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透明と白  作者: 臼井ほたる
水飴とかき氷
3/3

3

7月の終わり、補習がようやく終わった。


蝉の鳴き声がいつもなら煩く感じる一方、

今日はよく頑張ったと褒め称えて貰っているように、

感じる筈もなく、ただ音が耳からすり抜けるぐらいには気にならない。


教室で帰り支度をしていると、高橋に借りっぱなしだった週刊漫画誌がスクールバッグから顔を出す。


「忘れてた…」


グラウンドに目を向けると、幸いにもサッカー部は今日も部活動に励んでいるみたいで、高橋もいる。


今はお昼前。

サッカー部が今日はいつまで活動しているか分からないが、仮に一日中だったとしてもお昼休みはあるはずだ。


その時に返そう。

そして俺は帰る。

うん、そうしよう。


時間潰しに漫画誌をパラパラとめくり、ノートとシャープペンシルを取り出す。そして、自分の好きなキャラクターを描き始めた。








「広崎くんって、絵、上手だね」


紙とシャープペンシルの音以外が聞こえ、顔を上げる。


教室には俺しかいなかった筈だが、何故か彼女、川原涼子さんが俺のノートを覗き込んでいた。


「?!」


そこに居ないと思っていた人がそこに居れば、誰しも驚愕するだろう。

驚いた拍子に椅子をガタつかせてしまい、2人しかいないこの教室にその音がやけに響く。


「ごめん、びっくりさせちゃった?でも、教室のドア開けても広崎くん全然反応しないし。超集中してたよね」

「いや、ごめん、全く気付かなかった…」

「ふふ、それだけ集中して描いてればそうでしょ。絵、上手だね、私全く描けないから尊敬する」


またキラキラした瞳でノートを覗く。こんなにも自分が描いた絵を他人に見せたことが無く、なんだかむず痒かった。


「尊敬だなんて、大げさだよ。高橋の方が上手」

「高橋が?!絵描けるの?!!」


高橋と仲が良くなったのは、漫画誌がきっかけだ。お互い好きなキャラクターも一緒で、落書きしたのを見せあったりなんかして。


「あの高橋が?!!」


どの高橋かは分からないが、彼女にとっての高橋は絵を描くような人ではないのだろう。


「…はは、高橋、絵上手だよ、俺とは比べらんない」

「…ふーん」


納得いってないのか、彼女の顔はなんとなく晴れやかではない。






「でも、広崎くんも上手だよ」






耳からサラサラと心に入り込む。


彼女は綺麗な音を出す天才だと、俺は思った。




「…川原さんは何故ここに?部活は?」

「ふふ!はぐらかしたね!(笑)部活は今日午前練。もう終わって皆んな帰ったよ?私はね、補習をしている君が見たくて教室来たけど、こっちも終わったんだね、残念」


部活は終わった、皆んな帰った、つまり高橋も帰った、漫画返せない、を、理解した。

漫画はまた連絡して返せばいい。うん、そうだ。


でも、それより、


「俺を見たくて…?」

「そう、君が見たくて」

「“君”…って俺呼ばれてたっけ?」

「今から呼び始めた、君も私のことキミって呼んでいいよ」


何故?

この疑問が頭の中で渦巻き、俺は今、どう反応するべきか迷っている。

俺と川原さんは只のクラスメイトで、話したことはあるが、特別仲が良い訳ではない。


「皆んな帰ったのに君は帰らないの?」

「お、れは、漫画返そうと、高橋を、待ってた…」

「それなら私が預かろうか?明日も練習あるし」


どうするべきか?

頭の中では高速で、いや音速くらいの速さで思考回路が巡っている。が、その分言葉が出てこない。

どうするべきか?

どうする、どうする。


ぐるぐるぐるぐる

ぐるぐるぐるぐる

ぐるぐるぐるぐる…








「…キ、キミに任せた」



迷った挙句出た言葉がコレだった。

この返しが正解だったのかキミはにんまりと満足そうに目を細めて口角をクイッと上げて俺に微笑む。


「君から任されました!預かります!」


彼女はふふふっと笑い、綻んだ頬をして俺から大事そうに漫画誌を受け取りスクールバッグにしまった。


「キミは何故君と呼び始めたの?何故俺の補習している姿見たかったの?」


時間が経つにつれ、冷静になり温泉のように湧き出た疑問が沸々と湧いて言葉になる。


「今時、高校生同士で君とキミって呼び合う子達ってなかなかいないと思わない?なんかそれって良いじゃん!って思ったの」


キミは少し目線を俺から外して俺の机辺りを見ながら早口でスラスラと話す。


「それに、補習を見たかったのは、」


今度はその下がっていた目線を俺に合わせ真剣な表情でゆっくり話す。


「君の意外な一面を見たくて」

「意外な?」

「そう、意外な」

「どういうこと?」

「…失礼なこと言ってたらごめんなさい。私、君は補習とは無関係の人だと思ってたの、高橋に教えてたところ見たことあったし…だから、その、なんか想像できなかったから…見て見たくなって…」

