【雲上の舎1】「安心して。あなたの首もちゃんと灰にして、畑に撒いてあげるから」 ドワーフの戦士 ミム
バザラナは「オークだから」という言葉が大嫌いであった。その言葉を吐く人間を嫌悪していた。自分たちのことをよく知りもしないくせにその様な妄言を吐く輩に「ろくな奴はいない」ということをよく知っていたからだ。特に、ノルスの外に住まうヒューモンどもからそんな言葉を聞かされたら必ず分からせてあげた。お前の言葉は間違っているぞ、と。もっとも、訂正を話し合いによって求めるなどという迂遠な方法は殆ど用いなかったが。
だから、というわけではないが、バザラナは綺麗な物が結構好きであったし、戦場以外での服装もドワーフたちのように機能性だけを求めたりはしなかった。肩まで伸びた深い紺色の髪はうなじの上で綺麗に一つに束ね、周りの景色とは似つかわしくないほどの薄着ではあったがお気に入りの麻のシャツは、すき間から骨と牙で作られた首飾りをちらりと覗かせて、尖った緑色の顎の横まで真っすぐに襟を立てて着込んでいた。
しかし、きゅっと引き締まった腰に物騒な鉄塊をぶら下げている割に、切れ長の琥珀色をした三白眼は険呑な光を帯びていなかった。寒さは碌に感じていなかったが、それでもつい腕を組んでしまっていた。
バザラナは混乱していた。ギルドから最重要任務があると聞かされ、一体どれほどの規模の戦場に出向くのかと気構えていたら、まさかこんな羽目になるとは思ってもいなかった。
「戦じゃないって聞いたとき、私はてっきり潜入か追跡だと思った」
「最重要なのにそんなことあるわけないじゃん。それなら兄さんたちや姉さんたちが行くに決まってるだろ?」
大きな左耳のさらに上から響いてくるため息交じりの声に、首を外套に埋めたままエルフのガーリィは答えた。周りの景色と見分けがつかないほど透き通った肌は時折舞い上がる雪と同化し、サラサラと舞う銀髪と茶色い毛皮の外套が辛うじてその存在を伝えていた。
「おい二人とも、お客さんの前だぞ」
一人だけ鎖帷子をまとったヒュームのレオンは目を少し細め、あからさまに気の抜けた声で喋る二人をたしなめた。もっとも、その声に強い否定の色は無かった。
一面の銀世界の中、山あいの中腹に作られたギルドの練兵場で子供たちが訓練をしていた。夏場は山羊や牛の放牧に使われるそこを、ドワーフのミムは柵の隙間から無表情に眺めていた。袖付きではあったが、バザラナと同様、雪国に馴染んでいるとは言い難い恰好であった。もちろん、寝癖頭である為でも黒っぽい衣装の彩りの為でもなく、その生地の薄さ故である。頭から生えた栗色の一本の角のような髪が、ちょこんと柵の上に飛び出していた。
その横では、柵から身を乗り出し爛々と目を輝かせて訓練を眺めている、文字通り周囲から浮いている一人のヒュームがいた。
「おいアルマ、あんまり体重を掛けすぎると――」
「きゃっ」
バザラナが言い終える前に、ノルスでは聞き慣れない叫び声が小さく響き渡った。そして次の瞬間には、雪に上半身を埋めた二本の足がバタバタと宙を蹴っていた。
「……またかよ、もぉ~」
「もう本人に聞かれても構うもんか」という想いが、オークの声の大きさに込められていた。