倒れていただろう。でも5倍速で見る彼の動きはめちゃくちゃに緩慢なものだった。

 僕はすーっと持ち上がり始めた竹刀の先端部を踏みつけた。仁九郎の手から竹刀が離れる。竹刀がまだ空中にあるうちに、僕はそれを掴み、逆に仁九郎の喉元に突きつけた。そこでリアルタイムに戻す。


「ウグッ!」

「どう? 僕の実力のさわりはわかったと思うけど」

「・・・参った。いや、参りました。今の動きは何だ? あれは現実なのか?」

「うん、そうだよ。でもあのスピードは僕の本気の何パーセントも出してないんだよ」

「まさか・・・」

「じゃあ、こうすればわかるかな」

 僕は座っている弟子たちの方を向いた。100倍速に切り替える。5人の弟子たちの竹刀を取り上げ、それぞれ別の持ち主の脇に置いた。元の位置に戻ってリアルタイムに戻す。

「さあ、どうです?」

「? ・・・なにをしたんです?」

 仁九郎がいぶかしげに弟子たちを見回していると、一人の男が声を上げた。

「し、竹刀が変わっています!」

「え?」

「あ!」

「おれのも!」

「そう。いま、みんなの竹刀をそれぞれ違う持ち主のところに置いたんだ。これで、僕が何百人を相手に、一人で戦えるってわかってもらえたかな?」

「・・・確かに。今のが現実なら、君ひとりで何百人であろうが、絶対に負けないだろう・・・やっぱりあの噂は真実だったんだな」

「ま、どんな噂かは聞かないことにするよ」

「わかった。今度の依頼は鍋島先生の暫甲剣を君の体格、太刀筋に合わせて作るってことだね」

「うん、そう。いろいろ変更してほしいところもあるんだ」


 僕は仁九郎、弟子たちに囲まれるようにして工房に戻った。

 設計図とスケッチブックを出して、作業台の上に広げる。

「・・・で、(みぞ)無しの厚重ねだから、(なかご)(つか)いっぱい、肉置きを多くしてバランスを取りたい。だから刀身350㎜の短さでも重さはけっこう行くんじゃないかな?」

「そうだね、斬甲剣と同じ材質なら700から750gくらいになるかな」

 (つば)(さや)にはトリスケルマークを入れること。柄巻きと下緒さげおに使う平織の紐は僕が持参した「ニューケブラー」つまりハイポリマーカーボンファイバーを使うこと、柄の滑り止めの鮫皮さめがわはホオジロザメを使うこと。なにより、刃の材質をさらに丈夫なものにすること、だった。

 切れ味より耐久性が重要なんだ、僕の場合は。それに血糊、脳漿がこびりつきにくい作りにしたかった。


 両腕、片腕、延髄、脊椎、眼、喉、心臓、頭蓋、性器。これまでの僕の切り方を思い返してみると、この順が太刀筋の多い順だ。腕を落とすときは、あまり命は奪ってない。だから、僕の太刀筋はほとんど水平に薙ぐように切る。突く。刺す。ということになる。


「人の体以外、例えば鋼鉄を切る場合もあるけど、戦車の砲身を切るのは、デモンストレーションの時くらいだね」

「戦車の砲身!?」

「うん。もう何台も砲身なしの戦車にしてるよ」

「・・・どこで戦車なんかを?」

「横田基地」

「米軍基地?」

「うん、そう」

「基地に行って切るのかい?」

「いや。基地から廃車の戦車を僕の練習場まで持ってきてもらうんだ」

「どんなでかい練習場を持ってるんだ、君は」

「さあ、面積は測ったことないなあ。幅は20mくらいだけど、長さが数キロあるよ」

「数キロ! 東京のど真ん中で、そんな土地、よくあったな」

「廃線になった地下鉄のトンネルを改造したんだ」

「・・・めちゃくちゃな財力だな」

「いや。1円も出してないよ、僕は。小暮首相が全部国の費用でやってくれたからね」

「首相! なんという・・・」

「あはは」

「・・・」

 

 ちょっと世間離れした話なので、仁九郎たちは、乗れなかったようだ。

 あんまり情報を与えてもうまくないと思ったので、僕は話しを打ち切って帰ることにした。新しい暫甲剣、えーっと新しく名前を付けなくちゃね。その新刀を1カ月で作ると仁九郎は言った。

「暫甲剣の製法は記録を取ってあるからね。そこに混入する素材はすでに届けてくれてあるから、いまから鍛えてみるよ。同時に鍔と鞘も作る。いまじゃ日本刀作りも分業が出来なくなってきてるんだよ。うちの工房で鞘以外は何でも作るんだ。研ぎも自前。でもひょっとするとこの刀、歴史に名を残す名刀、いや、『現代の村正』になるかもしれんな」


 僕は新しい剣をどう差すかを考え続けていた。背中に忍者のように差すのは、暫甲剣くらいの長さがないと無理だ。刀身35cmの短い剣である。いろいろ短く削った木刀をベルトに差してみて、最終的に腰の後ろに背中に沿って斜めに差すことに決めた。抜くのは右手。腰の右に柄が出る。抜くときは逆手に掴んで、相手の胴を薙ぎ払うように水平に抜くのだ。


 これにはヒントがあった。叔父の家には白戸三平のマンガがたくさん置いてあった。僕はあんまりマンガを読まないんだけど、叔父が残した「カムイ外伝」というシリーズは、いろんな意味で武術のヒントが隠されているようだ。そうでなければ叔父が書斎の本棚に堂々と並べたりはしなかったろう。


 このカムイ外伝の主人公、抜け忍・カムイの使うのが短い脇差しくらいの剣。背中の後ろに差し、逆手で握って抜きざまに水平に相手の胴を薙払うように切る。「変位抜刀霞斬り」というネーミングの太刀筋、剣法だった。時には後ろで柄を左に回し、左手で抜いたり、右の順手で抜いたり、変幻自在。

 僕はこのカムイの剣の太刀筋に限りない親近感を持っていた。

 ベルトに固定するホルダーに鞘を差す。胴との角度は320度自在。カチカチと(音はしないけど)5度ごとで止まる。走るときと剣を抜くときでは角度が違うのは当然だし、抜きやすい角度を簡単に得られるようにしたかった。


 この新しい僕の剣、名前は『神威(かむい)』。

 これがこれからの僕のメインの愛刀になるだろう。なんだかウキウキしてきた。

 東京に戻って4日後に桑名の伊勢仁から「プレゼン刀」が届いた。刃渡り42cm、38cm、34cm、30cmの4本だった。ハイス鋼を切り出した模擬刀だ。

 素振り、居合抜きに没頭し、刀身の長さを決定した。刃渡り348㎜。これが「神威」の最終形となる。こだわったのでミリ単位で決めた。


 なんと2週間後、仁九郎から電話があった。

「出来たよ」

「え、もう?」

「うん。ほとんど徹夜だった。あの合金、俺をとりこにしちまったようだ。寝かせてくれないんだよ。『早く刀にしろ』ってせかされてるようだった。こんなこと、初めてだよまったく」

 仁九郎の声は、それでも弾んでいた。


 彼は道場に直接やってきた。

「斬甲剣の納品のときに父と行ってるから、案内はいらないよ」

 仁九郎はやせこけた頬に無精髭を生やしたままの顔で現れた。

「これだ」

 仁九郎は桐の箱を差し出した。 

 箱書きには「神刀 神威  伊勢仁九郎朝臣村正鍛ル (日付)」と黒々と墨書されている。先代より読みやすい楷書だった。


「おお!」

 僕はその小刀を鞘から抜いて、思わず声を上げてしまった。

 見事な出来映えだった。ふつうの日本刀よりも青黒みがかっているのは暫甲剣と同じだったが、ダマスカス鋼をもっと細かくしたような、何十本もの波紋が見える。

「君の送ってくれたあのコイン。とてつもない代物だな。あれを混ぜると、硬度が増すが、不思議なことに粘りも強くなる。でも鉄との融点が違いすぎて困ったよ」

「そう。申し訳なかったね。でもすばらしい出来映えだね」

「うん。君に送らずに、手元に置いておこうかと何度も迷ったくらいだ。その刀、太刀で打ったら、それこそ現代の村正だよ」

「レシピ、残したんでしょ?」

「もちろん」

「なら、同じように打てばいいじゃん」

「だが、材料が」

「ああ、あのコイン? あれならいくらでも送るよ」

「え! そうなのか? 送ってくれるか。いやー、これはすごいことになるぞ。あの材料でカスタムナイフや日本刀を鍛えたら、俺は歴史に名を残す刀鍛冶になれるだろう」

「よくわかんないけど、さっそく送るから、遠慮なく使ってね」

 これで未使用のまま使わなくなったのや、練習で出た使用済みの穏剣の行き場が決まった。改良点を見つけるたびにPAに発注してきたから、3,000枚入りの木箱が10箱以上積み上がってて、邪魔だったんだ。1箱50㎏もある。仁九郎にはとりあえず4箱送った。


 僕はこの小刀、「神威」に一目惚れした。

 黒い艶消し漆の鞘と、鍔にトリスケルマークがハクチョウガイで象嵌されている。柄に巻かれた組み紐は色は黒色。これは僕が提供したもので、あのPA製。ハイポリマーカーボンファイバーで編まれた真田紐(さなだひも)で、繊維細胞の構造が絹に似ていて滑らないし、繊維そのものへの血液の染み込みはゼロ。血糊がついても、水にさらせば流れ落ちる。

 そして本身。刀身が斬甲剣よりちょうど100㎜短くなった分、重心が柄に寄り、結果的に斬甲剣と比べて半分位の軽さに感じる。これで「振り回される」ようなもたつきは払拭されるだろう。この剣で切り裂かれる男たちは、切られたことを自覚しないまま落命するだろうと思われた。


 僕はこの神威で、何度も逆手斬り、順手斬りの太刀筋の訓練を繰り返した。どちらでもすんなり鞘に納められるようになった。

 ベルトに鞘を固定するアダプタも改良を重ねていた。角度の変更がスムーズで、かつカチッと止まって、丈夫で軽い。かなり難しい要求だったが、PAの技術者たちは期待に応えてくれた。


