凛花の思い。
私は産まれた瞬間に姉という立場が与えられた。
私のすぐ後に産まれた弟、凜人の姉となった。
物心着いた頃には私の性格は今のようなガサツで女らしさの欠けらも無いほどに男勝りだった。
弟を守らなくちゃという気持ちからだったのだと思う。
私と違ってすぐ泣く弟は小さい頃からよく女だ!とか弱虫!!と男子からいじめにあっていた。
その度に同い年の私は弟を庇うためにその男子たちと殴り合いをしていた。
正直やり返すことも否定することもしない弟にイライラしていた。
弟はいつも、僕のせいでごめんね、ごめんねと泣きながら謝るばかり。その度に私の中でもイライラが隠せなくなっていた。弱虫。私だって怖いのに。私を守ってよ。小さいながらに口には出さず心の中で思っていた。姉という立場のせいだったのかもしれない。
私達が小学5年の頃事件が起きた。
ひとつ上の6年生の5人に虐められていた弟を庇おうとしたときにそれは起こった。
「おい!凜人を虐めるな!」
そういうなりその私よりも身体の大きい男子に殴りかかったのだが、男子は私の攻撃に焦ることなく軽く手で躱し腹部に蹴りを入れてきたのだった。
「あがっ……!!」
突然の味わったことの無いような激痛。
そしてその瞬間に私は理解したのだ。男と女の体の成長の違いを。
小さい頃ならまだよかった。小学低学年までも良かった。だが、今はどうだろう。力に差が出始めていた。
守ってよと思っていたこともあった。今でもそれを思う。でも、《負ける》ということが悔しくて、私は初めてその場で泣いてしまった。
「おいおい、泣き虫にとってのヒーローも泣いちまったじゃん。雑魚ー!」
私をみながらそいつらはぎゃははは!と笑っていた。私はお腹の痛みよりもその悔しさが勝り恥ずかしくなり、今すぐ消えたいと思った。その瞬間だった。
「……まれ!!!」
虐めてたヤツらの声ではない。でも聞いたことの無いような声だった。その声は次ははっきりと聞こえた。
「凛花にあやまれ!!!!!」
その声と同時にごきっという鈍い音が私に耳にはっきりと届いた。
弟が初めて怒りという感情を表に出したのだった。
何が起こってるのか分からなかった。
弱虫といじめられ、いつも怒らずやり返すこともせず、一方的に言われたい放題やられ放題の凜人がこれでもかと虐めてきた男子達を殴っている。一方的に。
5人相手にだ。怒りという物に子供である彼らは恐怖したのか、怯えている奴もいた。
私も正直怖かった。あんな凜人見たことがなかったからだ。
5人のいじめっ子が地面に倒れるまではあっという間だった。
「凜人……?」
凜人は最初に私に蹴りを入れてきた奴の上に跨ると拳を上げていた。
そのいじめっ子は大泣きしながらひたすら謝っていた
「ふぉへんははいい…!ゆるひへぇ!!!」
顔がボコボコになって腫れ上がり上手く喋れない状態でも必死に許してもらおうと謝っていた。
だが、怒りが静まらない凜人はその上げていた拳を振り下ろそうとしていた。
「凜人!!!!」
私はすぐに起き上がって凜人に駆け寄って抱きつくように凜人に倒れ込んだ。
あの最後の1発はなんだが止めないと行けないような気がしたからだ。相手はもう恐怖しかなかっただろう。その相手をさらに追い込もうとしていた。
私は顔を見れなかった。抱きついたままだが、頑張って勇気をだして声をかけた。
「も、もういいから…帰ろ?……」
そういい少しすると、身体がふっと浮くのがわかった。凜人は上に抱きつくように覆い被さる私をずらし、起き上がった。
「そうだね、帰ろう」
凜人は笑っていた。
それなのに涙がずっと零れていた。
帰り道私達は手を繋いで夕日が沈む中家へ向かっていた。今日は初めて、凜人が私の手を引く形で前を歩いていた。
なんて声を掛けようか迷っている時
「お腹いたくない?大丈夫?ごめんね、巻き込んじゃって…」
また謝ってきたのだ。
泣くことはなくしっかりと私の目を見て申し訳なさそうに。
私は、凜人もいつの間にか小さい頃の弱々しさが無くなっていることに気づいた。
「うるさい…弱虫のくせに…私の心配より自分の心配しろや!」
勝手に守りに入ったのもやられたのも私なのに凜人は心配をしてくれた。昔から優しすぎるんだ。この弟は。
「やっぱり凛花はお姉ちゃんだね、優しいもん。それに強い。カッコイイなぁ」
