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透明と白  作者: 臼井ほたる
水飴とかき氷
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2

「ほらそこ、広崎優太ひろさき・ゆうたくん、目開けて」


瞬きのつもりが、長い時間目を瞑っていたようだ。

時計の長針が15分進んでいた。

補習なのに、やっちまった、やらかした。


「すんません」


きちんと座り直し、くしゃくしゃになっていたノートとプリントをキレイにのばし、シャーペンを握り直し黒板を見る。


15分ぶりに見た世界は、音も色も全て普段通りのものに戻っていて、ほっとした。しかし、視界の隅にちらつく眩しさは何だろう。


手元に視線を落とすと、ノートと手が太陽の光に照らされている。そして、生暖かい温もりを提供していた。


そうか、正体は太陽か。

カーテン閉めようかな、眩しい。


高校2年生、夏休み3日目。

期末テストの数学と化学が壊滅的だった俺は補習を受けることになった。

呪文のような公式を聞いてはどこか飛んでいく。

飛んでいった公式は、この窓際の席からふわふわと空へと浮いて行く。


「その調子ー!」


グラウンドから再び眩しい音が聞こえた。マネージャーの声。ふと見ると、女子が記録用のボードを持ちながら声援を送っていた。


あの女子は…川原涼子かわはら・りょうこさん、同じクラスの人気者だ。






彼女が人気者だと実感したのは、クラス発表の時だった。

学校の玄関前に張り出されたクラス表。

春の緩く暖かいその陽気と、クラスで誰と誰と一緒だという春の最初の一大イベントに、生徒達は群がり、はしゃぎ立てていた。


その大群に入りたくなかった俺は遠くから眺めていると、その横をするすると暖かい風を身に纏いながらその大群の中に入って行く女子がいて。



「私3組だ〜!」



川原涼子さんだった。



「涼子3組?!私も同じ!」

「まじか、俺離れちゃった〜」

「私も涼子とクラス離れちゃった〜」


クラス表の群がりは彼女への群がりに移り変わる。

その、彼女の圧倒的な纏う空気が辺りをより一層暖める。


「クラス離れても遊び行くし、来てよ!」

「涼子と一緒が良かった〜」

「はは!ありがとう!」


爽やかな人だと思った。

その言葉の似合う人が本当にいたんだと、俺は初めて見たとき真顔で凝視してしまった。


ふと彼女がこちらに視線を寄せる。

群がりから離れて1人ぽつんと立っている俺は目立っていたのかもしれない。

彼女にその真顔を見られて一瞬驚いた顔をされたのを覚えている。


そりゃそうだ、真顔で見つめられるなんて怖すぎる。

すんません。


なのに彼女は一瞬のその後すぐに、にこやかな笑顔を向けてくれたんだ。



なんて


なんて


出来た人


なんだ。


俺とは


全くの


真逆の


人間だ。



彼女が校舎に入るとともに群がりも玄関から消える。辺りが穏やかになり、俺も玄関に近づく。


“3組32番 広崎優太”