 マイクに頼んで、軍事訓練用マネキンを地下練習場にたくさん運び入れた。走りながら神威で水平に薙ぐように斬る。マネキンはケブラー仕様の防弾服を着込んでいるが、5倍速で胴体が上下に切断できた。暫甲剣では20倍速に相当する威力だ。

(これ、ほんとにすごい刀だな・・・早く人間を斬ってみたいなあ)


 仁九郎に会う前に危惧していたのが、この刀の「砥ぎ」だった。斬甲剣は普通の砥ぎ師では砥げなかった。刃の材質に合う砥石が見つからないからだ。僕は仕方なく工業用バイスを研磨できるダイヤモンド砥石を入手し、ピカティニー・アーセルに送って「水砥ぎペーパー」に加工してもらった。この耐水ペーパーを檜の板に留め、砥石のように砥いだのだ。1000番、2000番、6000番、10000番の4種類の粒度がある。大きく刃こぼれすることのない斬甲剣だったので1000番は使わなかった。10000番は仕上げ砥石だ。これで磨くとある程度鏡面仕上げとなる。


 仁九郎は神威に遅れること1週間で「神威専用砥石」を送ってきた。3000番、6000番、9000番、12000番の4種類。普通のセラミック砥石の上に約5㎜の厚さで焼成してある。これはありがたかった。僕はもっぱら12000番の砥石で丁寧に磨いた。最後に、鹿の革にさらに細かい粒度の成分を張り付けたもので磨き上げる。神威も喜んでいるように感じた。


 僕が神威の切れ味の快感に打ち震えていた午後、マイクから連絡が入った。今すぐ来るという。マイクがいきなり来る時は、何か困難な状況に陥ったときだ。

「困ったことになった」

 マイクが地下のスイートルームで、そうつぶやいた.。

 エリクソンが来日することが小暮首相から発表されて、新聞やTVのニュースで派手に伝えられて1週間経っていた。


「エリクソンは来ないようだ」

「どうして?」

「情報部がエリクソン暗殺計画を察知したんだ」

「暗殺・・・」

「そう。それもこの日本で、だ」

「え、来日を狙うの? それ、日本人?」

「いや、首謀者はアルカイダだと思う。どうやらオサマが動いているようだ。エリクソンが大統領になったら、オサマ暗殺がでっち上げだってことを知られないように、巨費を投じてでも暗殺されると悟ってるんだろうな」

「え? オサマって、あのオサマ? 生きてるの?」

「ああ。残念ながら死んだというのは替え玉だと判明している」

「ふーん。で、オサマの所在はつかんでいるの?」

「それはまだだよ。でも、このエリクソン暗殺に動いたことで、オサマの影がキャッチされた」

「・・・」

「そんな顔するなよ。まあ、ダイに依頼が来るのはほぼ確実だろうけど」

「自分たちで始末できないの?」

「ああ。情けないが簡単には手が出せない。オサマはヨーロッパに潜伏しているようなんだ。その莫大な資金力でイスラム国ばかりじゃなく、赤い国や日本のマフィアも取り込み始めている」

「なんでわざわざ日本でエリクソンを狙うのさ」

「協力者がいるからな」

「協力者? つまりヤクザ?」

「そう。麻薬撲滅運動の指揮者だしねエリクソンは」

「彼、対アラブ強硬派だしね。共和党の中でも一番のタカ派だし」

「うむ。小暮首相は困るだろうなあ」

「わかった。僕がエリクソンに話すよ。暗殺を恐れて来日を中止するなんて、お前はバカかってね」

「バカ・・・。エリクソンに面と向かってバカと言えるのはダイくらいだろうな」

「だってそうじゃん。アメリカ国内でもいくらでも危険な場所やイベントがあるでしょ? そういうリスキーなのを全部避けてて、大統領戦に勝てると思ってるの、あのバカは」

「クッ。まさに君の言うとおりだ。日本の銃の所有率はアメリカの1万分の1以下だ。こんな安全な国は世界中探してもないよ」


 僕はその場でエリクソンにTV電話する事にした。

「やあ、久しぶりだね」

「おお、MR.DAI。君には何度救われたか。感謝しているよ。で、TV電話を掛けてきたのは、あの件かな?」

「どの件?」

「またあ。判ってるよ。来日を中止してDAIの顔を潰すなって言いたいんだろ?」

「そうさ。そんな臆病さを選挙民に晒すのかい?」

「それは・・・だが、今度の暗殺計画はかなりヤバいんだよ」

「あんたが殺される確率の中に、僕がそいつらを殲滅するってプライマリーは入っているの?」

「え? そうなのか? 君が阻止に動いてくれるのか?」

「ああ。ミッションとして、正式に依頼されれば、だけどね」

「判った。データはまとめて君のオフィスに送らせる。いや、そういうことなら演出してもいいか?」

「いいよ。暗殺計画が察知されたけど、あえて来日する勇気ある大統領候補者、ってことだろ?」

「君にかかっちゃ、こっちの選挙プロデューサーも形無しだな。うん、そういうことだよ。私はいま、50%強の支持率で伸び悩んでいるんだ。それを一気に上乗せできるなら、今回のリスクはかえってアメリカ国民の好感度をあおることになる」


 ということで、ミッション#3の発令となった。

 マスコミ操作はエリクソンのお手のものだ。

「テロ、暗殺の計画が発覚した」「来日は危険だから、中止を検討する」

 この報道がアメリカ経由で日本で報道され、小暮は苦しい立場に立たされた。

「なあ、なんとかならんのか? 警備は超厳重にする。テロや暗殺なんて起こさせないさ」

「甘いねえおっちゃんは。暗殺に拳銃やマシンガンや爆弾を使うレベルだとしか考えてないんだろ?」

「違うのか?」

「まあ、短距離ミサイルがエリクソンの国会訪問中に議事堂に飛んでくるだろうね」

「ミサイル・・・中止だな、これは」

「ほんとにあんた、これからも日本の指導者でいるつもりがあるのかい?」

「それは十分あるが」

「だったらこの暗殺計画を利用するんだね」

「利用?」

「僕、もうエリクソンとは話を付けてあるんだ。最初は来日を怖がってたけど、勇気ある大統領候補っていう絶好のPRの機会を捨てるのかってつついたのさ」

「え? じゃあ、エリクソンは来るのか?」

「来るよ。ただし、僕がテログループを殲滅するっていうのが条件だけどね」

「そ、そういうことか・・・頼む。やってくれるよな?」

「なにを?」

「だからー。その暗殺者たちの殲滅だよ」

「いいよ。でもこんどはけっこう国内で派手な殺し合いになるかもしれないし、マスコミをうまく操作できるの? 僕のこと、取材陣や警察からフリーに出来る?」

「それくらいできなくて、この官邸に住んでられるかってなもんや三度笠」

「?」

「いや・・・じゃあ、エリクソンは来ると考えていいんだな?」

「そうだよ」

「わかった。いや、君は陰の首相だな」

「ふん。私的殺し屋くらいにしか思ってないくせに」

「おいおい、そういじめるなよ」


 エリクソンが指示するまでもなく、CIAと日本の公安からデータが届いた。今度の調査はかなり精密だった。組織のメンバーの上位、使われそうな武器、エリクソンの日程と警備体制、危険度の高い順に並べられた通過経路、などなどだ。でも日本における「実行部隊」についての詳細なデータが少ない。

「ねえ、これ、僕に探し出せってこと?」

「いや、申し訳ない。日本の公安の調査能力はこんなものなんだ」

「しょうがないなあ。やるけど、面倒な、地味な調査なんてしないよ」

「?」

「関係者としてここに書いてある組織の全部をぶっ潰すってこと」

「おいおい、またまた物騒なことを言う。日本の暴力団の3つ、全部殺すってのか?」

「それだけじゃない。ここに出てる商社と運輸会社も潰す」

「きみの言う『潰す』ってのは、メンバー全員を殺すってことだろう? えーっと、ざっと2千人くらいになるぜ」

「だめ?」

「無関係な日本人もいるはずだ」

「じゃあ、その人たちの『白リスト』を作らせなよ。まず無関係って人のリスト。その人たちには手を出さないで実行するからさ」

「うーん」


 僕の地下の部屋で、マイクと小暮が頭を付け合わせてプリントアウトされたデータに見入っていた。

 このふたり、バックギャモンで仲良くなったらしく、このところしばしば僕の部屋に来てはサイコロを振って遊んでいる。僕の部屋には「日本バックギャモン協会」の公式ゲーム盤しかないけど。


「白リスト」が届いたのは、エリクソン来日3日前だった。

「3日で1600人殺すのかあ。ちょっと派手すぎないかな?」

「仕方ないだろう。ほとんどが暴力団員と北のスパイだ。遠慮しなくていいよ」

「おっちゃんは気楽だなあ。何人か残して、エリクソンとおっちゃんが握手してるところを狙撃させようかな」

「お、おい。そういう冗談はやめてくれ」」

「冗談だけど、3日しかないからな。残党がでる可能性はあるよ」

「当日、きみに警護を頼むよ」

「いいけど、あのSPのリーダー、また僕をいじめるだろうなあ」

「何言ってるんだか・・・。いじめるのは君の方じゃないか。それから、ほかに人がいるときは、その『おっちゃん』っての、やめてくれよ」

「はいはい小暮首相閣下」

 この時点では、このミッションが、あれほどハードなものになるとは思っていなかったので、こんなバカ話を交わしてられたのだった。


 情報を分析する。

 1600人全部を殺す必要があるのかといえば、それは組織の作られ方による。ヒエラルキーの最上部にはアイルランドとウクライナとシリアに分散しているアルカイダの3人の幹部が立っていて、その3人が首謀者であるのは間違いない。

 3人の幹部を殺す前に、その所在地を探らなくてはならない。数か月前に来日して、どこかに潜んでいるらしい。時間的に探し出すのは無理だった。まして整形して完全に姿を変えているというオサマを見つけるのは不可能だ。でも・・・アイルランドねえ。なにか縁があるのかなあ・・・


