表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
時空の剣   作者: 桑名 玄一郎
3/5

時空の剣 タイムコントローラー DAI  第5話、第6話

第5話 これってミッション#1? グァム島の人質事件は「静竜」のデビュー戦、っていうお話





「次期米大統領とのパイプも確保できたし、君にはずいぶん大きな借りができたね。ますます君は国の宝であるという意を強くしたよ」

「宝というわりに、扱いがお粗末だよね。うちに来るのはママや叔母の手料理が目当てみたいだしさ」

「そ、そんなことはない。・・・いやすまん。なにか私に出来ることがあったら、何でも言ってくれ」

 小暮首相はニコニコ顔で僕のマンションを後にした。


 僕も最近新しいおもちゃの開発と練習で忙しいから、小暮首相の身勝手に付き合ってる暇はなかった。

 新しいおもちゃ。それは「吹き矢」だ。もともとTVで「スポーツ吹き矢」の競技団体の取材をやっていたのを見て、ずーっと考えていた。

(これ、僕には強力な武器になるんじゃないかな?)


 いくつか試作品を送ってもらい、リアルタイムでテストを繰り返した。38㎝という短さの筒でも、およそ5m先のダーツの的の中心に矢が集まるようになった。スポーツ吹きでは2mもあるアルミの筒を使うけど、実戦の現場にそんな長いの持っていけない。


 2倍速にしてみた。スピードが2倍になると、威力は3倍くらいになるだろうと想像はしていたが、そのとおりだった。シャトルはダーツの的の真ん中を射抜いて道場の柱にめり込んで潰れていた。

「この矢も改良が必要だな・・・」


 筒の方を改良するのは最初から考えていた。暫甲剣は確かにものすごい切れ味だけど、大量殺人や固いものを切り裂くとき以外は長すぎる。それに背中に鞘を括り付ける忍者みたいなスタイルはちょっと気恥ずかしいし、その格好で外を歩くのは無理だった。


 持ち歩きに便利で、相手の頭蓋をたたき割るこん棒としても使える吹き矢本体は、楽器としか見えない外観のタイプも作る。全長は38㎝のごく小さな武器。これが『静竜』と『静竜改(別名ケーナ)』だった。PAピカティニー・アーセナルは僕の注文どおりの筒を仕上げてくれた。


 なぜ38㎝なのか? 武器が一切持ち込めない状況で、唯一の武器として身に着けていられるものとして、僕は吹き矢の筒の別タイプを「ケーナ」にすることにしたんだ。


 ケーナにはペルータイプとボリビアタイプがある。『コンドルが飛んでいく』みたいな伝統的な音階のフォルクローレの曲はペルータイプの音階で吹くけど、平均律12音階の、西洋音楽の音程で吹けるのはボリビアタイプだった。ボリビアタイプは全長が38㎝なんだ。外径25㎜、内径16㎜。重量は198g。ケーナとしての「歌口」は幅10㎜、深さ6㎜の馬蹄形。管尻には10㎜径に絞られた穴の開いた「フタ」が付いている。フタがあっては矢は射出できないので、このケーナ様の管を吹き矢として使用するときは、底の10㎜の穴のフタを簡単に外せるようにした。もちろん管の前面に6つ、裏側にひとつある「指孔」はビニールテープでフタをして空気が漏れないようにする。

 僕はこの長さの吹き矢に習熟すべく練習を繰り返した。


 問題が解決してないのは矢の方だった。スピードを上げると対象物を突き抜ける前にひしゃげてしまう。歪んだシャトルは対象物の中を通過できずに留まった。

 何度も作り直してもらって、ついに満足のできるものが届いた。シャトル全体が薄い金色に輝いている。


「どうしてこんな色をしてるの?」

 僕はそのシャトルを運んできてくれたマイクに尋ねた。

「ああ、それ? チタンとマグネシウムとアルミかなにかの合金なんだそうだ」

 マイク自身も詳しくは知らないようだった。


 気にいった。重さは2.8グラム。鞘の筒の口にすっと収まる。シャトルが本体の中ほどに進んでいた場合なら思い切り振り出せば先端から飛び出すが、シャトルをセットしたばかりで吹き口近くにとどまっていれば、いくら振り回しても飛び出してくることはなさそうだった。


 ダーツの的に向かった。まずリアルタイムからだ。的までの距離は10mにした。

 狙いを定め、吹く。ビシっという音を立てて金色の矢がめり込んだ。

 2倍速にしてやってみた。矢は的を突き通し、道場の壁板まで達した。


 10倍速でやった。ダーツの的が粉々に砕け散り、道場の壁板に20㎜くらいの穴をあけていた。

「20倍速なら拳銃弾より威力がありそうだな」

 マイクの言葉に、僕はテストを地下練習場に移すことにした。20倍速以上だと、隣家の壁も突き破りそうだからだ。


 地下練習場では、標的をファントムの機体にしてみた。コックピットの操縦席の上に24㎜厚のコンパネ製の人型を置いた。距離は20m。実戦ではもっと敵と接近した状況で使うだろうけど、テストはこれくらい離れているほうがいい。


 10倍速。矢は機体のジュラルミンをあっけなく貫通した。コンパネに深々と突き刺さって止まっていた。

 20倍速。コンパネに30㎜くらいの穴を開け、さらに反対側の機体に穴を開けて突き抜けていた。


「合格!」

「完成だ!」

 僕とマイクはハイタッチした。


 僕は矢を1000本注文した。練習で全部使ってしまうかもしれないけど、少なくなったら追加発注すればいい。スムーズに装填できる矢のホルダーも考えてくれるように頼む。吹き矢の方は練習を続け、リアルタイムで20mの距離なら直径10㎝の円内に集まるくらいには上達した。実戦でも十分威力を発揮するだろう。

 初速は20倍速でニューナンブ22口径弾とほぼ同じ。威力は38ミリ弾か44マグナム弾くらいはありそうだ。

 飛距離も伸びた。リアルタイムの「実効距離」は5~7m。これが2倍速だと12m。10倍速では50mくらい。20倍速では100m前後まで水平に飛ぶ。50倍速、100倍速はシャトルが変形するのがわかったので、実験してない。結局この「静竜」は20倍速で、ターゲットまでは50mくらいというのを「実戦基準」とすることに決めた。


 いずれにしろ音がしないのがこの「静竜」の最大の強みだった。赤外線暗視ゴーグルを使えば、闇夜でも無音でターゲットを倒せるだろう。


 これで僕の基本装備が揃ったのかな? ・・・えーっと、斬甲剣ねぇ・・・


 斬甲剣(ざんこうけん)。ものすごい切れ味の日本刀であることは間違いない。試しに、マイクが持ってきてくれた戦車の砲身を切ってみた。50倍速であっけなく輪切りにできた。戦車の砲身が、日本刀で切断され、ゆっくりと地面に落ちていくさまはシュールだった。でも、この斬甲剣が僕の「愛刀」としてふさわしいかというと、僕の中にはずーっと違和感があったんだ。


「長すぎるよね、これ」

「・・・うーん。そうだな、ダイにはちょっと持て余し気味に見えるのは確かだね」

 マイクもそう感じているようだ。刃渡り455㎜の脇差。それが斬甲剣だ。重さも800g近い。これを長時間振り回し続けるのはかなりの負担だということが、これまでの実戦で分かっていた。


「オリジナルの、僕自身の設計の刀を作ろう!」

 そういう思いが募っていた。


 スケッチブックに「理想の刀」を描いていった。刃渡り350㎜。全長500㎜。重さ500g。そうとう短い刀だけど、身長166㎝、体重48㎏の僕にはこれくらいの大きさがしっくりくる。それに・・・


 僕は斬甲剣を振り回していて得た実戦経験がある。スピード・アイ状態では極端な接近戦になる場合がほとんど、ということ。相手の体のすぐ脇を走り抜けながら切りつけていく。だから長い刃長はいらない。