その今聞きたくない言葉を聞いて私は思わず声が出てしまった。
「…ない…」
「え?どうしたの?」
「強くない!!!!」
そういうなり私は弟に手を出していた。
弟は避けることも無く、顔面で私のパンチを受け止め、鼻血を垂らしながらも笑顔を絶やさず言った。
「どんな時でも俺を守ってくれる。本当にカッコイイヒーローだ!俺にも乱暴だけど…そんな凛花がお姉ちゃんでよかった!」
気づかなかったけどいつの間にか俺と言っていた。
昔は僕だったのに。私は弟は弱いとずっと決めつけていた自分に腹が立った。
そしてこの時なぜか私はお姉ちゃんという言葉に違和感を覚えたのだった。
後日私と凜人とお母さんは学校に来ていた。
そのいじめっ子たちとその親御さん達と話すためである。
学校へ行く前は、お母さんは、
「まぁ子供の喧嘩だし良くあることよ、でも謝ることはしっかり謝りましょうね!」と笑顔に言ってくれていたのだが、学校につき、そのいじめっ子達の顔の腫れなどを見て絶句していた。
うちの子が…?と言わんばかりに青ざめた顔でこちらを見てきた。
「俺がやったんだ。」
凜人は冷静なトーンでいじめっ子達を見ながら
母に伝えた。
「りっくん、あなたが?どうしてこんなふうになるまで?」
凜人は答えなかった。
そして、担任である教師が口を開いた。
「まず初めに、凜人君、この子達に言うべきことはないかね?」
私は苛立ちを覚えた。凜人を虐めてきたのはそっちが先なのに!
私がそう声に出そうとした時に凜人は口を開けていた。
「沢山殴ってごめんなさい」
凜人は深く頭を下げていた。
私は相手のお母さん達をみていた。だが、彼女達はどこか複雑な顔をしていた。
そして、少しの沈黙の後私に蹴りを入れてきた子のお母さんが口を開いたのだった。
「謝るのはこちらです。息子に洗いざらい全て聞きました。どうしてそうなるまで喧嘩になったのかを。」
そこからその子のお母さんは話してくれました。
元々は凜人が虐められていたのではなく…
私が6年生の間で色々な悪口や、イタズラなどをされていたことを。
そして、素早くそれを見つけては凜人が止めたりしていてくれたことを。
そして、毎回邪魔をする凜人の事を調べたら私の姉弟ということで、凜人に標的を切り替える代わりに私へのいじめを辞めたということを。だがその私に手を出してしまったことを。
私はそれを聞いて涙が止まらなくなっていた。
複雑な気持ちだった。守っていたはずの弟が守ってくれていたこと。自分の身を犠牲にしていたこと。
凜人はずっと私から顔を逸らすように俯いていた。
いじめっ子達はそのお母さん達と一緒に、私と凜人と私たちのお母さんに謝って、終わりとなった。
私たちは夕日も沈み暗くなった道を3人で歩いていた。
凜人は私とお母さんよりも前をずっと無言で歩いていた。
私はさっきの事を思い出してまた静かに泣いてしまっていた。
そんな私にお母さんは頭を撫でながら言ってくれた。
「小学生に上がった頃かしら。りっくんね、こっそりとりんちゃんを守るために色々習い事を初めたのよ?学校終わったら誰とも遊ばずに、すぐに習い事。」
お姉ちゃん思いね。と、お母さんはニコニコと笑っていた。
「本当は内緒にしてて!って強く言われていたんだけどね。りんちゃん負けず嫌いでしょ?素直じゃないし。そんなのしなくていい!とか言うと思うって言ってたの」
お母さんは前をスタスタと歩く凜人を見て微笑んでいた。
「私だって…凜人を守れるもん…」
私はまたよく分からない感情がグルグルしていた。
お姉ちゃんと凜人に言われた時と同じように。
凜人は優しく心が強い。今までの経験がそうさせたのかは分からないが、私よりも遥かに強かった。
そして、その強くて優しく、私を守ってくれる凜人に変な感情を持ってしまっていた。
その感情に気づく頃にはもう今のようなさらに男勝りな私へとなっていた。弱い私は奥底にしまうように…凜人を困らせないように迷惑をかけないように。強さだけを求めて…
「逃げろ!!!!」
凜人の声と共に部屋の扉へと突き飛ばされる私。
そして、謎の空間に消えていく凜人。
「…ふざけんな……馬鹿弟…誰が逃げるか!!!」
ここで追いかけなかったら私は後悔すると思い強く床をけり、その空間へと入っていくのだった。