 次に抹殺人数を少なくできるのは、第2階級の人間たちを殺すこと、だったが、この組織は大部分を関東の暴力団の組長レベルの男たちが占めていた。

 なぜ右翼に近しい、こういった暴力団がエリクソン暗殺に加わることにしたのかは謎だが、CIAとFBIの情報をみると、やはり麻薬がらみらしい。アフガニスタンからは大麻やマリファナなどの植物系、北朝鮮からと思われる覚醒剤、ウクライナからは少女たち。少女は麻薬というより「媚薬」だけどね。

 そういった「エサ」につられるとしたら、対アラブ強硬派で、かつ薬物の徹底排除でコロンビアへの出兵案を議会に提出した過去を持つエリクソンは、彼ら暴力団にとってはアルカイダと利害関係で一致する。 ・・・うーん。それだけじゃまだピンとこないけどなあ・・・


「仕方ないなあ。実行部隊を全部潰すしかないか」

 暗殺に何人関わるのかなんて判るわけないし、ましてそれが誰なのかなんて、探ろうとする方がバカだ。あと3日だよ。

「警察は見ないふりしてくれるんだろうね?」

「ああ。もちろんだ。エリクソン来日で大警備体制を敷くからな。その手薄な時期を狙って、暴力団同士が抗争を始めたが、ヤクザなんか勝手に殺しあえ。そういう世論操作をするつもりだ」

「OK。じゃあ、ちょっとやっかいで骨の折れる仕事になりそうだけど、がんばって殺してくるよ」

「ああ、頼むぞ。でも何だなあ。高校生に大量殺人を依頼する一国のトップなんて、古今東西皆無だったろうな」

「まあ、僕のことは、おっちゃんの中にしまい込んで誰にも言わインないことだね。いま、『弟子』を育てているところなんだ。まだまだ僕に遠く及ばないけど、世界最高の暗殺者には違いない。僕自身は『人間のレベル』では比較できないから、追いつかれることはないだろうけど、並みの人間なら、何人で周りを固めても、ターゲットにされた人間は必ず殺されるだろうね」

「今回その弟子を使うのか?」

「いや、僕一人でやるつもりだよ。手にあまると思ったら呼ぶけどね」

「今度紹介しろよ」

「いや、彼は隠し玉だ。誰かが僕を謀略で殺したら、そいつを抹殺する。だからおっちゃんにも隠しとくんだ」

「・・・」

「黙り込んだってことは、その可能性を否認しないってことかな?」

 と突っ込んだ。政治屋ってのはこんなもんだと判っていたけど、ちょっと頭に来たので、バッグから封筒を一つ取り出した。


「こ、これは私の・・・」

 小暮はこれ以上言葉を出せなかったようだ。僕がテーブルの上に投げ出した封筒に入っていたのは、小暮の個人情報だった。

 一緒に住んでいる家族。愛人2人。まだ生きている両親、妻側の5親等、小暮自身の6親等までの、すべての人間の住民基本台帳と写真をリストにしたもので、総勢75人に及ぶ。

「この人数なら、実働10分だろうな。弟子でも一日あれば十分じゃないかな」

 僕は一番大きく焼いた、2歳くらいの孫娘を抱く小暮の写真を指で押さえた。

「わかった。絶対、誓って君を裏切ったりしない」 

「こういう世界は、信じられるのは自分自身とお金だけだ。まあそれはおっちゃんの世界も同じだろうけど。でも政治の世界は、『即・抹殺』ってことは少ないでしょ? ほんとの『死』じゃなくて、『政治生命』が絶たれるくらいが関の山でしょ? 秘書を自殺に追い込んだりってのはあってもね」

「あ、ああ、まあそうだな」

 小暮はショックから立ち直っていないようだった。

「そんなに落ち込まなくていいよ。おっちゃんにとって僕の利用価値はまだまだあるんだろうけど、僕の方でもいろいろやってもらいたいこともたくさんあるんだ。エリクソンが大統領になるときまで、首相でいてよね」

「そ、それはそうだ。絶対守ってみせるよ総理の座は」


 こんな会話のあと、僕は地下練習場に行った。

「ニュージャージー州ピカティニー・アーセナル」という焼印の押された木箱が5つ届いていた。米軍の兵器研究所の名称だけど、これまでこの焼印はペンキで隠されていた。もう僕には何も隠す必要はないって判断なんだろうね。決断が遅いよ。

 バールでふたを開ける。中には戦闘服の改良版と、最新改良版の隠剣3,000枚。静竜の矢1,000本、9mmパラベラム弾1万発。静竜の改良版。それらを一つずつ倉庫の棚に運び入れ、全部の性能検査を行った。

 

 まず戦闘服。ヘルメットは自転車用のものと完全に同じ外見になっていた。隙間があるように見えるが、そこも巧みに黒髪を擬したハイパーポリカーボネートでカバーされ、それには無数の通気孔があけられていて、蒸れがかなり軽減される。

 赤外線暗視カメラはかなり鮮明度が上がっていて、それに加えてゴーグルにはズーム機能がついた。赤外線ではなく、通常映像でもかなり鮮明に20倍くらいまでは見える。この機能が加わったのはありがたい。ツァイスの双眼鏡を持って行かなくて済むからね。


 ニューモーゼルは有効射程距離880m。300m以上離れるとかなりいい加減な狙撃になるけど、銃の癖が完全に飲み込めているから、ゴーグルの能力を加味すれば、相当な距離をおいても射撃できる可能性が出てきた。

 僕は20発カートリッジをつけたモーゼルを持って地下の練習場に行った。標的を一番後ろの土嚢の前に置き、100mくらい離れたところから試射を始めた。

 最初はゴーグル越しの映像になれなかったが、次第にコツが判ってきて、マネキンの心臓や頭部に弾が集まりだした。

「まあ、これなら実戦で使えるな」


 ニューモーゼルは、半分は遊び、というか趣味で撃っている。手に来る反動が気持ちいいんだもん。完全に「ガンマニア」だよね。

 この試射の最後には、300mでも40%近くマネキンの頭に当たるようになった。


 静竜はいろんなタイプを注文してあった。これまでの実戦の中で、斬甲剣との二刀流で相手の頭をたたき割ることが、考えていたより数倍多かったからだ。

 ある程度は重くないと斬甲剣とのバランスが悪かった。剣は約800g。中空の静竜を300g近くまで重くするには、これまでの合金だと長さが60cm近くなってしまう。何とか実用的な40cmに収めるには・・・ということで、試しにコインの「隠剣」と同じ金属配分で作ってもらったものが一番しっくりきた。

 20倍速くらいのスピード・アイでこれを振ると、実戦用マネキン、つまり米軍で使っている「人間と同じ硬度と重量」を持っている標的の頭をあっさりと粉砕できた。

 その「静竜」の矢の方はそのままだった。矢のバランスは大変良くて、破壊力もそこそこある。1本で1人、静かに殺すには最高の武器だ。的中率はダーツの大会に出れば優勝できるくらいに上がっている。これは僕の練習のたまものだけど。


 そして「隠剣」。500円玉に近いサイズだけど、もっと重い。1枚15g。これは変更改良なし。破壊力は僕の肩の力が増すに比例して大きくなっている。いまでは50倍速で米軍戦車や装甲車の甲板を軽々と突き抜ける。人間に投げれば、1枚で十数人の体を突き抜けてしまう。で、投げるときのスピード・アイの倍速を押さえなければならないのがちょっとやっかいだった。まだまだ未完成の武器、いや、僕の技量不足と言えるだろう。

 このコイン「隠剣」は、専用ベルトを作らせた。バックルの真ん中のボタンを押すと最初の1枚がせり出してくる。その1枚を抜き取ると次の1枚がせり上がる仕掛けだ。これでリアルタイムで1枚2秒。20倍速なら、仕込んだ20枚全部を2秒で投げられる。「銭形平次」だねこれ! 確かにコインを敵に投げつけるというのは、アナクロニズム、前時代的な武器だろうな。

 この穏剣も練習が進んでいる。戦車は隠剣1枚でストップさせる自信がついた。人間を殺す武器としては威力がありすぎるかもしれない。


 全部の武器を持つと、けっこうな重量になる。ひとりで殴り込み!に行くとなると、行動の自由を確保するために、武器を厳選する必要があった。

 神威。静竜1本。その矢20本入りカートリッジ2本で40本。隠剣。ベルトに仕込んだ20枚と、カートリッジ3個の計80枚。これが身軽な装備の基本だった。戦闘服は水に入る可能性のあるときは、ヒーターで暖める専用のウエットスーツタイプにするが、地上戦用は防弾性能をより強化したハイパーカーボン繊維製の動きやすいタイプ。ヤクザが日本刀で切りつけても、バットを受けるくらいの衝撃で、骨には響くけど一切切り傷にはならない。


「遊び心」とは言わない。でも、趣味の「拳銃撃ち」は精神的な均衡を保つのには必要なんじゃないかな? だって高3の男の子だよ僕って。その17歳の少年が1000人以上のヤクザと対峙するんだ。遊びの要素を入れない「殺しの機能優先」では、心のバランスが取れない。PTSD(心的外傷後ストレス障害)じゃないけど、けっこうキツイものが残るってこと。で、かさばるけど、今度もニューモーゼルを持っていくことにした。

 現場に残る大量の9mmパラベラム弾の薬莢と、何かの冗談のようなコイン、隠剣。それに吹き矢の矢。こんどは日本の警察に、僕という「暗殺者」「大量殺人者」の痕跡を残さざるを得ないだろう。

 「ひとつずつ、組を潰すしかないのかなあ」

 なんともやりきれない思いが僕の心を重くしていた。 


 エリクソンが来るというので警備体制が強化された木曜日の朝。僕はまず、一番自宅に近いところに本拠のある「関東組」のビルを襲った。

 全く無警戒。監視カメラはダミーだし。

 僕はピッキングで玄関ドアを開け、そのまま1階の事務所に入った。デスクの上には無造作に拳銃とか、自動小銃が置いてある。

(こりゃ程度が低いな)

そう思った。

 僕は神威1本で勝負することにした。いよいよ神威がその威力を示してくれるのだ。


 階段を上がると、食堂だった。アルコールとタバコの臭いが立ち込めている。

 男が30人くらいいた。腰から神威を抜き放つ。

「なんだおめー?」

 酔眼の男が椅子から立ち上がろうとしたとき、50倍速に切り替えた。部屋の中にいた半分くらいの男は僕の存在に気づいただろう。しかし、僕が一人で彼らを煽滅しにきた刺客だと思ったのは皆無だったに違いない。あまりに「場違いな」存在だからね、僕って。


 真っ黒い、異様なスタイルの170cm足らずの、やせっぽちな少年が一人で立っている映像しか彼らの目には映らなかったと思う。

 僕は神威をふるった。近くにいる男たちから首や顔、頭、心臓を刺し、切り、断ち割っていく。

(なんて刀だ!)