 それに加え、持ち運びの問題もあった。デイパックに突っ込んで持ち運ぶのには全長が50㎝を超えると(つか)が飛び出てしまう。50㎝が限度なんだ。


 さらにもうひとつデザインの原点があった。叔父の書棚に並んでいた、今では僕の愛読書、白土三平作『カムイ外伝』。この古いマンガの主人公、抜け忍のカムイが使う剣技『変位抜刀霞切り(へんいばっとうかすみぎり)』が僕のスピード・アイの太刀筋として理想的なことがわかってきたからだ。

 マンガのカムイはごく短い日本刀を腰の後ろに差している。それも刀の柄を右にして、だった。普通の侍は刀を左腰に差す。抜くときは左手で柄の上端を掴んで固定し、右手で柄を掴んで時計まわりに抜き放つ。


 でもカムイは反対側の右に差し、右手で柄を逆手に掴んで抜く。小指が刃の方を向く握りだ。左手は鞘尻(さやじり)を掴んで固定。抜き方は反時計回り。これで水平に敵の胴体を()いでいくように断って走り抜ける。僕の太刀筋も、これと同じやり方の方が効率的で、何十人もの敵を相手にするときには無駄がない。


 この「逆手抜き」「逆手握り」で有名なのは、黒澤明監督の映画『椿三十郎』だろう。最後の見せ場、仲代達也演じる室戸半兵衛との決闘シーン。一瞬で仲代の胴を斬り裂いた三船敏郎:椿三十郎の握りがこの「逆手」だった。もっとも三十郎は左腰に刀を差していて、時計回りに抜いていたから、カムイとは逆なんだけどね。

 斬甲剣で試したけど、右腰に差して右手で抜いてみたんだけど、何度やっても刃の先が抜き切れない感じがする。やはり少し長すぎるんだなあ。


 叔父が残していったノートに、斬甲剣の設計コンセプトやマテリアル研究、それに製作を依頼した刀鍛冶のデータが詳しく書かれていた。僕は斬甲剣を鍛えた刀鍛冶、伊勢仁九郎に連絡し、三重県桑名市に尋ねることにした。


               *  *  *


 防弾ウェアに黒のジャージを着て「忍者」スタイルで遊んでいたとき、小暮首相から連絡が入った。


「グァムで人質事件が起こった」

「グァム? なんだそれ。僕の出番なの?」

「人質に取られたのは日本人ふたり。男子大学生だ。射撃場の主人がヤクで狂ったらしい」

「どうして地元警察が出ていかないの?」

「日本政府が人質の人命最優先を申し入れた。何せ人質のうちの一人が国務大臣の息子なんだよ」

「しょうがないなあ、わかったよ。マイクに横田からチャーター機を出してもらうよ」


 僕は普段の格好で出かけた。今回は「忍者スタイル」はお預け。斬甲剣も置いていく。吹き矢「静竜」1本だけをバッグに入れた。パスポートにはYOKOTAの米軍内部書類用スタンプが押された。これは無意味なんだけど、僕はこのグァム行きが「ミッション#1」であることを記録しておきたかったんだ。


 グァムまでは直行だった。国務大臣・谷川康夫も同行する。息子を救い出そうというのが、高3の僕一人と知ると、わめきだした。僕は一発こめかみに突きを入れて眠ってもらった。


 機内食は僕の注文どおり、シェフに特注したヒレカツサンドとフレッシュ・オレンジジュース。それにビシソワーズだった。それを食べて一眠りしてたら機長に起こされた。

「もう着きますよ」


 グァムのヘンダーソン空軍基地に降り立ったのは夜中の2時を回ったころだった。基地で僕は旧式ジープに乗せられ、現場に向かった。眠かった。


 煌々と照明に照らされるなか、パトカー数十台に囲まれているログハウスの射撃場に着いた。幸いなことに、僕が何度も撃ちに行った射撃場ではなかった。あれもログハウスだったから、一瞬たじろいだんだ。あの射撃場のおじさんにはずいぶんよくしてもらったからね。


「じゃあ、行ってくるよ」


 僕はポリスたちや米軍関係者、それに谷川の父親らが見つめる中で、腰の後ろのベルトに静竜一本だけを差し込んで、みんなに手を振った。静竜には矢が一本入れてある。手に紙袋を持って、のんびりと射撃場の入り口に向かって歩き始めた。


 ログハウスの前に来た。窓越しに建物の中から

「おい小僧、何のまねだ? 死にたいのか!」

 というだみ声が聞こえた。

「ううん、中の人の一人は僕の兄ちゃんなんだ。糖尿病で、もうすぐ薬が切れちゃうんだ。切れると死んじゃうから、この薬を日本から持ってきたんだよ」

「・・・わかった。薬だけ窓から投げ込め」

「だめだよ。中身は注射器とアンプルなんだ。割れちゃうよ」

「・・・よし、入って来い」


 僕は堂々と入り口のドアを開けて中に入った。図面で頭にたたき込んだとおりの造りだった。受付ロビーとソファ。奥に説明するテーブルのある小部屋。その奥に射撃場。という作りだった。


 男は中央の部屋の椅子に座って幼い顔をした青年2人にリボルバーを向けていた。S&W357マグナムだ。いつものように日本人に撃たせる、薬莢の火薬を半分混ぜ物で薄めた観光客用ではなく、しっかりと火薬の詰められた実弾だろう。


「なんだ、ホントにガキなんだな。薬を置いて出ていけ」


 男は銃を振って、出口に銃口を向けた。これで暴発しても、弾は人質には当たらない。

 その瞬間に僕は20倍速にした。そして静竜を腰から抜き取ると、男の額に狙いを定め、ひと吹きした。矢は男の額にきれいに穴をあけ、頭蓋骨を貫通してログハウスの壁の丸太にめり込んだ。


 僕が二人の大学生のいましめをを解き、射撃場のドアを開けて出ていったとき、フラッシュが一斉にたかれた。青年二人に挟まれて出て行ったので、まるで僕が救出されたみたいに写った。頭にくるなあ!


「僕の顔はマスコミには出さないって日米のマスコミを抑えてね。ネットもお願いね」

 小暮首相は請け合ったが、アメリカのマスコミはエリクソンとマイクに頼んで、やっと抑えられた。でも、誰かがスマホで動画を撮ってるんだろうなあ。

 僕はポリスのリーダーを見つけ、二人の青年を引き渡した。すぐに谷川大臣が飛んできた。大げさに抱きしめる谷川と、迷惑そうな長男の表情が対照的だった。

 僕はさっさとデイパックに道具をしまい、米軍のジープに乗った。

「早くこの場を離れて」

 ジープは勢いよく発車した。


 ミッション№1?は、結局日本政府、というか小暮首相の要請だったけど、米軍捜査官による詳しい状況分析がなされ、報告が上部に届けられただろう。U-tubeに出た僕の動画はすぐさま消去され、二度と見ることは出来なくなっていた。そのあたりの「掃除」は徹底している。


 このあと2回ほどペンタゴンから軍事関係らしい依頼がきたが、あまりにも政治的、あるいは軍事的で、米国ファーストだったので僕は断った。何しろ僕は大金持ちなんだからね。お金じゃ動かない。グァムの件も一銭も受け取っていない。


 あーあ、静竜一発か・・・物足りないったりゃありゃしない!

 あ、やっぱ僕、「いっぱい殺して回りたい病」にかかっちゃったのかしら?







第5話 おわり






第6話 僕が自分のロゴをケルトの聖三角形にしたのは「鎮魂」のため、っていうお話



 僕は横田基地で撃ってますます気に入った「マウザー」の新銃を新しく1挺マイクに頼んだ。


 いま持ってるのは9㎜パラベラム弾を使う「モーゼル・ミリタリーM1916」のコピーだ。アメリカで1950年代に作られたものだという。このモーゼルの改良版を作ってもらうんだ。叔父の銃を撃っていて、改良・変更してほしいところがかなり見つかってきている。

 

 この銃、大型だから結構重い。それにグリップ(銃把)の形が単純なので、滑りやすい。それにマガジン(弾倉)は10発入りのショートバレルしか持っていないので、20発入りの長い弾倉ロングバレルも作ってほしかった。さらに言えばノンメンテで1作戦の間は撃ち続けられる材質で作ってほしい。まあ、1000発分くらいでいいかな? 

