Sugar 〈ゲイが書くゲイストーリー〉
「お、ヨーヘイその服似合ってるやん」
仕事を終え、店の外へ出た時だった。テラス席を片付けていたカズが声をかけてきた。
……どーも。と、俺はカズの目を見ずに答えた。
「NORTH FACEやんな?ええ服やん」
「誰でも持ってますよ、多分」
「そうなん!? でもヨーヘイにぴったりやと思うで」
カズが明るく、そう言った。
「ありがとうゴザイマス。お疲れ様でした」
俺は抑揚のない声で返事をし、そのまま店を後にした。
立ち並ぶビルの群れに見下ろされながら、自宅へ向かって歩いた。空は薄暗く、ちょうど日が落ちきった頃だった。それでも八月の空気は嫌になる程蒸し暑く、俺は不愉快に溜め息をついた。
職場選び、失敗したな。
このダイニングカフェで働き始めて三ヶ月。俺は初めからカズのことが苦手だった。
カズは俺と同い年だったが仕事では一年先輩で、何でも出来た。決して手を抜かないし、お客さんにも好かれていた。
そして何より、カズは自分がゲイであることを隠していなかった。
初めてカズと会った時のことは、はっきりと覚えている。
見上げるような背丈にガッシリと鍛えられた体。目はくっきりとした二重。整ったラウンド髭に、髪はトップが少し長めのお洒落ボウズ 。
明らかにゲイ受けが良さそうな完璧な見た目だった。
カズはいつも明るく、いつも笑って仕事をしていた。オープンにしているカズが、俺と同じゲイだと知るのに三日もかからなかった。
俺は職場でカミングアウトはしない。もちろん親や友達にも。する必要が無いと思っているからだ。
金を稼ぐため。余計な事で人間関係をこじらせない為。ノンケの男に混じって女の話でバカ笑いするのには慣れていた。
だけどカズのせいで俺は度々調子を狂わされた。仕事仲間やお客さんとさえ男の話をするせいで、隣にいる俺は反応に困ることがよくあった。
歩く足に力が入る。俺は自分に言い聞かすように呟いた。
俺は、カズとは違う。
汗だくになりながら家に着くと、真っ先に服を脱いで浴室へ入った。
水だけのシャワーを頭から被る。はじめは身震いするほど冷たく感じるが、それも数分で慣れ心地よくなる。
水に打たれているうちに、頭の中まで洗われる気がした。気持ちを切り替えるのに、一番手っ取り早い方法だった。
部屋へ戻って時計を見ると、二十時三十分だった。
よし、ちょうど良い。俺は胸を弾ませながら、出掛ける用意を始めた。
行き先は、ゲイナイトだ。
小さなクラブで開催されるナイトと違って、今日の会場は有名アーティストがライブをするような大きな場所だ。
こういう大型イベントでは、出演する男の質も音響も相当にリッチになる。
冬に開催される事もあるが、やはり夏が一番盛り上がる。単純に、夏の気候が開放的にさせるだけでなく、みんな肌の露出が多い格好が好きなのだ。
毎回、県外からも大勢のゲイが集まってくる。
きっとカズも来るだろう。だが遅番のカズは1時過ぎまで来れない。俺はそれまでにそこを出れば良い。
わざわざ今日のシフトを早番に希望したのは、カズの勤務と被らないようにするためだった。
俺は新作のNORTH FACEのTシャツに着替え、姿見で全身を確認してから家を出た。
ドアオープンは二十一時。その時間ちょうどに会場へ着いたが、すでに辺りは大勢のゲイでごった返していた。
数十分並んでエントランスで金を払い、フロアへ辿り着く。扉を抜けた瞬間、大音量のクラブミュージックが耳に飛び込んできた。
照明は暗く抑えられ、どでかいステージの両端からは、緑色のレーザーがフロアの男たちを縦横無尽に照らしている。
フロアには一メートル四方のステージが点在していて、その上でGOGOたちが、鍛えあげられた最高にエロい体を晒していた。全裸に近い格好で、音楽に合わせて体をよじらせ挑発してくる。
どの男も雑誌で表紙を飾るような、これぞまさにゲイアイコンと言った完璧な出で立ちだった。
