世界と、神々と。
『やぁ、はじめまして、だね?』
突然、教室に白い装備の女性が現れた。
服……ではない。どこか、ゲームに出てきそうな……そんな装備だ。
彼女は、「神」と名乗った。
彼女は左手に透明のダイスを持っていた。
「さぁ、君の武器はなんだい?」
そう言って、彼女は右手の棒を差し出した。
透明の棒。長さは20センチほど。
なんの装飾も無い、なんの突起も無い、ただの棒。
そして、なんの傷も無かった。
なんの傷も無いのは、透明のダイスも同じだった。
素材は、普通傷が付く。
ここは、工業系の学校だ。皆知ってる。
それゆえに金属なんかには、わざわざ傷が目立ちにくい加工なんかをする。
なのに。
それなのに。
その棒とダイスの表面は、まるで銅鏡のように綺麗だった。
「この棒はロッド、って言うんだ。名前の通り、ただの棒だよ。」
教室の入口から彼の席へと向かいながら、彼女は話している。
「でもね、この棒は持ち主の好きなように変形することができるんだ。」
彼の目線が彼女ではなく、彼女の持つロッドとダイスにあることは、彼女にもわかっている事だろう。
「どんな能力があっても構わない。君の特別な武器になるんだよ。」
ついに彼の席の目の前に来て、彼女はロッドを彼に渡した。
「さぁ、君の武器はなんだい?」
「俺の……武器か……」
彼はロッドをしばし観察した。
そして、納得のいったように、そして、目の前にあるものを疑うように、神と名乗る女性を見た。
それと共に、ロッドは彼の体へと溶け込むように消えていった。
「ほう……なかなか面白いね。」
自称神は、それを見てにやりと笑った。
「あぁ、言い忘れていたよ。ロッドは、1度しか変形できないんだ。」
彼女は悪戯に付け足すように言ったが、彼は余裕の表情を続けていた。
「じゃあ、その武器を使って、ボクと戦ってよ。」
絶対に勝ち目の無さそうに見えるその言葉に、教室の群衆はざわついた。
「ボクの手が1つでも地面に着いたら、君の勝ちでいいよ。」
流石に大きすぎるハンディキャップに、群衆のざわつきは更に大きくなる。
それでも動じぬ彼の姿、何か策略でもあるのだろう。
神と自称するからには、彼女はそれなりの力があるという事か。
「さぁ、ボクを倒してみなよ。」
彼女はそう言って煽るように微笑んだ。
と同時。
何かが弾けるような音がした。
彼の席の目の前にあったはずの彼女の体は、黒板のすぐ隣に叩きつけられていた。
「なるほど……衝撃を与える……か。それが君の武器なんだね?」
「残念、不正解さ。」
先程、神を名乗る女性を弾き飛ばした少年は、右の掌をその女性がそれまでに居た場所に伸ばしたまま、そう呟いた。
「そんな事しかできないようなもの、俺の武器にはならないな。」
彼の周りには黒い渦が発生し、彼の制服の上から体を取り巻いていく。
「そうかい……じゃあ、君の武器はなんだい?」
瞬く間に艶のない黒い鎧が彼の体を覆った。
いや、スーツ……といった表現の方が正しいだろうか。
意外に美麗な身体のラインが強調され、羽衣のように見える毛のようなヒレのようなものが、窓から入ってくる風にたなびいている。
「魔法だよ……」
顔も仮面に覆われ、もはや髪しか見えていない。
「だって、"どんな能力があっても構わない"んだろ?」
少年の右手から、光の線が伸びる。
それはそのまま光の棒となり、手鎌になった。
「なんでもできる、"魔法"にしない手はないじゃないか。」
鈍く輝く手鎌を右手に持ち、どこか嘲笑うような仮面で、自称神を見据えた。
「そうだね……面白いよ。じゃあ……うん、少しルールを変えてあげよう。」
女性は楽しそうに、にやりと笑い、左手を挙げた。
「ボクはイシュタロト……神と名乗ったね。……訂正しよう、元女神だ。」
神……いや、元女神と名乗り直したその女性―――イシュタロトの左手では、透明のダイスが浮いていた。
「これはボクの力……命みたいなものさ。これがもし地面に落ちたら……君の勝ちだ。」
新しく提示された勝利方法を聞き、仮面の少年はにやりと笑った……ように見えた。
「じゃあそのダイスを、全力でコンクリートに叩きつけてあげるよ。」
仮面の奥のその目が赤く光った。
残像を置いていきながら、鴉のような少年は、手鎌……否、サイズ、と呼ぶべきか。
鴉のような少年は、サイズを振りぬきながら、イシュタロトの首を掻き切ろうと襲った。
イシュタロトは躱そうとしたが、その黒髪は抜ききれず、刃に持っていかれてしまった。
「短髪もお似合いだよ、女神さん?」
狭い教室を出ようとするイシュタロトを追いながら、少年は煽り続けた。
東西に別れる教育棟の間で、元女神―――イシュタロトと黒鴉―――少年は相対していた。
イシュタロトはどこからか弓を持ち、その矢先を少年に構え……そのまま射った。
流石は元、戦の女神だっただけはある。
その軌道は確実に脳天を捉え、射抜く―――筈だったが、その時には既に少年の体はそこになかった。
「クハハハハハ!残念、お前はどこを狙ってるんだ?俺はここだぜ。」
何かの魔法を使ったのか、その目は紫に光っており、左手には緑も混じった青紫色の珠を持っていた。
少年はその珠を投げ上げ、サイズを構えてイシュタロトに飛びかかった。
金属同士がぶつかる。