 そんな僕のリクエストは、すぐにマイクからOKの返事が来た。


「PAの職員には銃器の専門職人が何人もいるんだ。その中の最長老だった人に話を投げたら大喜びで引き受けてくれることになったってさ」

「そう。そんな人がいるんだ」

「ああ。最近じゃデジタル、IT系の武器ばかりだから、その男、定年前に辞めて、銃砲店を経営してたらしい」

「僕のマウザー、あれ結構性能悪いんだよね」


 そう。叔父が持っていたのは、第2次世界大戦後にアメリカで作られた「コピー」らしい。時々ジャム(銃弾がシリンダーや弾倉、バレルの中で詰まって発射できなくなること)を起こした。200発撃って1回ぐらいの頻度。0.5%だけど、もし実戦の最中に起きたら命取りだ。


 オリジナルのモーゼル・ミリタリー9のグリップには大きく赤い彫り文字で「9」って入っている。今持ってるのには入ってないけど、それはコピーだから。この「9」という赤文字が「モーゼル・レッド9」という呼び名となったんだろうけど、どうにも僕の美学に合わないから、今度作ってもらうのにもそんなのは入れない。


 銃に美学が必要かって? 当たり前でしょ。日本刀が今じゃ美術品扱いなのも、実際美しいフォルムをしているからだし、あれほど忌み嫌われている「ナチス」なのに、欧米の銃器オークションでは、ワルサーやルガー、モーゼルなど、ナチ政権下で生み出された銃が、今でもそれ以降の銃を抑えて最高値で取引されているのは、その「美しさ」ゆえだもん。

 性能もいいんだけど、手にした時の満足感、昂揚感は、ガンマニアなら例外なく感じるらしい。


 実際、ハワイの射撃場の組合員の会合に出た時、出席してたたくさんの店主が自慢するコレクションは、そのほとんどがナチス・ドイツの正式拳銃や第一次大戦の時のドイツ製マウザー、つまりモーゼルだった。

 射撃場の店主って、ガンマニアが多いのは当然なんだけどね。


 マイクから電話が自宅にあった。

「PAってところは凄いなあ。わが国の施設だが、感心するよ」

「なーに? どうしたのさ」

「レプリカ・マウザー、頼んだの3週前だろ? もう出来たって連絡が来たぞ」

「へー。でも材料はどうしたんだろう」

「それはダイからの注文が入る前から、もう20年くらいになるらしいが、ずーっと課題になってて、すでにそういうのがあるんだそうだ」

「あらら、それじゃ削り出すだけなんだ。それにしても早いね」

「その職人自身がいちばん好きで、自分でもコレクションしてる銃があってね」

「! マウザー?」

「そのとおり! まあ、(えん)というのはそんなものなんだろう」

「マイクの口から『縁』なんて単語が出てくるとは思わなかったな」


 僕は大げさに礼を言った。バイク便が来たのはその3日後だった。ママが受け取る。

「なあに、これ? 小さい箱なのに結構重いわね」

「うん、拳銃だからね。鉄の塊」

「そう。弾が出るなら、お部屋で遊ばないでね。あとのお掃除が大変だから」

「はーい」


 全く疑ってないから、ママはかわいい。机の上に放り出していても、モデルガンか、BB弾を撃つおもちゃの拳銃だと思って見向きもしないだろう。実際、僕の机の上にはマウザーのダイキャスト製のモデルガンが置いてあった。僕が小さい時からのガンマニアであることは、ママはよく知っている。


 その銃は、外見はモーゼル・ミリタリー9とほぼ同じなのだが、本物より相当軽い。ハイパーチタンという合金らしい。オリジナルが1330gなのに対し、887g!

「こんなに軽くちゃ、トリガーを引き絞るときぶれないかな?」

 なんて一瞬思ったけど、その心配は杞憂だった。100発も撃つと、この銃の癖は完全に把握できた。9㎜パラ弾(軍用FMJ弾)の20発入りロングバレルを装填すると、ほとんどオリジナル・マウザーの「カートリッジなし」の重さになる。この軽さはありがたかった。非力な僕の腕力(もちろん謙遜だよ!)で長時間撃ち続けても、腕への負担が相当軽減されそうだ。


 どんな名銃でも、100発を超えて撃ち続けると、銃身が過熱して、どこかのパーツがすこし変形してくる。それが弾道を狂わせ、正確な射撃ができなくなってしまう。このレプリカはその弱点をカバーする設計になっているらしい。用いられた合金そのものが軽いうえに耐熱性能が鉄の約22倍。そしてもともと少ないネジだったけど、それが木製のグリップを留める2本(それもご丁寧にマイナスビス!)以外には使われていない。


 銃身の色も違った。オリジナルのガンブルーではなく、真っ黒。それも艶消し。夜に使うのにぴったりだった。そこまでの注文は出してない。あとでマイクが『夜間の戦闘にも使うからそれが標準色』と教えてくれた。光の反射で所在を知らせるわけにはいかないってことだろう。グリップも黒味勝ちのマホガニー製だったし。


 届けられた木箱にはマガジンが10本入っていた。5本は10発用。5本は20発用。これは僕のリクエストしたものだ。この銃にはホルスターがついていないので、僕はアメ横のなじみの店に出かけた。20発入りの弾倉が入るモデルガン用のホルスターを探すためだ。

 10発入り弾倉を装着したのが入るホルスターはあったけど、20発入りのは作ってないそうだ。確かに20発マガジンを装填すると、ホルスターから銃を抜き取るのはむつかしい。僕はその店で10発入り弾倉のモデルガン、革製のホルスターを購入した。


 知り合いのナイフ作家に電話連絡する。彼は神田淡路町の自宅マンションでカスタムナイフを作っている。ナイフを入れるシースケースも自分で作る。僕に言わせれば、彼の作るナイフより、ケースの方が出来がいい。


「こうやって親指でハトメを押せば、かぶせ革が外れるようにしたいんだ。吊り下げは胸正面のところで留められるように作ってくんないかな」

「いいよ。でかい銃だなあ。確かにこれじゃ脇の下には収まんないよね。うーん。これ、高くつくよ」

「いいよ、いくらかかっても。そのかわり最高の革で、仕上げも美しく作ってね」

「なんだか本物を入れて戦争に行くみたいだね」


 彼はそう言って笑った。もちろんこのナイフ作家は僕の裏の顔は知らない。以前、静竜2種類用のケースや鞘、暫甲剣の背中用のホルダーなんかを頼んでいた。

 最初の納品時に彼がおずおずと

「これ、結構高くついたんだけど・・・」 

 という言い値の倍額を支払ってからは、最高の仕上げで、かつ短時間で仕上げてくれる。

「お金持ちなんだね、ダイちゃんって」


 そんなことで少し時間を食ったが、その足で地下練習場にタクシーで行った。ああ、早く18歳にならないかなあ。地上で車を走らせたいよ。

 フェラーリで240㎞/hくらいなら、安定した運転ができるまでの技術は身につけているんだし、筆記試験なんて、今でも満点取れるし・・・


 横田基地でマイク夫人のシボレーを借りて150キロで走り回って、夫人にしかられたのを思い出しているうちに、地下練習場に直結するビルに着いた。地下室の秘密のドアを開けて、階段を下りる。旧地下鉄路線の軌道跡のトンネルの闇の中で、愛車の黒いフェラーリなど、何台もの車たちが静かに僕を待っていた。


 直線で235㎞/hを出すと、地下練習場まで、あっと言う間に着いてしまうのが不満だけど、これは仕方ない。


 スイートルームのデスクの上に置きっぱなしにしていたモーゼルを持ち出した。

「そうだ。これにもニックネーム付けなくちゃ」

  新しく手に入れたモーゼルは、眺めているだけでゾクゾクするくらい興奮する。美しいフォルムをまとった高性能の銃。一番近いイメージは「黒豹」だった。しなやかでまがまがしい猛獣。黒豹は英語じゃブラックパンサーだけど、この銃はもともとドイツ生まれだよな。じゃあレオパルト(Leopard)だなあ。よし、『レオ』ってことにしよう。

