好敵手(ライバル)令嬢はいかにして主役(ヒロイン)になるか
「あなたはいい好敵手だわ」
告げられた言葉に頭が真っ赤に染まるほどの怒りを覚える。
めちゃくちゃ悔しかった。
ここは「星屑のルトゥール」という少女漫画の世界だ。そう、私は一度死んでいる。いわゆる前世持ち、転生というやつだ。
前世において、お嬢様だった私はパーフェクトを目指した。
難関小学校のお受験に始まり、内部進学の厳しいテストを勝ち抜き、あえて国内最高峰と言われる大学に進路を定め、ストレートで合格した。だが、就職も決まり、エリートへの道を進もうとした矢先、あっけなく事故で死んだ。
努力、努力、努力の日々だった。そんな私の唯一の癒しは、これだけは休息と割り当てた、電車の中での少女漫画を読む時間。至福だった。
ルトゥールとはリターン。回帰を示す。あらすじは、こうだ。主人公であるミリーは、ある日、歌の才能を見出され、オペラの道へ進む。当時、トップスターだったリリアナを打ち負かすも、その座は奪還される。ミリーは努力を重ねることで、好敵手であるリリアナを蹴落とし、再び返り咲く。そんなストーリーだった。
何がツボだったのかと言われるとやはり、努力が報われるというところだろうか。
転生してからも、私は努力を重ねた。毎日の発声にはじまり、柔軟、ダンス。音感を鍛えるためにピアノ、リズム感を鍛えるためにドラムまでやった。
でも、私は負けた。そう、この才能があるという彼女に、私は永久に勝つことが出来ない。
もうお気づきであろう。私は__リリアナだ。
私はこのストーリーを知っていた。彼女が現れ、一度は努力でヒロイン役を奪ったものの取り返された。リリアナはどんなに努力を重ねても本当の意味でのヒロインにはなれない。私の知る限り、彼女は噛ませ犬で、もう主役をはることはないのだ。
絶望だった。今回のオペラでの配役は“嘆きの女王”。ミリー演じる村娘に恋人をとられ、彼を呪い殺す魔女である。
かの魔女ははじめ、ミリーを呪い殺そうとするが、目の前でそれをかばった想い人が代わりに呪いを受け死んでしまう。ショックを受けたミリーは修道院に入り、彼に操を立て、歌を捧げるのだ。
舞台の終わりは、彼女の清らかな祈りの歌でしめくくられる。
それと対照的に、嘆きの女王は、冒頭でアリアを歌う。朗々と物悲しく、過去を悔い、それでいて尚、ヒロインを呪う忌まわしい歌を。
__お似合いだわ。一週間の公演はあっという間に終わった。嘆きの女王は、今の私にぴったりだった。おかげで、すっかり役に感情移入できた。ミリーを呪い続ける忌まわしい私。
「お疲れさん。良かったよ」
「ありがとうございます」
打ち上げで声をかけてきたのは演出家であるジルだ。私は彼が苦手だった。配役を決めたのは彼だ。彼に私はヒロインにふさわしくないと言われたも同然だからだ。
「俺の采配は良かったと思わないか?」
上機嫌に笑っている彼に、失礼にならない程度になおざりな返事をして、あとは無言でやりすごそうとする。しかし、彼は私を逃してはくれなかった。
「まあ、待て。お前は誤解している」
「俺はお前が誰よりも努力していたのを知っているよ。だから、あの配役にしたんだ」
「……どうゆうことですか?」
「あのアリアはかなり力量がないと歌えない。そして、誰かを妬む感情を知らないものには、歌えないんだ」
「ミリーは順調に出世しただろう?だがお前は血の滲むような努力を重ねて同じラインに立った。あの子は天才だ。だが、天才だからこそなれない役がある」
彼の、ミリーは天才という言葉に激しい嫉妬を覚える。つい卑屈な言葉が出る。
「私が凡人だと、けなしてらっしゃるの?」
「そうじゃないさ。お前も天才だ。努力する天才」
「俺はあのアリアを聴いて心底“嘆きの女王”に涙した。見ていた観客だってそうさ。あの舞台は主役が二人いる。どちらに感情移入するかによって悪役がかわるのさ」
「俺の主役はお前だったよ」
彼の言葉に胸に熱いものが押し寄せる。
「私、努力はうらぎらないと信じてきました」
「でも、ミリーに主役を取られて、才能には敵わないんじゃないかって自分を疑っていました」
「ありがとうございます。講演が終わった後に声をかけてくださったことに感謝いたしますわ」
「私、もっと努力します。でも、今は“嘆きの女王”にはなれそうにありません」
「あなたの中で私がいつまでも主役でいられるように、ここに何度でも回帰できるように。頑張ります」
「今後ともよろしくお願いいたしますわ」
私は素直に頭を下げた。肩肘張って生きていたのに気づいたからだ。
ひゅー、と彼は口笛を吹いた。
「憑き物が落ちたみたいな顔してんな」
「お前はもっともっとビッグになる。俺が保証してやるよ」
「はい」
私はもう迷わない。
信じてくれる人がいるから。漫画の中で、決して主役を演じることはなかったリリアナ。彼女は知っていたのかもしれない。人は誰でも、どんな役を演じていたって、誰かの心の中の主役になれる可能性を秘めていること。
張り合うのはもうやめだ。私は私らしく生きる。ジルに宣言する。
「もし、再演が決まったら教えてくださいませ。私、必ずオーディションを勝ち上がってきます。そして教えて差し上げますわ。“嘆きの女王”は私にしか務まらないと」
「期待してるよ」
彼は楽しそうだ。
「俺は好きだぜ。お前のアリア。悔しくてどうにも出来なくて、一人で頑張って。そうゆうのって支えてやりたくなるじゃないか」
「何か困ったことがあれば、いつでも連絡してこい」
離れていく刹那、投げ渡された連絡先。
「待ってるよ」
それだけ残して人並みに消える。
今、私の顔は真っ赤に染まっていることだろう。
格好良すぎだ。
「あなたがヒーローになってどうするのよ」
思わずこぼれた呟きはざわめきに消えた。