「なるほどね」


最後の方はバツが悪そうに視線をまた下げ、しどろもどろになりながら言葉にするキミの表情は、いつも皆んなの中心にいるキミとは無縁の表情のように見えた。


そして心配そうに俺を窺うように再び視線が合う。


「俺が怒ってると思ってるの?」

「いや、その…」


確かにキミの素直な言葉を不快に思う奴はいるかもしれないが、でも、俺は、キミのその言葉は不快に感じなく。


くるくる表情が変わる、キミは真っ直ぐで素直な子。


「…ふふ、俺ね、数学と化学がめちゃくちゃ苦手で、期末テスト散々だったんだ。だから補習してました。高橋に教えてたのは古文だよ、文系は得意だからさ」


俺は、ハハハッと笑って見せると、キミは目をまん丸にさせてから、ホッと息を吐き安堵の表情を見せる。


「…怒ってないの?」

「勉強には誰しも得意不得意はあるし、俺はそれをキッパリ分けてるつもりだし、ふふ、特に俺の堪忍袋に触るところは無かったよ」

「優しいね、君は」

「そう?初めて言われたかも」

「優しいよ、君は」





“優しいよ、君は”





「…俺、って、そうなの?」

「そうだよ」

「ふーん、ありがと」


そう言うとキミは目を細めて俺を疑うように視線をこちらに流す。


「君は分かってないようだね?」

「鋭いね、探偵になれるんじゃない」


自分が優しいとか今まで思ったことがない。

俺は自分が思う自分の行動を今まで取ってきただけだ。


キミが思う俺の優しさも、もしかしたら誰かにとっては痛みになっていたかもしれない。


「褒めてるのに」

「うん、だからありがと」

「うーん、そうじゃないんだよぉ〜」

「キミこそ毎回成績良いんでしょ?すごいなあって思うよ」


褒められていることは分かっているのでお礼は言う。

そして、何でも出来てしまう完璧なキミに賞賛の言葉を素直に言ってみた。


でもそんな俺の言葉を聞いて、キミは困った笑顔を浮かべた。


「ありがと」



初めて見た、笑顔。




初めて見た、“顔”、だった。






「君もキミ呼びが定着したね」


キミが教室のドアに向かいながら俺に言う。


「キミがその調子だからね」

「ふふ。先帰るね!ばいばい!」


爽やかな風を吹かせキミは教室から出て行った。



俺はまた、そのドアから目が離せず。

いや、あの“顔”が頭から離れず、帰り支度の手が止まる。


困らせてしまった…のだろうか?

何故?


今までもこんな事あったのかもしれない。

ただ、そんな“顔”知らない。見たことがない。

キミが初めてだ。


何故?


何故こんなにも頭から離れない。


考え出してもキリが無く、思考回路を遮断して俺も教室を後にした。






帰り道、家に近づくにつれ、街全体がいつもに増して活気に溢れていた。


明日から3日間夏祭りが開催される。2日目の夜には花火も上がる、年に一度の盛り上がる数日間。


と、同時に、賑やかな街とは正反対に俺は嫌な予感が頭をよぎり、身震いをした。


家の玄関に着く。

賑やかな音を遠くに感じながら、どこかひんやりとした、無音のこの玄関は嵐の前の静けさか。


「…ただいま」

「おかえりーーーー!!!待ってましたーー!!」


どのようにしてあの無音を出していたのか不思議なくらい、俺が玄関に入るや否や飛びついてきた男2人。


「優太おかえり!昨日のリクエストの通り昼ごはん焼きそば作っておいたぞ!」

「サンキュ」


親父と、


「優太ー!久しぶりー!また大っきくなったんじゃないか?俺越されそう!あんな小さかったのにー!」

「いや、あんたついこの間も家来てたよね」


従兄弟の内田馨うちだ・かおる

歳は俺より10歳上で、俺が幼い頃から頻繁に家に来ていて一緒に遊んでくれていた、が、しかし、昔からこの調子なので俺もついこの様な態度になってしまう。

馨、ごめん。


親父がニコニコしながら台所に戻り、馨は未だに玄関から動かないでいる俺の肩に手を回す。


「優太?俺が今ここにいる意味分かっているな?」

「…ワカリマセン」


嫌な予感が確実に変わる。


「よしきた!早速準備取り掛かるわ!!」

「馨、会話をまずしようよ」


話がどんどん進んでいく。

多分俺にとって悪い方向へ。


「叔父さーん!優太借りてくぞー!」

「馨、聞いてます?」


馨が玄関から台所に向かって大声で話しかけると、親父も台所から『焼きそば食ってからな』と返事がくる。


そりゃそうだ、俺がリクエストしていた焼きそばがそこにある。食べさせてください、馨様。


馨と2人でジトリと睨み合いながら台所に向かう。あんたの考えていること、そう簡単には進ませない。

そう、決意を新たにしてソースのいい香りがする焼きそばに手をつける。


「馨君も食べるだろ?」

「ありがと、叔父さん」


馨もお昼ご飯がまだだったのか、隣で一緒に焼きそばを美味しそうに食べている。


あんた、お昼まだだったのに俺を連行しようとしてたのか?その執念怖ろしい…。

少し身震いしたところで親父が口を開く。



「馨君、それ食べたら優太のこと頼むな」


!?


「親父ー!?」

「はい!勿論です!」


くるっと馨がこちらに顔を向けキラキラと効果音が聞こえてきそうな程眩しい笑顔をこちらに向ける。


「優太!頑張ろうな!!」

「嫌だ!」

「えー?いつもなんやかんで楽しそうにしてたじゃん」

「嫌なもんは嫌だー!」


俺の叫びも虚しく親父と馨は微笑んでいる。いや、馨にいたっては横にいる俺に向かって、してやったりと目を細めてほくそ笑んでいる。


ああ、始まってしまう。

最悪な3日間が、今年も始まるんだ…。



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