 この地下練習場に入ると、どうも独り言が多くなるなあ。


 壁のスイッチをON。なぜか「ガン! ガン! ガン!」という音をさせながら、地下練習場の照明が順番にゆっくり走って灯っていく。これ、どこか古めかしいけどけっこう気に入ってるんだ。

 

 真新しい弾倉に10発9㎜パラ弾を装填する。バネの力もちょうどいい感じだ。

「うん? この匂い・・・マッコウクジラのグリース?」

 今では手に入らないし、合成油のグリースが安価に入手できるから、こんな古典的グリースを使う職人なんてほとんどいないだろう。製作者のメッセージが読み取れた。


 射撃のレーンにしている軌道には、テーブルが置いてある。そこに9㎜パラの箱を積み上げた。さすがに軍用の新品の弾だ。ヘッドスタンプ(弾底)の刻印はすべて9㎜LUGER USARMY で揃っている。アメリカの銃砲店やホームセンターで買うと、1箱50発が3,4種類のごちゃまぜってことが多い。FOR PEACE なんてふざけた刻印もあったりするんだよね。


 弾込めの終わった弾倉をセットし、セーフティーレバーをふたつ解除し、50m先の標的に照準を合わせ、トリガー(引き金)をゆっくりと引き絞る。


「パン!」という軽い音。反動は思ったより小さい。

 地下トンネルの煉瓦の壁に、発射音が延々と反響して、まるでデジタル音楽の打ち込みの打楽器のようにここちよく響いた。


 スコープを覗くと標的の人型の紙の左目に穴が開いている。

「うーん、気持ちいいなあ! くっくっくっ、これ最高!」

 僕は完璧にこの銃のファンになっていた。


 マイクから練習場のPCにメールが来ていた。電話する。

「どうだい、新しいマウザーは?」

「うん、とってもいいよ。最高レベルのマウザーだよ。これを作った人の愛情が感じられる素晴らしい出来だよ」

「それはよかった。職人にもそう伝えておくよ。で、気分のいいところでミッションをお願いしてもいいかな」

「あー。ずるいなあマイクは。うん、いいよ。僕を納得させられる内容なんだろうね?」

「ああ、そう思う。いまからそっちに行くから、直接話そう」

 僕はまたレオを撃ちながらマイクの到着を待った。


「やあ。マウザーに夢中のようだな。で、吹き矢のほうはどうなんだい?」

 静竜は、筒本体、シャトル(矢)ともに、ほとんど完成形に近い。

 問題はシャトルを連続して取り出せるケースの開発だった。


 まず参考にしたのは旧モーゼル式の「上からカートリッジに押し込むホルダー」だった。これはなかなかうまく作れなかった。なによりかさばりすぎる。

 次に作ってもらったのが今のカートリッジの原型だ。

 静竜の矢は、薄いチタンとアルミほかの合金の「シャトル」に、ニッケルクロム合金の「(やじり)」をねじ込んで作ってある。

 僕の肺活量が次第に増大してきたので、1.8gのものから、現在は1本2g超の重いものになっている。


 矢の形状は「円錐」だ。直径12mm、長さ39mm。重ねれば20本で10cmくらいに収まる。完全にスタッキングできるように作らせたからだ。

 僕は塩ビ管を工夫して、中央部に溝を入れた。そこにスライド式のリフターを付けた。このカートリッジを静竜本体にパチンとはめると、筒が2本平行にくっつく。左手でも右手でもいいが、カートリッジのリフターの頭を親指で押し上げていくと1本ずつ矢が押し出される。この自作カートリッジで試験を繰り返し、設計図を書いて研究所に製作依頼した。


 実戦ではカートリッジからオートでせり上がってくる矢を1本ずつ吸い取り、静竜の吹き口に挿入する。長さ38cmの静竜本体に、約15cmのカートリッジがくっつく形になる。見た目はちょっとカッコ悪いが、これで吹くスピードは格段に上がるんだから仕方ない。

・・・もう少しかっこよくならないかなあ。


「ダイはアイルランドに行ったことあるか?」

「うん。イギリスにいたころ、家族で遊びに行ったことがあるよ。ダブリンと・・・えーっと、緑の蛇が紋章の・・・」

「KILDARE!」

「うん、そこ。ママの友達がそのキルデアのメイヌースって街に住んでて、遊びに行ったんだ」

「まあ、縁があるというか・・・偶然なんだが、頼みたいのはそのキルデアにある古城のことなんだよ」

「・・・?」


 僕はアイルランドにはいい印象を持っている。自然の豊かな落ち着いた風土。質素で素朴な国民性。どこか日本人と共通する奥ゆかしさ。なんだか「前世からの縁」なんてのも感じちゃう。

 今回のマイクの依頼はIRA(北アイルランド解放同盟軍)とは別の、「トリスケル革命軍」という組織が引き起こした「英国大使の長女誘拐事件」の解決、だった。ミッション#1の成功を分析した英国情報部は、僕の能力を誘拐の被害者救出に適していると判断したらしい。


 ダブリンの英国大使館近くで少女が誘拐されてから、すでに1週間以上が経っているが、その少女、キャサリンが生存しているのはスカイプのTV電話で確認されている。父親の大使と1日1回、ライブでキャサリンが会話しているのだ。

 IRAではなく、アイルランド国内の独立派、というのは珍しいと思ってたけど、アイルランド全土を取り戻したいという思いは、実は全国民的な切望なのだと、ギネスビールの社長令嬢が教えてくれたことがあった。

「だって、UKってもともと別の国だし、言語も宗教も文化も、アイルランドの方が古くて深いのよ」

 スコットランド独立の有無を問う住民投票が行われたのは記憶に新しい。UKは実はいくつもの「国」の集合体なんだね。


『トリスケル革命軍』というネーミングも意味深だ。アイルランドは「ケルト文明」の国だ。紀元前からのケルト文明にカソリックが混淆し、現在のアイルランドの文化の源流を形作っている。

「聖なる三角形」という意味の「TRISKEL トリスケル」は三つの渦巻きを三角形に結んだ形をしている。アイルランドのケルト紋章や教会、古城の門、墓石、旧家の紋章なんかによく出てくる。

 このトリスケルという紋章を自分たちの組織の名前にしているのは、誇り高いアイルランド人のケルト文明に対する崇拝の念と誇りの表れなんだろうと思った。


 あんまりゲリラたちを殺さずに女の子を救い出せればいいんだけどなあ。

 僕はそんなふうに気持ちが変わっていくのをロンドン行きのANAの席で眠りに落ちながら感じていた。隣の座席にはCIAの日本人エージェント、絵里香が美しい笑顔で僕を覗きこんでいた。

 彼女はチュッと僕にキスしてから毛布を掛けなおしてくれたみたい。まあ、僕の母親役なんだから、それくらいは・・・


             *   *   *


 ケーナを練習してて思い出したことがあった。この「超アイ現象」、かなり以前からちょっとずつ顔を出してたんだ。

 ある日、「お友達」の女子大生の自宅で気まぐれにピアノを叩いているときにその「異変」が発現したことがあった。


 僕はロンドンの幼稚園に行ってるときからピアノとヴァイオリンとフルートの個人教室に通わされていた。

 ロンドンではピアノは“一律にバイエル”ではない。バッハの平均律とか、モーツァルトのピアノ協奏曲、ベートーベンのソナタなどに聞き入っている僕を見て、その中年女性の先生は指導を始めた。 

「ダイ、月光をグレン・グールドみたいにハイスピードで弾けるようになりましょうね」

 彼女はそう言って僕をはげましつつ、ピアノを教えてくれた。日本のピアノ教室に通うようになって、「バイエルは卒業してるの?」と聞かれて面食らった。イギリスじゃ、バイエルなんて見たこともない。だってバイエルには最初の方にはト音記号しか出てこないから、ヘ音記号が出てくると弾けなくなっちゃう。それに右手だけで弾く曲からスタートする変な教則本なんだよね。2冊のバイエルを卒業して、ブルグミュラーに進む生徒の割合って、どれくらいあるんだろう?