弓の装飾部分で、傷がつくのもお構いなしに防御していく。
弓を防御に使い、矢を攻撃に使う。その動きはさながら片手剣士だった。
流れるような攻撃の嵐。
目にも追えぬ素早い立ち回り。
互いの得物の表面が、日光に反射しキラリと輝く。
ゲームで言えば「魅せプ」になるだろうか。
しかし、それは少年による一方的な攻撃だった。
一見は拮抗した戦いだが、イシュタロトは弓での防戦一方。
少年の立ち回りによって引き起こされた錯覚の互角だった。
じわじわとイシュタロトのスタミナを奪っていく。
故意か不意か、少年に隙ができた。
イシュタロトはその隙を逃さず、すかさず渾身の一矢を叩き込む。
その矢が少年に当たる刹那。
投げ上げられて鉛直投射運動を行い。
最高点から自由落下運動を開始し。
また再び地面に。
青紫色の珠が。
接触した。
「何っ!?」
イシュタロトの叫びが上がる。
少年の体に当たる筈だった矢は、紫色のもやを射抜いていた。
当の少年の体は、不思議な音と共に珠の着地点にあった。
「ほらほら、俺はこっちだぜ?」
今度は、ゲームで言う「舐めプ」になるのだろう。
艶のない少年のスーツは、羽根や毛の根元が淡く紫に光っていた。
「なんだ、神様だって言うからもっと強いかと思ってたのに。」
煽り……ゲーマーの性とも言える一種の癖が露骨に出ている。
「おっと……"元"神様だったな?」
にやり、と口角を上げて、名前を呼ばれた元女神に向かって嘲笑う。
「っ!!」
しかし、煽りという行為は、当然だが相手に対し挑発する行為。
それは怒りを誘発するのと本質的には同じこと。
それどころか、怒りを誘発することそのものである。
何人とも煽られていい気がしないのは同じこと。
そして、それは女神とて例外ではなかった。
「クソがァァァァァ!!!」
神の力……とでも言うべきか、空から黄金の光がイシュタロトに降り注ぐ。
ただの白だった彼女の装備は金に縁取られ、所々が甲冑のようにデザインを変えた。
(流石は元女神……。戦を司っていただけあるな。)
弓は剣弓へと姿を変え、左腕には装備と似たデザインの円盾が装着されている。
もはや戦っている理由を忘れたイシュタロトは、怒りのままに少年を攻撃……つまり、殺そうとした。
神らしく背に翼を生やした白と金の神は、轟速で低空飛行をしながらその剣弓を横一文字に振りぬいた。
「おっと……、結構速くなったなぁ。」
一方、ひょうひょうとしたままの少年は、黒く全身を包んだままイシュタロトの斬りを避けていた。
いつの間にかその手からサイズの姿は消えており、少年は素手で戦っていた。
イシュタロトが大きく振りかぶり、剣弓の刃で渾身の一撃を加える。
ガッ、と大きな衝撃が二人に伝わり、少年が防御したことを告げる。
「ほらほら、元女神様?ちゃーんと後ろも見とかないと。」
「っ?」
怒りに任せて攻撃していたイシュタロトに未だ煽り口調の少年の吐いた台詞は、イシュタロトの怒りを振り切って疑問を持たせる為に充分な力があった。
「っ!?」
力んでいたイシュタロトの力が抜け、フラフラと後退る。
「貴様ぁ!?何をした!?」
彼女の背中にはサイズが刺さっていた。
「俺の武器は魔法だってば。"武器を投擲して、思い通りの軌道を描く"ことなんて朝飯前だよ。」
彼の手から消えていたサイズは、イシュタロトの死角を縫うように飛び、そのまま彼女の死角である背中に突き刺さっていた。
単純に言って、卑怯である。
痛みと衝撃で、左手で握っていたダイスが手から落ちる。
痛みからか理性を取り戻したイシュタロトが慌てて拾い取ろうとするが、遅かった。
間髪入れず繰り出された蹴りが、ダイスを空高く跳ね上げた。
蹴りの直後に少年は例の青紫色の珠をダイスに向かって投げる。
ほぼ同じ軌道を描く2つの物体は、上空で衝突した。
ダイスにぶつかった珠の場所に少年の体が現れ、少年の体があった場所には、やはり紫色のもやのみがあった。
いつの間にか少年手に握られていたサイズを上に振りかぶり、ダイスを―――
宣言通り、全力で地面に叩きつけた。
「あ……あっ……」
絶望の二文字しか浮かばないイシュタロトは、ただ、それを見ていることしかできなかった。
パリン……と甲高い音を立ててダイスが割れる。
ダイスの破片は蒼く輝き、静かに消滅していった。
それと同時、イシュタロトの装備は黄金の光となり、虚空へと消滅していく。
天からの光に包まれながら、やがて、イシュタロトの身体も消滅していく。
―――これはボクの力……命みたいなものさ―――
彼女の言う通り、元女神の命は消えていく。
その姿は、神々しかった。神秘的だった。
神という文字を使わなければ表現できないであろう、美しさがあった。
(堕ちた女神、イシュタロトよ。貴殿は、このような最期で良かったのだろうか。陰ながら……期待をしておったのだがな。)
装備を解き、鴉のようなスーツからまた制服に戻った少年を横目に見て、我は校舎を後にする。
(あらゆる世界が一つになるとはいえ、あまつさえ神である彼女のような者が……)
この作品を読んで頂き、ありがとうございます。
完全に気分で書きました。
多分私が書いてきた作品の中で一番長かったと思います。
そこ、さっさと連載中の本編書けとか正論言わない。
何はともあれここまで読んで頂き誠にありがとうございました!