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短編小説

ハロウィンの奇跡

 営業なんて聞くと聞こえは良いが、物を売りつける押し売りとなんら変わりない。

 飛び込みで知らない会社の門をくぐりあの手この手で商品を押し付ける。


 自社の商品に愛着も自信もないと言うのにどうにかこうにか相手を誑して、口先だけのでたらめな営業が入社してから延々と続いている。

 独占出来る隙間産業なんてなかなかあるもんじゃない。

 どの業界も競争は熾烈を極め飽和状態だ。

 

 学生時代に必死になって取得した検定の類は蓋を開けてみれば糞の役にも立たなかった。高い金を払って認定の紙切れ一枚を手にしても利用する機会はない。

 唯一活躍しているのは自動車運転免許証だけだ。

 

 時代物のポンコツ営業車はMT車で俺以外の若い社員は乗りたがらず、最早マイカーと呼んでも良いくらいに長い付き合いだ。こいつは4速にシフトチェンジする時ギアが上手く入らない曲者で、急ぎの外回りのたびヒヤリとさせられる。

 人一倍大きなエンジン音ははったりで、アクセルを踏んでも新車の軽に置いてけぼりだ

 静かなハイブリッド車と違って走る騒音だから歩行者には車が来たことがよく分かる。ある意味人に優しい仕様になっている。

 散歩途中のハイソサエティーが怪訝な目を向けても素知らぬ振りをしてガン無視だ。

 

 この営業車はポンコツだけど、何だか妙に愛着を感じるのだ。会社の駐車場にぽつりと取り残されているとどうしたってこいつのカギを手にしてしまう。

 

 思い起こせば昔から俺は流行り物や大衆受けするものを好まない。アイドルに夢中になっている友達の隣で次に売れそうなお笑い芸人を模索したり、携帯ゲームにのめり込むことなく碁打ちに明け暮れたりしたこともあった。

 前評判の良い映画なんて見る気がしないし、ベストセラーの小説なんてポップを見ただけでお腹がいっぱいになってしまう。


 俺は俺のお気に入りを自分の手で見つけたいのかも知れない。人に誘導されて辿り着く場所は楽しさが半減してしまう。迷っても時間が掛かっても自分の力で達成する喜びは他に変えられない。上司に媚びを売る暇があるならコツコツと外回りをする方がマシだ。

 そんな訳で今日も相棒と一緒に外回りの仕事に明け暮れる。


 世間は秋になってハロウィン一色だ。



 Trick or Treat

 お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ。



 Happy Halloweenを楽しんでいるのは今や子供だけじゃなく大人も同じ。子供の遊びに便乗しバカ騒ぎをしても許されるらしい。

 流行りものには乗っかるのが人生を楽しむコツだとか学生時代の彼女は言っていた。


 バレンタインに告白されて以来、ホワイトデイのお返しから始まって、色んなものを捧げてきた俺にクリスマスの次の日彼女からメールが送られてきた。


 やっぱりアナタとは無理。


 何が無理なのか俺にはさっぱり分からなかったけど、一年近く付き合った交際相手にメールで別れを告げるなんて、俺には無理。

 理解不能の意味不明。

 肌を重ねて熱い夜を過ごしたあの時の彼女は何だったのか。お互いに無理なら別れるしかない。彼女のお陰で、うすら寒い年末年始を過ごした事を思い出す。

 あれから何人かと付き合っては別れてを繰り返している。そんなに俺は駄目な男なのかとすっかり自信を無くしてしまった。

 ネガティブになって病みかけた俺を救ったのが毎日通っていた弁当屋のおばちゃんだったのは、墓場まで持っていく秘密の話だ。

 俺って女を見る目が無いのかと落ち込んでみたりもしたけど、もう、付き合うこと自体が面倒で最近は男友達と過ごすことが多い。


 そんな訳で予定も約束もない俺は気楽に外回りを営業している。



 指定された時間に遅れて到着すればフロアはガランとして寂しい。就業時間を過ぎて人はまばらだ。残業をする社畜人間は流行らない時代だ。

 花の金曜日に取り残された感は半端ない。どうしたものかと様子を伺うこと数分、フロアの奥から人影が現れた。


「コーヒーメーカーの方ですか? 待ってたんですよ」


「すみません。お待たせしました。道が混んでて遅くなりました」


「遅くから無理を言ってごめんなさい。急に冷え込んで来たでしょう? コーヒーがよく出るんですよ」


「そうですか。ありがとうございます。今回は多めに納品しておきます」

 俺を待って残ってくれていたらしい事務員さんに申し訳なく思いながら商品を急いで納入していく。

 機嫌よく待っていてくれただけでありがたい。

 客という立場が時に人を驕らせる。あからさまに上から目線の事務員なんて最悪だ

 俺が会社の看板を背負っているのと同じで、あんたも会社の顔なんだと説教してやりたくなる。客なら弱い立場の人間を見下して構わないなんて勘違いもいいところだ。


 ガツンと言わないのは平和主義なんかじゃなくて関わりたくない相手だからだ。親切に世の中の道理を教えてやる義理はない。

 