 ヴァイオリンも同じだった。ロンドンの音楽教室は今日本で盛んになってきた「中年からはじめるピアノ」とか、「この1曲だけを弾けるようになりたいという人のための教室」とかいうレッスンに近い教え方をする先生が多いのだ。

 ピアノ教室にかようすべての生徒がプロのピアニストになれる訳ではない。そういう一部トッププレイヤーになる道を選択する親は、日本のピアノ教室と同様の先生を選ぶが、僕のママは「ピアノとかヴァイオリンで自分の好きな曲が弾けたら、すっごく楽しい人生が送れるわよ」と言うような考えの人だったので、僕が途中で投げ出すのを避けることを中心に教室を選んだようだ。


 おかげで僕は、ベートーヴェンの「月光」とか「熱情」をごく遅いテンポでならなんとか最後まで弾けるようにはなっている。

 ヴァイオリンも無伴奏ソナタやパルティータ、ベルギーで人気のフランクのヴァイオリンソナタなんかを、楽譜を見ながらであれば弾けるまでになった。

 日本に戻ってからもピアノ教室やヴァイオリンのレッスンにはかよったが、どうにも一律の練習でいやになり、次第に足が遠のいていて、ごく気まぐれにしか通っていない。

 思春期になる前の男の子はピアノが弾けたりヴァイオリンが演奏できるより、サッカーのリフティングが1分続けられたり、キャッチャーミットのど真ん中にボールをたたき込める方がかっこいいんだ、と思うものなんだよね。


 ピアノ教室で発表会の日程が決まると、先生は僕だけ呼び出して「ダイちゃん、あなたまた月光を弾くの? それだったら、もう少し早いテンポで弾くように練習しないと、お母様、がっかりされますよ」と練習を促した。

 僕は別に発表会に出たいわけじゃない。なんとかいまだに通っているのは、「あー! ダイちゃん、ピアノ弾けるんだ!」というふうに、女の子の賞賛が得たいだけだった。どこまでもスケベ根性丸出しの少年、というわけ。


 数か月前、つまり僕が道場主になる半年くらい前のことだ。お友達のある女子大生の家にあったピアノをいたずらで弾いてみた。彼女とは僕が小学校4年生の時に知り合ってから長い付き合いになるけど、それまでピアノ演奏は披露したことがなかった。

「えー。ダイちゃん、ピアノも弾けるの? すっごーい!」という賞賛の声に、何か弾かなくちゃ収まりがつかなくなって、「エリーゼのために」を弾き出した。


 最初はいつもと同じだった。何百回と弾いているから完全に暗譜しているこの曲をゆっくり弾いた。

(あれ? なんか変だな?)

 久しぶりに鍵盤を叩いたのだけど、チューニングがまるで変なのだ。めちゃくちゃ低い。


 カッコつけようと眉をひそめ、集中して指を動かす。普段なら、だんだん早くなるので先生には「テンポが上がってるわよ。テンポを守って!」と注意されるのだけど、このうちのピアノではそんな監視もない。

 好きに弾いてるのだが、調子が出るに従って同じ鍵盤を叩いても、音程が変わってくるのだ。つまり早く弾くにつれ、音が低くなるんだ。


「ねえ。このピアノ、調律してる? なんか変だよ」

 しばらくぼーっとした顔で僕を見ていたが、その女子大生は椅子から立ち上がって激しく拍手を始めた。

「ダイちゃん、すっごーい! 今の超速弾き、めちゃくちゃかっこよかったわ!」

 これが何を意味するか、そのときは、いやしばらくは全くわからないままだった。なんか変だなあとは思ったんだけど。


 家に帰ってピアノを弾いたが、自宅ではこの現象は起きなかった。自分の時間感覚が早くなる。それはまだ気まぐれに、ときおり起きるので、検証しようという気は失せてしまった。


 2回目に起きたのは、「月光」をゆっくりと弾いていた時だ。「あ、これってあの現象だ!」

 この時はグレン・グールドの演奏より少し早いくらいになった。


 ヴァイオリンの時に起きると、対応するのが難しかった。ボウイング、つまり弓の弾き方と左手の運指がうまくいかない。弦がこすれて振動するんだけど、それが異様にゆっくりとした振動で、弦を抑える指先や弓を持つ右手の指がこそばゆくてたまらないのだ。左右の刺激の種類が違うから、バランスがどうしてもズレちゃう。これはレッスンをさぼっていたこととは関係ないだろうね。


 それでも何とかシャコンヌを弾けるようになっていたので、トライしてみた。聞いてたママがびっくりしていた。次に起きたらヤッシャ・ハイフェッツの演奏するツゴイネルワイゼンに挑戦するつもりになったのは調子に乗りすぎだろうね。


 この「超アイ」が、音楽、楽器演奏に関してだけ影響していると思っていたころの話だ。


           *   *   *

 

 絵里香の運転するレンジローバーでその古城近くまで行った。緑濃い森の中で降りる。


「じゃあ、ダブリンに戻っていて。ホテルじゃ退屈だろうから、競馬場にでも行って遊んでたら」

「ダイちゃん、気を付けてね。私、データ読んでるから、頭ではあなたの能力のこと理解してるつもりなんだけど、実物のあなたを見てると、とっても心配になるわ」


 ダブリンのホテルに母子ということでチェックインし、一晩一緒に過ごして完全に僕のとりこになってしまったらしい絵里香は、車のエンジンを切って僕の頭を抱きしめ、何度もキスしてそう言った。

「心配しなくていいよ。僕はケガひとつ負わずに戻ってくるからさ」

「ほんとに気を付けてね」

 絵里香は心配そうな顔のまま車を出した。


 CIAと英国情報部のくれた情報は少々古いようだった。

 その古城に少女が監禁されていたのは、1日か2日前まで。いまは別の場所に移動させられているらしい。

 さんざん走り回ってフル装備で固めているテロリストたちを斬甲剣と穏剣で倒し、城の中のすべての部屋を探し回ったが、それは徒労に終わりそうだった。


 僕は1本のカートリッジを胸ポケットに差し、もう1本を静竜にセットし、ゲリラたちが階段を上って来るのを待ち構えていた。キャサリンがこの城からどこかに連れ出されてしまっていることは間違いない。こうなるとゲリラに直接聞いてみるしかない。

 上ってきたゲリラは8人だった。僕は先頭の男が階段を上りきった直後に静竜を吹射した。

 こめかみ、額、眼、のど、後頭部。狙う場所は様々だったが、のどを押さえて転げ回る一人を除いて、7人は即死していた。


 喉仏を横から貫通されたが、動脈からはずれていたこの男は、倒れ込みながらも拳銃を抜き、僕を撃ち殺そうと立ち上がってきた。

「やあ、大した根性だね。でも。僕を撃つのは無理だぜ。やってみなよ」


 男は血だらけの手でS&Wのリボルバーを僕に向けた。僕は50倍速にした。男の前に駆け寄り、銃口に1本の矢を押し込む。静竜の矢は、「羽」の部分は薄いチタン合金で出来てるから、力を入れて押し込むと羽をへしゃげさせながら銃身に入り込むのだ。この状態で銃を撃つと銃弾はバレルの中で破裂して、銃そのものを破壊することになる。

 男の正面に距離を3mくらいとって立った。

「撃ってみなよ」


 僕の言葉に男は怒ったような、笑うような表情をして、引き金を引き絞った。

 銃身が破裂し、男は銃を放り出した。手から親指と人差し指がなくなっていた。男は信じられないという顔になった。

「これからは、銃口にモノが詰まってないかどうかを確認してから撃つんだね」

 僕は理不尽なセリフを男に浴びせた。

「この城、ほかに仲間はいるのかい?」

 そう尋ねた。男は苦しそうに左手で右手を押さえながら、頭を振った。「いない」と言いたいようだ。


 僕はポケットから45cmのインシュロック(電気配線用の結束帯)を1本取り出し、男の無事な左手を、死んで転がっているゲリラの一人の手首と一緒に固定した。

「ちょっと探検してくるからね。他に誰かいたら、おまえの脳天をこの剣で断ち割る。おまえの言うとおり、おまえが生き残ったただ一人なら、止血して死なないようにしてやる。わかった?」