目に入るのは、どこもかしこも男、男、男。
みんなブランドモノを身につけて、この日を最大限に楽しんでいる。
空調は効いているだろうに、相当な熱気が会場全体を覆っている。だがそれは不快ではなく、むしろ俺の気分を高揚させた。
俺はカウンターでガラス瓶の酒を買うと、人混みの合間を縫ってフロアの中心近くまで移動した。
一気に酒を飲み干す。かぁっと胸のあたりが熱くなる。
四つ打ちの重低音が、腹の奥あたりを突き上げてきて、俺は少しエロい妄想をする。
暗闇と熱気の中で爆音に身を委ねていると、ゲイというセクシャリティーを存分に使い果たすことが出来た。
それが俺の大好きな時間だった。
また酒を飲み、フロアで踊っては、酒を飲んで、踊った。
何人かの知り合いと声を掛け合う。だが、軽い挨拶程度だ。普段から、深く話をするようなヤツなんてほとんどいない。
隅っこに突っ立ってるヤツは他人。フロアに居る知らないヤツは知り合いの知り合い。視線だけで無言の会話がいくつも飛び交う。
……イケる……イケない………
………ヤレる……ヤリたい……
その全てを右へ左へと流しながら、俺は踊る。全身で踊る。
何人かの男に、舐めるような視線を向けられたが、俺は天井を仰ぎ気づかないふりをした。きらきらと光を放つミラーボールを見つめる。
ひたすら音に溺れていたかった。
踊り疲れて、カウンターに座り一人で酒を飲んでいると、見慣れた顔がやってきた。ユウタだ。
ゲイナイトで必ず見かける内に、自然と話すようになった。見た目は男らしいストリート系のくせに、喋るとどぎついオネェ口調なのが楽しい。
「ねぇ、ヨーヘイ良い男見つけた〜?」
無い前髪を掻きあげながら、ユウタが言った。いつも決まって一言目は同じセリフだ。
「興味ないね」と俺は返す。
「ヤだぁ。お高いのねアンタ」
ケラケラとユウタが笑った。
「ユウタはどうなん?」
「たまに声かけられるけど、ブスばっかよ。あすんませ〜んマジ無理みって感じー」
マジ無理みって何やねん。俺は堪えられずに大笑いした。
最高に良い気分だった。
「あでも、さっきマジイケメンが入ってきてー! 雰囲気からしてプロだと思うんだけど、もしかしてGOGO?」と、ユウタが目を輝かせながら言った。
その言葉に、嫌な予感がした。ほらあれ! とユウタが指を差す。
俺は恐る恐るその方向へ顔を向けた。
カズだった。
慌てて携帯で時間を確認する。まだ零時を回ったばかりだ。どうして……
職場で見るより三割増しほど格好良く見えたのは、クラブの雰囲気のせいか。
鍛えた体を強調するラインのポロシャツ。ブランドのジーパンに良く似合うデカ目のブーツ。
カズの身長は百八十センチ以上ある。それだけでも目立つのに、ステージ上のGOGOと顔も体も差異がないのだ。当然、沢山の男たちの熱い視線がカズに注がれていた。
カズは有名人らしく、色んな男と挨拶を交わしていた。屈託の無い笑顔で周りと接する姿は、どこから見ても完璧だった。
それに比べて俺は……
「えヤバーいマジ濡れる〜! てかめっちゃチンコでかそう! あでもあんだけの見た目だったら絶対性格悪いわよ。絶対」
俺はユウタの言葉を無視して立ち上がった。そしてそのまま早足で出ロへと向かった。
「ヨーヘイ? どうしたん?」
「帰る」
酔いも熱も、さめきっていた。
カズと同じ場所に居たくなかった。
俺に無いものを持っているカズ。ゲイであることを完璧に楽しんでいるカズ。そんなカズに俺がゲイだと知られたくなかった。同じゲイとして負けている気がした。
「ねぇ、ヨーヘイ! ちょっと待ってよ!」
後ろからユウタが追いかけてくる。人込みが邪魔でなかなか進めない。
そしてとうとう、腕を掴まれてしまった。
「ヨーヘイ!」
ユウタが大声を出す。
離せや、と後ろを振り返った。するとその数メートル先にカズが居た。ばっちりと目が合ってしまった。
バレた……