 僕はヤーさんたちを切りながら、歓喜に震えていた。リアルタイムで僕の表情が捉えられたら、まるで悪鬼のようだっただろう。あるいは遊園地で遊ぶ幼稚園児? 

 ニタニタ笑いながら、人を両断して走り抜けているのだから、不気味な映像だろうと思った。

 斬甲剣とはまるで切れ味が違う。抵抗感なさ過ぎ! 何にたとえればいいんだろう? 豆腐を包丁で切る感じ? ちょっと違うけど、そんなところかも。


 その間リアルタイムで20秒。50倍速だから0.4秒。だれも、ヤーさんたちは何も出来ないまま絶命した。

 血が吹き出る前に僕はその部屋を出た。ドアを閉める寸前にリアルタイムに戻す。30人の男たちは声もなく首や頭や顔から大量の血液を吹き出しながら倒れていった。


(さて、次は3階だな)

 階段を駆けあがる。2階の惨劇は音がなかったので、まだ誰も襲撃には気づいていないはずだ。3階には4つの大部屋があった。ひとつずつドアを開ける。神威で中にいる男たちを殺していく。飲んでいる者、会議中の者、寝ている者。何の区別もせず、ひたすら殺し回る。3階では約60人を殺した。


 4階。ここは個室が12あり、それぞれ女たちの部屋だった。

(ヤクザってのは必ずこういった「処理用フロア」を事務所に作るんだな)

 その4階では、女に乗っている8人の男と9人の女を突き殺した。腰の延髄を突き刺す。下でペニスに貫かれている女の体も一緒に刺し通すのを躊躇していられなかった。悲鳴を上げられては後が面倒だからだ。かわいそうに思ったが、少女がいなかったのでそのまま殺し回った。


 5階から上3階分。その3フロアは男たちの住居スペースのようだった。静かな殺戮のおかげで、まだ誰も僕の殴り込みに気づいていなかった。僕は少々疲れていた。すでに100人以上を殺している。

 確か、関東組は事務所に300人くらいが集結しているという情報だった。

(あと200人か・・・めんどくさいなあ)


 僕は1階に戻った。部屋の入り口近くにキーボックスを見つける。開けると数本の自動車のキーが掛かっていた。

 全部を持って、地下の駐車場に降りる。8台ある車をキーで開ける。6台がすぐにドアを開けることができた。

 僕はガソリンタンクのふたを開けた。ガソリンに火をつけて、このビルごと燃やしちまおうと思ったのだ。

 よく考えたら、まだ神威以外の何の武器も使っていない。


 僕は隠剣を使ってみることにした。逃げるルートとドアが開けてあるのを確認してから、コインを車のガソリンタンクのある部位を狙って投げる。

「カシュン!」という金属音を立て、車に細長い孔が空いていった。ガソリンの臭いが立ちこめ始める。

 8台の車に孔を空け、全部の車からガソリンを漏れるようにしたところで僕はドアのところから、ニューモーゼルを抜き、車体を撃ち始めた。


 10発くらい撃ったところで、1台の車が爆発を起こした。あわてて500倍の超アイに切り替える。炎の先端が僕の体を包み込む寸前だった。戦闘服はこれくらいの炎では何ともないはずだったが、ゴーグルを下げておくのを忘れてたんだ。


 僕はドアを出て、道路に立った。

 見る見るうちに連続的な爆発音とともに焔が燃え上げって行った。上階が騒がしくなった。火事に気づき、窓から飛び降りる奴が必ずいる。

 僕は銃の残りの弾数を確認した。

(9人は殺せるな)


 窓から次々と男たちや女たちが飛び降りてくる。3階フロアから飛び降りる女たちのほとんどは骨折くらいで済むだろう。でも、男たちは15m以上の高さから飛び降りるのだから、そのまま墜落死する者も多い。でもしぶとさが身上のヤクザさんたちだった。落ちてから立ち上がってくる者も結構いる。

 僕はまずモーゼルで射殺していった。9発撃ち尽くし、弾倉が空になったので、ホルスターに収めた。

 次は隠剣だ。ベルトのバックルのボタンを押す。1枚が滑り出す。それを抜き、男の心臓に向けて投げる。がつんという音がした。

 男の体を貫通し、後ろのビルの壁を突き抜けたのだ。

(あらら、もっと速度を落とさなくっちゃ)

 10倍速にした。これでコインが人間の体の中にとどまるくらいだろう。


 隠剣を20枚使いきり、さて次はどうしようかと思ったが、まだまだ飛び降りてくる。

 もっとも今では6階以上のフロアから飛ぶ者がほとんどになって、落ちてから起きあがる者がいなくなった。


 僕はニューモーゼルの弾倉を新しいものに換えた。周りのビルは深夜でだれもいないのか、管理人さえ出てこない。

(そうか、銃声が連続する暴力団事務所をノコノコ見に来る奴なんていないか)

 僕はもうだれも落ちてこなくなったのを待ってからビルに近づく。なんとか顔を持ち上げ、僕を見る男が何人かいた。僕はその男たちの額の真ん中に銃弾を撃ち込んだ。


 こうして最初の襲撃が終わり、300人を有するひとつの組が消えた。



「深夜の暴力団事務所炎上」

「対抗組織の襲撃か? 300人以上が死亡」

「焼死体から銃弾と謎のコイン。惨殺後放火された模様」

「他の組織は沈黙。幹部たちは関与を否定」

 こういうニュースが翌朝のテレビで流れている。


(これから、「隠剣」は眼をつけられるんだろうな)

 もう実戦では必ず使わねばならなくなっていた。それは仕方のないことだった。製造元が米軍関係の工場であることまでは突き止めるかもしれないが、それ以上の追求は絶対に無理だろうね。

 それにあの15gのコインをどうやってライフル並みのスピードで発射できるのか、それは想像もできないだろう。警察も検察も頭を抱えるのがオチだ。何しろ手で投げるんだからね。火薬の痕跡はゼロ。


 僕の指紋は、猛スピードで何かを通過するときに完全に消え去ることは、何度も実験し、岸田総監経由で石神井合同庁舎にある科学捜査研究所第二法医科で分析してもらってあった。鉄を突き破るときでも、コンクリートでも、同じだった。

 ただ、人体を貫通したときにどうなるかは、実験しようがなかったけど、今朝の襲撃で3人を貫通したのを拾ってあったんだ。

 後日検査結果が送られてきたけど、指紋は検出されなかった。

(5倍速くらいでゆっくりと投げると残るかもしれないな)

 隠剣は20倍速以上で投げる。それじゃなきゃ使う意味のない場面で使うからだ。人を倒すだけなら、静竜で十分だもん。


 静竜の矢も米軍のPAに依頼して作ってもらっている。そしてカートリッジに装填する際、ゴム手袋を使い、セットするのは口だから、DNA鑑定されればわかるかもしれないけど、人体に食い込んでいるのを取り出す際に、死体の血液や脳漿だらけだから、僕のわずかなDNAなんて検出不能だろうと思う。


 そいうことで、僕の指紋やDNAが何かで登録されても、襲撃犯とマッチすることはないだろうというのが総監の結論だった。

 たとえマッチしたところで、それをどう使えば重火器並みの殺傷力を生み出せるのか。それが証明できなければ、結局僕には手が出せない。


「残りの暴力団をつぶす必要、あるの?」

 首相官邸で贅を尽くした和食の朝ご飯をごちそうになりながら、僕は小暮に聞いた。

「うむ。あの大虐殺で、この計画から手を引くと見られる組も出てきたのは確かだ。だが、あの岡田組はあきらめてはいない」

「大虐殺ねえ。させといてひどい言い草だな。でも、その連中、しぶといというか、今度の結果が理解できないバカと言うか、まあ根性はあるね」

「岡田組は、もともと半島出身者の集まりだった。戦後すぐは北と南は同じ国だったから、今でも北とつながりが強い。日本に入ってくる覚醒剤の80%近くは北から田岡組、っていうルートなんだよ」

「で、岡田組全員を抹殺しろって言うの?」

「そんなことは不可能だよ。いったい何人いると思ってる?」

「準構成員を入れると、4万人くらいってネットに書いてあったと思うけど」

「なんだ、よく知ってるんだな。そう4万人だ。そんな数、いくらなんでも全部消す訳にはいかんだろう」

「まあ、時間をかければ不可能じゃないと思うけど」

「だめだめ。殺す数が多すぎる。で、岡田組の組長の娘婿がかしらになってる東京支店がある」

「支店?」

「ジェス・エスクァイヤ。これがその暴力団の名前だ」

「ひえ~。ずいぶんスカしたネーミグだね」

「そうか。君は英語が完璧なんだったんだな」

「米語は苦手だけどね。クイーンズ・イングリッシュで育ったから」

「ますますもってイヤみな男の子だなあ」

「雑誌とどんな関係があるっての?」

「いや、そのへんは知らん」

「まあいいや。エスカイヤ・クラブを経営してる訳じゃないでしょ?」

「それは違うだろうな」


 それからしばらく話し込んだけど、結論は「ジェス・エスクァイヤ」を殲滅してほしい、ということに尽きた。

 岡田組の東京の拠点が今回の計画実行の要であることは明らかだったからだ。

「今夜はちょっとキツいかもしれんな」

 首相がそう言ったのは、今朝の襲撃がどういう意味なのか、当事者であるジェス・エスクァイアの連中は理解しているということを指している。

「そうだなあ。今夜の襲撃に備えて、神戸から大量に人員が増強されるだろうな。じゃあ、眠いけど、いまから行ってくるよ」

「今から?」

「深夜に来ると思ってるだろうから、これからの方がいいんだよ」

「まるで宮本武蔵だね、君は」

「そう。戦略は参考にすべきだと思ってる。いつもひとりで大勢と戦うんだからね」

 本当は『孫子』や『六韜』の方を読み込んでいるんだけど、そんなことを話す必要はない。


 徹夜明けで眠かったけど、女性を一晩中相手するよりずっと体の疲れは少なかったのだ。

(快感はこっちの方が大きいなんて言ったら、女性たちに殺されるな)