 男はうんうんと言うかのように首を縦に振った。


 僕は地下への階段を慎重に降りた。そこには武器庫と並んで変電室があった。僕はそのドアを開けた。武器庫にあった手榴弾を一個、変電室の中に放り込む。

 爆発と同時に城の照明が全部消えた。

 僕はヘルメットからゴーグルをおろして眼に掛けた。そして赤外線暗視カメラのモニターにする。それからゆっくりと城の中を探索した。だれ一人生きていなかった。次第に熱を失っていく死体が転がっているだけだった。

 

 僕は唯一生き残ったさっきの男のところに戻った。デスクの上にガムテープがあったので、それを男の首に巻いた。一応これで止血にはなる。同じようにまだ血の流れてくる右手にも止血処理を施す。

「さあ、これで出血ですぐ死ぬことはないだろう。答えてもらうよ。英国大使の娘、えーっとキャサリンだ。彼女はどこにいるんだ?」

 僕は男にダブリンの港に停泊中らしいクルーザーの船名を血で床に書いた。男はもうあらがう気持ちを失っているように素直だった。

「いい子だ。医療班を呼んでやるよ。ただし、おまえが嘘を教えたことがわかったら、即刻処刑させる。いいね?」

 男は激しく首を縦に振った。


「トリスケル3世号か。なんていうか、そのままの名前じゃん。バカなのか、それともアイルランドじゃ不自然じゃないのか・・・」

 僕は結局40人近くのゲリラを抹殺することになったその古城を出た。英国情報部の担当官に電話する。

「ダブリンのヨットハーバーのどこかにトリスケル3世号ってクルーザーが停まってるはずなんだ。それを調べてこの番号にメールして」


 僕は競馬場のバーで飲んでるエージェントの絵里香に電話した。

「終わったから迎えに来て。あ、僕の着替えとタオルをホテルから持ってきて。僕のボストンバッグに入れて持ってくればいいから」


 しばらく古城の周りの池や小道をぶらぶら散歩した。水面には2羽の白鳥がゆったりと泳いでいた。

 気をつけていたけど、やっぱり40人も殺すと、返り血がそこら中に付いているし、靴の底にはべったりだ。


「お仕事、順調?」

 運転席のドアを開けて顔を出した絵里香は、のんびり尋ねた。彼女は車の運転が好きなんだろう。またレンジローバーを運転してやってきた。

「相当飲んでるんじゃないの?」

「平気よ。私、お酒強いの」

 僕はその場で素っ裸になり、手と顔の返り血をぬぐった。ボストンバッグから新しい服や下着を出し、身につける。戦闘服はバッグの中のビニル袋に入れてしまう。


 担当官からメールが来たのは、車がホテルのファサードに着いたときだった。トリスケル3世号は、ダブリン郊外のヨットハーバーの中でも最大で最高級なシーンムーヴパークというクラブ専用停泊所に係留されているようだ。

 

 僕はボストンバッグを絵梨香ママに持たせて、部屋に戻った。絵里香は、それでも緊張していたのだろう。服を着たままベッドで眠ってしまった。僕は絵里香に毛布を掛けた。

「しばらく寝てて。僕はまだ仕事が残っているから出かけるね」

 寝顔の絵里香にそうささやいて、僕はスーツケースを引っ張りだした。僕のには武器類がびっしり詰まっている。絵里香のには彼女の衣服とモーゼルの弾丸が詰め込まれている。


 僕はシャワールームで徹底的に全身を洗い、服を着た。

 見ようによっては、自転車ツーリングの冬服に見えなくもないグレーの上下にヘルメット。靴だけが不自然な革製スニーカーだったが、旅行者の少年の服装に神経をとがらせる一般人なんているわけがない。武器はショルダーバッグに入れた静竜改とモーゼル。


 僕はホテルのフロントに電話でレンタサイクルを頼んでおいた。

「ご注文のマウンテンバイクはエントランスのすぐ前に置いておきます」

 ホテルマンは完璧なクイーンズ・イングリッシュでそう言った。アイルランドではそれが嫌みに聞こえる。


 日本人がアイルランドを旅行すると、急に英語が上手くなったような気分にさせられる。これは「ケルト語=母国語」だが、国民全部が英語を話せるアイルランド人が、少々怪しい発音の英語も一生懸命わかろうと努力してくれるせいなのだ。

 アイルランド人はいい意味で「田舎者」なのだ。優しさが特徴的な国民性だった。旅行者はいい気になってロンドンに戻ると、とたんに全く自分の英語が通じないことに愕然とするのだ。


 英国情報機関の担当者に、古城のことを電話する。

「まだ一人だけ、生きてるゲリラがいると思う。情報提供の代わりに生命の保証をしたんだから殺さないで治療してやってね。他の死体に縛り付けてあるから」

「ひとりって・・・ゲリラは何人いたんだ?」

「40人くらい、かな? 殺しながら、いちいち数なんて数えちゃいないから、正確な人数はわかんないよ」

「40! なんて少年なんだ君って」

「じゃあ、約束だよ。トリスケル3世号には僕ひとりで乗り込む。絶対に武装警官や軍には手出しさせないでね。姿を見せるだけでキャサリンが殺されるのは明らかだからね」

「ああ。それは保証する。だが、今度もキミひとりで乗り込むのか・・・」

「そう。出来れば誰も殺さずにキャサリンを救出したいと思ってるんだ」


 僕はマウンテンバイクでダブリン市内を走り抜けた。イギリスと同じように日本車が目立つ。

 ラウンドアバウトを三つ過ぎたころ、海の匂いがしてきた。もうすぐシーンムーヴパークだろう。


 めちゃくちゃ豪華なクラブハウスだった。まるでお城だ、というより、このクラブハウスは本物の城を改装したものらしい。その横の道から続く海岸線は煉瓦で舗装され、キャリアーに乗せたクルーザーが70、80艘ならんで引き上げられていた。

 海の上にも30艘ほどの大小のクルーザーが係留されている。

 僕の自転車は止められることなく港を走った。


 トリスケル3世号は群を抜いて大きなクルーザーだった。繋がれているのは、他とは違い、レンガ造りの大きな桟橋で、そこに堂々と停泊中。とてもゲリラの所有物には見えない。きっと有力者の後ろ盾があるんだろう。

 僕はその桟橋にマウンテンバイクを乗り入れ、降りた。座り込んで、ショルダーバッグから、ホテルのシェフに作ってもらったサンドイッチを取り出して食べ始めた。クルーザーを見物しながらランチ。そう見えるだろう。


 甲板には二人の船員らしき男が座ってパイプを吹かしながら、新聞を見ている。床においたラジオからは、競馬の実況放送が流れている。


「おい坊や。そのバイク、ウェリントンホテルのだろ? 旅行者かい?」

 船員の一人がのんびりとした口調で尋ねた。

「うん。日本から来たんだよ。このクルーザー、すごいなあ! こんな大きなの、日本じゃ見たことないよ」

「そうだろ。このトリスケル3世号はこの国でも一番大きいんだ」

「何人乗りなの?」

「そうだな。クルーが25人、客は100人ってとこかな」

 そこでもう一人の船員が、

「おい。あんまり余計なことをしゃべるんじゃない」

と、たしなめるように言った。アイルランド語だ。


「ねえ、僕こっちに来て、日本の歌だと思ってたのがアイルランド民謡だったってのをいくつも聞いたんだよ」

「へえー。そうなんだ。たとえばどんな歌だい?」

「えーっと、ちょっと待って」


 僕は静竜のケーナ「静竜改」をショルダーバッグから取り出した。音階用の孔があけられたあれだ。チタン合金製の軽くて錆びない、楽器としての性能を重視した作りだが、こん棒のように相手の頭や手足を破壊できる。こういうときのために念入りに作らせたので一見竹製の本物のケーナに見える。


