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蛮族の国  作者: 雨後ノ晴男
第一章 「戦禍がもたらすもの」
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【水面の宮2】

 玉座の間で僧兵たちに囲われ、輿に座ったままのホプキンスを見た瞬間にルーナ湾に沈めてやりたくなる気持ちが沸き上がったが、


「大変お待たせいたしました。ホプキンス教皇猊下」


 カルスは流暢に、誰が見ても非の打ち所がない仕草で頭を下げた。


「何を仰いますか、カルス様。こちらこそ執務中お忙しいところ、申し訳ありませんな」


 頭を全く動かさず、王への敬称さえも無視した返答であった。しかし、美麗王は全く揺らがなかった。ホプキンスは齢七十にもなろうかという只のヒュームのはずであったが、カルスは決して侮っていなかった。呆けた振りをしてこちらの出方を窺うことなど、この「人もどき」ならば容易くやってのけると考えていた。


「あなた様を見ていると、御父上や……兄君のことが思い出されますなぁ」

「……父も兄も、猊下のお心遣いに深く感謝していることでありましょう」


 一瞬の間を置き答えた。古傷を軽くえぐられたが「もはや何の感慨も湧いていない」という自分の心の状態を冷静に感じとっていた。


「ところで、本日は如何されましたか?」

「おお、そうでした。実は、昨晩神託が下されましてな」


 ホプキンスは白い顎髭に手をやり大仰に答えた。首に下げられている金のロザリオがギラリと鈍い光を放つ。鉄面皮の髭面のほうがよほど可愛げがあるとカルスは思ったが、無論おくびにも出さなかった。


「新しく教会を建て替えよ、とのお告げでした」

「ほう、それは素晴らしい」


 満面の笑みを浮かべて見せたが、蒼炎王の眼の鋭さは増していた。

 

 先王ギレンの代で王家の力が急激に削がれた理由がこれであった。神々の寵愛を受けるためならば、自分の命以外のものを全て差し出す信心をギレンは持ってしまっていた。「反乱軍」と戦う余力こそ残しながらも、それを完全に鎮圧する力は王家に残されなかった。

 そして、免税をはじめとした数々の特権がある教皇領に加え、信者からのお布施によって教会は更に力を強めていった。加えて、新しく建てかえられた豪奢な教会は、国内にとどまらず国外にまで信徒を広めることに大きく貢献していた。


「して、此度はどちらの物をですかな?」

「そうですな、まずは北のデリクセンまでです」

「まで、と仰いますと?」

「……このヘルヴェティアの、全ての古い教会を建て直さねばなりません」


 髭とは裏腹に黒く濁った瞳が不気味な、しかし力強い光を発した。


「背教者どもとの戦で、国庫が根を上げておりましてな」

「神々より賜った試練、険しいからと投げ出せるものでありましょうか、陛下」


 そう言うとホプキンスは錫杖を鳴らした。輿の周りの従者が音もなく一斉に立ち上がる。


「では、私は礼拝がございますのでこれで」


 詳しくは文でやりとりを、と言い残してホプキンスは回廊へと消えていった。



 再びバルコニーでルーナ湾を眺めながら、カルスは先ほどの会見を思い起こしていた。それは嫌悪感以上に、強烈な違和感を感じたからであった。

 

 おかしい。ホプキンスめは何を焦っている? 王家の力を削ぐには今の態勢のままでも十分であるはずだ。さらに勢力を伸ばそうとでも考えたか? いや、やりすぎだ。王家と反乱軍との均衡が崩れれば、教会とて手に余る。仮にデリクセンまでの教会を建て直しでもすれば、国庫の支援があったとしても、奴等も莫大な出費を免れられぬ。

 まずは、考えられることは三つか。ついにホプキンスめが狂い、地図上からヘルヴェティアの名を消そうと考えた。もしくは、教会が反乱軍どもと手を組んだ。それとも、


「俺の後釜でも見つけたか」


 そう独りごちた後に、ふと山吹色の風になびく髪が頭をよぎった。


「……あり得ない、とは言い切れぬな」


 いずれにせよ、奴の失言を見逃す手は無い。「まずはデリクセン」と奴は言った。何かあるはずだ、その先に。


 ふとハルパトリアの街並みがカルスの目に留まった。茶色い煉瓦造りの家々と素焼きの瓦の赤みが西の城壁の手前まで続いていた。一瞬だけ、今にも泣き出しそうなほど儚い光がカルスの瞳に宿ったが、次の瞬間には烈しい蒼炎をともして虚空を睨みつけていた。


 俺は断じて、水面の月でも籠の中の鳥でも無い。例え教皇であろうと、神々であろうと、易々と支配などされてたまるものか。


「文の用意をしろ。モヌフェラートとメリダスへ早馬を出す」


 陽は少し西に傾き、厚ぼったい雲が南海の上を埋め尽くしていた。


 一羽の荒鷲が、ルーナ湾から北へ向かって飛び立っていった。



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