 最後の仕事を気持ちよく終わらさせてイルミネーションが眩しい夜の街を見渡す。世渡り上手な勝ち組連中は仕事を忘れて楽しんでいるんだろう。

 吐く息が白く浮かんで何となく物哀しく惨めな気持ちに沈んでいく。現実が体の芯に突き刺さる感覚。

 まるでこの世にたった一人でいるようだ。

 幸せになる為に働いているのに、俺は何をしているんだろう。


「あの、待ってください」

 振り向けば先程の事務員さんがカバンを肩に掛けて近付いて来る。


「これ残り物ですけど、どうぞ。今日はハロウィンでしょう」

 色とりどりのキャンディーの紙包みが手のひらに踊る。


「ああ……ありがとう」

 濁りのない瞳が俺を見つめている。

 媚びるでもない、哀れんでいるでも、ましてや誘っているでもない気使いがストンと心に落ちてきた。


 そうだ。

 この人はあの弁当屋のおばちゃんと同じ色を纏っている。

 温かい炊きたてのご飯が匂うように心が躍る。

 そうだよな。

 頑張っていれば、きっと誰かが見ていてくれる。上辺だけの望まない関係よりも、もっと深いところで繋がった確かな一筋の光が見える。自分が信じる生き方を肯定してくれる名も知らない隣人たち。

 みんなみんな理不尽な世の中とそれぞれの立場で戦っている。

 

 その瞬間モノクロの世界が一変して、何かが弾け飛んだ。

 何か凄く久しぶりに勇気を持った気がする。


 飴よりも少しだけ、欲張ってもいいだろうか。

 ほんの少しだけ望んで、強請ってもいいだろうか。

 女と付き合うなんて煩わしさから解放されて気楽に過ごしていたのに、これはハロウィンの魔法だろうか。

 俺も人並みに浮かれてる?


「あの、良かったら、連絡先を」


「ゆ・か・り!」


「……直人?」


「お帰り~。迎えに来たよ」


「何してるのよ。毎年恒例の仮装パーティーはどうしたのよ」


「それはキャンセルにした。ガキっぽいお遊びは飽きたしね。お腹空いただろう。ご飯行こうよ」


「またそうやって勝手に人の予定を---」


「寒いー! 風邪ひきそう。早く行こうよ」


「全くもうっ。会社の目の前に駐車するなって言ったでしょう。これじゃ業者さんの車が出られないじゃない。ごめんなさい。直ぐに移動しますね」

 見れば俺の愛車の頭ぴったりに車が停まっている。

 ドイツの自動車メーカーが手掛けたゴリゴリの高級車だ。

 スペシャルカラーの目の覚めるようなターコイズブルーのその車は4気筒のターボエンジンを唸らせて走り去っていく。


「何だよあれ。反則だろう」

 年間所得に到底追い付かない数百万はする車だ。

 これを見せつけられて、それでも追い掛けるほど俺は無茶な男じゃない。がむしゃらにアタックする無鉄砲な青二才はとっくに卒業した。俺も己の立場を知るくらいには大人になったのだ。


 俺が見つけた掘り出し物は本物だったらしい。

 瀕死の俺に止めを刺すなんてクソ恥ずかしい嫉妬野郎だけど、ちょっとだけ誇らしく思うのはおかしいかな。だって、あいつはワザとらしく俺を無視して立ち去った。絶妙なタイミングで俺の勇気をへし折ってくれた。


 俺だって人並みに幸せになりたいんだよ。

 歯を食いしばっていても、可愛い彼女に癒されたい夜もある。風俗のお姉さんもいいけれど営業8割の笑顔じゃ心の隙間は埋められない。

 

 頑張れ、俺。

 俺のポンコツ中古車にも軽やかに乗り込んでくれる彼女を探してみせる。


「良し! 次こそは絶対に声を掛ける」



 Trick or Treat

 お菓子をくれないと悪戯しちゃうぞ。



 時には甘いお菓子よりも悪戯を好むのが大人男子というものだ。

 キザ野郎にさらわれて、お菓子をなくした彼女の夜は艶やかに幕を開ける。

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