 まず、「庭の千草(夏の名残りのバラ)」を吹いた。それから「アイルランドの子守歌」「ロンドンデリーの歌」と吹き、最後に「ダニーボーイ」を奏でた。パチパチと何人もの拍手が上がった。僕の演奏に引き出されて、数人の男たちが甲板に出てきていたのだ。


「いやあ、いい演奏だった。おまえ、音楽学校の生徒か?」

「うん。専門はヴァイオリンとピアノなんだけどね」

「おい坊や。船に乗れよ。ピアノがあるんだ。弾いてくれないか?」

「おい、中に入れちゃまずいだろう」

「かまわないさ。どうせなら、この坊主の親からも身代金を取ればいい」

 彼らは僕がアイルランド語を理解できるとは全く考えもしていない。


 僕はピッコロ用の掃除棒にウエスを付け、静竜改の内部の湿り気を(ぬぐ)った。それから管尻のフタを外し、そっと指孔にビニルテープを張り付けて塞いだ。これから始まる戦闘に、少しの支障もあってはならない。


「そら、そこを渡っておいで」

「うん」

 僕はこうして難なくクルーザーの内部に入り込んだ。それも「音楽家」「演奏家」として、ゲストとして招き入れられたのだ。

 ラウンジはかなり広くて立派だった。オークとマホガニー張りの壁と天井。床はチーク材だろうか?

 グランドピアノはスタンウェイ&Son製。床を滑らないように足が固定されている。


 僕は集まってきた人垣の中にキャサリンがいないかを探したが、少女の姿は見つけられない。

(ピアノの音が聞こえてくれば、見張りも演奏を聴くのを許すかも)

 そう思いながら、僕はピアノの前に座った。

(練習してたのは2カ月くらい前だけど、倍速を掛ければ何とか格好はつくだろう)

「じゃあ、ベートーヴェンを少し弾いてみるね」


 僕はまず、「エリーゼのために」を弾いた。ゆっくり、指定テンポの3倍くらいゆっくりと指を運ぶ。スピード・アイの倍速は4倍速くらいにした。結果的に、正確な運指、ミスタッチもほとんどないままの高速演奏となった。

「オオー! ブラボー!」

「すごいなおまえ。もっと弾いてくれ」

 そんな声に、僕は続けて「アパッショナータ」、「月光」などを相当なスピードで弾いた。


「月光」の途中で、僕はキャサリンの姿を認めていた。

 見張りの男も音楽好きなんだろう。キャサリンの背後に立ってはいたが、彼女を捕まえておくような動きは全くなく、僕のピアノ演奏に聞き惚れていた。

 僕はピアノを弾き終えると、立ち上がって観衆、つまりキャサリンを除くと全部トリスケル革命軍のゲリラたちだったが、その80人ほどの観衆に向かってお辞儀した。そしてバッグから静竜改と静竜用カートリッジを取り出し、いきなり50倍速にした。

 キャサリンに駆け寄り、その体を抱きかかえると、甲板に続く階段の方に走った。

 途中につっ立っている男たちは掌底で突き上げるか、手刀で頭や首を叩き、突き飛ばして通り抜ける。


 僕は階段を一気に掛けあがり、甲板に出た。

 出てみてびっくりした。クルーザーはゆっくりと桟橋を離れ、沖に出ていたのだ。演奏することに気をとられ、船が動き出したのに気づかなかったことを僕は反省したが、それだけこの港が穏やかで、かつクルーザーが大きいということだった。

(仕方ない。キャサリンを救い出すには、ゲリラたち全員を殺すしかないか)


 僕は本当はこの男たちを殺したくはなかった。音楽を愛し、外国人にやさしい田舎者の、気のいい男たち。しかし、そうも言ってられない。まず、キャサリンを安全な場所に隠さなければならない。

 僕はちょっと考えたが、キャサリンをパラシュートロープで背中に縛り付けた。

 銃弾が乱れ飛ぶ乱戦の中で、流れ弾から絶対に安全な場所。それはエンジンルームしかない。


 僕は船の底に続く階段があるドアに走った。よくそんなドアの見分けがつくなって?

 僕は何度もこのクラスのクルーザーに乗って旅行している。ソニアのクルーザーだ。大型クルーザーは、この百年、基本的な構造は変化してない。改良できるところはすべてされ尽くされているということだ。

 最近の改良はGPS関係、ソナーやレーダー、PCや通信機くらいだった。IT系以外は、世界の高級クルーザーの構造は昔からほとんどみんな同じなのだ。


 僕はキャサリンを船底のエンジンルームに運び入れた。中にいた機関士たちは6人だったが、静竜改で全員を倒す。

 なにが起こっているか、その判断が付くには時間が短すぎるのだろうし、僕の走るスピードに反応できる人間は皆無だった。

 機関長だけが持てる個室がやはり備えられていた。僕は背中からキャサリンを降ろし、リアルタイムに戻した。


 「いいかい。僕は君を救い出すよう、君のパパとママに頼まれたんだ。だけどここはまだクルーザーの中だ。僕はこれからゲリラたちと戦う。米英軍の救出部隊が来るには、君がこの部屋を出ないことが重要になる。僕はこの部屋を出て行く前にカギをかける。中から絶対に開けちゃだめだよ。この部屋のカギは海に捨てる。安全になったら、僕が声をかけるから、それまでは誰がなんて言おうと開けないこと。守れる?」


 気づいたらいきなり別の場所にいたことも、僕一人で救出に来ている不自然さも、彼女には疑問だらけだったろうけど、キャサリンは何も言わず頷いた。そして僕の首に両手を回すとキスして、

「さっきのあなたのピアノ、とっても素敵だったわ」

 そう言ってほほ笑んだ。かわいいなあ、この子。

 僕は機関士長の部屋に内側から鍵が開けられるのを確認してから、壁にあったキーを窓から海に投げ捨てた。

 テーブルにショルダーバッグの中身をぶちまける。

 モーゼルのレオ、20発入りと10発入りの弾倉が5本ずつ計10本。静竜改、矢のカートリッジ。暫甲剣を持ってこれなかったのが悔やまれるが仕方ない。長すぎてショルダーバッグには入らないんだもん。



(もう奴らは動き始めるだろうから、デッキに戻んなくちゃ。まず、モーゼルの弾をどれだけ命中させられるかだな)

 僕はのんびりと階段を上がっていった。リアルタイムに戻したのは、キャサリンと会話する間だけだったから、約2分。この間にトリスケル革命軍の戦闘員たちはどんな行動に出ているか。

 案の定、驚くほどのんびりした連中だった。僕は彼らの間をキャサリンを抱き抱えて走り抜けるとき、掌底や手刀でなぎ倒しただけだから、血はまだ一滴も流れていない。

 だいいち、日本人の少年演奏家のピアノ演奏に感激している連中に、その僕が人質を奪い返しにきた戦闘員であるなどという発想することが自体が無理なことだったのだ。彼らが僕を恐るべき戦闘マシーンだと認識するのは、僕に殺されるその時になってからだろう。


 僕は50倍速でラウンジへのドアの外に舞い戻ると、そこで5倍速に切り替えた。ほとんど一人ずつ出てくる男たちを、レオでしとめていった。みんな眉間の真ん中を射抜かれて、階段から転げ落ちていった・・・

 男たちは、英国軍の襲撃だと勘違いしたのだろう。沖の方に出ているクルーザーが巡洋艦あたりに狙い打ちされてると思ったようだ。


「這え。這って出れば狙われないぞ!」

 年かさの男がそう叫んでいた。

 僕がのんびりとデッキに立っているのを見て彼は僕に向かって叫んだ。

「おい坊主、そんなところにいちゃ危ないぞ!」

 彼を射殺するのは、さすがに気が滅入る行為になった。


 10発入りの弾倉4本を撃ち尽くしたとき、死体は50を超えていたと思う。

 だれも階段から出てこなくなった。

(裏に回ったな。もう相手が僕一人だと気づいているかもしれない)