一瞬、時間が止まった気がした。その雰囲気に気付いてユウタが手を離した。俺はくるりと向きを変えるとそのまま出口へと向かった。
「ヨーヘイ」
大通りへ出て、タクシーを待っているところで後ろから声をかけられた。今度はユウタの声では無かった。
「何すか、カズ先輩?」
俺は前を見たまま言った。
「敬語使うのやめろっつってるやろ、同い年やねんから。……もう帰んの?」
落ち着いた、低い声でカズが言った。
同い年、という言葉が突き刺さった。俺はしばらく返事をしなかった。
タクシーがやってくるのが見え、俺は手を挙げた。それに気づいて、タクシーがウィンカーを出し近づいてくる。
俺はわざとため息をついて言った。
「帰ります。ちょっと、飲みすぎて」
「俺のせいか」
俺が言い終わるのとほとんど同時に、カズが強い声を出した。
えっ、と振り返ってカズの顔を見た。
真剣な表情をしていた。
俺の前でタクシーが停まり、扉を開けた。俺は突っ立ったままだった。
すると何を思ったのか、突然カズが駆け寄り俺の体を車内へ押し込むと、隣に乗り込んだ。
「カズ、何すんねん!」
「お前に話がある」
俺は何も言えなかった。カズと二人きりになってしまった。
さっきまでの景色が、夢から覚めたように遠のいていった。
カズは俺をどこかの公園まで連れてきた。その間、互いに何も言わなかった。
ベンチに座るなり、カズが切り出した。
「ヨーヘイ、何で俺のこと避けるねん?」
ここまで来たら観念するしかなかった。俺は正直に話した。
「カズにゲイだってバレたくなかった」
「何で? てか、気付いてへんと思ってたん?」
「……気付いてたん、やっぱり」
カズが頷いた。
俺は、一気に力が抜けてしまった。
「ヨーヘイ。この際やから聞いときたいねんけど。……お前職場でも俺のこと避けてるよな。最初はゲイが嫌いなんかと思っとったけど、俺にはお前もゲイやって分かったしさ。……なんか理由でもあるんか?」
カズが俺の顔を見ながら言った。カズの目は真っ直ぐだった。怒っているのでも責めているのでもなく、ただ分からないことを知りたい、といった表情だった。
「なんで……」
俺は情けなくなって、下を向いて言った。
「なんでカズはカミングアウトしてるん?何でそんなに堂々としていられるん?俺のことは知ってるやろ。ノンケのふりして生きている。ゲイである事を恥じているつもりは無いけど、俺は言わない。それで良いと思っていた。だけどカズは違う。カズは受け入れられている」
今まで溜まっていた思いが、一気に溢れ出してきた。
「カズは見た目も完璧で、ナイトに来た時からお前は注目されてて、友達も多くて。お前は完璧過ぎるねん。お前とおったら俺、辛いねん。自分がめちゃくちゃ惨めで、しょうもなくて、価値の無いヤツに思えてくるねん」
自分で言いながら、悔しくて泣いてしまいそうになっていた。
カズはしばらく何も言わなかった。俺は俯いたまま顔を上げなかった。
するとカズがジーパンのポケットから携帯を取り出し、しばらく触っていたかと思うと、これ見ろ、と俺に渡してきた。
それは知らない男の画像だった。訳がわからなかった。
「カズ、これ……」
「三年前の俺」
「えっ!」
信じられなかった。まるで別人だった。
「体重130kg。目は腫れぼったい一重。そん時の俺は自分が嫌で嫌で仕方がなかった。周りと比べては惨めな思いをしてきた」
カズの口調は、ゆっくりとしていた。
「だから俺は魅力的になる為ならどんな事でもやった。見た目さえ変えれば明るく、自信を持てるようになると思った。だけど、それは違った。今度は金をかけていじった顔を良いなんて言われても嬉しくない。そう思うようになってん」
カズは穏やかな口調のまま、続けた。
「ダイエットして、ジムに通って、顔を変えて。……金のために体も売った。やけど俺が手に入れたのは、ゲイ受けする見た目と空っぽの中身やった」
しばらく沈黙が続いた。