   

             *   *   *



 組事務所、いや会社事務所は千代田区の九段北にあった。

 JR中央線、総武線の市ヶ谷駅、飯田橋駅が近いのかな? あ、元朝鮮総連ビルがあるじゃん。なるほどねえ。このビル、お堀の堤から見えそうだね。うーんと、なんかでかいビルがあるな。「ボアソナード記念会館」? ああ、法政大学校内か。昼間襲撃すれば大騒ぎになりそうだなあ。


 僕はグーグルアースで組の周辺を見て回ったのだけど、閑静な住宅街というわけではないことわかった。大学生に見えなくもないけど、不自然な戦闘服でのこのこ出かける訳にもいかなそうだ。

「ああ、逓信病院があるか。じゃあ神威は松葉杖に隠していこう」

 こういうときのために、カムフラージュの道具はいろいろ準備してあるんだ。アルミの管はちょっと不自然に太くなるけど、神威を下部の1脚、静竜を手で持つ方の二股の中にしまう。静竜の矢のカートリッジをもう一本の方に隠す。


 背中のザックにニューモーゼルと弾倉。それに隠剣の予備ケース。それからマイクに送ってもらったプラスチック爆弾と雷管と起爆タイマー。焼夷薬は液体。色はコーラっぽい。実際、コーラの瓶に入っている。

 戦闘服の上にスポーツ・ジャケットを着て、ヘルメットをかぶる。

 戦闘服はハイパーカーボンポリマー製。ウエットスーツにそっくりな外観だけど、防弾防刃性能はすばらしい。ヒーター&クーラー機能があるから、1年中使える。そのタイツ状の戦闘服の下半身には、ダボダボのカーゴパンツをはいた。

 靴は革製スニーカーだが、つま先に強化プラスチックを仕込んである。50倍速以上でこのつま先で蹴られたら、人の骨は一瞬で砕け散る。試してみたら、マンションのスチール製ドアも簡単に蹴破ることが出来た。


 まあ、一見ふつうの高校生が足を怪我して逓信病院に通院している。そう見えるように偽装して、僕はジェス・エスクァイアの自社ビルに向かった。


 現地に着いたのは午前10時少し前だった。

 黒塗りのベンツが2台、他の車は路上駐車ができないらしく、ビルの前には停めていない。

 やけに静かだった。ビルのエントランスにも、周辺にも人影がない。


 僕はこのビルが特殊な建て方をしているのをグーグルマップで見て気になったので、小暮に資料を出させた。

 まるで要塞だった。窓が殆どない。地上5階なのに地下4階もある。その地下はふたつ隣のビルに続いていた。その雑居ビルも登記は岡田組である。僕はその雑居ビルの方から攻めることにした。

 

 4階建てのそのビルは、1階が1フロアごと居酒屋だった。まだ開店前でシャッターが降りている。

 裏に回った。

 ビールケースや段ボール箱、トロ箱が積み上げられたところにアルミのドアがある。僕はピッキングでそのドアを開けた。中は暗い。少し進むと店の厨房に出た。1階を調べて回るが、最初は地下への階段が見つからなかった。


 厨房に戻り、冷静に観察する。店の規模に比べて、不釣り合いに大きなパントリーが気になった。厨房の冷蔵庫と同じタイプ、両開きの扉の業務用冷蔵庫がもうひとつおいてある。

 扉を開ける。

 見事に空だった。その背板部分は取り払われて大きな口を開けていた。ゴーグルを下げ、暗視カメラを向けた。奥には階段が続いていた。

(ここから逃げるんだな。じゃあ、ここを塞げばいいか)

 僕は冷蔵庫の足下を見た。キャスターがある。ちょっと気になったけど、神威を取り出し、鞘を払う。薄暗い部屋の中で、神威の冷え冷えとした青黒い刃が光った。

(硬いもの切るけど、かんべんね)


僕は床にかがみ、冷蔵庫の底に大きなまな板を差し込んだ。

100倍速に切り替えてキャスターに神威を振う。

「ピキッ!」という小さな音と少しの抵抗感を残し、キャスターのひとつが切断された。ゆっくりと冷蔵庫が傾き始めた。後ろの方のキャスターも切る。反対側に回り、残り二つのキャスターを切る。傾き始めてまだ止まらない冷蔵庫を見ながら、リアルタイムに戻す。


「ズシン」という振動と音をたてて、冷蔵庫は底をまな板に付けて止まった。これで内側から押しても簡単には動かせないだろう。

 冷蔵庫の両開きの扉の取っ手にシャッターを引き下げる鉄の棒を通し、両手で押し下げて曲げる。これで扉は内側からは開けられない。


 神威の刃を見る。まったく引っかき傷さえ見えない。

(ふーん。斬甲剣より丈夫だろうとは思ったけど、これなら戦車を両断できそうだなあ)

 そこら中の重そうなもの、ビールの瓶のケースやテーブル、椅子などを扉の前に押しつけて塞いだ。

(まあ、これでいいかな)

 僕は裏手のドアから外に出た。ドアの鍵を逆ピッキングで閉める。

 外に出る前に松葉杖をビールケースの陰に隠し、ジェス・エスクァイアの本拠地のビルに向かう。


 いきなり玄関のドアが開いた。男が二人立っていた。

「なんだ? 何か用か?」

 手前にいた男が言った。

「うん、このビルにいま何人いるの?」

「はあ? おまえ、何か勘違い・・」


 面倒だったので、神威の切っ先をその男の眉間に突き立てた。崩れ落ちる時に100倍速にした。後ろの男はスマホをいじっていて、自分の前の男が死んで倒れていくのにもまだ気づいていない。その男も神威で延髄を断ち切った。


 中に駆け込む。

 めちゃくちゃな大人数がいた。イスに座ったまま、あるいはテーブルにつっぷしている者。ほとんどがいろんな武器を体の近くに置いたまま自堕落な姿勢でくつろいでいた。

 僕は神威で一人ずつ殺していった。1階にいたのは47人。エントランスに出た2人を合わせると49人だ。


 最初は静竜と神威の二刀流でいこうと思ったんだけど、神威だけのほうが疲労度が低いということがすぐに分かった。静竜だと頭蓋骨を叩き割らなければならない。いかに100倍速でも、次第に腕に乳酸が蓄積してくる。


 神威。100倍速の神威は圧倒的な切れ味だった。右手に逆手で握り、刃が横腹あたりに来るように構えて相手の脇を通過するだけだ。血漿の筋ひとつ引きずらず、すっぱりと腕と胴体の半分を断ち切り、僕の右手にはほとんど抵抗感すら残らなかった。

(うーん。凄すぎるかも!)

 僕はなんだか舞台でひとり剣舞を踊っているような錯覚に陥っていた。

 リアルタイムだと4秒くらいで全部を始末した。

 僕が出入り口のドアを閉めるまで、その階で発生したのは体から吹き出し始めた血や脳漿が床に落ちる音だけしかしなかっただろう。


 2階に上がる。会議室のような部屋が4つある。様子をさぐると、そのなかのひとつに何人かいる。僕は背中のバッグからモーゼルを取り出し、弾倉を確認した。

 いきなりドアを開ける。5倍速に落としていた。男たちは30人くらいだ。テーブルに置かれたテレビを見ていた。ドアが開いたので一斉にこちらを見た。モーゼルを一人ひとりの顔の真ん中に撃ち込んでいく。

 20発全弾撃ち尽くした後、静竜を吹く。一人だけめちゃくちゃ拳銃を引き抜くのが早い男がいた。その男の手に静竜を打ち込み、あとの男たちは目や額、こめかみに矢を撃ち込んで殺した。

 

 リアルタイムに戻す。

 手の甲に穴の開いた男が、バタバタ、ドサドサと倒れていく仲間の姿を驚愕の表情で見回していた。

「お、おまえ、だれだ?」

「だれって、掃除屋だよ」

「掃除屋?」

「ああ、おまえたちみたいなゴミを片づける損な役回りさ」


 のんびり会話してる暇なんかないので、静竜の矢をその男の額に撃ち込んだ。でも僕も焦ってたんだろう。会話するためにリアルタイムにしたままだった。矢は「コシュッ!」という音を立てて男の額に突き立った。

「痛ってー!」

 男が吠えた。

「あらら、間違えちゃた。ごめんね、ちゃんと殺したげるからね」

 そう言って静竜を構える僕に、その男が叫んだ。

「まて、待ってくれ。てめえがあの関東組をやったんだな?」

「そうだよ。だから眠くて仕方ないんだ。早くここも済ませて、おうちのベッドで寝たいんだよ。でもあんた、肝が据わってるね。助けてもいいよ。他に何人このビルにいる?」

 男は苦渋に満ちた顔になった。

「面倒だって言ったろ? あと3秒だ」

 僕は静竜を構えた。

「待て。わかった。おまえ、ただ者じゃないな。こんなこと、少年にできるはずがない」

「もういいよ」

 僕は50倍速に切り替え、静竜でその男の額を撃ち抜いた。こんなカッコつけ男も多い。時間をかけてるのは無駄だ。


 モーゼルの射撃音で、ビル全体が目覚めたようだ。ヤクザの大集団が動き出した。

(こうなったら、派手に殺しまくるしかないな)

