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蛮族の国  作者: 雨後ノ晴男
第一章 「戦禍がもたらすもの」
7/15

【水面の宮】「ご安心ください、兄上」 ヒュームの神聖ヘルヴェティア王国第二王子 カルス

文章の雰囲気が壊れると思い、今まで何も書いておりませんでしたが、ここでお詫びとお礼を申し上げさせていただきます。


ここまで御目通しいただき、誠に感謝しております。ありがとうございます。


コロナ禍に於いて、少しでも社会に出来ることを、と思い立ち筆を執りました。三月半ばのことです。遅々として進まぬ文章ですが、想像していた以上に楽しく作業をしておりました。

しかし、閲覧していただくこと、誰かに文章を読んでいただくことが、これほどの励みになるとは、全く想像できておりませんでした。四月末に一件ブックマークを頂いたことが、どれほど大きな喜びとなったか、筆舌に尽くせません。


必ず完結まで、文章を書き上げることを、ここに誓います。

重ねて感謝を、読んでいただく喜びを忘れないことを、ここに誓います。


文中の、特にヒュームの名前を中心に大きく書き換えを行いました。せっかく読んでいただいたのに、後から変更をかける形となり申し訳ございません。以降はなるべく形を変えないように、と思っておりますが、また、変更が生じてしまうことがあるかもしれません。どうかご容赦を。

 神聖ヘルヴェティア王国の国教であるローランド教には二つの宗派が存在していた。両者とも大まかな教義は同じであった。ただ一つ、ある言葉に対する解釈のみを除いて。


『神々は遥か天空にあられる。霊峰シュミーツェルよりその地へ至ることも出来よう。

神々は遥か遠き日に人をされた。しかして、人のためにこの世を創りたもうた。

されば、日々の喜びは父なる神々への感謝とともに。

されば、日々の安らぎは母なる神々への感謝とともに。』


 真理派と呼ばれる人々は、ヒュームもエルフもオークもドワーフも、皆等しく人であると考えた。旧約派と呼ばれる人々はヒュームこそが人であり、エルフもオークもドワーフも、人のための存在、つまり、奴隷であると考えた。

 真理派は唱えた。言葉が通じ、寿命も変わらず、肌の色、鼻の高さ、耳の大きさや背丈が異なるだけで我々となんの違いがあろうかと。彼らの赤子とヒュームの赤子を比べてみよと。

 旧約派は答えた。猪や猫や猿が言葉を喋ればそれを人と呼べるのであろうかと。ヒュームと奴らの間に子は産まれぬではないかと。そして、教会の祭壇を見よと。


 旧約派の言うように、古くから各地に存在する教会の祭壇には必ず一枚のレリーフが彫られていた。「冠をかぶった中央の人」に向かって「大きな人」と「小さな人」と「耳の長い人」が手を合わせ、まるで祈りを捧げるように頭を垂れている絵であった。

 悲しんでいるようにも見えた。感謝を捧げているようにも見えた。しかし、それが何を表しているのかを直接見聞きした者など遥か昔に死に絶えてしまっていた。そして、三十年戦争という大きな災いがヘルヴェティアに起こると、旧約派と呼ばれる宗派が急速に力を強めていった。


 ローランド教のシンボルは五つの円を組み合わせたものであった。大きな環の周上に四つの小さな円が、上下左右が対称になるよう配置されていた。


 銀のロザリオが、どこか寂しそうに光を放っていた。

 



 神聖ヘルヴェティア王国の王都ハルパトリアはカウダ川の河口にあった。正確には河口の東、バーラエナ山とルーナ湾の西、大海の北であった。疑似的な半島の先端に、英雄の故郷を意味する王都ハルパトリアは位置していた。

 東を除く三方には高い壁が築かれており、特に北の大陸側に築かれた堀を含む二層の壁は、カウダ川からバーラエナ山にまで渡る長大なものであった。また、海とルーナ湾をつなぐ運河の底には分厚い鎖が何本も横たわり、戦時にはそれらを巻き上げて船を阻む鋼鉄の橋を架けることもできた。ハルパトリアが史上、最も堅牢な城塞都市と呼ばれる所以であった。