「そして……」
カズが口を開いた。
「俺は一番大事なものを失ってしまってん。あん時の俺の魅力を分かってくれていた人。見た目なんか変えんくても、そのままの俺を『好きだ』って言ってくれていた人。やけど、そん時の俺は自分に自信が持てへんくて……その人の言葉を疑ったりして……」
また沈黙が続いた。空気の流れる音だけが耳の奥で重く鳴っていた。
「ヨーヘイ」
カズが俺の方を向いて言った。俺もカズを見た。整った顔。整った髪。整った髭。
そのカズの目に寂しさが浮かんでいるような気がして、胸に痛みが走った。
「ヨーヘイ。自分に価値が無いって言葉は、相手も傷つけてしまう悲しい言葉やで。そんな事ばっか考えてると、大事な人を失ってしまうよ。俺みたいに」
そう言って、カズはそっと微笑んだ。
カズも、辛い思いをしてきたのだ。それなのに、俺は……
カズが立ち上がった。
「俺はヨーヘイみたいに器用じゃないから。上手くゲイであることを隠せなかった。なのにヨーヘイはノンケ社会の中で逞しく生きていて……」
俺は俯いて小さく首を振った。
「ずっと尊敬してたんやで」
そう言うと、カズが俺の前に来て手を差し出した。
俺は顔を上げれなかった。
カズは俺の胴体を両手で掴むと、ぐっと体を持ち上げ立ち上がらせた。そしてそのまま俺の体を優しく抱きしめた。
俺はカズの胸に体を預ける事しか出来なかった。
カズが言った。
「大丈夫、お前は強い」
その言葉が、カズの腕が、あまりにも優しすぎて涙が溢れかけた。
カズの言った一言で、俺は全てを許されたような気がした。
「カズ、ごめん」
俺は声を絞り出して言った。
「俺……ずっとカズと比べてた。カズが魅力的過ぎて、勝ちたくてでも勝てるワケなくて……ずっと意地張っててん。本当に、今までごめん……。やっぱり、カズは格好良すぎるわ」
ちぇい! とカズが軽く俺の頭をぶった。そして俺の両肩を掴み、明るい声で言った。
「ばーか。俺なんかより、ヨーヘイの方が全然格好ええっつーの」
俺はふてくされて言った。
「んな事ないし」
「あるし」
「ない」
「ある」
「ないって!」
「あるて!!!」
ぷっ! カズのムキになった声がおかしくて、俺は吹きだした。それにつられて、ははは! とカズも笑った。
「カズ、ありがとう」
俺はカズの目を見てそう伝えた。
「ううん、俺は何もしてへんよ」
カズが笑った。俺はカズの背中に手を回し、ぎゅっと抱きしめた。
「話してくれて、嬉しかったで。ありがとう」
「ヨーヘイもな、ありがとう」
汗が流れてくるのも気にせずに、俺とカズは長い間抱きしめ合っていた。カズの熱い体温が心地よかった。
俺とカズはクラブに戻ることにした。
タクシーを捕まえるまでの間、ふと思い出してカズに聞いてみた。
「カズ、今日遅番やんな?」
「んー。早上がりしてきた」
珍しい。俺は驚いて言った。
「よう店長オーケーしてくれたな、忙しいのに」
するとカズが頭を掻きながら言った。
「いや、多分ヨーヘイがさ、今日のナイト行ってるから、行ってこいってさ」
俺はその言葉が引っかかった。カズはカミングアウトしているけれど、俺は完全にノンケを演じていたはずだ。
なのに何故、店長は俺がゲイナイトへ行くと分かったのだろう。気をつけていたけれど、ゲイだとバレていたのだろうか。
「お前、ほんまに気づいてへんの?」
俺が悩んでいると、カズが呆れ顔で言った。そしてさらりと衝撃的な事実を口にした。
「店長ゲイやで」
「えぇっ、うそやん!」
俺は驚愕して大声を上げた。
今の今まで全く気付かなかった。確かに、店長は良い歳なのに独身だった。だが女好きのチャラい人だと思い込んでいた。いや、思い込まされていたのだ。店長の方が俺よりも上手だったとは……
俺の表情を見て、カズがにやけた顔でこう言った。
「てか、お前のことイケるってよ」
「え、マジ無理み。ただのオッサンやん」
俺は即答した。