 僕は100倍速にアップした。駆け回り、神威で斬りまくり、静竜で射殺し、弾倉を頻繁に交換しながらモーゼルを撃ちまくった。

 銃を100倍速で撃つときは、手ぶれに注意することが必要だ。スローシャッターの時に写真が手ぶれしてることが多いのと同じだと思う。銃身の中を100倍ゆっくりと走ってゆく弾が、完全に銃身から出切るまでは固定しておく必要がある。だから面倒なんだ、銃とか弓系の武器は・・・


 4階までいった。4階は岡田支店長の自宅のようだ。男が一人、パジャマ姿でマシンガンを構えていた。

 マシンガンって、持つ人間の心理を変えるようだ。負けるはずがないという自信過剰を、持つ人間にもたらす。

「おめえか。なんだい、子供じゃねえか」

「そうさ。その子供におまえの組は全滅させられるんだ」

「全滅?」

「僕がここにいるってことがその証拠だろ?」

 組長は無言でマシンガンを僕の方に向けようという動きを見せた。「こんな子供だが、殺すべきだ」と考えたんだろう。

 僕はスピード・アイを100倍に固定し、駆け寄ってマシンガンを握る組長の両手を神威で断ち切った。急いで離れる。ゆっくりとマシンガンと手首が腕から離れ、それを追いかけるように血が水平に吹き出す。

 組長はまだ自分に起きた事態を理解していない。悲鳴が出るのはリアルタイムの感覚では2、3分後だろう。

 でも、僕はそんな暇をかける気はない。弾倉に最後に残ったモーゼルの弾を2発、組長の両目に撃ち込み、地下に降りた。

 息を潜めて反撃を狙う組員がまだ何十人、いや何百人も地下にいるはずだった。逃げる先の出入り口は塞いである。簡単に開けられるものではない。


 僕は100倍速のまま一番下のB4階に降り立った。何人もの武装集団が待ちかまえているが、その人混みを無視し、階段の下に焼痍薬の瓶をたたきつけた。

 ツンと鼻を突く臭いがした。プラスチック爆弾を階段の踊り場にセットする。リアルタイムで5秒後に爆発する。ゆっくりとはしてられないけど、スピード・アイ状態の僕にとっては8分以上ある。

 階段を使わず、エレベーターを使おうとしている自分に気づき、はっとした。

「ああ、疲れてるんだなやっぱり。エレベーターなんかに乗ったら、中で焼け死ぬところだった。早く片づけて帰って寝よっと」


 僕はエントランスから出て、あの雑居ビルに入った。地下通路に続く冷蔵庫は内側からガンガン銃弾を撃ち込まれ、もうすぐぼろぼろになって開きそうだった。

(やっと隠剣の舞台が出来たな)

 そう。こういうシチュエーションこそ隠剣の登場にふさわしいんだ。

 ベルトから3枚を出し、1枚ずつ冷蔵庫に撃ち込む。200倍速に上げていた。リアルタイムで聞いていたらキン、キンという高い音が上がっていただろう。超合金のコインは業務用冷蔵庫の扉を紙のように突き抜け、その向こう側にいる男たちの体も突き破って壁に食い込んだ。

 4枚目をバックルから取り出したけど、それは投げる必要がなかった。プラスチック爆弾の爆発音が鈍く響いてきたのだ。


 こういう感覚は初めてだった。まず地震のような微妙な振動が足下に起き、それから「グアン!」という感じの低周波が伝わり、それから冷蔵庫の扉に無数にあいている孔から白い粉末を含んだ熱風が吹き出し始めた。

 僕はあわてて居酒屋を飛び出す。

 道路に出て二つ向こうのジェス・エスクァイアのビルを見た。

 2階から上にある、数少ない窓のガラスが吹き飛んだ。そのガラス片を追いかけるように炎が吹き出してきた。居酒屋の路地の扉も吹き飛び、一瞬炎が上がった。

(プラスチック爆弾って、すごい威力だなあ)

 僕は感心して見ていたが、近くに元朝鮮総連の建物があり、警官がうろうろしているのを思い出したので、急いで路地のビールケースの陰に隠しておいた松葉杖タイプのアルミケースを取り出し神威と静竜、カートリッジをしまう。

 監視カメラはどこにあるかわからないから、リアルタイムに戻り、ゆっくりと歩き始めた。


 しばらく歩くと逓信病院の広い敷地に出た。いったん病院の入り口から中に入り、ごちゃごちゃ入り組んだ廊下を通って裏口にあたる夜間通用口から出た。

 JR飯田橋駅に着くころには消防車や救急車、パトカーのサイレンが混じって聞こえてきた。すごい数だ。

(今から行っても一人も助けられないよ)

 そう思いながらやってきた三鷹行きの各停に乗った。

 突っ立っているとおばさんが僕の袖を引っ張って、

「ボク、お座りなさい」と席を譲った。

(ああ、松葉杖をついてるんだった)

 僕はお礼を言って座った。その方が自然でしょ?

 新宿で電車を乗り換え、事務所に着いた。地下に降り、フェラーリの後部座席に松葉杖とバックパックを放り出すと、そのまま走り、練習場にあっという間に到着。スイートルームの居室に入る。


「うん、全滅だと思う。一人も外に出さなかったからね」

 僕は小暮首相に電話を掛けていた。光ケーブルで横田基地、アメリカ大使館、首相官邸の3カ所と直結している。ちなみに僕の居室も練習場も、ルーターとアンテナ増設のおかげでスマホの送受信は良好だ。

「総数? そんなのわかんないよ。実際に僕がこの手で殺した人数もよくわからない。数日で死者数は報道されるでしょ」

「うん、わかった。よくやってくれたよ。続けざまの仕事で疲れてるだろうから、今日はもう連絡はいいから、ゆっくり休んでくれ」

「ああ、そうするよ。おっちゃん、後始末は任せるよ。どこかの監視カメラに僕の姿が映っているはずだからね」

「それは心配いらん。君とこの件を結びつけることは絶対にさせないよ」


 ということで、ふたつの暴力団の組織を1日で壊滅させた僕は自宅に戻り、ベッドに潜り込んだ。

 ジェス・エスクァイアのビルで死んだヤクザは総計で291人だったことは、翌日起きて見たテレビのニュースで知った。

(やっぱり大虐殺かな?)

 全然良心の痛みは感じなかった。

(そのうち、日本からヤクザはみんな逃げ出すかもしれないな)

 そう思いながら、ママの作ってくれたフレンチトーストを食べてから、学校に行った。

 肩のショルダーバッグの重さが、ニューモーゼルを入れたバックパックの重さと同じくらいなので、なんだか夕べからの一連の僕の動いた事件が、夢の中の出来事のように感じられた。



第7話 終わり





第8話 オサマは生きていた! ミッション#4はまたアイルランドが舞台っていうお話 



 アルカイダが日本に手を伸ばしてくるとは思ってなかった。

 それは首相官邸や日本の公安当局だけでなく、アメリカの関係者にとっても同じだったらしい。

 でもエリクソン暗殺を僕がジェス・エスクァイアを殲滅して阻止したことで、隠れていたアルカイダの組織に何らかの動きが見られ、それによって「すでに暗殺された」オサマの所在を突き止めることに成功したという。アメリカのいくつかの情報網がオサマの居所を炙り出したのだ。


 オサマはすでに捕まり、処刑された、ということになっている。

「これからオサマがネットで声明を出したりするのはまずい。彼の声紋は各国の情報局が持っているからな。そういうわけで彼を抹殺してほしいんだよ」

 マイクはいつになく厳しい表情で僕にそう言った。


 僕は久しぶりに横田基地のマイクの部屋にいた。このところの僕の活躍で、マイクはそれまでのブリガディア・ジェネラル(准将)からひとつ上のメイジャー・ジェネラル(少将)に昇進したらしい。襟章が星ひとつからふたつに増えていた。

「ねえマイク。その星、いくつが最高なの?」

「え? ああ、これかい? ジェネラル(大将)は星4個だよ」

「ふーん。じゃあ、僕が暴れれば、3つ、4つって増えていくかもね」

「あはは。そううまくはいかんよ・・・」

 マイクの表情に、なにか暗い影がよぎるのがわかったけど、僕はそれについては触れなかった。

 僕はマイクのこの部屋に入った初日から、「マイク個人のことは、彼自身が話すまで尋ねたりしない」と決めていた。

 横田基地の司令官になるまでには、マイクにもほの暗い経歴、過去があるだろうと思ったからだ。

 家族のものらしいポートレートが入れられた写真立ての数かず。若いころの水兵姿のマイク。チームメイトと写ったラガーメンのマイク。

 それら写真の他、ひとつ気になるものが壁に飾ってあった。


「Philadelphia Lodge #1,295」

 そう彫り込まれた真鍮のプレートだった。大切なものらしく、いつもピカピカに磨かれている。

 僕の目を引いたのは、その文字の下に、ある「ロゴ」? 「マーク」? が描かれていたことだった。下向きに90度に開いたコンパスと上向きに置かれた直角定規で囲まれた四角の中に、正三角形をふたつ、上下逆さに重ねた「ソロモンの紋章」があった。

 僕はこのマークとよく似たものを、幼稚園時代に過ごしたベルギーのブリュッセルで目にしている。


 僕たち幼稚園児と遊んでくれるお兄さんたちがいた。日本でも見かけるボーイスカウトのような団体のメンバーだった。その団体の名前は・・・そう、「オーダー・デ・モレー」といったと思う。彼らの制服に縫い付けられていたのがこのマークだったの  だ。これには好奇心がうずいてたまらなかった。

(マイクもボーイスカウトに入っていたんだろうか? いつか聴いてみよう)

 そう思っていた。


             *  *  *


 

 オサマの潜伏場所はすでにペンタゴンは掴んでいた。

 なんとアイルランドにいるらしい。それも北アイルランドではなく、ダブリンだということだった。なんだかアイルランドって僕と縁があるみたいだなあ。そのアイルランドの首都ダブリンにオサマが潜んでいるという。