「…」


俺も大群の中に気配を消して入って行った。















視線は窓の外の世界に向けたまま。


太陽の光は相変わらず手元を生暖かい温もり、いや最早焦げるような暑さを提供している。


それでも視線は、


「広崎くん、広崎くん、黒板見ようか」


本日二度目の教師の言葉。

ああ、補習なのにやっちまった、やらかした。


「すんません」








補習が終わり、帰り途につく。

玄関から校門まではグラウンドの横を通る事になるのだが、グラウンドでは相変わらず青い春が行われていた。


家に着いたら出された課題をやらなければ。

電車の時刻間に合うだろうか。

その前にコンビニで糖分補給のチョコが欲しい。

ていうか今何時だ。


と、頭の中で色々な俺が議論している中、スマホを取り出して只今の時刻を確認しようとした、

その時、


「広崎危ない!ごめん!!」

「どわっ!!?」


サッカーボールが転がって来て、危うくそれに足を取られ、バランスを崩し転びそうになった。

アルキスマホ、アブナイ…


「広崎〜ごめ〜ん!!大丈夫ー??」

「大丈夫…」


少し遠くからユニフォーム姿の同じクラスの高橋たかはしが俺に呼びかける。


「悪いけど、ボール、ここまで蹴って〜」

「いやお前が取り来いよ」

「蹴った方が早いじゃーん!」


ヘラヘラと笑いながらこちらに手を振っている。ヘラヘラヘラヘラ何がそんなに楽しいのだか。


「俺はもう補習で疲れたんだ、そして怪我しそうになってメンタルやられたんだ」

「ボールに関してはゴメンだけど、補習は自業自得だろ」


うっ、その通りでございます。言い返せません。

そう心の中で呟いていると、その間に高橋は近くまで来てくれた。こいつは何だかんだ優しい。


「さっきより距離近いんだから頼むよ~」


このヘラヘラ高橋は高校に入ってから出来た気のおける友人だ。


「ほらよ」


近くまで来てくれたので俺もボールを軽く蹴り返す。


「あっ、広崎お前どこ蹴ってんだよ」

「!、悪い」


軽く蹴ったボールは高橋の所に行かず、その真横を通り過ぎ、ベンチで何やらボードに記入している女子マネージャーの元へ飛んでいく。そして、コロコロの緩く転がってその彼女の足元に、トンっと、たどり着いた。


「コントロール悪いな広崎は」

「うるせえな」


やんややんや言い合っていると、その女子マネージャーはボールを手に取りながらこちらに視線を向ける。




あ、




「広崎くん!ナイスシュート!」




…川原涼子さん。




高橋に気を取られてて彼女だと気が付かなかった。


「川原、それナイスシュートって言わない!笑」


高橋が彼女にツッコみを入れている中、彼女の視線は俺に向いていてボールを頭の上で振っている。満面の笑顔、まさにその言葉通り。


俺はどうしたら良いか分からず、取り敢えず会釈をしてみた。俺は、今どんな顔をしているだろう。


「え?何で?私の所まできちんと届いたよ?」

「いやいや広崎外したんだって」


彼女はボールをカゴに入れ、こちらにやってきた。彼女が俺の目を見て、そして彼女は自分の目を細めて改めてにこりと笑う。あの、春の時の温かな笑顔だ。

俺は、今どんな顔をしているだろう。


違うんだ、川原さん。

俺はボールのコントロールが出来ずに、あなたに届いたんだ。コロコロと緩くゆっくりと、あなたに届いたんだ。


彼女が何だか勘違いをしているようだったので、説明しようと口を開く。


「そう、ごめっ、俺、はず、し、、」


すると、俺の言葉の途中で彼女は口の端をさらに、ニィと上げながら俺の顔を覗き込むようにし、まるでイタズラをしかけワクワクしているような子供のような愛らしい顔をして、俺に言葉をかける。



「広崎くんは、高橋の所ではなくて、私の元へ届けてくれたんでしょ?」



なんて、俺のことを窺うように覗くから。

そして、俺のことをその瞳を輝やかせて見つめるから。



ああ、彼女は。



「そ、うだよ、うん。そうだよ、高橋、お前じゃなくて、川原さんに届けたんだ」


俺が今度は彼女のことを窺いながらそう言うと、彼女は満足したように、目尻を下げて本当に楽しそうに笑顔を見せるから、俺もつられて口角が上がったような気がする。俺は、今どんな顔をしているだろう。


「何だよ〜2人して!冗談はやめてくれ!」

「その前に高橋、広崎くんに言うことあるでしょ」

「あ?ああ、ありがとよ、広崎」

「本当にありがとう!広崎くん!」

「い、いや、それほどでも」


なんだかむず痒くて、思わず胸の辺りを撫でる。



ああ、彼女は。



「ほら高橋、練習戻るよ」

「おお、広崎じゃあな!」

「…おう」


なんて、


「広崎くん!お疲れ様!気をつけて帰ってね!」


とても、


「ばいばい!!」


綺麗な子なんだろう。




俺とは全くの正反対の人間だ。

それは、春から数か月過ごして分かったこと。

彼女は誰からも好かれていて人気者で、いつもニコニコ笑っていて、勉強も常に高得点で、運動も出来て。まさに才色兼備。


いつの日か帰りの駅のホームで一緒になったことがある。

肩までの黒髪を風で靡かせ、空を眺めている彼女をホームの端から見かけた時、そこの空間だけが周りと違っているように見えたのだ。


完璧な人なんていない、なぜなら今まで見たことがないからだ。したがって、俺も完璧ではない。


俺は、特に人気者でもないし、

笑顔も得意でないし、

勉強も運動も苦手なものがある。

出来ないことの方が多い俺。


完璧な人なんていない。

そう、思っていたのに。


ここに、いた。



ここに、いたんだ。


川原涼子さん、あなたが。



俺とは全くの逆の人。



高橋と彼女の二人でサッカー部の練習に戻る後ろ姿、主に彼女の後ろ姿を思わず凝視してしまう。

あの春の頃のようだ。


こんなグラウンドの横で1人ぽつんと立って、俺は何をしているんだろう。


でも、目を離すことが出来なかった。


出来なかったんだ。



俺は、今どんな顔をしているだろう。




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