お、お前……! とカズが大げさに体をのけぞらせた。
それが余りにもおかしくて、俺とカズは真夜中の路上でゲラゲラと笑い合った。
クラブへ戻り会場へ入ると、すぐにユウタが駆け寄ってきた。
「ヨーヘイ」
「あ……」
怒ってるだろうな。急に飛び出したりして。
謝ろうとしたその時、ごめん。とユウタの方から謝ってきた。
えっ、と俺は面食らった。
「ヨーヘイ急に出てったから。僕、アホやから悪いこと言ってしまったと思って。ヨーヘイの知り合いやのにアホな事言ってしまったから……ホンマにごめんな」
こんなにしおらしいユウタの姿を見るのは、初めてだった。隣にいるカズが、肘で俺をつついて、にこっと笑った。
ああ、そうだ。俺にはこんなに良い友達がいたのだ……
「ううん、違うで。何も言わんと出て行って、俺こそごめん」
俺はユウタにハグをした。友達でいてくれることへの感謝の気持ちを伝えたかった。
「てか、その人ヨーヘイの彼氏?」
ハグを終えた後、ユウタが聞いてきた。違う違う……と俺が否定しようとした時、
「せやで!!」
いきなりカズが後ろから抱きついてきた。
「はぁ!?」と俺は叫んだ。
途端にユウタの目が吊りあがった。
「ヤダちょっとマジ!? あんた先に言いなさいよ! マジ、ブス! 信じらんない!」
俺はカズを睨んだ。カズが、知らねー。とでも言うように眉をあげて笑った。
「じゃあ、俺たち踊ってくるね」
カズは、ぎゃあぎゃあ騒いでるユウタに向かってそう言うと、俺の手を握ってフロアの真ん中まで引っ張った。
やはりカズは目立つ。俺は周り中の視線が全身に突き刺さるのを感じた。
「どーすんの! ?」
「知ーらないっ! ええやん、今は彼氏で。踊れ踊れ〜!」
カズは後ろから俺の腰に手を回して踊り出した。
……まぁええかぁ。
俺も楽しくなってきて、カズに身を任せて踊った。
俺はいつも一人で踊る。
……イケる……イケない………
………ヤレる……ヤリたい……
無言の会話をいくつも流して。
だけどそれは、勘違いをして惨めな思いをしたくなかったから……
大音量のクラブミュージックが、俺とカズを包む。
緑色のレーザーとミラーボールが、俺とカズを照らす。
俺たちはリズムを合わせて、緩やかに踊った。
知り合いや、知り合いの知り合いたちの視線を感じる。
だけどもう周りなんて気にならなかった。人と比べて、上だの下だの言っていた自分は、もうどこかへ行っていた。
(責任取って、明日からも彼氏でいろよ)
俺はカズに聞こえないように小さな声でつぶやいた。
すると(いいよ)と後ろから聞こえた気がした。
えっ? と俺はカズの方へ振り返った。カズはニヤニヤしているだけで、何も言わずに踊っていた。
「バ〜カ」
俺は前を向いて、今度はデカい声で言った。
「バカだよ」
次の瞬間、カズは何を思ったのか、いきなり俺の体を持ち上げ、お姫様抱っこをしたままグルグルと回りだした。
「カズ、やめろ! 恥ずかしいって!」
「だって、俺バカやもん!」
がはは、とカズは笑っていた。
カズの肩越しに、俺たちを見て微笑んでいる人たちの顔が見えた。
よく見るとあちこちで、体を寄せ合ったり、キスをしている男たちの姿があった。
そして遠くの方で、ユウタが俺の知らない誰かと楽しそうに笑い、キスをするのが見えた。
カズが回るのをやめた。
俺は抱っこをされたまま、カズを見つめて言った。
「カズ」
「んー?」
「チューし」
言い終わる前に、カズの舌が俺の口の中へ入ってきた。
「て、んっ……」
それは、まるで砂糖を入れすぎたミルクコーヒーだった。
本当は、ずっと触れたかった。
ずっとカズを見てきた。
隣に居るのに、ずっと遠くに感じていた。
そのカズが今こうして俺と繋がったのだ。その唇の感触に、俺の全身は溶けてなくなりそうだった。
四つ打ちの重低音が、カズの体を通して伝わってくる。
その合間から、(ブスーーー!)と小さく聞き慣れた声が聞こえてきた。