 前回はほとんど話もしなかったけど、僕がアイルランドにひとりで渡るのは不自然だということで、日本のCIAの職員の女性、絵里香を母親に仕立てた。いつもの僕の悪い癖で、絵里香とは仲良しになった。

 絵里香は超美人というだけじゃなく、エージェントとしても超優秀だったから僕は仕事がやりやすかった。今度のミッションには母親役の絵里香と、父親役の男性が同行するという。

「いや、パパ役は不要だよ。ママ役の絵里香だけで十分さ」

「あー! そんなこと言って。魂胆見え見えだぞ」

「ふん、余計な気を回さないでよ。遊びに行くんじゃないんだからさ。仕事場になじみのない男がいちゃね。そんなことに神経を使いたくないんだよ」

「わかったわかった。ママと息子がダブリンの友人宅に招かれて遊びに行くってことでセッティングするよ」


 マイクはもう僕のことは家族以上に理解しているようだった。でも、僕はマイクのことは半分もわかってない。かなり複雑な男なのがマイクというオジサンなんだ。

 そのマイクの部屋は、司令長官室だから広大な面積をもっている。宿舎は基地内の住居エリアに立派な戸建ての平屋があり、奥さんとふたりで住んでるんだけど、司令長官室にも仮眠用のベッドルームやバスルーム、キッチンまであった。


 僕とマイクは、リビングルームのチェステーブルをはさんだソファといすに座って話すことが多い。

「居所が掴めたんなら、イギリス軍と米軍特殊部隊が一緒に踏みこめばいいじゃん」

「そうはいかないんだよ」

 マイクは苦々しげに言った。

「サウジとヨルダンという親米派だけでなく、イラン、アルジェリア、そのほかインドネシアや共産中国、北朝鮮、それにロシア。面倒な絡みがいろいろあるんだ」

「そんなの僕にどうしろって言うのさ」

「難しくはない。ただアイルランドに行って、オサマを殺してくれればいい」

「ふん。そんな言葉を信じろっていうのかい? リスクは何?」

「彼の居場所を隠そうとするもろもろの勢力、かな。政治家。マフィア。イスラムだけではない、主義・信条・宗教の異なるさまざまなテロリスト。オサマはその莫大なサウジでの資産は使い果たしているが、アフガンや中東のテロ国家と協力して、原油の裏ルートでの輸送や麻薬、誘拐ビジネスなんかで昔より資金は潤沢なんだ。それを各国の首脳に裏献金している。表だっては世界の敵、国際手配されているテロリストなんだが、実際自由主義圏の国まで含めた、さまざまな国の政治家の金づるとしてぬくぬくと生きてるんだよ」


 僕はもう考えないことにした。神威で人の体を斬ること。この行為が「禁断症状」をもたらすほどの快感だってことを、九段北のビルの中で思い知ったんだ。マイクが話す成功報酬の金額なんて、僕の頭を素通りして行った。

「オサマはウクライナにも隠れ家を持っているからね。ダイが着いた時点ではどちらにいるかわからないんだ」

「なんでそんなに不確かなの?」

「いや、申し訳ない。オサマって整形手術を繰り返してるんだよ。いま現在どういう容貌なのか、誰も知らないんだ」

「じゃあ、僕は誰を殺せばいいのさ?」

「・・・アジトにいる男性全員、ということになる」

「情けないなあ、米軍、いやCIAの調査って」

「いや、面目ない」

「いいよ。アイルランドは好きな国だし。そこにいなかったらウクライナに行けばいいんでしょ? ウクライナはいいよ。美少女の産地だしね」

 なんだか遊び、観光、女の子が目的のように思われそうだなあ。


 僕は絵里香と横田基地から米空軍機でノルウエーまで連れて行かれた。そこからは偽ママとのふたり連れを装ってロンドンに入った。

 ロンドンは何年ぶりだろうな。ヒースロー空港は日本に帰るときと変わっていなかった。ピカデリー広場の近くのホテルにチェックインする。

 ダブリンに入るのは明日だ。僕は機内でたっぷり寝たから時差もあんまり感じなかった。で、同じく元気いっぱいの絵里香と朝までベッドの上で格闘した。

 バスルームで全身を洗ってもらってすっきりした顔でイングリッシュ・ブレックファストを二人で食べた。このホテルの朝食は、イギリスにしてはまあまあおいしかった。最近じゃ、イギリスの食事もレベルアップしたのかな? ママが、こっちは本当のママだけど、ロンドンに住んでる時、いつもこう言っていたのを思い出した。

「イギリスって食材自体は豊富で、しかもおいしいのよ。どうしてレストランで料理するとまずくなるのかしら」


 ホテルをチェックアウトして空港までタクシーで向う。アイルランドへは2時間くらいの空の旅だった。

 日本人はアイルランドを誤解している。確かにGNPはそんなに高くない。だけど、ダブリン市内の道路を走る車を見れば愕然とするだろう。

 上部が丸い突起物が後部バンパーについた車が、3台に1台くらいの割合で走っている。それは「ヨットを牽引するためのフック」なのだ。豊かさのベースが違う。GNP、GDPの数字に、日本人のほとんどが騙されているといっていいだろうな。


 僕たちは少し町外れにある古めかしいホテルにチェックインすると、マウンテンバイクを貸してくれるようにクロークに頼んだ。

 部屋で装備と武器を確認する。CIAに渡されたデータを思い出しながら、侵入のためのパラシュートロープや各種器具をナップサックに詰める。

 絵里香をホテルに残し、ひとりで出かけた。完全装備だけど、一見するとサイクリングスタイルにナップサックを背負っているだけのように見えるだろう。

 CIAのデータによると、オサマのダブリンの潜伏先は、サイクリングで行けるくらい都心に近い住宅街にある。僕はのんびりと自転車に乗って走った。


「ここにはいないかもな」

 そう思った。あまりにも平和なのだ、警備の人間もゼロ。ごくふつうの住宅地だった。そのアパート、日本で言うマンションは3階建てだった。


 のんびり自転車を走らせていたその時だった。僕はなにか危険なものに触れた気がしてあたりを見渡した。ゆっくりと、注意深く自転車でアパートの周辺を走る。

 カムフラージュされた監視カメラだらけだった。アパートは、外から覗ける位置に窓はない。僕はカメラからの死角に入ったのを確認して、目的の隣の5階建ての小さなビルの陰に入った。

 非常階段が外にあったのでピッキングで扉を開け、そのビルの屋上に上がり、アパートの窓を覗いた。男が4人いた。マンション1棟全部がアルカイダの所有だという。ということは、住人全員がアルカイダかその関係者ということだろう。

 僕はザックからパラシュートロープと緩降器を出した。屋上の手すりにロープを結わく。


 リアルタイムのままオサマのマンションの3階バルコニーに降り立った。重力を利用するこの移動にスピード・アイは利かない。着地と同時に20倍速にする。ベルトから新型コインを抜き出す。中にいた一人が僕に気づいた。しかし、17歳の日本人の少年がそこにいる「非現実性」に、すぐに銃を向ける動きは起こさない。

 僕はコインを投げた。窓ガラスは防弾ガラスらしかったが、1発で割れた。中にいた男の体も貫通したようで、ゆっくりとその男がくずおれていく。

 腰のベルトに差した静竜でガラスを叩き割って中に飛び込む。


 男たちは4人とも自動小銃、ウジーかTPMをテーブルに置いていたようで、僕が駆け寄り、静竜で頭をたたき割るのに対応できる者はいなかった。

 男がいれば全員を殺さなければならない。オサマは整形している。男であれば、全員殺さねばならないのだ。

 さあ、殺戮の開始だ。


 3階の全室を回る。僕は50倍速くらいにスピードを上げ、右腰の後ろに差した神威を鞘から抜き放った。

 神威と静竜を両手に持ち、吹き矢と刃で殺し回る。3階には17人の男がいた。リアルタイムでは1分ほどだったろう。全員を殺し、2階に降りる。

 殺戮の気配は察知しているはずだ。僕は100倍速にアップしてドアを開けて回った。女たちがいた。白人の少女ばかりだった。おそらくウクライナから連れてきたのだろう。オサマたちの性欲のはけ口とされているのだと思った。

 

 1階の中年の女性たちが働くキッチンは無視した。

 別のドアを開けようとしたとき危険を感じた。

 ドアから飛びずさる。

 ブスブスとドアの表面から銃弾が飛び出し始めた。中にいるゲリラたちが一斉にマシンガンを撃ち始めたのだ。見上げると、廊下には監視カメラがあった。

 僕は廊下を駆け抜けた。カメラは破壊する。まだマシンガンの連射は続いている。

 100倍速を解除しなかったので、待っているのが辛くなるほど長い銃撃だった。


 ようやく銃撃が止まった。ドアは完全になくなり、向かいの漆喰の壁には四角いえぐれが出来ていた。僕は100倍速のまま中に駆け込んだ。自動小銃を構えた男たちが大量にいた。

 そこは会議室らしく、テーブルとイスが並んでいる。男たちは総勢30人くらいはいただろう。全員がマシンガンか拳銃をドアの方に向けていた。しかし、弾倉に弾が残っているのはほとんどなさそうだった。コッキング・レバーが後退したままの銃の引き金を、引きつった顔で引き続けている。全弾をドアに向けて撃ち尽くしたことにまだ気づいていないのだ。


 僕は神威で殺しまくった。見える範囲で立っている男がいなくなったので、50倍速に落とした。

 50倍速では銃弾が残っている銃を持っている者がいた場合少々危険だったが、特殊グラスファイバーの自転車競技型ヘルメット、完全防弾のベスト、睾丸と腰を守るサポータータイプの防弾パンツをつけているから、まあ大丈夫だろうと判断した。