 バーラエナ(鯨)山の麓に広がる元々は巨大な湖であったルーナ湾は、月と呼ぶには余りにも形が崩れていた。しかし、湾に造られた巨大な港と大陸随一の規模の都の明かりが新月の夜でも海を照らすことから、いつしか船乗りたちが「地上の満月」と呼びだしたことに由来していた。


 その湾を国王カルスは王城のバルコニーから眺めていた。

 カルスには二つのあだ名があった。三十代には見えない端正な顔立ちと少しだけ紫がかった赤い髪、そして、氷のような鋭さを秘めた碧眼から、人々は彼を「美麗王」と称した。しかし、彼の腹心たちは、否、彼と敵対した者ほど、その優美さの裏側に隠された知性と烈火の如き激情を知ることとなった。第二王子として戦場に立っていた頃から、彼の指揮した軍はたとえ寡兵であっても敗北を知らなかった。いつしか、カルスを畏怖した者たちから「蒼炎ソウエン王」と呼ぱれるようになっていた。


「陛下」


 起き抜けから執務に追われ、やっと一息をついた矢先であったためか、その声の主に華が無かったためか、美麗王は少し顔を歪め視線だけを返した。


「ホプキンス教皇猊下がお越しになっています」


 顔の歪みが急激に露骨さを増した。


「今は忙しいとでも伝えておけ!」

「既にお伝えしました」


 鉄面皮の異名を持つ宰相イヴァンは王の様子などまるで意に介さないように返した。


「イヴァンよ、貴様が誠の忠臣であるのならば、あのような人外の俗物、俺に目通りなどさせず切って捨てるべきではないか?」

「恐れながら陛下、私めの刃では届きませぬ。また、その後を収められませぬ」


 全く表情を変えずに言ってのける宰相を前にカルスは少し思案をしたが、残念ながらこの場をすぐに逃れられる案を見いだせなかった。そもそも侍従ではなく宰相が直々に呼びに来ること自体が、彼らの手に余るということを告げている。誠に遺憾である様を全面に出しながら渋々と王は踵を返した。


「哀れだと思わぬか宰相よ。水面の月など、籠の中の鳥にも劣る。さざ波ひとつで脆く崩れ去るではないか」


ルーナ湾を尻目にふと呟いた。


「恐れながら陛下、光あるからこその月なのです」


 鉄面皮は王の様子などまるで意に介さないように答えた。これで表情の一つでも変えていればもう少し可愛げがあるものを、と思ったがカルスは何も言わずに歩を進めた。




「第一王子が王位を継ぎ」「教皇の手によって戴冠を成す」という伝統が、数百年以上昔から紡がれてきた神聖ヘルヴェティア王国の歴史であった。しかし、王位継承の争いを防ぐというヘルヴェティアを守るための仕組みは、王家と教会の双方の手によって国に牙を剥くこととなった。

 

 三十年前、ボルド八世の治世の頃に事件は起こった。新教皇となったマシュー・ホプキンスが突如ボルド八世を破門とし、第一王子であったギレンに戴冠を行った。偶然にも、南方の商業都市国家へ外征していたボルド八世は補給を断たれ、ハルパトリアへ引き返さざるを得なかった。しかし、その門戸は固く閉ざされたままであった。

 それでもボルド八世は善戦した。ただ、王にとって最も大きな誤算だったのは、ルーナ湾の水門でもバーラエナ山の険しさでもハルパトリアを囲む城壁でもなく、旧約派という勢力の強かさであった。腹心であると思っていた諸侯たちは、ある者は保身から、そして、ある者は信心から、ボルド八世へ槍を向け、貫いた。

 そして、それは悲劇の序章に過ぎなかった。


 ギレンはもともと病弱であったが、敬虔なローランド教徒でもあった。そして、いつの頃からか、自身の体が悪いのは信心が足りないせいであると考えるようになっていた。ヒューム以外の人、つまりエルフやオークやドワーフどもが人として振舞っているからである、と。


 誰かの囁きは、実に心地よくギレンの心を蝕んでいった。


 ハルパトリアには、三十年前までは、ノルス程では無いにしろエルフもドワーフもオークも居を構えていた。彼らは、教会の司祭であったり酒場の主人であったり近衛兵であった。吟遊詩人や大工や漁師であった。三十年前までは。


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