 僕はそう考えた。これからが本当の戦いになるんだ。僕の右手は硝煙のきつい臭いがしていた。ゆっくりと銃をショルダーバッグにしまう。


(致死率90%ってところかな。ギリギリ合格かなあ)

 そんなことを考えながら、僕は孔をテープでふさいだ静竜改に矢のケースを装填した。

 いきなり数百倍速の「超アイ」状態になったので、どこからか銃撃を受け始めたのがわかった。マシンガンの弾幕が3列揃って操舵室の窓から黒とオレンジのテープのように連なって僕のほうに流れ出してくるのが見えた。あわててデッキを転がって避ける。


 そのまま立ち上がって走った。超アイ状態で走ったのは久しぶりだった。マシンガンを撃っている3人の眼には、僕が忽然と消えたように見えただろう。いや、見えなかったかもしれない。僕はデッキの階段を駈け上がり、静竜改で3人の後頭部を叩き潰したからだ。

 二人はそのまま崩れて死んだ。だが一人は指がトリガーに固まりついたらしく、マシンガンは火を吐き続けた。操舵室の天井にズブズブと大口径の銃弾が突き刺さっていく。

「面倒なやつだなあ」

 僕はその男の銃を蹴飛ばした。指がトリガーから離れ、ようやくマシンガンの連射が終わった。しかし、ゲリラはそれこそ無数に潜んでいたのだ。ここまでで50人くらい殺した。あの男の話を真に受けるなら、ゲリラはあと70人はいることになる。船のクルーもゲリラと数えるなら、さらに増える。

 暫甲剣・・・。あれはすごい武器なんだなあ。僕はそんなことを思いながら、窓際に倒れているキャプテンの襟賞のある男の死体からマシンガンを取り上げた。そして「ゆっくり蹴り開けてくる」ドアに向けて三脚をセットし、引き金をその男のネクタイで絞って固定した。銃弾が火を吹き始める。


 僕は部屋の隅に移動した。マシンガンは火を吐き続け、ドアを蹴破った男は、真っ先に穴だらけになった。残り二人のマシンガンをセットしているうちに、最初のマシンガンの弾が尽きて止まった。

 僕はもう一丁のマシンガンをよろよろと担いで階段の前に立った。ポケットにあったパラシュートロープでそのマシンガンの引き金も絞って縛る。そして再び火を吐き始めたのを階段の中に蹴り込んだ。

 中から悲鳴が上がり始める。今度は余裕を持って3台目にも同じ細工をして、今度は少し階段を下りてから部屋の中にマシンガン第3号をほおり出す。

 しばらく派手な銃声が交錯した。


 音が消えた。

 僕はこれでゲリラが全滅したと考えるほど甘ちゃんではない。

 ちらりと船室内を覗くと。死体になってころがっている肉の塊は12、3人分だけだった。

(もうたくさんだ。もう止めにしたいな)

 そういう僕の考えは、すぐに打ち消された。足音が船底に向かったのだ。

(ヤバい! キャサリンが殺される!)


 恐怖心が僕の中に湧き上がった。リアルタイム状態から、いきなり最高速の数百倍速に切り替えた。

 走った。百倍速を超えるスピード・アイでの僕の速度は、数十mの距離の差をコンマ00秒台で稼いだ。


 僕は狂ったように動いた。

 新たに銃弾をセットしたレオを撃ち尽くすと、静竜改を手に、クルーザーの隅から隅まで探索し、穏剣を投げ、隠れている男を殺し、静竜を吹き続けた。矢が尽きると筒を振り回して殺していった。

 悪魔だった。死神だった。クルーザーに生きている人間は僕一人だけになっていた。いや。キャサリンがいた。


 船底のエンジンルームに降りた。

 ドアの前に立とうとした。しかし、できなかった。僕は無傷のドアを見た瞬間、へたり込んでしまったのだ。


「キャサリン。無事か?」

 やっと声が出たのは何分後だろう。


 血だらけの僕を抱きしめているキャサリンを迎えにきた英国大使と母親は、僕にキスの嵐をお見舞いした。

(おっさん、おばさんのキスは勘弁してほしいなあ。日本にはこんな感謝の表現はないことくらい、外交官なら勉強しとけって)


 僕が目覚めたのはダブリンの病院のベッドの上だった。あまりの返り血に、僕の体のどこからか出血しているのではないかと疑われ、米海軍の病院に搬送されたらしい。

「あ。目が開いたわ!」

 少女の英語が聞こえた。頭を巡らすと、キャサリンがベッドサイドの椅子から立ち上がっていた。


 それからのことは、ここに書くに値しない。僕がパーティや表彰会や英国米国アイルランドの大使や高官たちの招待をことごとく断って、ただキャサリンとのデートだけを楽しんだ。ダブリンからロンドンの大使館に戻ってから、僕とキャサリンはデートを重ねたのだ。彼女の心の傷を完全に癒すには何日もかかるだろうと思われた。

 僕が日本の土を踏んだのは、クルーザーから降りてから6日後だった。



(イギリスとの縁も出来ちゃったのかなあ)

 これがキャサリンとキスしながら思ったことだった。


 日本に帰ると、羽田空港にマイクが出迎えに来ていた。

 テロ集団「トリスケル革命軍」は僕に主要メンバー170人を殺されたせいで消滅したとマイクが言った。

「情けないなあ。たかだか200人くらいのテロリストと戦っただけだろう。そんなに消耗するなんて。ダイらしくないな。しかし今回の君の活躍はすばらしいものであったことは認めるよ。イギリス軍も情報局も、まったく手が出せない状況だったんだから」

「・・・本当のことを言うと、僕はあのアイルランド人たちが好きだったんだよ。信念のあり方は違うけど、裏のない、まっすぐないい男たちだった。そんな連中を殺さなくちゃならない状況はきついよ」

「・・・そうか。そういう優しさがダイの本質なんだな。でも私にはそれは君の良さと同時に弱点にもなるってこともわかっているつもりだ。次からのミッションは、絶対的な悪を対象にするよう進言しておこう」


 僕には人種偏見はないと思ってた。でも、いろんな人種を殺す経験を経て、自分の中に偏見そのものを発見した。

 白人は殺しにくい。それは幼少期をロンドンやパリやブリュージュで過ごしたせいだろう。友人や、かわいがってくれた白人たちの記憶が僕の脳や体に染み着いているらしい。


 むしろアジア人の方が殺しやすい。日本人は、その基本的な「優しさ」を感じてしまうと殺しにくくなるようだった。

 黒人は何の感慨もなく殺せるようだ。アラブ人にも抵抗はない。

 そういった「自己分析」には辛いものがあったが、今後の僕の行動指針となるから、しっかり自分の深層心理を見つめた。


 このトリスケル革命軍殲滅は、僕の心に傷となって残ったのは間違いない。こののち、僕は自分のシンボルマーク、ロゴに「トリスケル」の図を使うことにしたのだから。

 彼らへの鎮魂の気持ちがそうさせるのだろう。殺人の衝動は沈静化することはなかったんだけど、殺人鬼への道を歩まずに済んだのは、このミッション、いや、アイルランドの素朴な男たちの死のおかげだと思う。


 イギリス政府から報酬が振り込まれた。120億円くらいだった。

 その報酬は全額大震災の被災地復興資金に使うことにした。この金額で再生できる漁村の候補が5か所あるということだった。僕はNPOを信じちゃいない。で、東京工業大学の都市工学科教授をしている斉藤喜一博士に依頼して、大震災の被災地区の現況や、再生プログラムを作ってもらった。

 僕自身はいちども被災地には行かなかった。いけばまたかわいい女の子に会った地域に援助を集中させしまうのがわかっていたからだ。


 こうして僕のミッション#2は心に痛みをのこしながら終了した。




第6話  終わり



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