 実際のところは、ある程度ゆっくり、一人ひとりを殺していきたいと思ったのかもしれない。つまり僕はこのとき「殺人の快感に酔っていた」のである。


 静竜は腰のベルトに差したままだ。

 神威。僕は神威だけを握った。男たちの間を走り抜ける。男が向って右にいれば彼の右腕ごと胴体を切り裂く。左にいれば刀を返して左側から時計回りに刃を顔に当て、そのまま押し付ける。スーッと腕、胴、頸が上下に分かれる。ほとんど抵抗がない。少々物足りないくらいあっけなく人の体を断ち割ってしまうのだ。


 合計で約50人もの男の命が、たった2分で消えた。僕は2階の少女たちのドアの前に立った。どうしようか悩んでその場に立ったんだけど、少女にオサマが紛れ込んでいないとも限らない。ドアを開ける。銃弾は飛んでこなかった。こちらを見ている顔は全員少女であり、ひげ面の男が変装していれば直ちに判別できただろう。ベッドの下を覗き込み、クローゼットを開ける。だれも潜んでいない。

「やあ、みんなかわいいね。もうすぐここから解放されるからね。大人しく部屋の中にいて、外には出ないでね」


 僕は少女たちにそう言うとドアを閉めた。そのドアは廊下側からサムターンでロックできるように改造されていた。鍵をかけた。いまこの建物の中を目撃する事は、少女たちにとって一生消えないトラウマとなる可能性があったからだ。


 僕は1階の会議室に戻った。男たちの左手小指を全部切断して、ストックバッグに入れていく。オサマの指紋と確定しているのは、彼の左手の小指だけなのだ。

 2階、3階の男たちの死体からも、同じように左手小指を切り取り、そのビニールの袋に詰めた。マンションを去る前に、気づいてキッチンに入った。

 おばさんたちが恐怖に震えながら隅のパントリーの中に固まっていた。僕の顔を見ると殺されると思い込んでいるのだろう、誰も顔を上げない。

 僕は冷蔵庫を開け、製氷室からアイス・キューブをたくさん取り、ストックバッグの中に詰め込んだ。ちょっと気温が高くなってるからね。肉が傷むのはまずいと思ったんだけど、無駄な行為だったんだろうな。でもその時は興奮状態だったからね。


 僕はキッチンを出ようとした時、「おばさんのかたまり」をちらりと見た。何かが気になったからだ。

 ひとりの女性が少しだけ頭を上げ、こちらを見ているのに気付いた。

 目が合った。

(あ、この眼!)

 その瞬間だった。いきなり1000倍速の「超アイ」に切り替わったのだ。


 眼の合った女性が頭を起こし始めていた。僕は神威を抜きながら駆け寄り、その「女性姿」の男の手を見た。右手に何かのスイッチを握り、親指で押し始めている。

 僕はその右腕を切った。手首から、スイッチを握ったままの手が離れていく。しかし間に合わない!

 僕は衣をめくり上げ、反対の左手を露にした。神威を手首に押し当てて切る。そのままその手首を掴んで、大慌てで外に走り出た。僕の背中で爆発が始まった。


 転げるように地面に伏せた。背中を熱い風と轟音が走り抜けて行く。

「ヒエーっ! 危なかったなあ・・・さすがオサマ、女装してたなんて気付かなかったなあ。自爆されたら、小指も焼けちゃっただろう。危なかったー!」

 思わず声に出してつぶやいてしまっていた。


 僕は最後に採取した手首から小指だけを切り取り、ストックバッグに入れた。その小指の持ち主がオサマだと確信していた。チラッと見えた彼の眼。あの強い眼光は、いくつかの映像で見たオサマの眼そのものだったからだ。

「確実にオサマのもの」と断定出来る指紋は、彼の左手の小指のものしか登録されていないという。何人もの犠牲者を出しながら入手したDNAはなんと4種類。つまり4人分あった。整形を繰り返していたので、「それらしい」と思える男4人のものを登録せざるを得なかったようだ。

 切り取った小指の指紋とDNAがオサマのデータと一致すれば、今度こそ完全に「オサマを殺した」と証明される。厄介なミッションだったけど、なんとかやり終えたようだった。


 街路樹の陰に置いていたマウンテンバイクを漕いでホテルに戻った。

 すでに絵里香はチェックアウトしていた。僕から「ミッション終了」の電話が入ったらすぐに日本に帰るように指令を受けていると言ってた。

「なんだ、ちょっとゆっくりアイルランド見物していけないの?」

「ええ。私もすごく残念なんだけど、そう命じられてるのよ」

 入国時にアルカイダに疑われなければ、絵里香は任務終了、ってことらしい。

 

 僕は迎えにきたCIA職員にストックバッグを渡す。たかが小指1本だけど、50本以上が入ったストックバッグはさらにアイスキューブで重さを増していた。

 僕は最後に自爆した男がオサマだと確信してはいたが、僕の思い込みかもしれない。オサマの小指が入っていることを祈った。


 なんともやるせない感情が残った。大好きなアイルランドで人を殺さなければならないのが苦痛だった。僕はしばらくアイルランドの田舎を旅することにした。

 血のソーセージや釜焼きパンなど、イギリスより遙かにおいしい食事を楽しみながら、古城の前の池のほとりでイエーツの詩集を読む少女と友達になったり、小さな競馬場に出走させるサラブレッドを一家全員で調教する家族の手伝いをしたり、あるいはダブリンに戻って、ブルースロック・ギタリストのライブを聞いたりした。


 僕は釣りの好きなエリクソンに、ハーディーという釣り具屋メーカーの社長を紹介されていたのだが、ちょうどダブリンに来ているというので会いに行った。彼はブルース・ファンで、彼の父親がピーター・グリーンという昔のロックグループ、フリート・ウッドマックのリードギタリストの友達ということもあり、そのライブに誘われた。僕はクラシックファンだから、あんまり興味はなかったんだけどね。


 小さなライブ会場には日本からわざわざ聴きにきたというファンが10人くらいいた。熱心なんだなあ。

 主役のピーター・グリーンはライブの終盤で

「これがおれの作った最高傑作だ!」

 とボソッとつぶやいてからから、ある曲を弾き始めた。その曲は僕も聞いたことがあった。

「ブラック・マジック・ウーマンっていう曲さ。世界中でヒットさせたのは、サンタナだけどね」

 社長はそう言って片目をつぶった。

 

 ピーター・グリーンのライブは結構面白かった。リードギターはそう簡単にはいかないだろうけど、横で巨乳のかわいい女の子が弾いていたエレクトリック・ベースは僕にでも弾けそうだった。このバンドはほとんどブルースベースの曲しか演奏しなかった。調が変わったり、リズムやテンポのバリエーションがあるようだけど、全部単純な3コードで完結する。日本に帰ったら、エレキベースを買って練習しようかな。


 ハーディー社はフライフィッシングの竿や釣具のメーカーだ。翌日僕は社長に引っ張り出されて近くの川に釣りに出かけた。

 フライフィッシングは日本では非合理的だと思っていたけど、ヨーロッパの広々とした河原に立って竿を振ると、この釣りに人気が出てきた理由が理解できた。ロッドの振り方というより、ラインの自然な流し方に主眼があるのだろう。

 まったくラインをうまく投げられないまま川面を流したけど、それでも何とかブラウントラウトを3匹釣ることができたのは、社長のポイント選択が良かったせいだろうと思う。


 そんなのんびりしたアイルランド生活を過ごしている間、アメリカではCIAが驚愕して僕を追いかけ始めたという話がマイクからもたらされた。送った50本以上の小指のひとつが、登録されているオサマの指紋と、4つのうちのひとつのDNAと一致したというのだ。


 電話がエリクソンからも来た。彼は興奮していた。

「うーん、ウクライナの美少女たちに会いに行くチャンスが消えたなあ」

 そう言った僕を、電話の向こうのエリクソンは苦笑混じりに言った。

「君の救い出した少女たち、全員を君のものにしてもいいんだぜ」

「でも、あのパントリーが丈夫で良かったよ」

「ああ。あれ、パニックルームとして改築されてたようだからね。爆発はあの中でとどまった。おかげで働いてた中年女性全員が亡くなったが」

「女の子たちに死体は見せてないだろうね?」

「うん、その指示も徹底されたと聞いている。あの仕事の直後にそういう気配りが出来るダイに、CIAの担当者は驚いていたよ」

「わかった。で、もうミッションは完了、だろ。そろそろ日本に帰るよ。あ、ヤン・ファン・エイクのゲントの祭壇画だけ見ていくことにするよ。もう修復に入ってるっていうから、その修復の現場に入れるように手配してよね」

「君の趣味にはかなり興味をそそられるよ。その年でなんとも老成した・・・まあ、好きにしたまえ。手配しておくよ。それと成功報酬は君のスイスのプライベート・バンクに入れておいたから、確認しておいてくれ」


 日本に電話した。ママはおらず叔母の敦子が出た。

「いつまでアイルランドで遊んでるのよ。ねえさんご心配よ」

「なんだい。いきなりお説教かい? 2,3日したら帰るよ。ママにもそう言っといて」


 成功報酬がいくらなんて、ぜんぜん意識になかった。でも10億ドルだと聞いて、考えが変わった。

 僕は以前から大成建設の設計部と打ち合わせていた。こののち23m超の津波が来ても耐えられる町づくり。海に船首を向けた船の形をした、高さ30mのコンクリート擁壁の上に町を作るのだ。

 ひとつの町にかかるインフラ費用は100億円以上。これからいくつのミッションを受けるんだろう? 東北に僕の理想の町がいくつ作れるんだろう?

 僕はこの企てが「僕の中にある殺人衝動の免罪符」であることを自覚している。


 帰国してすぐ、マイクが道場にやってきた。

「何人殺せば僕のこの衝動は沈静化するんだろう?」

「無理に押さえ込むと、ダイの人格が破綻するんじゃないかな。当面は暴れまわることにすればいい」

「ふん! そのほうがアメリカには都合いいからでしょ?」

「そう。そのとおりだよ。ダイはわが国の救世主だからな」

 マイクは敦子叔母の作った茶碗蒸しをむさぼるように食べながらそう言った。


 僕は激しくなった雨が道場の母屋の屋根瓦を叩く静かな音を、ぼーっと聞いていた。  





第8話 おわり
















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